119話 大将戦
「試合後のお店は何がいいかなー。
唐揚げかなー、それとも……」
「…………」
エルディアの言葉に、相対するアステルが緊張を感じさせない声音で言う。
「……極度の緊張による感情遮断ですか?
仲間たちの想いを背負い続けたから、あまりの重圧に、ついには空腹しか感じられなくなったとか。」
「違うよ、おねーさん。
普通にお腹空いてる。
負けたアルトを誘ってご飯でも食べに行こうかなと。
おねーさんに負けて凹んでるだろーし」
「その意気です。せいぜい足掻いてくださいね。」
アステルは杖を握り直す。
掌に伝わる汗の感触。
鼓動が速い。
これは「楽しみ」か。
(自分の事のはずなのに、一拍おかなければならない。
皮膚の下を巡る血の熱さえ、作られた借り物のように感じられる。
私は欠落している……)
奇妙なほど、この試合の重さから少しだけ自由なのは共通していた。
──やはりそうだ。あなたと私はどこか似ている。
かくして全国大会決勝戦、大将戦が始まった。
欠落か。
強さか。
どちらが生き残るかは、結果が導き出すであろう。
◆
──領域魔術。
「『戦術迷宮・冥府耕作結界』」
地面がまた軋む音を立て、案山子が一体また一体と地の底から湧き出てくる。
──いつもより、少し声が硬いか。
詠唱を紡ぎながら、エルディアは自分でも少し驚いていた。
腹の底がすとんと冷たかった。
案山子を睨みつける自分の視線が、いつもより据わっている。
(アルトは負けた。
アステルの術式に呑まれて、抵抗する間もなく。
悔しそうな顔すら作れないくらい、一方的に。
――しょうがないよ。相手が強かっただけ。)
仲間の失点を引きずるのは、勝利への最善手順ではない。
非効率だ。
けれど詠唱速度は、明らかにこれまでで一番速かった。
無慈悲なる畑が展開し、エルディアの脇には、いつの間にか髑髏の王がかしづいていた。
「――オメガもおいで」
ぶおおおおお!!!!
呼び出したミノタウロス・オメガの咆哮が、いつもより荒く響く。
使い魔は使役者の感情に呼応する。
(すげえ、うるさいんだけど……)
思考とは裏腹に、エルディアの杖の振る手に澱みはない。
はっはっはっは!!
見上げるほど大きいミノタウロス・オメガの脇に、暴食黒色狼ポチが、領域内、エルディアを守るように立ちふさがる。
観客席が、一瞬で静まり返った。
「……は? 何が起こって……」
「――範囲展開の速度が、ちょっと、おかしくないですか……?
詠唱、ほぼ聞き取れませんでしたよ、今……」
アルトが、応援席で小さく息を吐いた。
「――のっけから全力じゃねーか……。
いっちまえエルディア。」
──観測対象、更新。
アステルは、いつも通り感情より先に、計算が立ち上がる。
術式から予測変化される弾道。
攻撃の密度。
――速い。
純粋な驚きが、一瞬だけアステルの計算を遅らせた。
リッチの詠唱が完成し、無数の呪詛が闇の矢となって降り注ぐ。
ミノタウロス・オメガが大地を割り、それらの暴威を、アステルは魔法障壁で受け止める。
杖を握る指先が、白くなるほど強張り、アステルは奥歯を噛んだ。
「……あのアステルが、防御に専念してるぞ……!?
今大会はじめてじゃないか?」
障壁の隙間。呪詛の矢を縫うように黒霊暴食狼が影から飛び出す。
アステルに牙を一閃。
アステルはそれを体を捻って躱すが、魔法障壁を掠めた衝撃で片膝が地面についた。
それは今大会における、はじめてのアステルのダメージであった。
「いずれの動きも目で追う事は叶いませんでした!!!状況が目まぐるしく変わり、言葉ではおいきれない!!
アステル選手劣勢なのか!?」
実況の声が、震えていた。
膝をついたまま、アステルは顔を上げた。
――あら。
エルディアのいつもの人を煙に巻くような余裕の色が、その顔から消えていた。
ただまっすぐにこちらを射抜く目。
速すぎる詠唱。
過剰なまでの物量。
それは強さの表れではなく、制御を失いかけている証拠だ。
感情という不確定要素が、計算式の外側から術式の精度を狂わせている。
「やはり調子悪いんですね。
エルディア。」
「……ばれてーら」
突き放すようなアステルの声。
そしてその瞬間ミノタウロス・オメガの腹に穴が空いた。
大きく、抉れるように。
──『星矢』。
星属性魔術の基本魔術。
ドォンッ!!!
一切の、予備動作もなく。
膝をついたままの体勢から、アステルの指先が静かに弧を描いていた。
「…………」
観客席が凍る。
アルトの顔から、血の気が引いた。
そしてエルディアはゆっくりと自分の胸を押さえた。
「…………たかだか使い魔の一体が倒されただけでしょう?
何を狼狽えているのですか?
それにオメガはアンデッド。
この程度で動きを止める必要があるとも思えませんが……」
その一撃でオメガだけでなく、リッチ、ポチ、案山子も止まる様子にアステルが訝しむ。
エルディアが、ものすごく真剣な顔で悩んでいた。
(やっぱりダメだ!!!
このままじゃ、オメガが維持できない!!
魔力が切れそう!!
ダンジョン魔力がないと、召喚維持費が高すぎるんだ!!
案山子一体につき三ポイント!
リッチで毎秒十ポイント!
オメガなんて一体維持するだけで――)
エルディアが、焦りで吹き荒れた様相で青ざめた。
血の気が引くと言ってもいい。
──すでに魔力残高……ファイアーアロー三発分!!!
対してアステル。魔力残高、ほぼ100!!
そしてエルディアの視界の隅、ついに領域の中で案山子が一体ぷすんと消えた。
「…………」
エルディアが振り返る。
「…………案山子?」
もう一体。
ぷすん。
「…………」
そして。
小さく。
「……失敗した。やっべ。」
(アルトがボコボコにされて、頭に血が昇ってたんだ。
慣れない事をするもんじゃなかった!!!!)
地下。
闘技場の外縁、観客からは死角になる、闘技場を支える基部の暗がり。
そこに、小さな扉が――誰にも見つからないように、ひっそりと開いていた。
「……よし、繋がった。」
リリの声は、誰にも聞かれることなく、闇に溶けた。
彼女の周囲、地面に刻まれた紋様が、脈打つように、光を帯びていく。
ダンジョンの、深部から。
魔力の奔流が、地脈を伝うように細く、しかし確かに闘技場の地下へと伸びていった。
「……王国闘技場に、ダンジョン領域を繋ぐなんて。姉御はあたまおかしいっす。バレたら、姉御が詰む案件なんですけどこれ。」
苦笑しながらも、その手は、止まらない。
紋様が、さらに深く、闘技場の地盤へと、根を張っていく。
「よし。サキュエラも見張りよろしくっす。
侵入者は全力で魅了して記憶を消して追い返して。」
「はあい。」
「あとは私は姉御の先輩達の保護っすね。
全く、姉御は人使いが荒いっす。」




