◆07
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途中の街で何泊かしつつ、馬車に乗ると、やがてアルトリア帝国の帝都に着いた。
「わあ……大きな街だね」
「来たことないの?」
レナスの反応に、カイルが問う。
「うん。いままで冒険者としては国内が主な活動場所だったから」
「四大魔道具が国内にあるとは限らないよね」
「う……まあ冒険者の使命は確かに四大魔道具だけど、ほとんどの冒険者は日々のご飯を食べるのにも苦労しているから……」
そう言って、彼女は頭をかく。
実際、彼女の言っていることは正しかった。冒険者は定義的に四大魔道具の入手を目指さないといけないが、実際に近づくことができるかといえば、また難しいものであった。
日々の糧を得るためには、四大魔道具だけを追いかけるわけにもいかない。結果、冒険者は定義を少しばかり離れ、四大ではない魔道具を入手して売り払ったり、雑用や危険なお使いを請け負って日銭を稼いだりせざるをえなかった。
この辺は、先日まで勇者パーティで、主に魔王討伐を目指していたカイルにとっては、実感を欠く話ではあった。
「まあ追及はしないよ、しても意味がないから。それよりもここが帝都だよ。初めての人はたいがいびっくりするだろうね。僕も最初に来たときは大きさに驚いたものだ」
「これだけ大きいと、甘味とか小物屋さんとかも多いんだろうね!」
はしゃぐレナス。
「そうだね。この帝都にはいろんなものが集まる。……いま僕たちが目指す国立学校は、全国から生徒を集めていることもあって、ひときわ大きな建物だよ。寄宿舎もあるし、噂によると購買部とかも充実していて、学校の中だけで普通の生活ができるぐらいらしい」
「へえ……! 流行りの言葉でいうなら、学園都市ってやつかな?」
「ちょっと違うけど、似たようなものだね。物流が整っているらしくて、国立学校の中だけでも物には困らないらしい。甘味とか小物とか、必需品でないものも含めて」
「それはすごい! 私も入学したいなあ」
「レナスには無理かな。貴族であるか頭が良くないと。レナスはちょっとおつむが足りない気がする」
「失礼な!」
ひとしきり説明をしていると、馬車は中央広場で止まった。
「さて、国立学校に行こうか。あそこには知り合いがいるから、まず彼に会おう」
取り次ぎ。立場的には全くの外部者である彼らが勇者の剣を手に入れるためには、不可欠な手続だった。
しかし。
「カイルじゃないか。元気か。勇者の剣について話があると聞いた」
学年主任ネビルは、目をこすりつつ客人を出迎えた。
その目には隈が浮かんでいる。
「ネビルさん……のほうこそ元気ではないようにみえます。何かあったのですか」
聞くと、彼はためらいながら。
「むむ、これはどうすべきか。カイルは怪盗側ではないのは確かなんだろうけども」
ネビルは難しい顔をする。
やはり怪盗の話は本当だったのだ。
「怪盗……噂によると勇者の剣を盗みに来ると予告状を出したとか」
「耳が早いな。いや、学校側としても、半ば他国の宝を守らなければならなくて、ちょうど厄介に思っていたところだ」
彼は目頭を揉む。
確かに困っているのだろう。勇者の剣それ自体は帝国にはほぼ関係のない宝物である。しかし、それが怪盗に盗まれたとなれば、連合王国との関係に亀裂が走ることは明白。
いうなれば、他国の大事な物品を、危険を冒しつつ無償で保管しているに等しい状態。厄介といえば間違いなく厄介である。
そこでカイルは思いついた。
「怪盗のたくらみは阻止するつもりなんですよね。僕たちも怪盗の撃退のお手伝いをさせていただけませんか」
「むむ?」
「ただし交換条件です。怪盗の悪行を阻止した暁には、勇者の剣を僕たちに預からせていただきたく」
カイルは手に多少の汗をかきながら提案する。
「交換条件か」
「もちろん、勇者の剣は僕たちが責任を持って勇者ミレディに引き渡します。その際に多少の駄賃をもらうため交渉する予定ですけども、いずれにしても勇者が無茶を言わない限り引き渡すつもりです」
ものは言いようである。この言い方なら、マイナスの印象を与えるようなことはないはず。
「交換条件……その前に一つ聞きたい」
「なんでしょう」
「カイル、お前はなぜいま勇者一党にいないんだ?」
当然の質問。
しかし彼は誠実に答えた。
「追放……頭首向きの天性か。なるほど、嘘はついていなさそうだな」
「当然です。嘘をつく理由がありません」
