↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
決勝トーナメント

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/166

105話 グレイス6


声は、グレイスの内側から直接響いていた。


「――ッ、」


視界が、歪む。

四肢の感覚が、遠のいていく。


(だめだ……体が……動かない……)


膝が地面に崩れ落ちかけた。


その時、襟元の指輪がかっと熱を持った。


「……!?」


これまでただの記念品だったそれが初めて、意志を持ったように脈打った。


刻印の紋様がぴしりと、音を立てて罅割れる。


『――は?』


刻印の声が、初めて、動揺した。


『お前――何を――』


熱は錯覚だったのかもしれない。

だがその『出どころ』は、きっと誰もが理解できるものだ。


指輪から流れ込んでくる、『何か』。

温かく、けれど有無を言わさぬ力強さを持った、『何か』。


それが刻印の侵食を、内側から押し返していた。


「父さん……?」


答えは、返ってこない。

けれど、確かに体は動く。


グレイスは、震える膝に力を込め直した。


刻印の紋様が、完全に砕け散る。


「―─終わらせよう。エルディア。」


杖を握り直す。

その先に、これまでで最も密度の高い魔力が渦を巻いて収束していく。


エルディアが興味深そうに目を細めた。


「へえ。何?今の」


「知らん。だが――」


グレイスは、笑った。


「父さんの言う通りだったよ。

自分の腕だけは、誰にも貸し借りできない。 ……でも、今のは、借りたわけじゃない。 あの人が、私に遺していったものだ。

父さんは普通に生きているけど。」


踏み込む。


一瞬で、間合いがゼロになる。


「――《穿鉄・改》」


杖の先から放たれた一条は、これまでの直線的な貫通ではなく、まるで生き物のようにしなり、エルディアの防御の隙間を、正確に抉った。



一体、また一体と骨の兵が地に崩れ落ちていく。


グレイスの脳裏に遠い記憶が蘇る。


酒に酔い、いつも笑っていた父の顔。


「借りたものに頼るのは、恰好悪い」

「自分の腕だけは、誰にも貸し借りできない」


――バカにしていたその言葉。


だが今はじめてその言葉の”重さ”が分かった気がした。


父が磨いてきたのは、才能でも、血統でも、外部の力でもない。


ただ自分自身を一振りの剣のように。

ただそうあるべく。


グレイスは剣ではなく、鉄糸を操る魔術師だ。 それでも届かせる方法は、きっと同じ。


杖の先に、これまでにない密度の魔力が収束していく。


矛盾している。

誰にも借りないというのが父の教えだったはずなのに。


それでも今だけは。


自分の中にある父の記憶そのものを力に変えて。


それは外部の力を借りることとは違う。


――自分自身の一部なのだから。



「――は?

はや──!?」


エルディアの声から、初めて余裕が消えていた。


とっさに展開した骨の障壁が、まるで紙のように切り裂かれていた。

防御魔術式の演算が、間に合っていなかった。

久しく感じていなかった感覚――"読み違えた"という感覚が、エルディアの中で警鐘を鳴らしていた。


(今の軌道を計算できなかった……? この私が演算ミスを……?

さっきまでの動きとまるで別人……まさか――)


エルディアの脳内で、これまで積み上げてきた"グレイスに対する労働力としての評価"が、音を立てて崩れていく感覚があった。


「……まさか、お父さんから、装備品を相続した事によるバフ……!?

まさか、脱税気味に相続税を踏み倒したとでもいうの――っ!?

それになに、これ……」


エルディアは、初めて素の声で呆然と呟く。


穿鉄だけではない。

グレイスが踏み出すたびに、地面が、鈍い金属の光沢を帯びていく。


土でも、石でもない。 闘技場の地面そのものが、まるで、初めから、そうであったかのように、鉄色に、染まっていく。


「グレイス選手のすさまじい一撃!!

それだけじゃない!!グレイス選手を中心に……地面から、鉄の……棘が……!」


「ただの物質生成ではない!!

あれは領域が”棘という法”を、この空間そのものに上書きしている!」


「そんな事が可能なのですか!?

今、競技場内は、エルディア選手の領域魔術の影響下にあるんですよ!?」


「領域魔術に対抗できるものは、領域魔術だけだ!

つまりあれこそが……

そうそう、みれるものじゃないぞ。

領域魔術の発現の瞬間だ。」



エルディアが着地した足元から、また新たな棘が突き上がった。


「――ッ

嘘でしょ!?

私の畑が!?!?」


紙一重で避ける。避けた先にもまた棘。



一体の案山子が地面から抜け出そうと身をよじる。

だがその足元から棘が貫いた。


上空で骨の鴉が、一羽また一羽と羽ばたきを乱す。

翼が鉄色の空間に触れた瞬間、羽根の一枚一枚が棘に変わって地に落ちていく。


解説者が、震える声で告げる。


「侵食だ!!

領域と領域がぶつかり合い、片方が片方を塗り替えている……!!」



リッチの深淵の眼窩から、青白い燐光がこれまでで最も強く瞬いた。


「――《絶望詠唱》」


グレイスの意識に、再び津波のような負の感情が、押し寄せた。


――終わらせてやろう。せめて道連れに。


グレイスの襟元の指輪が、再びかっと熱を持つ。

抵抗は一瞬。

棘が、リッチの体を完全に覆い尽くす。


グレイスの意識の中で、何かが確かに繋がっていた。


父の手のひらの、硬い剣ダコの感触。

指輪に触れるたび、胸の奥で燃えたあの熱。

そして、体の内側から溢れ出す抗いがたい力。


――これが、そうか。


理屈は分からない。 それでも体は理解していた。



領域魔術。

《鉄乙女棺《アイアンメイデン》》




(くそ……!リッチとの接続が、切れた……!

私の畑を……いや、闘技場全部が鉄に塗り替えられてる……!?

鉄分過多の土壌ではむしろ植物には有害まである。

なんてこと!?一気に畑の栄養価に止めを刺された!?!?)


エルディアの奥歯が、軋んだ。


「ここまで追い詰められるなんて、不覚だよ。

できれば隠しておきたかったんだけどな!!!!」


初めて。

エルディアの余裕の表情が崩れた。


けれどその目だけは笑っていた。




「おいで。

ポチ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。