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花紺青の結び目  作者: 待灯羊南
第三話 心帰る場所
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第三話 心帰る場所①

 キャラバンはものによって周期や道順、内容も大きく異なるが、周期的に中央都市へと帰るキャラバンは多い。パトリックが率いる移動本屋も同じだ。


「ここから先は大型船だな。全く、中央都市は便利だし盛んだが、出入りにちょっと手間がかかるのが面倒だな……」


 あの秘境の村を去ってから何ヶ所か村に立ち寄りながら三週間、ようやく中央都市が見える位置に辿り着いた。キャラバンの一員が、ふっと愚痴をこぼす。


 中央都市は文字通りこの世界で一番発展している都市であり、まさしく世界の中央に値する。キャラバンそれぞれが持つ小型船ではお互いの位置が把握しきれず事故も多発したことから、中央都市を出入りできるのは定められた大型船のみ。操縦は専門の印名を持つ船長が行ってくれる。彼らは慣れた手つきで荷物やキャラバンの船たち、人々を誘導し、そして中央都市へ向かう人々全員を一つの大きな船に乗せた。


 中央都市を含めこの世界は水に囲まれた大きな街や村が多い。否、水に囲まれたと言うよりも水の上に出来た……と言うべきだろうか。街の中も水路が無数に通っており、公共機関のゴンドラあるいは歩きや自転車などで橋を渡りながら移動する他はない。瞬間移動の類の印名があるなら話は別だが。


 船は静かに滑るように動き出した。水底にはがらくたばかりが積もっている。まるで船が何隻も沈没したような大きなものばかりだが、それが何なのかは未だに分かっていない。昔、水の中でも呼吸が出来る印名を持つ人達が探索に出たらしいが結局判明しないままだったという。そのがらくたの隙間を、すいすいと魚達が泳いでいく光景をノッテはぼうっと眺めていた。


 ようやく中央都市の港が見えてくる。船はほとんど揺れることなく、速度を落として静かに止まった。人々が列を作って降りる中、ノッテも並んで船を降りる。

 久しぶりの中央都市の空気だ。数ヶ月に一度は帰ると決めている場所。私の帰るところ。帰ってもいいと、言われたところ。


 船を降り、ゴンドラに乗り、中央都市の中でもやや外れの方へと向かう。三ヶ月前とは大きく変わらない風景。しかしどうやらあそこのカフェは新しいようだ。美味しそうなパンケーキのイラストがノッテの目を引く。


 代金を支払い、ゴンドラを降りた。この先は徒歩だ。知っている道を歩く。前回は冬の終わりで吐いた息が白く染まる季節だったが、今は初夏へと差し掛かっている。もう少し気温が高くなれば蒸し暑くなるだろう。

 街の中央から外れた、小さな店が所々に並ぶ住宅街。二階建ての建物の前でノッテは立ち止まる。OPENと書かれたプレートと、「レイニー文具店」という看板。


 ノッテはその扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。からんからん、と頭上からベルの音が降り注ぐ。

 カウンターに座っていた三つ編みの少女がノッテを見る。目をぱちぱちと何度か瞬きして、そして微笑む。まるで愛しい人に会えたように。


「——ただいま」


       ◇


 三ヶ月前と変わらない、がらんとした小さな部屋。掃除が行き届いているのはあの彼女のおかげだろう。

 荷解きをした後、ノッテはその部屋の本棚に、星空の表紙の本を一冊置いた。パトリックさんの移動本屋のキャラバンで買った一冊の本だ。また思い出した頃に読むことにしよう。

 コンコンと扉をノックする音。ノッテが「はーい」と声をかけると、小さな女の子がスケッチブックを持って入ってきた。


『ご飯、出来ましたよ』

「ありがとうシェリーちゃん、すぐ行くね」


 シェリーと呼ばれた十歳前後の少女は、こくりとうなずいてリビングへと降りていった。

 三年前にノッテを拾ってくれた家。二年前に、帰ってくると言って旅に出た家。それから数ヶ月おきに帰っている、ノッテにとっての家。

 たった三ヶ月、されど三ヶ月。その短さ故に懐かしさはないが、故郷の十数年よりも温かく感じる、ノッテが唯一「帰るところ」と呼ぶこの場所。


「今日の晩御飯は……カレーかな」


 リクエストしようとしたが、先手を打たれたらしい。ノッテは顔をほころばせて、自室を後にした。


 シェリーのカレーはいくつかのキャラバンとはまた違う、シェリーオリジナルの味がする。シェリー自体が子どもだからなのか、それともノッテやここの家主であるトトセという青年も甘口派だからなのか甘く仕上げられたそのカレーは本当に美味しい。じゃがいもは大きくほくほくに、人参は小さく食べやすいように切られているのはトトセの野菜嫌いのためだ。今日はノッテが帰ってきたからだろう、型抜きでくり抜かれた星型の人参が入っていた。皿に盛られたサラダもオリジナルのドレッシングがかかっており、この場所に帰ってきたのだと改めて感じる。


