◆08
◆08
怪盗はあくまでも勇者の剣を目的に潜入しているはず。
そして学内の地下室で勇者の剣が発見されたのは、約一年前。
とすると、どんなに怪盗が情報に敏感であったとしても、潜入開始は最も古くて約一年前が限度ということになる。
ここ一年で学校が採用した人物ということになると、結構絞られる。
さらにそこから、勇者の剣について知っていて、過去を何らかの形で偽装していて、怪盗としての手腕をどうにかして隠していると思われる人物を絞り込む必要がある。
なお、勇者の剣が予告日前に盗まれる心配はまずない。怪盗はこれまで予告の日にきっちり合わせて財宝を盗んでいる。
「三人にまで絞り込めたね」
カイルが資料を見ながら言う。
中等部の保健医ガーネット。同じく中等部の二年一組副担任のルビー。高等部の校務員パール。
いずれも女性である。
「ネビルさんからの資料を見る限り、怪盗はこのうち一人で、複数人である可能性はない。たとえば三人が協力して一人を装っているとか、そういう心配は要らないことになるね」
「全員女性……いや確かに怪盗が男性であるという根拠はないけど、これ本当かなあ」
「怪盗が男性である根拠はないんだから、これでいいんだと思うよ。どれも根拠付きで絞り込んだわけだし。ありえない選択肢を弾いていった先に答えがある。たとえそれが一見奇妙なものであっても」
カイルはレナスに対して、若干得意げに説明する。
「それ、吟遊詩人の弾き語りで有名な探偵のことだよね……」
「たとえ作り話だとしても、僕たちは教訓を得ることができる。さて今後のことだけど」
事もなげに続ける。
「これ以上絞り込めないから、怪盗の特定はここまでにする」
「えっ、怪盗を絞り込まないと捕まえられないのではないか?」
セシリアのもっともな疑問。
「いや、できるよ。三人をなるべく一組にして、当日はその組で彼女たちを把握すれば、怪盗が一人に特定できていなくても阻止はできる」
「なるほど。しかしそれでも一人に特定できたほうが、捕まえるのに楽ではありませぬか」
今度はアヤメのもっともな疑問。
「そうだね。だけど予告の日までの時間はあとわずかだ。絞り込みに使うより、捕縛の作戦を準備するのに使ったほうが効率的、というよりそうせざるをえないと思うよ」
「確かに……」
アヤメはうなずくと、口を閉じた。
「さて、どうやって捕まえるかだけど、ネビルさんに事情を話して、学校側にも協力してもらおう」
「ネビル氏は信用できるのか?」
「できるし、するしかない。ネビルさんは勤続十年以上で、怪盗の活動可能な期間と合わない。加えてあの人の学校に対する忠義は格別で、仮に怪盗が内通者を作っていたとしても、少なくともあの人ではない。それはかなりの確率でいえることだと思う」
「そういうものか」
セシリアもうなずく。
「とにかく、学校というかネビルさんに事情を話して、当日は件の三人をなるべくまとめて動かしてもらう。僕たちも三人の監視に加わって、怪盗が行動を起こしたら、その動きを封じて捕らえる。こんな感じでどうかな」
「なるほど。それが最善策のようですな」
アヤメが首肯すると、他の二人も同調する。
「賛成!」
「それが一番現実的な策のようだな」
同意を得たカイル。
正直なところ、頭首として作戦を提案し、皆をまとめる仕事というのは、彼にとってあまり経験のないことではあった。まさに天性ではなく言葉通りの意味としての「司令」である。
しかし経験が浅いから……とも言っていられない。軍師的な人間がメンバーにいれば、その人物に頼るのでもよいのだろうが、このメンバーにそれは期待できない。
まさに頭首の「主動」にかかっているのだろう。
自分がしっかりしなければ。彼は頭首としての責任をひしひしと感じる。
勇者ミレディも、この責任の重さを感じていたのだろうか。
彼はそう思って、しかしその考えを打ち消した。
「よし、じゃあこの方針でネビルさんに掛け合うよ。国立学校に行くから準備しよう」
彼は外套を身にまとった。
怪盗の予告した日まで、入念な準備の上で、時間は飛ぶように過ぎた。
そして当日。
