127話 アストラルオーブ2
エルディアの声が、『因子』に直接届く。
「よく見ると、ぐずぐずだねえ……
まあ、その様子じゃあなたずっと使われてないんでしょ。
持ってるだけじゃ、資産じゃない。
使われないものは、ただの置物。
私の魔力を全部持っていけ。」
因子が、意識の奥で身構える。
『……何だこの術式は。
礼を通さぬ対話……いや、そもそもそ取引の内容が粗雑すぎる。
対価が不明瞭すぎる。
この因果が逆転した異物が、そうそうに──』
「説明はあとでいい。
最低限、でいいんだよこういうのは。
細かい話は後回し。
――イエスか、ノーか」
因子は、しばらく沈黙していた。
契約の圧が意識の底で軋む。
猶予は与えられていない。
《ショートカット》の名の通り――この術式は長考を許さない。
『我を顕現させるために力を与える……か。
死にたいのか貴様。
敵対しているんだぞ。』
「私にも利はあるよ?
器であるアステルがあなたの力に耐えられるといいね?
ううん。
正確には、器が壊れる前に私を壊せるといいね。」
『狂人めが。いいだろう。』
契約、成立。
因子の輪郭が、闇の中で大きく膨れ上がった。
◆
彼女の影が地面に伸びて、影が独りで立ち上がった。
影の中から輪郭が生まれ、その輪郭に光が差し込む。
「な――」
領域を維持する中、アステルが自分の足元が出てきた『それ』を見る。
白銀の髪。
額の両脇から二本の角がまっすぐに伸びていた。
星屑をそのまま閉じ込めたような瞳。
何十年も眠っていた聖星獣の成れの果て。
その少女の姿が、アステルの影より生まれ、闘技場のに浮かんで、光で虚ろな輪郭をさらしていた。
実況が絶句する。
「実体化……!?
アステル選手の影から、 何かが実体化しました……!?」
「待て……どこかで見た事がある……あれは……」
少女はゆっくりと瞼を開いた。
その瞳がまず捉えたのは、アステルでも観客でもなくエルディアだった。
『……久方ぶりに、この身に輪郭を得た。』
声は静かで、けれど闘技場全体に響き渡るような重みを持っていた。
『貴様の魔力を喰らった。全てな。
――器が保つかどうかもわからぬまま。
契約に従い。望み通り殺してやろう。』
「うん。
やれるもんなんならやってみなよ。寝ぼすけ。
でも、無理じゃないかなあ。」
『――自分を殺す相手に魔力を譲渡するとは、正気とは思えぬな。
まさしく狂人よ。』
アステルの体の奥から、魔力が根こそぎ引き摺り出されるように流れていく。
領域を維持するアストラルオーブ。
それに加えて、新たに顕現した『何か』がアステルの魔力を根こそぎ攫って行く。
まるで栓を抜かれた器のように、自分の内側がこれまでにない規模で急速に空になっていく感覚に、自分の体を抱きしめたアステルは、膝をついて辛うじて顔を上げた。
視界が霞む。
『それ』を見る。
一目見てわかった。
ずっと一緒にいたのだ。
それは因縁そのもの。
アステルとベルクをつなぎとめるもの。
ベルクがアステルを通してみていたもの。
体の内側が、空になっていくのと同じ速さで、何かが急速に腑に落ちていく。
(ああ。
だからだったのか。
ベルクが私を見なかったのは。
私の奥にいる『これ』を見ていたから。
私はただの器だった。)
ずっと、薄々気づいていた。
気づいていて、目を逸らし続けていた。
悲しみでは、なかった。
もっと単純な、長く答えのない問題の、ようやく答え合わせが終わった、という感覚。
涙が、一筋頬を伝う。
「……ずっと……そこに……いたんですね……」
──そして同時に『私は』思う。
『この私』が、エルディアとの闘いにこれほど執着していた理由も。
私は戦わねばならない。
◆
空から、無数の星が落ちてきていた。
それぞれが、落下する方向を変えながらエルディアを追尾する。
エルディアは、影から影へ飛び移る。
エルディアがいなくなった後、星が地面を穿つ。
(ポチいけ。
背後から。)
ばうっ!!
