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◆10

◆10


 打ち合わせのため、カイルのパーティは彼の家に集まろうとした。しかし玄関には既にカイルの見知った顔が。

「あ、カイル!」

 彼の顔を見るや否や、憤然と食ってかかってきたのは、あの勇者。

 ミレディの一党がいた。

「ちょっと、どこほっつき歩いていたのよ、剣返しなさいよ」

 勇者は大きな態度で要求する。

 すでにカイルが勇者の剣を手に入れたことを知っていたようだ。

 こういうことには耳が早いなあ。カイルは思った。

「返す? 奪った覚えはないよ」

 彼は無表情、もとい「無の表情」で答える。

「エェ……あんたが勇者の剣を持っていても意味がないでしょ。私への嫌がらせのために持っているんなら、奪ったも同然よ!」

「嫌がらせ? 代わりに取ってきてあげただけだよ。先方もあくまで『預けた』という体裁だったし」

「じゃあ早く返しなさいよ。預かっているだけなんでしょ」

「それは少し虫が良くないかな?」

 カイルはわざとらしく首をかしげる。

「どういうことよ。勇者の剣は勇者のものでしょ」

「それはそうだよ。だけど代わりに取ってきてくれた人には、正当な対価を供するべきだと思うけどな」

 彼女にとってこの返答は予想外だったようで、目を大きく見開いた。

「……あんた、仮にも勇者から金を巻き上げようっての?」

「巻き上げるとは失礼な。実際、代わりに引き渡された冒険者に対価を支払った例はある。勇者様なら当然ご存知ではありませんかね」

 状況はだいぶ違うようだが。

 カイルもそれは知っているが、口に出すほどのことでもなかった。

「う……それは聞いたことがあるけど、でもその時代とは全然経緯が違うじゃない、あんたのは嫌がらせよ!