「ふむ。……カイルは信用に足りる人物だ。以前、学内に野獣が出没したときも、勇者一党として事に当たってくれたからな。怪盗の息もかかっていないはずだし、思惑はあっても勇者に剣を渡してくれることも信じられる。そもそも勇者以外が勇者の剣を持っていても、そんなに意味はないからな。それに国としても、他国の『預かり物』をいつまでも持っているのは面倒だ。上からそう聞いている」
「そうでしょう」
「……よし分かった。ちょっと上にかけあってみるよ。数日待たせるけれども、待っていてくれないか。宿代は出す」
「ありがとうございます。お心遣い痛み入ります」
カイルは内心、一面歓喜の嵐だった。
数日後、ネビルに呼び出されたカイル。
「会議で提案が通った。カイルよ、怪盗撃退、できれば捕縛までの助力、よろしく頼む。怪盗の脅威を退けたら勇者の剣を引き渡す」
「ありがとうございます!」
カイルは内心、勇者パーティ時代にネビルと懇意にしていてよかったと痛感した。
まさか、このような形で人脈が役に立つ日が来るとは。
「勇者の剣は確実に勇者に渡してほしいけれど、まあ引き渡した後のことにまで帝国が責任を持つこともあるまい。逆にいえば引き渡し後は全責任をそちらが引き受けてほしい」
「もちろんです」
責任については、当たり前のことであった。国立学校としても、カイルを信頼していないわけではないだろうが、これ以上責任を取らされるのは勘弁願いたいに違いない。
「これで、嫌な言い方をすれば『取引』は成立ですね」
「嫌な言い方だな。まあ事実ではあるけどな。その代わり、怪盗をとっちめるまではしっかり働いてほしい」
「承知しました。全力をもってあたらせていただきます」
「よし。ではよろしく頼む」
ネビルの差し出した手にカイルは握手をし、ここに勇者の剣への足掛かりは成立した。
その後、カイルのパーティは宿屋の一室で会議をする。
「で、どうする、怪盗が忍び込む日まであと十一日だぞ」
セシリアが尋ねる。
しかしカイルは、おそらくはメンバー三人が全く考えていないことを口にした。
「いや、きっと怪盗はもう忍び込んでいる」
「えっ、でも勇者の剣はまだ無事だって話だし、偽物と交換されたわけでもないって、ネビル学年主任が」
「ああ、ごめん、そういう意味じゃない」
レナスの言葉にかぶりを振る。
「僕が言っているのは、怪盗本人が何らかの形で、すでに学内に浸透しているってことだよ。たとえば臨時講師とか、校務員とかの形を取って」
「おお、なるほど。内部の関係者になっているということか」
「そう。……怪盗本人はあくまでも外部で、内部に内通者を作っている可能性もあるけど、ネビルさんからもらった調査資料を見る限り、怪盗は過去にそういう間接的な手段を用いていないみたいだ。本人が浸透しているとみて間違いない」
「では、現時点で怪盗を探し出して捕まえれば、未然に予防できますな!」
アヤメは喜んで答えるも、カイルは否定する。
「予防はできるだろうね。だけど怪盗も馬鹿じゃないはず。こちらがそうしているとくれば、そして勝算がないとなれば、なんやかや理由を付けて予告を取り消して、学校をそのまま離れるだけだよ。そうなったら、僕たちの手柄ということには、おそらくならない」
「我々の行動によって阻止したにもかかわらずか?」
「そう。予防は最善ではあるけど、僕たちのおかげで予防できたかどうかは立証が必要になる。そしてその立証はきっと難しい」
「ということは、結局当日にとっちめるんだね」
「その通り。この十一日間で紛れ込んだ怪盗本人を特定しつつ、泳がせて、勇者の剣奪取という難しいことをしている最中に、その難しさに乗じて捕まえる。これが僕たちにとって最善の手だと思う」
「難しいな。私などは、当日を待たずに阻止したほうが安全だと思うが」
「安全ではある。当日に捕まえるのと違って、時間に余裕があるから、致命的な失敗、つまり勇者の剣を予告通り盗まれるおそれは少ないだろうね。けどそれでは得るものがないんだ」
カイルは傍らの水を飲む。
「なるほど。当日に捕まえるのでないと意味がないのか」
「ないとは言わなくても、僕たちの目的は達成しにくいだろうね」
「ふむ……分かった。私としてはカイル殿の方針に異議はない」
セシリアがうなずくと、他の二人も続いた。
「同じく!」
「それがしも同意です」
「よし、みんなありがとう。当面は怪盗に気取られないようにしつつ、学内で情報収集だ」
カイルは水をぐいっと飲み干した。




