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頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
全国大会決勝戦

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118/166

117話 あなたがくれたもの

ガイウスの纏う気配も変わっていた。


「――見せてもらおう。その魔術不全の身でどこまでできるのか。」


ガイウスの声が闘技場に静かに、しかし確かに響いた。


(あの目。

負ける寸前だというのにまるで勝負を捨てていないあの目。

こんな目をするとはな。)


アスの纏う魔力の質が、変わっている。

先ほどの未成熟なものではなく、輪郭を歪めながら、得体の知れない何かへと変質していく。


あまりに粗い。

制御しきれず、彼女の器が悲鳴を上げている。



アスは、魔力枯渇寸前の体に鞭を打つ。

精霊たちの悲鳴にも似た抵抗が指先から伝わってくる。


(お願い。 あと少しだけ。 あと、数秒だけ――!!)


アスは、鼻から一筋の血を流しながらも、腹の奥に残った最後の魔力を、ひとつずつ四精霊へと押し流していく。


「シルフ……もっと上へ。思いっきり吸い上げて」


風の精霊が、答えるように、闘技場の空気を渦へと変えていく。地表の熱を巻き込みながら、螺旋を描いて上昇していく気流。


「シレーナは、冷やし、固めて」


水の精霊が、その渦の芯に入り込むと、気化した水分が、上昇気流の中で急速に冷やされ、目に見える速さで、雲の形へ。


「ドムナ……重さを」


土の精霊の気配が、静かに、雲の中心に沈み込む。


「――カグテス。最後だよ。崩して。」


火の精霊が、雲の底に触れた瞬間、内部の温度差が限界を超える。

膨らみきった雲が、自重に耐えかね、一気に、下へと崩落を始めた。


(――全部だ。

わたしの全部を持っていけ。)


灰色の雲塊が渦を巻きながら、闘技場ごとガイウスを押し潰しにいく。



解説の声が響いた。


「天候そのものに干渉する魔術は理論上は存在する。

だが個人が、しかも、瞬時に――」


解説者の声が、そこで一度途切れた。

言葉を、失っていた。


実況が繋ぐように声を張り上げる。


「か、解説の先生をもってしても、これは前例のない事態ということでしょうか……!

さあ、雲は今もなおも渦を巻いております!

これが意図的なものだとすれば――!」


貴賓席。


ダグラス家当主は、詫び状の文面から、意識を引き剥がされていた。


「あの規模の術式を、単独で、しかも実戦中に……

どこの、家の子だ……?」


控え席。


アルトは、静かに目を細める。


「四精霊、同時使役。 それも属性の異なる四体を一つの現象に収束……

俺でもできねえぞ……」


再度実況席。


「アス選手!!4連戦目だというのに、その魔力は底なしなのか!?!?」


「――むしろ、逆かもしれない。

魔力が底を尽きかけているからこそ、制御ではなく精霊たちの意志そのものに委ねている。

そうとしか説明がつかない。」


闘技場中央。


ガイウスは、頭上で渦巻く雲を見上げながら、恐怖でも、絶望でもない光を宿すアスの目に口元を歪めた。


(死力を尽くすということか。

文字通り命をかけて。

もはや、勝ち負けを見ていない。

そこまでこの試合が大事なのか。)


自分が背負ってきた”名”の重さなど、まるで意味を持たないかのような、その眼差しに、ガイウスは、初めて寒気を覚えた。



――数字にできないものを、賭けている。


アスの中で、そういう確信だけがあった。

それは誰にも測れない。 誰にも証明できない。



「アスならできる」と、言ってくれた。

あの時のエルディアの掌の温度を、今でも覚えている。


初めて自分の意思で風が起きたあの感覚を、きっと死ぬまで忘れることはできないだろう。


それだけで、良かった。

それだけが、全部だった。


あなたは今、控え席で冷や汗をかいているかもしれないけど。


だけど。


証明してみせるよ。

私が。


あなたがくれたものが、どれだけ大きいものなのかってこと。


『高速省略型《クイック》・条件提示式《ショートカット》・最低限相互利益契約《バーゲニング》』


あまりに最低で、あまりに即物的な精霊契約術式だとあなたはいうけれど、私はそうじゃないと思う。


魔術が使えない者を魔術を使える者へと導いた。


それを人は――希望と、呼ぶのだから。








局地的な下降噴流が、闘技場の一点へと圧縮されながら落ちてくる。


ガイウスが初めて表情を変えた。


「――なに?」


《術式干渉》は、術式そのものに絡みつき乱す技術だ。


(絡みつく“糸”が、足りない……

いや、これは!?)


天候そのものを力ずくで捻じ曲げている!!

この現象には“読み解くべき術式”が、存在しない!!


精霊魔術でも圧縮でもない。

ただの自然現象を、限界を超えて無理やり一点に押し込んでいるだけだ。


――干渉する対象そのものない。


「くっ……!?」


ガイウスは、咄嗟に防御の土壁を展開した。

だが。


暴風と雹と叩きつける冷気の奔流が、その壁ごと飲み込んでいく。


「があっ……!」


土壁が砕け散る音。

ガイウスの体が大きく吹き飛ばされ地面を転がった。


闘技場に静寂が落ちる。


風が、止んだ。


灰色の雲は、生まれた時と同じように異様な速さで霧散していった。


アスは、その場に崩れ落ちるように片膝を突いた。


視界が白く明滅する。 指先の

感覚が、もうほとんど、ない。



(……保った、よね……?)


「あ……ぐ……」


ガイウスが地面に伏したまま僅かに呻いた。


――立てない。 立ち上がる、力が、残っていない。


審判が駆け寄り素早く確認する。


「――勝負あり! 三鋒、アス選手、勝利!!」


実況の声が上ずる。


「か、勝った……!

アス選手、勝ちました……!

これでアーカム学院、副将戦にて、逆転勝利……!!

王立グランディア魔術学院、後がありません!!」


観客席が地鳴りのような歓声に包まれる。


アスは、朦朧とする意識の中で小さく笑った。


(――間に合った)


けれどその笑みは長くは続かなかった。


体が糸の切れた人形のように闘技場に崩れ落ちていく。


「――アス!!」


控え席から、エルディアの悲鳴のような声が響いた。




気づけば、エルディアの体が勝手に動いていた。

規則も、体裁も、何も考えられずに闘技場へと駆け出す。


搬送用の担架が運ばれてくる中、エルディアはアスの手を離さなかった。


言わなければ間に合わない気がした。


「アス。アスの死と引き換えに勝ってみせるよ。」


(え?待って。

わたし、生きてる)


「今は亡き、アスのためにもみんな頑張ろう!!」


(えー!?

普通に労って欲しいなー

なんて!!!)


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