 食事を終えたところで、ノッテは小さな箱を取り出した。お土産だ。


「こっちはとある絵の具職人さんの絵の具です、彼オリジナルの色だそうで……」

「綺麗な青だ……!! こっちは赤かな? 早速塗ってみたくてうずうずするよ。いつもありがとう、ノッテ」


 ノッテは買った絵の具やボトルインクなどをトトセに渡していく。毎回恒例のお土産だ。


「シェリーちゃんには、これを」


 ラッピングされた小さな袋を開けると、更に小さな網目の薄い緑の袋が顔を出した。その中にもまた何かが入っている。それは花弁や葉っぱの破片……のような。


「香り袋だよ。中にお花とかハーブが入っていて、いい匂いがするの」


 そう言われ、シェリーはくんくんと嗅いでみる。そうして、すうっと大きく息を吸って、優しそうに微笑んだ。どうやらお気に召してくれたようだ。


『大切にしますね』

「喜んでもらえて嬉しいよ、良かった。匂いには好みがあるから……」


 少し心配だったが、杞憂だったようだ。喜んでもらえて何よりである。


「さて、明日はどうする? 僕らはしばらく暇して——、コホン、店番はあるけど、お絵描き教室とかは無いし……」


 シェリーにじっと睨まれ、トトセが一瞬硬直し、言い直す。


「うーん……私一人で街を散策してきてもいいですか? 街の景色を見たいのと、ハクさんにも顔を見せておきたいので」

「お、だったらあそこのパンケーキ屋を勧めるよ。三ヶ月前にはなかったお店で、つい最近オープンしたんだ。シェリーと二人で食べに行ったんだけどね、とっても美味しかったから」


 来る時に通ったカフェだろうか。なるほど、それは美味しそうだ。ノッテは昼食に寄ることにした。


『あと、看板、掛けておきますね』


 シェリーがスケッチブックを見せてから、奥の方へと消える。持ってきたのは『夢切り承ります』のあの看板だった。


「ありがとう、よろしくお願いします」


 こうして、レイニー文具店は臨時で夢を切る仕事も承るようになった。


       ◇


 ゴンドラで中央都市の中でも一番栄えている場所まで出る。せっかく帰ってきたのだ、一週間では短い。一ヶ月ほどトトセ達の家でのんびり暮らそうか。そう考えながら歩いていたその時だった。

 前から男性と女性が歩いてくる。仲良さげに話す男女は腰に大きな翼を生やし、ついノッテはその視線を彼らの耳へ向けてしまう。そして慌てて帽子のつばをぎゅっと掴んで道の端へと避けた。

 羽耳族。ノッテの母親の一族。中央都市は一番栄えている都市であり、郵便局も存在する。そして、郵便局で働いているひと達はほとんどが翼を持つ者達だ。


「帽子、被って来て正解だった……」


 身を硬くするノッテに気付かずに通り過ぎていく二人。

 ノッテの耳を見れば、誰もが羽耳族の血を引いているのだと分かる。そして同時に腰に翼が無いことに違和感を覚える。羽耳族の印名は〈飛翔〉。すなわち空を飛ぶこと。しかしノッテにはそれが出来ない。何故なら、翼が生えていないから。


 きっと彼らがノッテに気付けば声をかけられたかもしれない。そして短くはない会話をされるだろう。それらに今更巻き込まれるのは、少なくとも今はノッテにとって不都合だ。噂にされるのも、出来るだけ避けておきたい。


 中央都市のお店を見て回る。まずは旅で消耗したものから見ていく。長く使い続けたカバンや、靴、服……新調するか、直してもらわなければいけない。ノッテはまず靴屋から扉を叩くことにした。


「こんにちは」

「あらノッテちゃんじゃない! 帰ってきたのね。あらまぁ靴がぼろぼろじゃない! すぐ新しいもの持ってくるからね」


 ノッテの行きつけの靴屋だ。中央都市には郵便局があり羽耳族が多く住んでいるため、羽耳族が愛用する厚底サンダルも取り扱っている。

 羽耳族は空を飛ぶために体が小さく、他者よりも身長の差が激しい。その差を埋めるために羽耳族や鳥族などは厚底の靴を愛用している傾向がある。ノッテもその一人だ。


「はい、サイズは変わらないわね?」

「ええ、ありがとうございます」


 今履いている靴と同じ。違うのは、何ヶ月もの間使い続けたかどうか。

 違う靴にするという道もある。ノッテは母親の羽耳族のしきたりにも父親の夢使いのしきたりにも縛られていないのだから、この服や靴だって違うものを身に纏えばいい。現に、帰ってきた今は民族衣装ではなく中央都市の人がよく着ているような私服を着ている。これは羽耳族に見つからないようにしたいという気持ちもあってのことだが……。


 けれどノッテが旅先で羽耳族の伝統衣装を選ぶのは、羽耳族の衣装が好きで、着慣れたもので、そして何より旅立つ時に母が縫ってくれた服だからだろう。ぼろぼろになって汚れてしまっても、修繕して使い続けている。それだけノッテにとって羽耳族の衣装は特別だった。これがあればまだ、母親と繋がっていられる気がするから。ノッテはカバンの中の青い布をそっと撫でた。


 靴屋で靴を新調した。

 服屋に行き修繕を頼んだ。

 あとはハクに会いに印名研究所に行くくらいだろうか。

 お昼からは過ぎているが、昼食はまだだった。


「ハクさんに会う前にパンケーキ……かな」


 ノッテはそう呟いて、看板に描かれていたパンケーキを思い出して微笑んだ。

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