◆21
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彼はその考えを余すところなく話した。
「……と思ったんだけど、どうかな」
しかしセシリアが困惑の様子を見せた。
「まあ、そうかもしれないが、だからといって、どうすればよいのかという話だな」
危機感があまり伝わっていない。いや、事実、カイルのように予想したからといって、とれる手段はただ一つ「慎重に進む」だけなのだが。
「確かに、僕たちとしては注意深く攻略を進めるしかないんだけども」
「そうだろう」
「でも、心構えがあるかどうかは重要だと思うんだ。きっとこの迷宮には、この先に致死率のすごく高い何かがある。気構えをしなければならない」
「それは分かる、しかしその正体が具体的に把握できないのでは仕方がないと思うが」
「そうだけどさ……どう言ったらいいのかな」
彼が困っているところへ、レナスが助け舟を出した。
「まあまあ、カイル君の言うことも分かるよ。何かとてつもない脅威があって、それに充分注意しなきゃならないってことでしょ」
「その通り。この迷宮には、簡単な罠に混じって、罠か獣かはたまた人間か、大きな脅威になるものが潜んでいるだろうからね」
「むむ」
そこへアヤメも口を開いた。
「それがしもカイル殿と同じ意見でございます。この迷宮、レナス殿の解説を待つまでもなく、罠の程度がいささか低いと思われまする。これだけで挑戦者が全滅したと考えるのは、さすがに無理があると……」
「そういうものか」
「まあ、確かに注意深く進むしか対策はないんだけどね。だけどこの迷宮には、尋常ではないものが確実にある。それはたぶん当たっている」
「なるほど分かった。慎重に進もう。とはいってもレナスやアヤメのほうが、そういう方面は詳しそうだけどな」
セシリアが同意を示すと、残り二人もうなずく。
「了解。このレナスさんが迷宮の秘密を暴いてみせるよ!」
「それがしはレナス殿のように浮かれずに、地道に注意を払う次第ですぞ」
「もう、人をからかって!」
カイルは道の途中でおちゃらけた掛け合いを始める二人が多少不安だったが、その意図は伝わったことを感じた。
あとは前進あるのみ。
彼は「じゃあ、行くよ」と号令をかけた。
その後もどこか生ぬるい罠が続いた。まるで迷宮の体裁を保つためだけの、発見もしくは立て直しが容易な仕掛けの群れ。
そして、それらを越えた先に扉があった。
「見るからに怪しいね」
カイルがつぶやく。
「そうですな。この扉、入った者をどこかへ転移させる魔道具の一種のようですぞ」
それを受けて、鑑定を行ったであろうアヤメが続ける。
「転移か。どういうところへ?」
「別の一室のようでございまする。……ああ、別に水の中とか、空中とか、断崖絶壁とか、そういう転移した瞬間に危険がある場所ではありませぬ。ご安心召されよ。ただ……」
「ただ?」
「この扉、一回に一人ずつしか受け入れないようですな。次の人間が入るには、転移先からの制御が必要なようで」
「一回に一人か……」
カイルは腕組みする。
「この先に『脅威』がありそうだね」
「然り。それがしも同じ見立てでございます」
アヤメに続き、レナスも。
「私もそう思う。この扉だけ、なんか他の罠より手が込んでいる気がする」
「カイル殿、しかしここは進むしかないと思うぞ。ほかの部屋はあらかた調べたし、ここだけしか進路はありそうにない」
「そうだね」
彼は深く同意した。
「僕の天性は【司令】と【主動頭首】。この両方が効果を及ぼしているのは僕だけで、他の三人は【司令】の効果だけ受けている。たぶん現在の状態で戦いに入るなら、この面子の中では僕が一番強いし、戦闘以外にもそこそこ対応できる。つまり、危険が待ち受けているであろうこの扉に、最初に入るべきは僕だ」
「カイル君……」
