114話 アス戦
予約設定ミスって、まとめて投稿してしまった!!!!
貴重なストックが!!!!
アスは分析していた。
試合開始。
ロゼの右足が、僅かに沈んだ。
(重心が右に。
圧縮水流の前触れ。
斬撃と同時に飛ばすつもりだ。
――だけど、もう私の風は敷いてある。
広げておいたその全部を今ここに。
収束させるだけなら届く。)
――必ず届かせてみせる!!
アスの姿が、掻き消えた。
風のように。
ロゼは、高度な近接戦闘をもこなす類な稀な魔術師。
アスは、速度に特化した風属性の魔術師。
「勝者、アス選手!!大番狂わせです!!」
実況の絶叫が、闘技場に響き渡った。
次鋒戦。
アスの呟くように紡がれた詠唱と共に、闘技場全体を覆う、極めて淡い目にも見えないほど微弱な結界が広がっていく。
「――《循環型温熱結界》」
闘技場は完全に凍り付く。
冷やすだけ。
ただそれだけだ。
魔術ですらないと言ってもいい、ただの物理現象。
とはいえ、広大な闘技場全てを氷雪で覆い尽くすなど。
「対戦相手選手、身動きが取れません……!
なんと、そのまま次鋒戦まで勝敗が決まってしまった……!
アーカムの勝利です!!」
実況の声が、震えていた。
続いて解説。
「魔術による環境そのものを、支配する術式。
これほどの範囲を、これほどに精緻に、しかもコストもほとんど感じさせずに……
――この循環網の応用範囲は、計り知れんな。
新魔法体系といってもいいかもしれん。」
誰もが、アスの魔術を見ていた。
誰もが。
この世界の魔術史が、今この瞬間に変わろうとしていることを会場全体が理解し始めていた。
それを見届けたエルディアの脳内に、壮大な未来予想図が浮かんでいた。
「変わるよアルト。
アスの魔術で魔術史が変わる……
そして一つの歴史がおわるだろうね」
「……かもな」
「冷蔵庫産業が……」
「……ん?」
エルディアが、盛大に脱線をはじめたのでアルトは黙った。
だが、やっぱり隣にいる身なので、一応聞いておいた方がいいのだろう。
「……というと?」
「いい?アルト。この術式が一般化した場合、
第一段階は家庭。
第二段階は村
第三段階は都市
やがて王国全域まで広がる。すると薪が売れない。
うちの特産物である薪が!!」
アルトは思った。
くそどうでもいい。
闘技場では、未だに老魔術師の解説が続いている。
「この術式が確立されれば、魔術師の生活そのものが変わるかもしれん。
特に熱源確保の困難な寒冷地では――」
「ほら!アルト!!
解説のおっちゃんも似たような事言ってる!!」
「似たような事を話してるのに、全然違って聞こえるのは才能だよな。
そこはほめてやるよ。」
「そもそもこの魔術は、寒冷地の人たちには無料で配る予定だったの!!
貧しい村や、凍え死にそうな人たちに!
だから秘密にしてたのに!なんで全国大会で発表されてんの!!
いや、アスに《循環型温熱結界》を使えって指示したのは私なんだけどさ!!!
今になって後悔が!?!?」
エルディアは頭を抱えた。
「終わった……」
「……まあ、知ってもらうのはいい事なんじゃないか?」
「全部バレた」
エルディアは再び闘技場を見る。
そこでは、老魔術師がさらに熱弁を振るっていた。
「この術式が完成すれば、暖房だけではない。
冷却、乾燥、保存、農業用温度管理――」
「やめてええええ!!!!」
エルディアが叫んだ。
「このままでは私の世界冷暖房統一計画が!?!?
私の秘密裏慈善事業計画が!?!?
だれかが歯止めをかけないと全員が快適になりすぎてしまう!!
人類が堕落してしまうの!!」
アルトは隣にいて強く思った。
へー。
グランディア控え席。
一人になった途端、ロゼの抑え込んでいたものが、また胸の奥で渦を巻き始める。
(アーカムの中堅。アスと言ったか。
まるで魔術の結果だけが、突然魔法のように出現した。)
「――随分と、思い詰めた顔をしていますね。ロゼ。」
「……アステル。」
「――あなたがそこまで思いつめるのを見るのは、久しぶりです。」
「……」
「あなたの『読み』が通じませんでしたね。
わたくし自身の目で確かめてみますよ。
最も、たどり着ければ、ですけど。」
ロゼはまだ震える指先を見つめていた。
(何も、視えなかった。
圧縮の痕跡も、圧力の揺らぎも――何も。)
まるで、最初から何もないかのように。
観客席から、悲鳴に近い声が上がった。
「あ、足元……凍っ……」
観客席まで、薄く氷の結晶が広がり始めていた。
実況が、資料を読み進めながら続ける。
「えー……再度資料が届きました。
魔術不能……?
いえ失礼。
アス選手は立派な魔術を用いているようですが……資料にはそのように記載がございまして……
魔術回路不全と。」
「魔術回路不能だと!?
馬鹿な!?
観客席にまで、影響出ているんだぞ……!?
範囲魔術としても規格外と言わざるを得ない!!
そもそもアス選手の魔術構築速度と効果、双方の高さは類をみないものだ!!」
実況の声が、動揺と共に響く。
闘技場に、新たな入場のアナウンスが響く。
「続いて、グランディア中堅!
フェリクス・ダグラス選手、入場です!」
フェリクスは、氷に覆われた闘技場の縁に立ち、一度だけ口元を歪めた。
笑っているような、値踏みしているような、その表情。
「――共鳴回路、だろう?」
杖を軽く肩に担ぎながら、対戦相手ではなく実況席の方をまっすぐに見てそう言った。
「王立グランディア魔術学院の解析班がまとめあげている。
まだ、正式な論文にはなっていないがな」
実況が、一瞬言葉を失う。
「え……フェリクス選手、今、何と……?」
「聞こえなかったか?
共鳴回路。
魔術回路を、経由せず――魔力そのものを、外部の何かと、"共鳴"させて、発現させる最新の術式構造だ」
どよめきが、闘技場全体を、覆い尽くした。
「魔術回路不全、といったな。
――違う。
不全じゃない。
最初から、要らないんだ。
回路という器を経由しないなら、
太さも、
練度も、
構築速度も――
俺たちが物差しにしてきたもの全部が、意味を成さない」
解説が、震える声で、割って入る。
「し、しかし……そんな術式、聞いたことが……!
仮に、そんなものが存在するとして……
なぜ、王立の解析班がそれを掴んでいるのですか……!?」
「簡単な話だ。
――俺たちの方にもいるんだよ。
似たようなのが、な」
その言葉に、観客席が再び大きく揺れた。
――アーカム控え席。
エルディアが、氷に染まっている闘技場を眺めながら言った。
「へー。魔術不全の人、グランディアにもいるんだ」
「……」
隣に座っていた、アルトは何も言わなかった。
言わなかったが、内心で静かに思っていた。
(ぜってー、そっちじゃない)
ぜってー逆だから。
限界を越えた魔術運用にアスの膝が震える。
だけどその震えを、まだ誰にも見せるわけにはいかない。
(大丈夫。ここではまだ崩れちゃだめ)
歓声の中で一人、アスは奥歯を噛んで震えを飲み込む。
勝った実感なんて、まだどこにもない。
あるのはただ、次があるという事実だけ。




