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頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
全国大会決勝戦

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129話 存在証明《レゾンデートル》

星々が、最後の瞬きを放つ。

そして閃光が、天球全域を白く塗り潰した。


轟音。


衝撃波が、闘技場を駆け抜ける。

観客席の、悲鳴すら掻き消える一瞬。


「ポチ!!!」


叫びと同時に、影の奥から巨躯が飛び出す。

主の声に応えるように、分厚い体毛と、獣の意地だけで、光の奔流の最前面へと立ちはだかる。


『……このっ……!!

重力は演算対象だ!!』


聖星獣の声が、アステルの耳元で鋭く響いた。


天球全域に広がっていた光の奔流が、ほんの僅か、内側へと折れ曲がる。

爆心が、拡散する方向から収束する方向へ。


「な――」


アステルの体を貫くはずだった光の密度が、聖星獣自身の輪郭へと逸れていく。




――静寂。


光が収まった後。


アステルは、地面に横たわっていた。

けれど、呼吸があった。


「……生きて、る……?」


自分の手を見つめる。

指先が動く。

確かに生きていた。


『――ふん。』


意識の奥から声が響く。


『貴様が死ねば我も消滅する。

それだけの話だ。』


「……守ったんですね。私を」


『勘違いするな。

 我が守ったのは我自身だ。』


「……意外です。」


アステルが小さく笑う。

乾いた、けれど確かな笑みだった。


競技場とともに天球演算領域《アストラル・オーブ》は、既に大半が崩壊していた。

残っているのは僅かな星の残滓と、それを利用した星属性魔術だけ。


(これだけでは届かないだろう……

あのエルディアだ。

まだ絶対余力を残している……

勝つ……

絶対に勝って証明する。)


アステルは、自分の中心を見つめた。

ずっと目を逸らし続けてきた、聖星獣がいた場所。


やんごとなき思いが宿る、その場所を。


胸の奥、心の中央。残酷な世界の真実そのものを。


(器。

ずっと、そう思ってた。

私は空っぽの入れ物で、ベルクが見ていたのは、私の奥にいるこの子だった。)


──でも。


(違うんだ。

器だから、空っぽだからって負けるわけじゃない。

何もないわけじゃない。

器だからこそ、繋げられるものがある。

証明するんだ。)



「――聖星獣。

ここでベルクの研究を完成させます。」


それは命をかけるということだ。


踏み出せ。




天球全域を飲み込んだはずの、閃光の中心。


そこにエルディアがいた。


無傷ではない。

だが、確かに生きていた。


漆黒の毛並みを持つ巨躯の狼。

その背に、しがみつくように乗ったまま。


「――間に合った、ぁ……

ポチ、あんたほんといい仕事するねえ……」


エルディアが、へろへろと、息を、吐く。


暴食黒色狼《ドレッドウルフ・ノワール》。

本来、ダンジョンの深部にしか生息しない災害級の魔獣。

それが今、まるで飼い犬のようにエルディアを乗せたまま悠然と佇んでいた。


わふん。


満足そうに、一声鳴く。


「当然、アステルも生きてるね。

さあ、決めようか。」


実況も声を張りあげていた。


「両者生存しています!!

エルディア選手は、災害級指定の《暴食黒色狼《ドレッドウルフ・ノワール》の背にのって窮地を脱した!!」


「テイムというより、あれは従属契約以上の、何かだ……!

