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◆32

◆32


 その後、おおかたの予想通り、部族連盟は出陣、連合王国も宣戦布告し迎撃のため出陣した。

 もちろんカイルらも従軍し、戦場へ向かう隊列の中に入ることとなった。

 もっとも、通常の隊列ではなく、国王から命を受けた大将に程近い、特別な位置であった。

 ほかの兵士とは違う扱い。しかしそれは、きっとただの特別扱いではない。ドレイクが言っていた通り、一般兵の戦いとは異なる、高度に危険な任務が割り当てられるのだろう。

 遠いところまで来た。

 カイルの脳裏にそんな言葉がよぎる。

 緊張はしていない。過度に気負ってもいない。ただ、ふとそう感じただけ。

 彼は黙って歩きつつ、己の立場を意識した。


 夜、小休止のため、軍団は名も知れぬ谷で歩みを止めた。まだ任務は下ってこない。

 将兵から離れた茂みで用を足したカイルは、ふと人の気配を感じた。

 思わず振り向く。

「……バーツさん?」

「おっ、カイルじゃねえか!」

 そこにいたのは、冒険者バーツ。

「こんばんは。……バーツさんがなぜここに?」

 もしや、彼も四大魔道具のため密命を帯びていたのか?

 しかしどうやら違うようだ。

「冒険者ギルドで傭兵としてこの仕事を割り当てられたんだよ。お前もじゃねえのか?」

 ギルドが王国から、おそらく依頼か命令を受け、冒険者の中から傭兵を出している……のだろうか。

 初耳だった。いままで前例のないことでもあった。

「え、ああ、僕もそうです」

 カイルの側も深掘りされると面倒なので、とりあえずバーツと同じであることにした。

「だよなあ。俺も従軍の経験は初めてだから、分からないことばかりだ。ギルドが政府から徴兵令を受けるとか今回が初めてだし、ギルドも混乱しているみたいだぞ」

「僕も少しは聞きました。今後もそういうことが起きるんでしょうか」

 聞いていない。話を合わせている。

「だろうな。まあ報酬はそこそこ出るみたいだし、挙げた手柄に応じて手当もつくらしいしな。俺みたいなしがない冒険者にとっては、そういう仕事も悪くはない」

 バーツはニコニコしている。

「とはいえ、戦場に出るのはバーツさんも初めてでしょう。怖くはないんですか?」

「むむ、確かに初めてではあるが」

「不安をあおるようですみませんが、普段冒険者として直面している困難とは、質が全然違うのではないでしょうか。山を登ったり迷宮に挑戦したりするのではなく、一兵士として、たくさんの人が戦っている中をかいくぐり、手柄を立てようとすることを、冒険者の中で経験したことがあるのは、軍人からの転職者以外いないはずです」

