121話 アステル戦
アーカム控え席。
「――くそ。俺がミスったばかりに。」
「あれは……誰が出ても、同じでござろう。
相手が、悪すぎでござる。
扱う魔術が全部即死の範囲攻撃でござるよ……」
「――そうじゃねえんだ、オズワルド。」
アルトが、顔を上げる。
その目には、副将戦をあっさりと敗北を喫した後悔だけではなく、何か別の色が、宿っていた。
「エルディアの強さは……他から、魔力を引っ張れるところにある。
エルディアは、試合開始前からずっとこの闘技場のリリのダンジョン化を、進めていたんだ。」
「――まさか、拙者や、カトレア殿が呼び出されたのは。」
「ああ。そのための、時間稼ぎだ。
魔力を引っ張れる段階にするまで、時間が必要だった。」
アルトの声が、沈む。
「――最後の最後で、肝心の俺が、とちってすぐにやられちまった。
もう少し、俺が粘れてたら。
もう少しだけ、時間を稼げてたら。
くそ」
「……ま、まさか。今の、エルディア殿の劣勢は。」
「――魔力枯渇。
あいつの魔力は、そこまで、多くはない。
俺たちと大差ない。」
闘技場。
「――ポチ、お願い!!」
エルディアは、ポチの背に必死にしがみついていた。
――落ちるわけには、いかない。
振り落とされそうになるたび、エルディアは奥歯をならしながら膝でポチの胴を締め、体勢を立て直す。
足元、領域魔術によって歪められた空間が、加速度的に、二人の速度を、押し上げていく。
『星矢。』
アステルにより放たれる致命の矢。
はっはっはっはっは!!
星の光が、追いすがる。
だがポチは怯まず、歪められた空間の中、軌道は常に予測を裏切る形で揺らめく。
足元の景色が、ふいに軋んだ。
案山子が音もなく崩れ落ち、歪んでいたはずの空間が波紋のように揺れて、元の形に戻る
エルディアの手が、一瞬ポチの毛から離れかけるもすぐに握り直す。
エルディアは、迫る星の光をまっすぐに見た。
実況席。
「エルディア選手の領域が……解けてしまいました!!」
解説の声が、緊迫を帯びる。
「魔力枯渇でしょうね。明らかに、動きに精彩が欠けている。」
「――逃げる動き自体は、卓越していますが……」
「ええ。ですが、闘技場は、そこまで、広くはありません。
すぐに、捕まるでしょう。」
アステルの声が、静かに闘技場に響いた。
「――頑張らないと、これで終わりますよ、エルディア。」
杖が大きく掲げられる。
「――天翔星装彗身。」
夜空すべてを圧縮したかのような光が、静かに収束を始めていた。
魔力不足がバレた!!
なんなら結構前からバレてた可能性があるけと!!
『やはり調子悪いんですね。エルディア。』
脳裏に蘇る、あの余裕綽々な声。
(ただの挑発だと思っていた。
詠唱速度
術式の密度
召喚の数
――全部を積み重ねた先に「そのうち魔力が保たなくなる」という結論まで、とっくに辿り着いていたのだとしたら……)
エルディアは真顔になっていた。
(手のひらの上だったってこと?
いるよね、こういう人。
焼肉パーティーとかで隣に座ってきて、こっちの薄い話にニコニコ相槌打ちながら、財布の中身から学歴からその日の体調まで全部見抜いてて、二次会の会計の時に「じゃあ端数は私が」ってサラッと言ってくる人。
優しさじゃないんだ、それ。掌握なんだよ!!)
ポチの背にしがみついたまま、エルディアは奥歯を噛む。
広大な領域。
無数の案山子。
リッチ。
ミノタウロス・オメガ。
黒霊暴食狼。
完全にコストオーバー!!
深呼吸一つ。
頬を両手でぱちんと叩き、無理やり気合を入れ直した。
――よし。
誰かの叫び声。
それが自分に向けられていると気づくまで、コンマ数秒かかった。
◆
「なんで出した?なんで出したんだ!!」
観客の声。
「勢いで!!
盛り上げようかなって!!」
そしてなぜかエルディアは、胸を張って即答。
会場中が、困惑のあまり一斉に真顔になった
「馬鹿かよ!!さっきまでの緊張感返せ!!!」
「領域魔術の維持費を考えてなかったのかよ!!!」
「大会決勝で魔力切れを心配してる奴、初めて見たぞ!!」
「うっせー!!!」
「うっせーって、図星かよ!!」
「うっせーうっせー!!!」
語彙力が死んだ様相に、実況が叫ぶ。
「エルディア選手!!!何やら観客と喧嘩しています!!!やはり魔力はないそうです!!」
「あります!! ファイアーアロー三発分!!!」
「それは無いのと同じだ!!!実況とも会話すんな!!!」
「あるもん!!」
じだんだじだんだ。
夜空を圧縮したかのような光が、収束を、終える。
放たれる、寸前。
エルディアの声が、静かに、響いた。
「クソお……とっておきだ。
私、地面いじるの、得意なんだ。」
エルディアが杖を振ると、アステルの足元闘技場の地面全体に、これまで気づかれなかった紋様が、一斉に、浮かび上がる。
「《戦術迷宮・冥府耕作結界・ 最終奥義》!!!!」
言葉と同時に、闘技場の中央――アステルの立つ足元が、大きく、抜け落ちた。
「――!!」
崩落は、一点に留まらない。
波紋のように広がり、闘技場の床という床が、次々と、陥没していく。
「領域は最後に落とし穴を生成する。
なぜなら、畑でも肥溜めをよく作るから!!」
エルディアは、ポチの背の上、崩れる地形を、悠々と、見下ろしていた。
「逃れられない闇に囚われるがいい」
観客席から、地鳴りにも似た、どよめきが上がる。
「な、なんですかこれ!! 闘技場が、崩れて――!!」
「エルディア選手、まさか、これ全部、仕込みだったのか!!?」
実況の声も、動揺を隠せない。
アステルの声は、落下する体勢の中でも、乱れていなかった。
「――知ってますよ、エルディア。
以前、それで痛い目を見たので。」
「……く。やっぱだめか。」
「絶対に、どこかのタイミングで、出すと思ってました。」
崩れゆく地面、その真っ只中でアステルの周囲だけが、薄く光の膜が既に展開されていた。
落下の衝撃も崩落の巻き込みも、最初から計算に入っていた。
「……」
杖の切っ先が、間合いを詰めていたエルディアへと、まっすぐに、向けられる。
「驚いた後の対処までを想定していないのは――あなたの悪い癖かもしれませんね。」
崩落の轟音の中、静かに、次の一撃が、放たれる。
「――《彗星強襲》。」




