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頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
全国大会決勝戦

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125話 アステル5

物心。


というものが正確にあったのかも怪しいが、アステルの最初の記憶は、薄暗い培養施設の天井だった。


培養槽の中で肉体だけが形作られる時期を経る第一段階。


外界との反応段階である第二段階。


簡単な言葉を理解し始める第三段階となったアステルは、槽のガラスにバッ、と両手を叩きつけた。


「……っ」


もう空になった槽の中を見ていた。


隣の「個体」が動かなくなったのは、ちょうどその頃だった。

数日、誰も何も言わなかった。

アステルは槽越しにその顔『自分と同じ顔』を見ていた。


もういないが。


そして、ある朝。


「ああ、620は処理されたよ。

適応期まで進める個体は一握りだからね。」


生みの親であるベルクは、アステルを見る時いつも少しだけ視線がずれていた。


アステル自身ではなく、その奥にある何か。

かつて失った「聖星獣」の残滓を見ていた。


「今日の調子はどうだ。621。」


その頃は『621』だったアステルは、確かめるような深呼吸と共に応える。


「良好です。」


「そうか。」


会話らしい会話はない。


悪意はない。

そして丁寧さの向こう側に、アステルという個への関心もない。


誰も自分を見ていない。

それが、アステルにとっての世界の初期設定だった。




――二年前。


「アステル……ですか?

621ではなく。」


「そうだ。今後お前はアステルと名乗れ。

事務的なものだがな。

グランディア王立学院として全国大会に出場するためには、チーム登録の為の個体名が必要だからな。」


アステルは頷いた。


そして『彼女』は、今も必死にアステルに対し声を張り上げていた。


「アステル、頑張れー!!!」


飾り気のない、いつも通りの声援。

選手控え席から、身を乗り出し叫んでいる。


ロゼとの出会いは、事務的。

それだけの出会いだった。

運命でも、必然でもない。

ただの書類上の、割り当ての出会い。

 

でも『それ』を、最初に教えてくれたのは、あなただった。


『アステル』という名前は、事務的な程あまりに偽名だけど、

『自分』は、噓ではない、と。



◆



第四段階。

適合期。


アステルの意識は、よく深く沈んでいた。


「……」


アステルはよく『彼女』の頬を手のひらで拭っていた。

汚れなど何もついていないのに。

『彼女』は単なる概念なのに。


真っ暗な意識の底。

そこに『因子』の姿があった。


かつて、聖星獣と呼ばれていたもののその成れの果て。

その輪郭はどこか透けていた。

本体の大部分を失った残りかすのように。

自分の体を抱くように、額に角のある少女の姿で目覚めを待っていた。


私の未来。

私の絶望。

私を食い潰すであろう、終末そのもの。


これの器となるために、私は生まれた。




「――おいで。」


エルディアの声が、静かに響く。


「ミノタウロス・オメガ。」


一体ではなかった。

紋様が地面を走り抜け、次々と召喚陣が展開していく。


「――×10。

さあ、捌き切れるかな?」


大地が震え、一体でさえコストオーバーと悲鳴が上がっていたあの巨躯が十体同時に、腹を震わすような雄叫びを上げる。


ファンシーな空間の補正すら、その質量と威圧感を隠しきれていなかった。


パステルカラーの角。

リボンの巻かれた斧。


ファンシーな領域の中でも圧はそれでも伝わってくる。




指示に従い十体のミノタウロスが一斉に地を蹴った。


その圧倒的な突撃。

暴虐となって、邁進する。


「じゅ、十体!!」

「一体でも、反則級だったのに!!」


観客だけでなく実況席も声に力が入る。


「エルディア選手、ここに来て大量召喚!!

それだけではありません!!

領域魔術!

ガンマレイの反射。

そして今回の召喚と大魔術を連発だ!!

先程までの魔力枯渇のようなそぶりなんだったのか――!!」


「全てが油断はさせる為の演技だったということか!!?