『深淵の獣か。』
聖星獣が指を向けると、重力が横へ向いてポチの巨体がそのまま横方向へ吹き飛ばされた。
キャン――ッ!?
『ふむ――そこか。」
聖星獣の手が、虚空を掴んだ。
影が、引き裂かれエルディアが強制的に引きずり出された。
「んなっ――!
虚数空間をなんで探知できるのさ!!
ダークワンド出番だ!!
『我、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう。』」
巨大な闇の刃が生成され、無慈悲に振り下ろされる。
──終焉剣詠。
『軽い。」
「私の村の草刈り道具が、軽いわけねーだろ!!このピカピカ女!!!」
ボエー
「おめーもぼえーじゃねえから!!」
杖に暴言を吐きながら、エルディアは展開する。
「リッチ。いい加減復活したでしょ!!!」」
──《戦術迷宮・冥府耕作結界》!!!
エルディアの領域に対抗するために、天球演算領球は崩壊するどころか膨張していた。
アステル一人の演算能力を、遥かに超えた規模で。
「な、な、なんだこの、対抗戦!!」
「空間ごと、上書きされてる!!」
「ファンシーが、消えていく!!」
観客席の、絶叫が、響く。
実況席も、もはや、追いつけていなかった。
「両者の、領域魔術が――正面から、ぶつかっています!!
空間の支配権を賭けた争いに!!
天球演算領域が再構築されていく……!
いや、違う! 演算能力そのものが、増大しています!!」
実況の声が震える。解説者が立ち上がった。
「いや、なぜエルディア選手が、『あれ』に対抗できる!?!?
ありえん!!それだけはありえん!!!」
『存外楽しませてくれる!
魔力は我に譲渡したのではなかったのか!?』
「したよ!!
全部ね!!
てゆーか強すぎなんだけど……
魔王様並なんだけど……」
『ふむ。
……先ほどよりも大きな魔力を扱えっているようだが……』
「そもそもみんな勘違いしているんだ。」
『……』
「資産ってね。持ってるだけじゃ、資産じゃないんだよ。
使えるなら資産。
使えないなら、ただの数字。
そしてそれは魔力も同じ」
エルディアが、にっこり笑う。
「借りられるなら、他人の資産も私の資産」
「…………」
聖星獣の顔から、血の気が引いた。
『待て貴様。
アステルの魔力をつかっているとでもいうのか……?』
「あたり。
死ぬよ。アステル。このままだと。」
「――っ、あ、あああああ!!」
アステルの魔力が限界を超えた。
崩壊しかけていた天球の光が一瞬にして、色を変え、淡い輝きが深い群青に。
そして群青の奥からより、密度の高い無数の星々が溢れ出す。
領域の崩壊がはじまる。
『アステル!!!』
聖星獣が声を荒げる。
(魔力枯渇!!
この場にいるすべての魔力の負債が私にきてるんだ!!)
──恐るべきことに、ここまでの展開が計算させていたとすら思える。
エルディアが言っていることはめちゃくちゃだし、やっていることはさらに最低だ。
理論としても。
倫理としても。
戦術としても。
何一つ正しくない。
何一つ共感なんてできない。
だけどエルディアは全身で叫んでいた。
理不尽な運命に潰されるのが先か
理不尽な運命を利用して逆に食い潰すのが先か
どんなに限界の中でもエルディアは笑っていた。
ひるんでもいい。
二の足をふんでもいい。
全身全霊をかけて、命をかけて戦う事を証明しろと叫んでいた。
アステルは震える体で魔力の流出を堰き止め、顔をあげる。
私は戦わねばならない。
自分の運命と。
エルディアと
──戦い、証明しろ
私はここにいると。
私は、私だ。