「勇者様、あなたのご認識では対価を支払った例はあったのですか、なかったのですか、気にすべき点はそこだけで充分ではありませんか?」

 カイルの口車。天性が発動してから、こういうこともよく回るようになったように彼には感じられた。実際、二つの天性は知能的な面も強化するのだろう。

「それは……あったけど、でも」

「それに、いずれにしても無賃での収奪をするのは、万人の模範たる勇者の振る舞いではないと思うけど」

 直後、鋭い金属音がした。

 勇者パーティの一人、マーカスが投げた暗器を、カイルが目にもとまらぬ抜剣で、その柄によって弾いたのだ。

「チイ、カイルのくせに」

 マーカスは悪態をつく。

「やる気? 勇者が、交渉を持ち掛けただけの冒険者を?」

「うぅ……!」

 ミレディは軽率な面があるが、さすがにここで武力に訴えるのはまずい、と自制する頭はあったようだ。

「払うわよ。いくら?」

「勇者様、しかし」

「いい。マーカス、下がって」

 ミレディが大人しく財布を取り出した。

 カイルは計算する。

 勇者一党は基本的に裕福だ。魔王討伐は、富豪なども含めた全人類にとって重要な使命であり、それゆえ連合王国だけでなく各地の有力者からも支援を受けている。

 とはいえ有力者にまで迷惑をかけるのは良くない。現在の勇者の手持ちから最大限引き出せる額は……。

「二千ドラースで頼むよ」

 中規模の商会に勤めるそこそこ経験を積んだ奉公人が、一ヶ月にもらう俸給とだいたい同じである。

 旅人にとってはかなり高額ではあるが、勇者の財布からはかろうじて払えると踏んだ。

「二千……!」

 ミレディの顔色が赤くなったり青くなったりした。

 正直面白い、とカイルは思った。

「もう、わかったわよ、……はい二千、早く勇者の剣を返して!」

「返す? 引き渡す、だよね」

「早く引き渡して!」

「いや、これはすごく大事なことだからさ。じゃあ、はい、勇者の剣」

 ようやく引き渡した。

「言っとくけど、偽物を渡すなんて、ケチなことはしないよ。なんなら旅道具屋での鑑定代ぐらいなら出してもいい」

「もういい。もう邪魔はしないでよね!」

 彼女は憤然として、荒い足取りで去っていった。


 そのすぐ後、とりあえず一仕事片付けたカイル一党は、いつものごとくギルドの貸し会議室に入った。

「で、今後どうするかだけど」

「いや、あの……」

 レナスがおずおずと。

「なに?」

「あの……勇者様相手にあんな、いや、勇者じゃなくてもちょっとその、可哀想というか」

 彼女は言葉を選ぶようにして自分の意見を言った。

 しかし。

「なにが可哀想なんだい?」

「いやその、全体的に」

「大局的な話をするなら、勇者一党はそもそも、勇者の剣を手にできるだけの実力がなかったんじゃないかな。厳しい言い方だけど」

 勇者パーティの結党からそれなりに時間が過ぎているのに、彼女らはその始まりたる勇者の剣の入手すら果たしていなかった。

 それは当時ミレディらのもとに在籍していたカイルにも責任の一端はあるのかもしれない。しかしそれは証明のできないことである。

 むしろ、剣の入手までにかかった時間が、勇者パーティが集団として力不足であることを物語るのではないか。

「とすれば、本来勇者の剣を手にできない集団が、僕たちのおかげでなんとか体裁を保つことができたんだ。僕たちは充分な手間賃を得る資格があった。そうじゃないかな」

「でも、思いっきり足元を見て吹っ掛けるのはえげつないような、気がする」

 レナスが言うと、セシリアも同意する。

「私も、そういった頭が回るほうではないから、本来どうこう言えないが、しかしえげつない感じではあったな」

 しかしアヤメは首を振る。

「いや、それは違いますぞご両人。カイル殿は最善の決断をなされた。あれ以上の落としどころを、それがしは思いつきませぬ」

「だけど、勇者に吹っ掛けるのは」

「金は取れるところから取る。勇者から取引的な信用を受けても、我々は長期的な取引をする商人ではありませぬゆえ、役に立たぬことです。そうだとすれば、商人的な信用など捨てても、思い切り高値で売り払うのが至極当然でありましょうぞ」

「そうだけどさあ」

 レナスが困惑しているのを見て、カイルが仕切り直す。

「いまは次に何をするか考えよう。とはいっても、冒険者の使命、四大魔道具の入手が目標ってことになるんだろうけども」

「どの魔道具を最初に狙うか、といったところだな」

「セシリアさん、その通り。まあ、どの魔道具も僕たちは所在を押さえていないから、どう決めればいいのかってことだね」

 しばらく沈黙していた一行だが、カイルは唐突に。

「意味があるかどうかは分からないけど、これまでの歴史上、最初に見つかった四大魔道具は『バリスタの星光』だっていうことが多いと聞いたなあ」

 バリスタの星光。対になっている四大魔道具の一つと組み合わせると、引力と斥力を操ることができるという。

 三人がカイルを見たあと、それぞれ思案する。

「もしかしたら、四大魔道具の配置がだいたいそうなるように決まっているのかもね」

「だとすれば、それが運命というものか」

「いずれにせよ、とりあえずはその、『バリスタの星光』を探すのが、どちらかといえば良策ですな。根拠は多少弱いですが、それはどの魔道具も同じでしょうぞ」

「うん、方針は決まったね。まずは王都で手がかりを探そう。とはいえ、直接、すぐに所在をつかめるとは思わない。ちょっとでも気になる情報があったら、みんなで話し合おう。手分けして情報収集だ、いいね?」

