122話 アステル戦2
今見えている星の光というのは、何百年、何千年も前に発せられたもの。
「ゆえに観測者は、その星が”存在してきた全時間”のエネルギーと、術式を通じて接続できる」
30年ほど前、王国魔術研究機関が打ち出した星属性の根幹理論であった。
衝撃が、闘技場全体を貫いた。
崩れかけていた石畳が、その一撃に耐えきれず、完全に崩壊する。
柱が次々と倒れ込み、観客席の一部までもが、大きく揺れた。
「な――!! 闘技場が!!
エルディア選手とアステル選手がその中央!!
状況が全く確認できません!!」
実況の悲鳴。
「《彗星強襲》。
凄まじい攻撃です……。
星の魔力を推進力そのものに変換し、身体ごと隕石と化して突撃する術式……。
これ、直撃したら普通無事では済まないですよね!?」
「ああ。
しかも効果範囲は見ての通りだ。
すなわち闘技場全域。
防ぐ手段は同じだけの出力を用意する以外ないぞ。」
「ぜ、全域!?」
「事実上の、即死だ。
本来、事前に張られている魔術障壁がなければ、間違いなく観客席まで巻き込まれていた。
威力が高すぎて、通常の試合であれば使用許可すら下りない。」
土煙が、少しずつ、晴れていく。
(――ここで、終わるわけには、いかない。)
歯を食いしばる。
無数の案山子
リッチ
ミノタウロス・オメガ。
呼び出せる限りのものを、呼び出せるだけだして盾にしただけだ。
コストなど、考えている余裕はなかった。
それでも、止まらなかった。
「……いってぇ……。」
魔力が、急速に底をつく感覚があった。
アステルは静かな表情で、それを見つめる。
纏っていた星の光は、変わりなくアステルを包む。
「――終わりですね、エルディア。
結局、あなたも今までの相手と何も変わりませんでした。
――滅びを、ここに。」
声に抑揚はなかった。
その目に宿っていたのは――勝利の高揚ではなく、静かな失望に近い何か。
アステルが、静かに杖を掲げる。
「『封神八十七式烈光流星乱舞』。」
アステル最高にして最強の魔術。
杖の先に、これまでとは比較にならない密度の光が収束していく。
星の光は裁定。
数千の星槍が、一斉に降り注ぐ。
それは流星群ではない。
天そのものが放つ裁き。
光が放たれる寸前、アステルは声を聞いた気がした。
『――イビルゲート。』
「決勝戦、最終局面!!
ついに出てしまった!! アステル選手の必殺魔術の全力解放だ!!
その魔術は、既存の魔術の頂点に位置するとされています!!
その威力は、今までの比ではありません!!」
「星属性魔術とは星の位置を術式へ変換し、天空そのものを巨大な魔力演算装置として利用する、アステル選手だけが扱える究極魔法だ。
アステル選手しか扱えない以上、事実上、アステル選手の固有魔法と化している」
観客席を守る魔術障壁が、悲鳴を上げるように、震えた。
その名を呼ばれた瞬間、エルディアの足元の影が、大きく揺らいだ。
「シェイド。お願い!!!
後がないの!!!」
ぷるぷるぷるぷる!!!!
独特な鳴き声とともに、エルディアの影からどろりとした闇が滲み出す。
エルディアは縋るように影に手を伸ばした。
魔力は、もう底も底。
指先すら痺れて、感覚が遠い。
それでも、闇精霊としての最も原始的な絆――契約の根っこにある部分にだけは、まだ火が残っていた。
闇が、膨れ上がる。
無理やり広げられた布のように、端がびりびりと震え、今にも千切れそうに波打つ。
「プルプルプルプルッ!!」
悲鳴じみた鳴き声とともに、それでも門は、エルディアがいる闘技場の一角を覆うほどの大きさまで、無理やり広がりきった。
実況の声が、引き攣る。
「な、なんだあの闇は!!
あれは……門?
門の中に封神八十七式烈光流星乱舞が吸い込まれて行きます!!
それになんでしょうか、あれは……闇の中に……光の粒……!?」
解説役が、身を乗り出す。
「――ありえん……!!