「レナス、これは格好をつけているわけでも虚勢を張っているわけでもない。合理的な判断をする限り、これが一番の答えだ」
彼はそう言い切った。
「というわけで僕が行ってくるよ。みんなはここで待っていてほしい。大丈夫、みんなはここに入るまでもなく、踏破を待つだけになると思うよ」
「カイル君……無茶はしないでね」
「私も同行したい……アヤメ殿、制御うんぬんの仕掛けは解除できないのか」
「残念ながら……どうか生きて帰ってきてくだされ」
三人はいずれも、カイルを心配しているようだ。
「おいおい、僕は仮にもバリスタの星光を取得した冒険者だよ、これしきの脅威に屈する人間じゃないさ」
それは慢心ではない。ただ、三人の気を楽にさせたいがための言葉。
「カイル君、くれぐれも気をつけて」
「分かってるよ。じゃ、行ってきます」
あまり名残惜しんでも仕方がない。
彼は覚悟を決めて扉を開けた。
そこには一人の老爺がいた。
「おう、よく来たな」
同時に、神速の抜刀術から稲光のごとき一閃。
カイルは紙一重で避ける。
老爺は剣を構えたまま続けた。
「わしがダルトンだ。この迷宮の主をしている」
その一連の動きでカイルは悟った。
「つまり、あなたがこの迷宮で最大の脅威というわけですか」
「その通り。ここまでの罠はどうだった?」
「生ぬるかったです。まるで、あなたが唯一の本命の障害であるかのように」
目の前にいる迷宮の主ダルトン自身が、「何かとてつもないもの」の正体であると、彼は確信した。
「なぜそのようなことを。まるであなたが人を斬ることが目的であるかのようです」
おそらくダルトンの天性は【剣聖】。しかもいつぞやの学士と違い、経験や鍛錬も充実し、きちんと有効に作用している【剣聖】である。
最近は剣聖の大安売りなのだろうか、この天性にはよく遭遇するなあ、などとカイルはのん気に考えた。
ともかく、ダルトンは答える。
「ご名答。この迷宮は、わしが人を斬るために開いたものだ」
「ご自身の武技を発揮するためですか。他に理由はないのですか?」
「ない。……わしは昔は、田舎で剣術を鍛え、こわっぱどもにそれを教えたり、獣や盗賊を狩ったりしたものだ」
しかし田舎の剣術稼業を畳み、サハッコで商売を始めると、その機会もずいぶん遠ざかった。 それでも、商売の一環という名目で開いた道場で、鍛錬や試合をしていたが、本気の、命のやり取りがないそれらにダルトンは満足できなかった。
そこへバリスタの月光が舞い込んできた。ダルトンはそれをエサに、再び実戦を、本物の命のやり取りをするべく、場所と機会を整えたというわけだ。
「のうカイル殿、貴殿は分かるだろう、貴殿は勇者一党では真価を発揮できずにくすぶっていたと聞く。人間は、最も得意な技能を使う時こそ、光り輝くものではなかろうか」
「後半は同意します。確かに勇者一党で【司令】や【主動頭首】を持ち腐れにしていたのは、非効率……いや、僕自身不本意でした。しかし」
カイルは敢然と反論する。
「人の命を、こうもたやすく理不尽に奪い取ってまで、腕試しをしようとは思いません」
「ふ、若いな」
ダルトンの冷笑。
「貴殿の天性は、そういえば【剣客】以外は必ずしも戦闘だけのものではないな。貴殿がもし高位の戦闘系天性を持っていたなら分かるだろう。人生における流血の達成感を」
「若いとか老いているとか、天性の違いなどという問題ではありません。流血の達成感など普通の武術者は持ち合わせていません。貴殿は、失礼ですが流血に魅入られてしまっているようです」
「ふ、バリスタの月光を持っているのはわしのほうだというのに、ずいぶん失礼な口を利くものだな」
「それは失礼しました。流血うんぬんは水掛け論ですね。ここは仕事として、ただ武器の打ち合いのみによってバリスタの月光を争うとしませんか?」
「さてはて、つまらない男だな」
一人の頭首と一人の剣聖は、武器を構え、空気をひりつかせた。




