◆09
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怪盗は、やはりカイルたちのマークしていた三人のうち一人だった。
「怪盗ガーネット、大人しく縄につけ!」
カイルが投降を呼びかけるが、ガーネットは道具袋から何かを取り出した。
そしてその何かを、勢いよく投げつける。
「うおっ!」
間一髪で避けると、それは後ろの石壁に弾かれて落ちる。
手裏剣。カイルは見たことはなかったが、風聞を耳にする限り、それは忍者の里で広く使われる投剣だった。
しかしガーネットは忍者の里出身には見えない。おそらく誰に教わるでもなく自力で投剣術を磨いたと思われる。きっとその系統の天性もあり、上級に相当するのだろう。
そこへ、一定の距離を取って監視中だったアヤメが駆けつけた。
「カイル殿、遅れて申し訳ありませぬ」
「気をつけて、この怪盗、上級の戦闘系天性を持っているかもしれない!」
それを聞いて、アヤメが怪盗を「鑑定」する。
「【投剣士上級】、【短剣使い上級】、【格闘家中級】、【密偵】を持っているようですぞ」
「すごいな、上級二つに中級一つ、特殊級位一つか!」
中級でさえそんなに見かけないのに、上級二つまでそろえているという。
間違いなく強敵だ。
しかしカイルのパーティなら勝てる。彼にはその自信があった。【司令】、【主動頭首】という強力な天性を兼ね備えた彼の勘がそう告げている。
なにより、カイルには仲間がいる。仲間の絆は……まだ形成途中にあるのかもしれないが、単純に戦力として、【司令】の底上げ付きの強力な人員である。
だから勝てる。
カイルは隙を見て逃げようとしているガーネットの背後に回り込んだ。
「覚悟しろ怪盗、逃がしはしない!」
彼は、無銘の、しかし丹念に手入れされた剣を抜いた。
怪盗はカイルが剣を抜いた直後、その構えるまでの一瞬の間を見出し、神速の体さばきで手裏剣を打った。
しかしその程度でやられてやるカイルではない。直撃必殺の弾道を、されどしっかりと回避して剣を構える。
「なかなか鋭い手裏剣術ですね。しかし勝負をたやすく決められるわけにはいかない」
言いつつ、カイルは自分がこの一撃を、余裕をもって避けられたことに、自分のことながら軽く驚いていた。
天性が、【司令】と【主動頭首】がなければ、当たり前のように戦死一直線だっただろう。
「くっ、少しはやれるようね」
「戦いはまだまだこれからだよ。レナスはアヤメさんの守りを、アヤメさんは弓を使って、セシリアさんは僕と一緒に二人で怪盗に攻めかかる!」
「承知いたした!」
素早く指示を飛ばす。
「指揮命令に慣れている……いや、この程度の役割分担をいま指示するということは、あなたは頭首になってまだ日が浅いようね」
「ご名答。でも僕たちは逃がしはしないよ!」
「私だって、できたばかりの一党に負けるほどボンクラじゃない!」
怪盗はカイルに激しく斬りかかる。
彼はその、天性が作用していないと受け切れない水準の短剣の猛攻を、セシリアが要所要所で入れるけん制もあって、次々といなす。
短剣という間合いの短い武器を、これほど巧みに操るとは、きっと怪盗は天性ばかりに頼ることなく鍛錬をしてきたのだろう。
そしてそれは、普段の訓練だけではなく、怪盗として続けてきた盗みに付随する、実戦の積み重ねもあるに違いない。
怪盗として安易に隠密を破られ、戦闘に入るのはどうかとも思うが、それで呆れる余裕はカイルにはなかった。
その戦いの激しさは、怪盗の短剣とカイルの剣がぶつかり合う火花、そしてお互いの武器さばきの鋭さによって証明される。
もちろんセシリアも棒立ちではない。湾曲の刃を持つ洋刀――彼女の最も慣れ親しんだ武器が、常に怪盗の喉笛を切り裂かんと繰り出される。
一進一退の攻防。
しかし怪盗はやや長期戦に不向きだったようだ。
