10話 アスとカトレア
オリエンテーションが終わった。
巨大な講堂から、新入生たちが次々と出ていく。
期待。
不安。
緊張。
憧れ。
さまざまな感情が入り混じったざわめきが、春の風のように学院の廊下を満たしている。
「よろしくね」
「えっと……同じクラスだったよね?」
「寮はどこ?」
ぎこちない会話。
「じゃあポチ帰ろっか。ぐえ。」
全てを切り裂いて、帰宅という単語に反応した暴力的速度の塊が、すげえ速さで突っ込んでくる。
──やはりポチはいい子だ。
本来は、ダンジョンの深層をねぐらにする犬。
学院のさまざまな匂いの中で、盛大に私の匂いを嗅ぎ取っていた。
全くかわいー奴め。
主であるこちらの意図を完全に読んでいる。
ところ構わずマーキングしたり、建造物を攻撃しないのは本当に偉いと思う。
──まあ、それをしたらその瞬間に殺すが。
「……くうん。」
殺気を感じ取ったのか、
ポチは頭を下げた。
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
周りの学生がぎょっとして、距離を取っていた。
ポチがぶんぶん尻尾を振り回すと、地面に罅ができる。
どごお
どごお
どごお
どごお
「おいなんか地面割れてるぞ!?」
「嬉しがるってレベルじゃねえ!」
悲鳴を聞き流し、すごく嬉しがるポチをかまい、よだれでエルディアはびしょびしょになった。
はっはっはっはっ
そして壁。
校舎の裏。
何十年も生徒たちの喜びや涙をただ見つめてきた壁。
陽の当たる表側と、影のできる裏側を分ける存在。
どれだけ世代が変わっても、同じ場所にあり続ける不変性。
──学園と社会をわける“境界そのもの”。
そこにエルディアがいた。
登下校の許可も、予算があれば通った。
社会は金で動く。
獣魔での登下校がダメなら壁を使うか。
最悪ジャンプすればいけるだろう。
それでもだめならぶち抜いてでも抜け道を作ってやる。
校門は意地でも避けないと……
いらん減点が……
将来について、具体的な思いを巡らせていると、校舎の裏で女子が絡まれていた。
1人の女子生徒が数人の女子生徒に囲まれている。
「……」
同じEクラスだった気がする。
相手もEクラス。
さっき教室で顔を見た覚えがあった。
空気は明らかによくない。
責め立てるような声。
縮こまる少女。
逃げ道を塞ぐ立ち位置。
典型的な構図だ。
(でも、話しかけるの気恥ずかしいなー。
シャイなんだよなー私。
基本コミュ障だし……
まー介入はするけどー)
エルディアは、少し視線を逸らしながら考える。
向こうから絡んでくれないかなー
そうすりゃ介入する理由ができるのに
見て見ぬふりをして逃げる気はそもそもない。
だがいきなり殴りつけるのは、エルディアをしてさすがに避けたかった。
いよいよならやるが。
合理的な介入方法を、もじもじしながら探していると──
「ねえ、何見ているの?あなた。」
──お、ラッキー。
エルディアの中で処理が切り替わる。
1番の障害がクリアされた。
「その子を呼びに来ただけだけど?
その子と遊びに行く予定があるから。」
名前も知らないが。
「ねえ。聞いた?
遊びに、ですって。」
──くすくす。
取り巻きの女子も笑う。
「おあいにく様。
彼女は私達と遊びに行くんですの。
それにこの子も貴族。
あいにく、あなたのような平民とは関わり合いにならなくてよ?
でも跪ずくなら、遊んであげる。」
取り巻きも含めてやな感じだ。
「その話し方、貴族なんだ。
Eクラスって平民だけじゃなかったんだ。
貴族もいたんだねえ
勉強になったよ。」
カチン。
真っ赤にしてそいつはいった。
「決闘ですわ!!!!!」
エルディアは首を傾げた。
──なんで?
「いーけど。
でも後悔すると思うよ?」
「言いましたね!!
その言葉、もう取り消せませんから!!」
「だからいーって。」
「……ほんとに受けましたわ!!」
「平民が貴族に!!……身の程知らずにもほどがありますわね!!!」
「明日の放課後。訓練場に来なさい。
逃げたら、あなたの居場所はクラスにはない。
いきましょう、みなさま」
勝ち誇ったように言い切ると、女はくるりと踵を返した。
「せいぜい、今のうちに“現実”を噛みしめておくことね」
べー
取り巻きもそれに続き舌を出す。
笑い声だけが裏手に残った。
エルディアは手を振って見送った。
その女子はうつむいたまま、肩を震わせている。
「行ったみたい。大丈夫だった?」
「ね、ねえなんでこんな事を?」
「こんな事って?」
「助けてくれたのは嬉しい!!
でもカトレアは貴族よ!
的になりでもしたら……ううん。もう手遅れよ!!」
「まーそりゃ初日からクラスがゴタつくのが嫌だっただけだけど。」
「あなた、死んじゃうかも……
う……」
彼女はよろけていた、
「私、昔から病弱で。
魔力は高かったの。
だけどうまく魔術が使えなくて……
カトレアとは昔からの付き合いなんだ。
悪い子じゃないんだよ?」
「いや、どこからどう見ても悪いやつにしか見えなかったよ……」
「だめだよ。
死んじゃう。
今から一緒に謝れば許してくれると思う。」
「もう遅いと思う。」
「話してみるから!!
う……」
ゼーゼーしている。
弱すぎ女がいる。
明らかに辿りつけそうなかったので、エルディアは彼女を医務室にぶちこんだ。




