12話 決闘
魔術演習場。
思いのほか盛況で、ざわめきはすでに一つの熱気になっていた。
円形に広がる石造りのフィールドを囲むように、観客席が埋まっていく。
今年の学年の顔ぶれ、上級生、そしてただの野次馬まで。
ここにいる誰もが、純粋な興味だけで来ているわけではない。
誰が伸びるか、誰が落ちるか。
それを“見極めるため”に来ている者も多い。
視線は、自然とフィールド中央へ向かう。
審判は担任だ。
圧倒的なじと目。
完全なるジト目で担任はエルディアを見ていた。
コミュ障のエルディアとて、さすがにその視線には気がついた。
フィールドの脇に立つエルディアは、その視線を受け流すように首をかしげた。
「なんですか?先生。
言いたいことがあるなら、はっきり言ってもらえますか。
私、逃げも隠れもしませんけど。
明らかに初日からやりやがったの目をしてますよね。」
「悪いがルールは公平に行うぞ。」
「誰かが言ってました。
ルールは破るためにある」
「負けにするぞ。お前。」
「獣魔登校も禁止。
窓からの出入りも禁止。
ルールも破っちゃダメ。
先生。ここはディストピアですか。」
「初手からして、お前盛大に間違えてるからな。」
「ルールは?」
ルールを確認する。
お互いの勝った場合、負けた場合の確認。
「互いの退学をかけましょう。」
「いや、別にカトレアが退学しても私には一切メリットははない。
私が買ったらご飯一回奢るとかでいいから。」
「対価がつりあいません。
何かだしなさい!」
「そ、そうなの?
めんどい……
私がいいって言ってんだからいいじゃん。」
思わず先生を見る。
首を振っている。
「え。ダメなんだ……
そうだなー」
エルディアはふと、周囲を見渡した。
観客席。
ざわめき。
そして――少し離れた位置に、心配そうにこちらを見るアスの姿。
(あー……)
「アスにしっかり謝って、アスの魔術発動阻害について、生涯をかけてどんな手を使っても解決の糸口を探し続けるってのは?」
「……とんだお人よしです事。
それでも退学と釣り合うには、微妙に足りていない気もしますが。」
「んじゃプラスご飯で。
高い所。それでいいでしょ。
もうやろーよ。
じゃポチおいで。」
エルディアが軽く手を振る次の瞬間。
演習場の空気が、完全に固まった。
──巨大すぎる影。
獣というにはあまりに規格外な存在が、結界を切り裂いて普通に中に乱入する。
床がわずかに軋み、観客席のざわめきが一瞬で消えた。
燃えるような、金色の双眸。
四足で立っているにも関わらず、肩の位置が人間の背丈を超えている。
エルディアが小柄であるとはいえ、その大きさは推してしかるべきか。
影牙狼。
その上位進化種。
──黒霊暴食狼。
魔術結界。
いかなる侵入を阻むそれが、唯一拒むものが放棄といわれるほど。
なぜなら、守る理由が、理屈ではなくなるくらいにそれは神話なのだから。
まるで紙細工みたいに切り裂かれて、それは侵入した。
その巨大すぎる闖入者に場の空気が完全に固まっていた。
「よーしよーし。」
はっはっはっは。
エルディアは、まるで犬でも撫でるようにその存在をあやしてよだれでびしょびしょになる。
そして彼女は向き直した。
「確認事項も終わりだね。そろそろやろーか。」
エルディアの脇に控える漆黒の体毛の隙間から、闇の霧がじわりと溢れ始めた。
鳴らしていた巨狼が、静かに頭を低くする。
観客席の何人かが、反射的に息を呑む。
本能が、それが完成された捕食者であることをいやおうなしに受け入れようとしていた。
「ポチ……とりあえずステイ。合図があるまで。」
「わふ。」
仕草は犬。
沈黙。
金色の双眸が細まる。
一拍遅れて、空気が爆ぜる。
「ルール改変を!!
ルール改変を要求します!!!
ちょっと待ってください!!
あれは何ですか!?!?
決闘規約に“あんなの”の持ち込みは想定されていません!!」
カトレアがポチを指さし即座に叫んだ。
顔が完全に引きつっている。
カトレアの声が裏返る。
観客席が一気にざわつく。
「た、確かに。冷静になると、おいあれ、何だよ……」
「魔獣?召喚獣?」
「いや規格外だろあれ……」
エルディアは、少し首を傾げる。
「え、まだ話すの?もういーよ。やろーよ。
飽きたよー
ルールには書いてなかったじゃん。獣魔もありじゃん!!」
「ダメです!!とにかくダメに決まってます!
書いてないこと全部やっていい世界じゃないんですー!!」
えー
やがて。
「ワンドか、魔術を用いた攻撃手段のみ?
なんで?
いーじゃん。
なんでもありで。
そういう流れだったじゃん。」
「死ぬからです!!
私が!!
その魔物に噛み殺されて!!」
「死なないよー。
ねー?」
「バウっ!!
尻尾がバシバシらやるたびに床にヒビが増える。
「ひいいい。」
「お互い学生証を出せ」
教師の声が、演習場に静かに響いた。
先ほどまでのざわめきが、すっと引いていく。
まるで見えない線が引かれたように、空気が切り替わる。
「これは正式な決闘として受理される。
つまり学年ランキングにも影響があるということ。
つまり公式戦だ。」
それは、この一瞬だけは世界は“公平”になる事を意味した。
教師は杖を軽く回し、結界に微細な光を走らせた。
「学生証を提示。認証を行う。
両者の契約を確認した。
これより、決闘を開始する。」
ともあれ、決闘は開始された。
色々あったが,魔術界において、魔術戦は必須だ。
世界大会が行われるほど、隆盛と言ってもいい。
「おいで。シェイド。」
エルディアが軽く指を鳴らすと、その影から、黒い精霊が立ち上がった。
学園入学前に、闇属性の熟練度を上げに上げて、契約した精霊だ。
闇属性シェイド。
なおレベル1。
──クソ弱い。
「まだ育ってはいないようですね。
精霊と契約しているのは立派ですが、その精霊ではこちらには勝てませんよ!!」
ウンディーネ!!
来なさい!!」
水の魔法陣が展開され、青い光が戦場に満ちる。
召喚されたのは水の精霊。
ウンディーネ。
その姿が完全に現れたはずだった。
ぐちゃ。
「え?」
そしてウンディーネの顔面は潰れた。
「な、な、なななあななな!!!!」
やがてビチビチと動いて、死んだ魚のように動かなくなる。
人魚の子供が死んだように見えて、非常にグロい、
ボエー
ウンディーネの顔面を叩き潰した、キモい顔のダークワンドが鳴いた。
「あ、……」
ウンディーネの顔をぶっ潰したダークワンドのそのグロさと、顔面を潰されてビクビクと明らかに異常で気持ちが悪いウンディーネの姿に、カトレアは白目を剥いて倒れていた。
「勝者!
エルディア!!」
「ワンドを使った攻撃に限られるなら、ワンドで殴ればいい。」
簡単な話だ。
観客の視点。
魔力関係ねーじゃん!!!!