数度取り換えられた短剣を取り落とし、体勢を崩してへたり込む。
手首を押さえている。カイル側の激しい攻撃で痛めたようだ。
「さあ観念しろ怪盗。盗人は必ず裁かれなければならない!」
怪盗は道具袋から、おそらく煙玉の類を取り出そうとするが、察知したセシリアによって取り押さえられる。
「逃げられると思わないことだな!」
そのままカイルは、素早くレナスを呼んで、抜けられないような結び方で怪盗に縄をかけてもらう。
さすがは小器用なレナス、怪盗も縄抜けする気配がない。できないことを悟ったのだろう。
「くっ……一世一代のお宝が……」
「僕たちも必要としているものでね」
怪盗はなおも言い返す。
「いや、あなたがたは勇者一党には見えない。きっと冒険者でしょう、盗人でもないのにどうして勇者の剣を!」
「いやあ、僕も少しばかり勇者様方のお手伝いをしたいからね」
「冒険者が無償の善行を? 嘘を、たとえあなたが善人だとしても、それに投じるお金だの暇はないはずよ!」
「それがあるんですよ。それを乗り越える動機というものが」
ひたすら困惑する怪盗を尻目に、カイルはレナスに「他の警備を呼んできて」と指示した。
その後、怪盗の身柄を当局に引き渡したカイルらは、数日後にネビルに呼ばれた。
「今回は助かった。カイルたちがいなければ、勇者の剣を守ることはかなわなかっただろう。ありがとう」
ネビルは頭を下げた。
「僕たちは当然のことをしたまでです。……それで、勇者の剣を預からせていただきたいのですが……」
言うと、ネビルは大きくうなずく。
「もちろんだ。これが勇者の剣だ。念のため聞くけれども、確かに勇者ミレディに引き渡してもらえるんだろうな?」
「はい。確実に引き渡します。僕を信じてください」
ただの冒険者が持っていてもあまり意味がない代物である。しかしミレディにとっては、自分が勇者であることの象徴となるもの。
勇者ミレディへの「取引」は成功する。必ず成功させてみせる。
その意思のもとに、カイルは確約した。
「そうか。それならカイルを信じることにしよう」
傍らにあった、鞘に納められている剣を取り、カイルに渡す。
「ありがとうございます。これで勇者も体裁が整うはずです」
彼はあくまでも笑顔でそう言った。
その後、彼らはいったん連合王国の王都に帰ることにした。
勇者と交渉しなければならないが、そのためには勇者の現在の居場所を把握する必要がある。
勇者の本拠地である王都なら、なんらかの情報があるかもしれない、または勇者一党が何かの理由によって本拠に戻っているかもしれない、とカイルは考えた。
仮にそうでなくとも、カイルのパーティが勇者の剣を手に入れたという情報は、勇者一党にそれほど時間もかからずに伝わるはず。もし伝わったなら、きっと相手のほうからコンタクトを取ろうとするだろう。
いずれにしても、カイルのパーティがアルトリア帝国に留まり続ける理由はない。彼らの本拠地も王都なのだから。
行きと同じく、帰りも馬車を使った。
「勇者方との交渉、うまくいくといいね」
レナスが話を振る。
「まあ、そう心配することでもないと思うよ。強いていえば実力行使で強引に剣を奪う可能性は……いや、それもないな」
そのことが外部に知れたら、さすがに処罰を免れない。
「念のため実力行使とか盗みには警戒すべきだけど、まあ実際にそうなるおそれは少ないだろうね」
カイルはにへらと笑う。
「だいたい、手間賃も払わずにただで僕たちのもの、もとい『預かり物』を手に入れようとする方が間違っている。以前話した通りだけど、こういうのは前例もあるしお金もちゃんと払っている。毅然とした態度で臨まないといけないよ」
「そうかなあ」
「そうだよ。少なくともそれが僕たちの正義だ」
「そうかなあ……まあ頭首様の言うとおりにするしかないけどね……」
レナスは複雑な表情をしていた。