いや、それより特筆すべきは、圧倒的な攻勢の連続だ!!」


十体のミノタウロス・オメガが地面を蹴り、まるで十発の大砲が同時に放たれたような衝撃ととに会場が揺れる。





アステルは、その違和感に目を瞬く。


(――一体一体を見て対処する、時間がない。

え?

杖が……!!)


エルディアの声が静かに響いた。


「無駄だよ。

おねーさんの魔力のタネはこれでしょ?」


アステルの動きが止まる。


「……は?」


そこで視線を自分の手元に落とすと、そこにあるはずのものがなかった。


「――王国戦略級魔導杖《アストラ・レガリア》。

さっき封神八十七式烈光流星乱舞《ガンマレイ》のお返しの後で、ぼーっとしてる時にちょっとね。」


エルディアの手に、アステルの杖があった。


「な――!!」


(いつの間に!?

領域魔術も崩れゆく地形も、全部目くらましだったとでもいうの……!?)


観客席が、絶叫した。


「杖盗んだ!!」

「もう魔術の話ですらねえ!!」


実況席もパニックに、近かった。


「な、なんと!!

エルディア選手、アステル選手の杖そのものを奪取!!

これは術式の応酬ではなく、もはや単純に卑怯では……!?」


「王国戦略級魔導杖《アストラ・レガリア》……!

あの杖はアステル選手の魔力を増幅・制御する要となる聖遺物級の触媒だった!!

つまり杖なしでは、アステル選手の本来の出力は大幅に制限される!!」


アステルの顔から血の気が引いていく。





意識の奥で何かが軋む音がした。


痛みとは、別の感覚。

体の内側、ずっと眠っていたはずの何かが目を覚ます。


『――浴びた。

我が力を、我が力で打ち返された。

これは敵だ。看過できぬ。』


因子だ。


これまで器の奥で、ただ静かに眠っているだけだったはずのもの。

それが今、初めて明確な意思を持って蠢いていた。


エルディアがアステルの封神八十七式烈光流星乱舞《ガンマレイ》を打ち返した事で、因子の生存本能を刺激した。


同時に。


アステルの体が震えていた。


(――負けたら。)


ベルクの顔が浮かぶ。

評価されるのは結果であり、自分ではない、というあの当たり前の事実。


(負けたら次の個体に代わるだけ。

私は消える。

いや、因子が目覚めた以上は、勝ったとしても……)


これまで、何百体もの姉妹たちがそうしてきたように。

静かに、抵抗もなく次の個体へと情報だけを引き継がれ消えていく。


隣の培養槽が、空になっていたあの日の記憶がフラッシュバックする。


(――嫌だ。)


根源的な恐怖とともに、初めてはっきりとそう思った。


(消えたくない。

私は、私だ!!)


因子の防衛本能とアステル自身の剥き出しの恐怖。

二つの衝動が、同じ瞬間に火を噴いた。





瞬間にアステルの瞳から光が消える。

纏っていた星の輝きが色を失い、ただの暴力的な奔流へと変わっていく。



パステルピンクだった光が、急速に色を失っていく。

可愛らしかった空間そのものが、軋み、歪み始める。



杖を失った両手を、アステル、呆然と見つめた。

支えを失った、暴走の奔流が行き場をなくして渦を巻いている。


『声』がうるさい。


『――触媒などなくとも。

因果が逆転した異物よ。滅してやる。』


因子の声が意識の奥で苛立たしげに響いた。


アステルは渦を撒き始める魔力の奔流を諸手で握りつぶす。


ミノタウロス・オメガの肉薄の中で魔力の嵐が吹き荒れる。





エルディアだけが、アステルの変化に真剣な目を向けた。


(アステルの目の色が変わった。

魔力も……

ようやく底を見せる。

くるぞ。化け物の全力だ。)


上等。


ぶっ潰してやる。






そしてアステルはそれを言った。


領域魔術。


──天球演算領球《アストラル・オーブ》


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