虚数領域演算だと!?!?
あれは虚数空間に構築された演算場だ!!!!」
「え、演算場……?
……なんなんですか?それは」
「本来この世界に存在しない、虚数空間を無理やり、演算領域として扱い、現実に接続したものだ!
だが少しでも制御を誤れば、虚数空間の崩壊が現実に干渉し、術者の魔力回路ごと周囲が吹っ飛ぶぞ!!!!」
「それって……」
「――最悪、観客の命に関わる。
それはこの闘技場の特別性の魔術障壁といえど、ふせぎきれるものではない!!!!」
観客席に、静かな緊張が走る。
門の奥、拮抗する光と闇の狭間で、エルディアの表情に、初めて、明確な負荷の色が滲み始めていた。
エルディアの頭の片隅に、実況席の声がなぜか、やけにクリアに届いていた。
「――最悪、観客の命に関わる。」
「……え。」
エルディアの思考が、一瞬止まる。
(え。そんなヤバいやつなのこれ!?!?)
門を維持する手に、なんなら変な汗が滲む。
今の今まで、「なんか上手くいきそう」くらいのノリでやっていたことに、急に、命の値段が付いた。
闇精霊のシェイドなんて、ぷるぷる言ってあるだけだ。
(……いや待って。今更!?今更それ聞かされるの!?
基本魔術じゃないの!?!?)
思わず口から漏れ、門の中の光が、僅かに揺らいだ。
「――エルディア選手!?
今、集中が乱れましたか!? まさか私達の解説や説明を聞いていた……!?」
「聞こえてます!!
めちゃくちゃ聞こえてます!!
なんですかその大事な情報、なんでもっと早く言わないんですか!!!!」
「試合中に選手へ話しかける機能はこちらにはございません!!」
「じゃあ聞かせないでくださいよ!!実況って形で!!
ばかー!!!!」
アステルが僅かに目を細めた。
「……集中を切らしましたね。」
杖に、さらに力が込められる。
封神八十七式烈光流星乱舞光が、あらに勢いを強めた。
「ちょっ、待って、待って!!
今のは不可効力!! 実況が悪い!!」
エルディアが、慌てて意識を立て直す。
そして光が、エルディアを直撃する。
「――!!」
衝撃波が、闘技場の地面を抉る。
土煙が、舞い上がった。
観客席が、息を呑む。
「エルディア選手に直撃しました!!きまってしまったか!! 」
土煙の中エルディアが、片膝をついていた。
服のあちこちが焦げ、頬に一筋血が伝う。
エルディアは、ふらつきながらも、立ち上がった。
「……いってぇ。
……絶対、解説のせいだ。
これは間違いない……
あの一瞬の隙がなかったら……いやうん、絶対それがなかったら、多分もうちょっと余裕を持って受けれてた。」
「わ、私のせいではないと思うんですが……!?!?」
「解説のタイミングが悪い!!絶対悪い!!」
「試合展開的には妥当な情報提供だったと思います!!」
実況と会話しはじめたエルディアに向かい、土煙の向こうから、アステルが、静かに歩み出てくる。
決着を確信した、静かな足取り。
「終わりですね。エルディア。」
「大体、おねーさんもおねーさんもだぞ!!!
そもそも、あのカカシは地域のお祭りに出すやつだったのに!!
地域社会の共同作品を、魔術で闇雲に破壊していいと思っているのか!!
ガチに打つ手がなくなったので、エルディアはありもしない責任を押し付ける事を始めた
相変らず最低に往生際が悪かった。
「……」
「おねーさんが4体目に壊した案山子なんかは、村のお祖父ちゃんが孫の為に作った、最後の一体なんだぞ。今年のお祭りに出すの、ずっと楽しみにしてたのに。
形見だったのに!!!!
形見ってわかる!?!?
もう死んだってことだよ!!」
「え……あ……すいません」
そして彼女は謝る。
アステルは真面目だった。
「……」
────これしかない!!
これが最後の時間稼ぎだ!!!!
エルディアは、悪魔の嗅覚で悟った。
正論っぽい暴論でごねるしかない!!!!