「アヤメさんたち、まだかな」
勇者の剣の部屋。その前で、カイルはつぶやく。
ガーネットら容疑のある者は、「怪盗が害を及ぼすかもしれないから」などという理由で、先に帰宅させた。
アヤメは【密偵】持ちとして、学内で準備した他の見張りと共に、容疑のある者たちを、主に家の近くで監視させている。
カイル、レナス、セシリアは、学内の他の戦力と共に件の部屋の前に張り、怪盗の来るのを待ち構えている。
準備は万全であり、あとは成り行きを見守るだけの状況。
――もどかしい。
緊張はずっと続き、結果を待つだけのこの時間は因果の流れに介入できない。ひたすら時の来るまで待機し待ち構えるしかできない。成功するかどうかもわからない、その時を。
カイルは戦争の鉄則で、守勢は有利だと聞いたが、有利不利はともかくとして、放たれた矢が来るのを待つしかないこの状況は、ひたすらにもどかしかった。
「ウズウズしているようだな、カイル殿」
「武者震いってやつかな、カイル君かっこいい!」
「茶化さないでくれよ」
カイルはそう言うと、自分の内心を打ち明けた。
「というわけで、待つしかないこの時間はもどかしいんだ」
「むむ、なるほど」
「気持ちは分かるけどさ、やっぱり待つしかないんだよ」
レナスが諭すように話す。
「計画が上手くいくかどうかが分からないのは、もう仕方がない。だって事前に予知する方法なんかないんだもの。そういう魔道具や天性も聞いたことがないし、ということは、きっとそれは人間の領分じゃないってことだよ」
「人間の……」
「いや、言葉は大げさかもしれないけど、少なくとも今の私たちは、待つしかないよ。自分の計画を信じてさ」
彼女はそう告げると、カイルの頭をなでた。
「よしよし、よく頑張りまちたね。いい子いい子」
さすがにカイルもイラッとする。
「僕を馬鹿にしているのかな」
「ひゃー、こわい、怪盗以上に怖い【主動頭首】のカイル様だ!」
レナスがおどけると、カイルは馬鹿馬鹿しくなって追及をやめた。
「……まあ、おかげで緊張がほぐれたよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
彼は改めて伸びをすると、警戒を続けた。
怪盗は普段着から着替えた。
派手な服。怪盗にふさわしい、華麗な盗みを彩る、彼女なりの仕事着。
動きは若干邪魔されるが、それで捕まったことはないのだから、構わない。
それにこの服を着るのは、彼女の心の中にある、仕事の火を点けるための重要なことでもあった。
彼女は家を出る。裏路地や建物の屋根を使って、人に見られないように進む。
見られては、仕事の完成度が激減する。
と、彼女の感覚が自分に注がれる視線を捉えた。
「……むむ!」
彼女は素早く周囲を警戒する。
しかし誰もいない。
「む……」
気のせいだったか。確かに見られたような気がしたのだが。
いや、気のせいだ。
自分の警戒をすり抜けられるのは、なんらかの力で強化された【密偵】ぐらいだろう。ただの【密偵】を察知できない怪盗ではない。
天性として【密偵】自体、そんなに多くないものだし、それを強化するとなれば、かなり限られてくる。たとえば【司令】なら条件を満たすが、学校の内部には【司令】持ちはいないし、広く学外もみても希少である。
というわけで、怪盗は自分の感覚を信じなかった。
やがて、怪盗は国立学校の外壁にたどり着いた。
この学校の外壁は高く造られており、乗り越えるには技術を要する。
カギ縄を魔法の道具袋から取り出し、壁に投げてカギ爪で固定する。
造作もない。怪盗はこれまで何度も、壁登りをこなしてきた。
全ては宝のために。
今回の標的は勇者の剣であり、勇者と交渉でもしない限り換金性はないが、それでも構わない。
たとえ報酬が手に入らなくとも、宝がそこにあれば、怪盗はそれを盗むものである。
自らに課した使命。あるいは信念といってもよい。
怪盗は実に慣れた様子で、壁を乗り越えた。
しかし。
「そこまでだ怪盗、僕たちが相手だ!」
カギ縄をしまった直後、冒険者一党と思われる年若い者たちが立ちふさがった。




