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頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
決勝トーナメント

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99話 北方要塞学院 グレイス

大将戦前 ― グレイス


控え室の隅、一人だけ。

みんないるが、『一人』だけ。



一人は、天井をただ見つめていた。焦点の合わない目。声をかけても、返事はない。


もう一人は、膝を抱え、震えていた。震える理由を、本人すら理解していないようだった。


一人は、目を閉じたまま、


最後の一人――担架の上でまだ意識を取り戻していない。


グレイスは、その光景を、一つ一つ、目に焼き付けるように見ていた。


声をかけようとして、やめた。

襟元に触れる。そこには、小さな鉄の指輪。


(父さんの……力を貸して。父さん。)


父は若い頃、腕利きの傭兵だったらしい。らしいというのは、その話をグレイス自身は、一度しか聞いたことがないからだ。


今日も普通に応援に来ている。


仲間達は答えない。


だからグレイスは自らを鼓舞するために言う。


「借りたものに頼るのは、恰好悪い。……自分の腕だけは、誰にも貸し借りできないから。」


それだけ言って、父はよく笑っていた。

今思えば、あれが父なりの、精一杯の教訓だったのだろう。


いつもバカにしていたけど、その言葉を口にすると、不思議と胸の奥が熱く燃え上がる。


「――グレイス」


呼びかけられて、我に返る。振り向くと、副将の生徒が少し離れた場所に立っていた。試合を終えたばかりの、仲間。


「起きたの?

大丈夫?顔色が悪いけど。」


「……大丈夫だ。夢から覚めた気分だ……」


「そう。」


グレイスは、それ以上聞かなかった。

彼はグレイスの隣に腰を下ろす。自分の手のひらを、また一度確かめるように開いて閉じた。


「なあ、グレイス

お前が断ったの、正直羨ましいよ。

今更だけどな。……この手はもう自分のものじゃない気がする」 


「何を言ってる。

まだ、終わってない。

決勝は自分で戦えばいい。そんなものに頼らず。

でしょ?」


「ああ。」


呼び出しの声が、控え室に響く。

大将戦。グレイスの番。


グレイスはただ、襟元の指輪にそっと触れた。


(自分の腕だけは、誰にも貸し借りできない。)


父の言葉を、心の中でもう一度なぞる。

それが今なお自分を奮い立たせる、たった一つの理由だった。


いや、父は生きているが。


◆


「北方要塞学院、大将――グレイス・ヴォルフハルト選手!

対するはアーカム魔術学院、大将――エルディア選手!」


実況の声に、グレイスに対して力のない拍手が送られる。

数少ない、けれど、確かな声援。


グレイスは、剣を握り直しながら、静かに闘技場の中央へと歩み出た。


対するエルディアは、すでにそこにいた。3戦目だから。

その脇に、サキュバスの姿。


緊張と警戒が、闘技場に広がっていく。

観客席がざわつく中、


「――始め!」


審判の旗が振り下ろされる。


◆


サキュエラの口元から、小さな笑みが漏れた。


畑にいた頃には、決して浮かべることのなかった類の笑みだった。


魅了の光。

相手の呼吸を読み、隙を見出す感覚。


さきほど目の前で崩れ落ちていった青年の顔に、畑の畦道で膝をついた、かつての自分が重なった。

声を上げても、誰も聞いてくれなかった。抗えない力に、ただ翻弄されるだけだった、あの頃の自分。


(誰も、わたしを引き上げてはくれなかった。

だから――あなたは、わたしが引きずり込んであげる。)



サキュエラを中心に淡い、夕暮れの残照のような光が闘技場にさらに広がる。






「この魔法陣。まさかとは思っていたが、領域魔術かもしれん……」


「領域魔術ですか!?馬鹿な……!?」


実況者が、額の汗を拭いながら、続ける。


「ご存知ない方のために説明すると――領域魔術とは、術者の定めた法則が領域内で優先される最高位の術式です。

単発の攻撃魔術とは、まさに格が違う。

それを扱るだけで一流の魔術師と言われるほどの。」


「ああ。

冷静に考えれば、北方魔術学院が単なる魅了魔術に、そこまでかかるとは思えない」


「なるほどつまり、エルディア選手、領域魔術を展開していたと。」


「そう考えるとグレイス選手の勝ち筋は短期決戦。

そしてこれまでの選手たちはそれができなが故にエルディア選手に敗北した。

そう考える事も出来る。」


実況は息を呑んだ。


「待ってください。

ということは、エルディア選手の今までの審判とのやり取りは

まさか……」


「時間稼ぎ、だろうな。

ルールについて話し合いを重ねながら、実は裏では、領域魔術を展開していた。」


「汚い!

それはあまりに汚いぞ!!

エルディア選手!!

あまりに卑怯だ!!」


「計算だとしたら、とんだたぬきだぞ。」


観客席のあちこちから、次々と、怒声にも似た野次が、飛び始める。


「そりゃないだろ!」

「あのやり取りは、選手同士の、公正な確認じゃなかったのかよ!見てなかったのかよ!審判!!」


審判はジト目でエルディアを見ていた。


「何?

気づかない方が悪いでしょ。」


「く……」





だが。


グレイスは、剣を構えたまま、一歩も動じなかった。


視線すら、逸らさない。


「……悪いが、私には、そのような魅了は効かない。

いくら領域を展開しようが無駄だ。

怖いものは、他にあるから。

茶番はそこまでにしてもらおう。」


サキュエラの笑みが、僅かに固まった。


「あら……?」


その一言と共に、魔法陣の輝きが、力なく萎んでいく。


「……あ、あれ? おかしいですね。効いて、ない……?

――な、なんてこと!?!?」


はっとしたように、口元を手で覆う。









「ボーイッシュだったから、気づきませんでした……!

あなた、女性ですね!?!?」



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