「了解!」

 レナスが元気よく手を上げた。


 だが、すぐには情報収集活動は始まらなかった。

「あいや、待たれよ、皆様方」

 呼び止めたのはアヤメ。

「なんだい?」

「それがし、以前より思っておりましたのですが」

 アヤメはいたって真面目に続ける。

「カイル殿だけ自宅で寝泊まりして、残り三人は宿に泊まるというのは、お金の無駄のように思えまする」

 率直であろう一言。

「うん、僕もお金の心配はしていた。けど」

「男女で同じ屋根の下がまずいと」

「そう。たとえ何事もなかったとしても、誤解を招きかねない状況はいけないと思うんだ」

「しかしカイル殿」

 アヤメは腕組みする。

「冒険中の野宿で、結局同じことになるのでは?」

「それは、まあ、確かに」

 野営のときに、男女の寝床を厳密に切り分けることはできない。できたとしても、火急の出来事に対応しにくくなる。

「でももう一つ理由があるんだ。僕の家、狭いよ。四人で暮らせるような広さじゃない」

 その言葉に、今度はセシリアが反論する。

「何事も工夫だな。寝るときは家主であるカイル殿以外、野営寝具で床で雑魚寝すれば、とりあえず寝床の空間は確保できる」

「僕だけ、固くて粗末とはいえ寝台で寝るのは申し訳ないよ」

「家主で頭首となれば、それでもよいのだ。土地税と家屋税を払っているのも、ほかならぬカイル殿だしな」

「それに、まとまって暮らしたほうが、宿代の節約だけでなく、何かと費用が小さくまとまって済むのではありませぬか。規模の利益といいましたかな」

 だが、カイルは浮かぬ顔。

「むむむ……」

「料理や掃除も、四人で分担すれば捗るだろうな」

「左様。特に料理人系統の天性持ちのレナス殿が作ったご飯は、美味いと思いますぞ」

「ひゃ、ここで私の話?」

 いきなり話を向けられたレナス。

「うぅん、確かにカイル君に料理を食べてもらいたい気は、するかも」

「おやレナス殿。それはカイル殿への結婚申し込みかな」

「……はっ! ちっ、ちが……!」

「なんだかんだいって、レナス殿も乗り気でござろう。ならば、ためらうことは何もないと存じますが、頭首カイル殿、いかがか」

 どうやら三人の意思は固いようだ。

「まあ……宿代は僕も気にしていないといえば嘘になるし、そうだね、そうしようか」

「ご英断ですな」

「その代わり、僕の家の片づけとか、手伝ってもらうことになるよ。散らかっているからね」

「そのぐらいは居候として、やって当然であろう。何も異議はない」

「カイル君と同じ家で……エッヘッヘ」

 レナスが気持ち悪い笑みを浮かべていたが、カイルは特に気にしなかった。


 しかし、そこである問題が出てきた。

 男女関係のことではない。

「水薬の数が不安だね……」

 四人が荷物を持って集合するせっかくの機会なので、冒険者としての持ち物を確認しようと、カイルは全員に持ち物を開示させた。

 だが、カイル含め、水薬の数に不安がある。

「四大魔道具集めは、中には長旅になるものもあると思うんだ。でも一人二、三個の水薬ではあまりに心もとない」

 この世界に回復魔法は、というか魔法そのものはない。魔道具や水薬を作る技術はあるが、逆にいえばほとんど消耗品のそれらで、旅の窮地を切り抜けていかなければならない。

 それほどまでに大事なものを、道具袋持ちのレナスですら、それほど多くは持っていなかったのだ。アヤメに至っては、止血などの応急手当の技術や水薬ではない塗り薬に治療の主軸を置いていた。

「一説には、冒険者は『七つの祝福』、つまり一人あたり七個の水薬を持ち歩くのが理想とされる。それはみんな知っているよね」

「知っているが、なかなか実践できなくてな……」

 セシリアがぼそぼそ、モゴモゴ言う。

「しかも傷をふさぐものだけじゃない。解毒、気つけ、寒冷の順応、色々あってのもの。特にレナス」

「はっはい」

「きみは魔法の道具袋を管理しているのに、その中にあった水薬はたった四つ。これじゃ危機に遭ったら死んじゃうよ」

「はい……」

 レナスがしゅんとうなだれる。

「もっとも、道具袋持ちに依存してもいけない。旅の中では一党の分断やはぐれることもありうる。袋持ちに水薬の大半を預けていては、そのときに対処できない」

「おおせの通りですな……」

「というわけで、水薬を買うため、金策をすることになる。いいね」

「はい……」

「ん?」

 セシリアは素直にうなずくが、レナスは首をかしげる。

「勇者からもらった二千ドラースで買えばいいんじゃ?」

「それは貯蓄だ。安易に手を出すとすぐに融けるよ、断言する」

 節約。冒険者の資質の一つでもある。

「しかし、ではどうやって水薬代を稼ぐんだ?」

「先日、ギルドに野生動物の駆除依頼があったみたいだ。掲示板に張ってあった。大規模動員かつある程度の期間があり、報酬は出来高制なんだそうだ。これでまず資金を稼ぐ」

「野生動物……そういえば東の村から来たらしい人が愚痴ってた。今年は格別に畑を荒らして困るって」

「その通り。僕たちの腕で、水薬代を稼ぐ」

 カイルは腕を曲げてパンと叩いた。

「僕たちはあの怪盗を捕まえたんだ、油断さえしなければ、野生動物にも決して遅れはとらないはず」

「なるほど!」

 アヤメがしきりにうなずき、セシリアもしぶしぶと。

「遠回りな気もするが、確かに必要ではある……頭首殿の采配に従おう」

「急がば回れ。特に事前の準備は入念にしなければならない。旅は時に命の危険を伴うんだ、多少回り道してでも安全は図らないと」

「そうだな。その通りだ」

 カイルは満足げに宣言する。

「じゃあギルドに行って、参加届を書いて出してくるよ。畑を荒らす野生動物は決して弱くはないけど、僕たちはあの怪盗ガーネットを倒したんだ、結構な報酬になると思うよ」

 彼はそう言うと、傍らの外套をまとった。



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