118話 アルト戦
エルディアは、立ち尽くすと静かに拳を握った。
先ほどまで、あれほど激しく戦っていた少女が今はもうぴくりとも動かない。
「アス……あなたの死は……無駄じゃなかった。
自分の命と引き換えに、勝利をもたらしてくれた……
彼女の犠牲を、決して無駄にしてはいけない……っ!!
最後の最後まで、私達のために……」
「いや、生きてるってだから……」
アスが即座に突っ込んだ。
「…………」
エルディアは、倒れているアスを見る。
確かに元気そうだ。
「一度、死んだ。」
「死んでない」
「心は死んだ」
「あなたいつまでそれやるんですの!?!?
アスは重症なんですのよ!?!?」
そしてエルディアは普通に怒られ、アスは運ばれて行った。
エルディアは思ったという。
お見舞いの品と一緒に、今度追悼の花もたくさん持っていこうと……
「次は俺だな。」
「アルト。頼んだ。」
「おまえが命でも誇りでも名誉でもなく、何を背負って、ここに立っているのかは、ずっと見てきたからな。
まあ、できるだけやってやるよ。」
「う、うん。多分そんな感じで。」
歩き出すアルトの背中をエルディアは見送った。
そして首をかしげていた。
アルト。
変なものでも食べたかな?
アーカム副将、アルト・ウインドリィ。
言葉の意味も分からず首を傾げるエルディアの気配に、アルトはふっと表情を緩める。
――頼んだ。
(お前からそんな言葉が出るなんてな。)
山の冬を越えて、エルディアが村の墓の前で死んだ人間の人数を数えていた光景。
山向こうの集落から、二度と訪れなかった娘を待つエルディアの姿。
エルディアの村は、ウィンドリィ家の領地である。
だからアルトもエルディアとともに、その冬を経験している。
そしてそのエルディアの姿をアルトは見ていた。
──俺はエルディアとは違う。
俺はやがて家の名を背負うだろう。
名家であるウィンドリィの名を。
辺境の村では、山の冬を越えられない者がでる。
ただそれだけの事だ。
ただそれだけの事に過ぎないのに。
医務室。
白いカーテンが、薄く風に揺れている。
決勝前の、歓声が聞こえる。
「――起きた?アス。」
ベッド脇の椅子に座っていたのは、カトレア
「よく、頑張りましたわね。
全国大会決勝での4連勝。 まさかあそこまで、やってのけるとは、正直、思っていませんでした」
素直な賞賛。
「――ですが、魔力枯渇寸前で、四精霊同時使役ですって? あなた、正気ですの?
下手をすれば二度と魔術が使えない体になります。
それどころか、命に関わりますのよ。そこまでエルディアの馬鹿に、付き合うことはありません。」
「……カトレアも、同じでしょ」
「……」
「カトレアも、グランディアの人と死ぬ思いで戦ったじゃん。」
「お互い様……ということですのね。
エルディアが危なっかしいから、だからみんな熱くなる。
自分のことばかり言っているように見えて――本当はあの子は周りのことばかり気にかけている。」
「……」
「わたくしが無茶をしたのも。 あなたが命を懸けたのも、 元はと言えば全部あの子のせいです。
少しは自分のことを考えなさい。
全然、聞きもしない。
全く、誰かみたい。」
「……エルディアは台風みたいだよね。
本人はただまっすぐ前に進んでいるだけ。
だけど気づけば、周りの人間まで巻き込んでる。みんなあの子のために無茶をしちゃう。カトレアもね。」
「わたくしは、ただグランディアに負けたくなかっただけですので。」
そう言い切るカトレアの横顔に、少しも説得力はないのでアスは小さく笑う。
「……勝てるかな」
「勝てなくても、勝つ。それが、わたくしたちがみてきたエルディアでしょう?
あの子はそういう生き物。
勝てる見込みなんて、最初からあってもなくても関係ない。
勝つと決めたら、とことんやる。 そこに理屈はない。」
「……無茶苦茶だよね」
「ええ。」
けれどその口ぶりには、呆れよりも確信の方が、強く滲んでいた。
アスは、天井を見上げた。
まだ体の芯には、鈍い痺れが残っている。
けれど不思議と不安はなかった。
「信じて、待ってようかな……」
「それで、よろしいかと。知りませんが。」
カトレアは、そう言うと、アスに手を重ねた。
アスは目を閉じた。
並んだ、ベッドの列。
うなされるリリアの額。
荒い呼吸を繰り返すリシェル。
目を閉じたまま動かないディオン。
毒に倒れたアーカム学院の上級生達。
(……決勝戦、まだ、やってんだ。
優勝の報告、待ってるからね。
――エルディア)
リリアの瞼の裏に浮かぶのは、あの危なっかしい後輩の顔。
「……負けてしまえばいいんです」
「リシェル……起きたのね……」
「負けてしまえばいいと思います。あんな、お下品で手段を選ばないクソ後輩。
毎回、毎回、無茶ばかりして……
振り回されるこっちの身になってください……」
リリアは、小さく苦笑した。
「素直じゃないなあ、リシェル。
勝ち負け、どっちでも?」
「――勝ってますよ、当然。」
リリアは、今度こそ声を出して笑った。
窓の外、歓声とも悲鳴ともつかない闘技場のざわめきが、風に乗って微かに届いていた。
決勝戦。
アルトは膝をついていた。
相対するのはグランディア大将アステル。
「しゃれになんねえぞ……これ……」
「終わりですね。」
アステルの声は静かだった。
天気の話でもするような、その温度のなさで怒気も殺気もない。
指先が一つ動く。
それだけでアルトの視界が会場ごと白く染まった。
決着は、あっけなかった。
観客席から、悲鳴ともどよめきとも、つかない声が上がる。
副将戦。 アルト、敗北。
魔導掲示板に無情な文字が灯る。
「……アステル選手、魔術師家系の名家として知られる、あのアルト選手が……この短時間で……」
「アステル選手は、汗一つかいてないな。
魔力の消耗すら感じさせない佇まいだ。」
観客席がざわめく。
『――化け物か。』
全国大会二連覇は伊達じゃない。
去年より、スケールアップしていないか?
「……アステル選手については、彼女はこれまでの試合で一度も、笑ったことがないというのは有名な話ですね!」
「彼女の顔色変えさせるのは、学生レベルには無理だろうと言われている。
いや学生に限らず、現存する魔術師でそれが可能な魔術師がいるのか……?」
「そして、彼女が手にするのは――」
その手には、一本の杖が握られていた。
王国最高の魔術師たちが、十数年を費やして完成させた究極の魔術杖。
『王国戦略級魔導杖』
本来この杖は、常人が握れば魔力に呑まれ、経路を焼き切られるだけの"呪物"に等しい。
その結晶は、あまりにも完璧だったゆえに誰にも使えなかった。
アステル。
彼女が現れるまでは。
観客席のざわめきが、一瞬、止んだ。
「――出てきました! アーカム学院、大将、エルディア選手!
ここまで、まさかの快進撃を続けてきた、今大会最大の"番狂わせ"の立役者です!」
両雄あいまみえ
そして試合がはじまった。