 彼は腕を組む。

「もっとも、軍人からの転職組から事前に助言を受けていれば、多少は不安や不便も和らいだと思いますが……」

「俺は怖いというより、自分の実力を確かめたい感じだな。そう簡単にくたばるつもりはない。戦場で遊撃隊として、自分の武力がどこまで通用するのか、試してみたい」

 バーツは握りこぶしを見せる。

「だけど、カイルはそういうタチじゃなさそうだな。転職組から助言を聞いたりしたか?」

「……余裕がなくて、そういったことはしていませんでした」

 しいていえばつなぎ役のドレイクから話を聞く機会はあったが、しかし彼は基本的に文官。助言を聞こうとしても、現場で役に立つ知識はおそらく拾えなかっただろう。

「そうか……俺からは頑張れとしか言えない。なんせ俺も初の挑戦だからな。手柄を立てつつ、一緒に生き残って土産話を用意してやろうぜ」

「そうですね。頑張ります」

 カイルは握りこぶしを見せ返した。

「武運を祈っているぞ。……ああ、そうだ!」

 バーツは何かを思い出したらしい。

「どうしました?」

「四大魔道具、三つ獲得したんだってな。おめでとう!」

「ああ、それですか。ありがとうございます」

「俺がちょっと見ないうちに、だいぶ成長したな。まったく友人が功績を挙げるのは、誇らしいよ」

 裏表のない、まっすぐな称賛の言葉。しかしカイルの側には裏表があった。

 ――バーツさんは、悔しくないのですか。僕を妬んだりしないのですか。

 その、のどまで出かかった言葉をあえて呑み込み、カイルは返答をする。

「ありがとうございます。これからも頑張ります」

「おう。まずはこの戦いを生き残れよ。じゃ、また」

 バーツが持ち場に戻っていくのを、彼は見送った。


 小休止の後、朝に一行は進軍を再開した。

 しばらくは何もなかったので、カイルたちの出番もなかった。

 しかし。

「なにやらドタバタしているね」

 カイルたちは一時停止した隊列の中で、何かがあったことを見てた。

「なんだろ。私は兵糧についての不具合とみた」

「レナスはいつも食べ物の心配をしているね」

「へへん。なにせ【料理人初級】の天性だからね」

 胸を張るレナス。

「そういうつもりで言ったんじゃないけどなあ」

 皮肉すら通じないみたいだ。カイルは眉間を押さえた。

 彼が辺りを観察していると、見た顔がやってきた。

「カイル殿」

「ああ、ドレイク殿!」

 国防室事務次官。

「ドレイク殿も従軍されていたのですか」

「まあ、ご存知の通り私は文官ではありますが、軍隊には行政とのつなぎ役が必要ですからな。それより」

 ドレイクは一瞬の間のあと、彼に告げた。

「出番ですぞ、カイル殿方」


 いわく。

 この先の谷の入り口で、敵の将軍ジークフリートが陣を構築している。

「陣をですか」

「それも偵察兵の話を聞く限り、特殊な陣地でしてな」

 陣地というよりは迷宮。魔道具で造ったものとみられ、中には罠や魔法人形――魔道具の一つで、自律行動が可能である――などが待ち構えている。

 敵の将軍がそういった魔道具を持っている、という情報は本当だった。

「おそらくですが、その一番奥に陣の主ジークフリートが待ち構えていると思われます」

「ちょっと待ってください。この話に敵兵や敵の軍団がまだ出てきていません。将軍が一人で陣を張っているのですか」

「それが、実はその通りです」

 敵の意図としては、時間稼ぎ。この迷宮で時間を稼ぎつつ、別の進路から本軍を侵攻させるつもりのようで、実際にほかの偵察が本軍の存在を確認している。

「いち冒険者にすぎない私が心配することではないかもしれませんが、本軍を迎え撃つ戦力はあるんですか?」

「それが、事前にある程度予想していまして。別進路にすでに戦力は配置しておりますし、いま我々がいる軍団も、少なくとも半数以上をそちらの救援に回す手はずです」

 カイルは軍学を知らないが、どうやらすぐに心配することはないらしい。

 ……いや、心配することは目の前の迷宮であった。

「なるほど。しかし、とりあえずあの迷宮をどうにかしないと、僕たちは先に進めませんね」

「それなのです。あの迷宮を攻略して、ジークフリートを倒し、迷宮の魔道具を解除しないと進軍できません」

 カイルへの用件が見えてきた。

「そこで本題ですが、カイル殿方にはあの迷宮を踏破し、迷宮の主ジークフリートを倒していただきたいのです」

「なるほど」

 敵将の迷宮を突破する。

 合戦そのものへの参加ではない。どうやらこの戦争でのカイルらの仕事は、少数での特殊な工作任務だとか、暗殺だとか、そういったいかにも戦争らしいものではないようだ。

 しかしそのことに、むしろ彼は安心していた。

 カイルのパーティは、迷宮踏破なら経験がある。もちろん迷宮によって内容は様々だろうが、過去の経験を少しでも活かせるというのは、大いに後押しになる。

「ちなみに、その迷宮は部隊を派遣するでもなく、僕たち四人でなければならない理由があるのですか」

「ええ。あの迷宮、五人以上が入ろうとすると、入口で弾かれるのです。【鑑定士】によれば、迷宮を形成した魔道具の機能で、人数制限をかけているようですね」

「逆に、四人までなら入ってよい理由はなんでしょうか」

「魔道具職人に聞いたところ、それが魔道具で造った迷宮の限界なのだそうです。人数を絞り込むのは四人までが限度で、それ以上は魔道具の性質上、または構造上、入場を拒否できないようです」

「なるほど」

 カイルはうなずいたあと、話を聞いていた仲間たちに確認を取る。

「そういうことだそうだよ。迷宮への挑戦、どうする、いや、どうするも何も選択肢はないんだけどね」

「同感だ。それが私たちの任務なら、私は同意するしかない」

「それがしも異議なしです」

「私も仕方ないとは思うけど、お腹空いた」

「レナス……それここで言う話?」

 カイルはあきれたが、すぐに考え直した。

「いや、迷宮に入る前に、少し腹ごしらえをしたほうがいいかもしれない。ドレイクさん、少しでいいので食事の手配をしていただけますか」

「承りました。命令を出すよう本部に言ってきます」

 言うと、ドレイクは小走りで本部のほうへ向かった。

 かなり高い役職の貴族に使い走りをさせているようで、カイルは少しだけ罪悪感を抱いた。



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