主のために自ら盾になるなど、なんという絆か……!!」




星々の瞬きが、ぴたりと、止まった。


『……正気か。

今の我と、これまでの戦闘で限界が近い貴様が同化すれば、境界が崩れる。

今の消耗した貴様では保って数十秒だ。

いや、それでもお前自身が失われるかもしれぬ。

――それでも構わぬと言うのか。』


「分かってます。

――だから、いいんです。

それくらいしないと彼女の度肝は抜けない、

今までは、消えたくない、それだけでした。

でも今は違います。

――あなたと出会えたことも、ロゼが私を呼んでくれたことも、この戦いも。

全部、確かにあったんだって。それを証明したい。

消えても、なかったことにはならない。」


なかったことになんてさせない


『人形風情が、賭けに出るか。』


「……はい。」


『ふ。』


短い、笑いとも呼べない吐息。


聖星獣はしばらく答えなかった。


そして。


『――大詰めだ。

せいぜい、足掻いて見せろ。

この私からしても、やつは化け物だ。

人形如きに越えられるとは思えんがな。

覚悟があるというなら――止める道理もない。

なら刻んでみせろ。

──貴様の命をかけた存在証明《レゾンデートル》を!!!』


星々の瞬きが、静かに輪郭を変えていく。

拒絶ではなく、迎え入れる形に。


体の輪郭がゆっくりと溶けていく感覚に、アステルは一度目を閉じた。


そして開いたとき、アステルは顔をあげ、廃墟の先にただずむ彼女を見る。




実況の声が、上ずる。


「な、なんだこれは……アステル選手。人間の形を、保っておりません……!?

いや、これは……」


解説が、身を乗り出した。


「――同化だ!!

 召喚とも憑依とも、違う。

 あれは器と因子が境界を失っていく現象だ!!」


「境界を失う……それは、つまり……」


「元に戻れるかどうかは、分からない、ということだ。」


観客席が、静まり返る。

いつもなら飛んでいたはずの野次が、一つも、なかった。


「……アステル……」


誰かが、小さく名前だけを呼んだ。


星の光が、アステルの輪郭を、覆っていく。

髪が、白銀に、染まっていく。

額の両脇に――かすかに、角の兆しが、浮かび上がる。




(もう、広げなくていい。

守る範囲も。

攻める範囲も。

――全部、いらない。)


アステルの視界の端。

崩れかけた瓦礫の影が、僅かに、蠢く。


(――影経由のワープ。

今までの私なら、コンマ数秒の遅れが出た。

でも、今の私は虚数空間すら捉え、射貫く。)




「――『範囲』は、もういらない。」


瓦礫の影が、まるで意味を成さないかのように、ただ真っ直ぐに伸ばした指から放たれた光がそこを正確になぞる。


エルディアの体が、弾かれるように飛びのく。

辛うじて直撃を逃れていたが、ポチの背の上、エルディアの笑みが消えていた。



解説の声が、震える。


「密度が桁違いだ……

広さを捨ててその全部を一点に……

範囲がないということは、死角もないということだ……

今までエルディア選手が突いていた『視界外』という手筋そのものが……」






「ポチ!!

刻んだ刻印を使うよ!!」


その刻印は、北方要塞学院でベルクがグレイス達に刻んだものと同質のものだ。

闘争本能の拡大効果に合わせて効果は倍増させてある。


つまり『死力を振り絞る。』


叫びと同時に、漆黒の巨躯が地を蹴る。


しがみつく手をさらに強く握り込み、エルディアの魔力が、ポチの体に注ぎ込まれる。

残りの全部。


ポチの筋肉の躍動が、目視できるほどに誇張され、輪郭そのものが陽炎のように揺らめく。

口から漏れる息は、うっすらと赤黒い靄となって後方へ尾を引いていく。


牙は漆黒の闇を纏う。

巨躯が、光の中心へ向かってまっすぐに駆ける。




アステルの――いや、アステルと聖星獣、その境界を失った意識の中心に、全ての光が、吸い込まれていく。


(もう、数えなくていい。

もう、配置を、演算しなくていい。

――一つで、いい。

一つで、証明できる。)


『――行け。』


アステルの――いや、二つの意識が溶け合った、一つの存在の唇が静かに紡ぐ。


収束天球・終極一星《シエル・フィナーレ》




光りが、ただ一筋が闇を纏った巨躯へと突き刺さるように伸びていく。


その輝きから守ろうとするようにエルディアの前に体を割り込ませ、巨躯が大きく弾き飛ばされた。


「ポチ!!」


エルディアの、体が投げ出される。

受け身も取れないまま、瓦礫の上を転がった。


肩が、軋む。

息が、詰まる。


歯を噛み締め、立ち上がる。

足が、震える。


星を纏った少女が、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

もう逃げ場は――ない。



エルディアが、震える足をもう一度踏み締めた。


(あそこまで術式が乱れてるのにもかかわらず、放たれる攻撃は今までの比じゃない──!!)


このままでは。


――これまでの、やり方が全部潰れてる。

広さを利用する隙も、死角も、契約の穴も。



だけど私は、諦めが、悪いんだ。


(見つけろ。)


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