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◆33

◆33


 しばらくして、軽食がカイルのパーティに提供された。

 なにせ兵糧、保存食や持ち運びに適した食事が主であるので、味は二の次である。

 実際、カイルもあくまで空腹を八分目まで満たす、というだけの目的で食べており、美味いとか不味いとかいうことは、何も考えなかった。

 もっとも、レナスは「この芋がら縄おいしい! こういう兵糧もたまには乙だよね」と【料理人初級】持ちにしては意外なことを言っていた。

 いや、意外ではないのかもしれない。なんでも美味しく食べる性格と、味を追求する感覚や技術の双方がそろっていないと、むしろ料理人は務まらないのだろう。

 ともあれ。

 あくまでも腹八分目だが、兵糧を食した一行は、迷宮の入口に立った。

 土が盛り上がってできたような造りをしている。ダルトンの迷宮とは趣が異なるが、こちらも「迷宮迷宮している」には違いない。

「迷宮への挑戦は二度目だな」

「山登りを加えると三度目になるね。山登りを勘定していいのかどうかは異議もあるかもしれないけど」

 カイルは続ける。

「ただ、ダルトンの迷宮とも違うはず。あれは最深部の……」

 ダルトンの剣術が主軸だったけれど。

「罠の強さが本命だったけれど、この迷宮はおそらく、序盤から全力で僕たちを妨害しにかかってくるはず。あのときみたいに、中途半端な置き方や構造の罠はしていないと思う」

「そうですな。ダルトン氏の迷宮は最深部こそが必殺の構成だったようですが、この迷宮にはわざわざそういうことをする必要が少ない」

「最深部とそれ以外で緩急をつけるのも、戦術としてはありだろうけど、この迷宮がそうだと決めてかかるのはたぶん違うよね」

 珍しくレナスが賢明ぶったことを言う。

「悔しいけどレナスの言うとおりだ、みんな、この迷宮――」

「なんで私の言うとおりなのが悔しいの!」

「この迷宮は始まりから気をつけていこうじゃないか」

「異議なし」

「それがしも承知しました!」

「もう、カイル君ったら!」

 なんとも緊張感のないやり取りから、迷宮攻略は始まった。


 最初の困難は、迷宮に入って二十分ぐらいだっただろうか。

 罠警戒のため、先頭を歩いていたレナスが、迷宮の曲がり角で足を止めた。

「待って」

「どうしたの?」

 カイルが尋ねる。

「ここから、透明なトリモチが敷き詰められてる。距離はざっと二十メイルぐらいかな」

 トリモチとは、もともとは害鳥を捕らえるために地面に敷かれ、その粘着力で敵を逃さない罠である。

 また、一メイルはおよそ一メートルである。

「透明なトリモチ……」

「そこの、壁の傷の下あたりから敷かれてる」

 確かに、カイルがじっくり目を凝らすと、その辺りからわずかではあるが、床の色合いが変わって見える……ような気がする。

「むむ」

 レナスがそう言うならそうなのだろうけれど……とカイルが悩んでいると、アヤメも口を開いた。

「むむ、これは確かにトリモチですな。それもかなり粘着力の高い。これが二十メイルとなると、強引に突破はできない気がしまする」

 アヤメもそう言うならそうなんだろうな、とカイルは納得した。

 レナスに失礼な内心だろうか?

 いや、違う。パーティを組んでの冒険である以上、複数人の意見が一致するというのは、パーティの安全において重大な意味を有する。推測の正しさが一気に上がるのだ。

 その、冒険者としては基本的な「失礼さ」で確信したカイルは、しかし首をかしげる。

「……どうしよう? レナスにトリモチを解除してもらうか、何かトリモチに引っ掛からない道具を使うか」

 しかし、そこでレナスが声を上げる。

「はいはい! 実は私が準備していたもので一発です!」

 そこで魔法の道具袋から取り出したのは、四人分の水薬。

「この水薬を飲んだ人は、一定時間、床から少しだけ浮くことができるよ」

「ああ、そういえばそういうのもあったね」

 出陣前の買い出しで、「こんなの何に使うんだ?」と思いつつ自分で購入許可を出したのを、カイルは今さらながら思い出した。

「なるほど、浮き上がればトリモチにもかからないで済むね」

「地面に仕掛ける系の罠は全部これで一発なのに、カイル君は『節約だ』とか言って許可を渋ったよね」

「だって、まさか罠を張るような迷宮に、合戦の中で挑戦する羽目になるとは思わないじゃないか。合戦なら合戦用の道具を調達するのが当然だよ」

「はいはい。カイル君のバカ策士ぶりを笑いながら、みんなで飲もうよ」

 カイルは内心納得がいかないながらも、言われたとおり薬を飲んだ。

 体が少しだけ宙に浮く。

「おお、これは」

「これならトリモチの上を通過できるな」

 全員、この水薬を飲むのは初めてのようで、軽い驚嘆の声が上がる。

「さあ、みんな行くよ。私のおかげだから覚えておいてね」

 レナスを見て、カイルは内心「めんどくさい」と思いながら、トリモチの上を通っていった。


 やがて宙に浮く水薬の効果も切れ、しばらく歩いていくと、長めの芝の生えた区域に突入した。芝というより草原といってもいい。

「芝……なんでいきなり床が変わったんだろう」

 ぽつりとつぶやいたカイルは、しかし自分で言った直後に意味を推測できた。

 これは、罠を張っているのを隠すためではないか。

「レナス、アヤメさん、罠によく注意して進んでください」

 言ったところ、さっそく報告があった。

「あ! トラバサミ発見!」

「しかもそこら中に敷かれていますぞ!」

 カイルからはなかなか見えなかったが、それは彼が罠に関する知識も経験もそれほど多くないからかもしれない。

 またも複数の仲間から声が上がったので、カイルは信用することにした。

「レナス、宙に浮く水薬はまだあるかい?」

「もう品切れ。カイル君が買い控えるものだからね。困った頭首さんだねえ」

「だから、それは仕方ないって――」

 反論しつつ、カイルは視界の隅を魔法人形が通過していくのを見た。

「いや、騒がないほうがいい。この近くに魔法人形がいるね」

「戦闘に入ると面倒ですな」

「とはいえ、宙に浮く水薬が切れた以上、魔法人形を警戒しつつ、トラバサミを地道に解除していくしかないね。魔法人形もトラバサミに掛かるとすれば、そうそう身軽に動けはしないのが救いだ」

「エェ、そんな力業みたいな」

「他に代案があるのかい、レナス」

 聞くと、レナスはなにやらもごもご言いながらうつむいた。

「代案がないならそうするしかない。進路はなるべく魔法人形の監視に引っ掛からないところを決めるから、解除をお願いしたい。万一戦闘になったら、僕たちがレナスとアヤメさんを守るから。ちょうどバリスタとか電光の杖とか、強力な魔道具もあるし」

「めんどいのやだ……けど、まあそうするしかないよね」

「左様。幸いトラバサミなら、それがしは簡単に解除する方法を知っていますゆえ、お任せくだされ」

「それはよかった。すまないけどよろしく。僕は経路の指揮をするよ。セシリアさんは魔法人形を警戒して」

「承知した。やっと私の出番だな」

 セシリアは満面の笑み。きっと先ほどのトリモチの件では出番がなかったのを気にしているのだろう。

「よし、じゃあまずはここからまっすぐ」

 カイルは指示を飛ばした。



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