表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花紺青の結び目  作者: 待灯羊南
第七話 〈夢切り〉の少女
PR
18/44

第七話 拝啓、兄から愛妹へ

 ノッテは可愛い。世界一かどうかは知らないけれど、僕にとっては一番可愛くて愛しい、たった一人の僕の妹だ。そこに世界一かどうかなんて関係ない。僕が可愛さを知っていればいい。……なんて言ったらまたノッテは引くんだろうな。まぁ、そのドン引きの顔も悪くない。ちょっと悲しいけど。


 ノッテが生まれたのは夜中だったから、僕がノッテに会えたのは僕が朝目を覚ましてからだった。母さんは起きてきた僕に、両腕で抱いた小さな赤ちゃんを見せてくれた。


「見て、アルバ。あなたの妹よ。あなたはお兄ちゃんになったの。名前は、ノッテ」

「のっ、て……?」

「夜、という意味なのよ。夜明けのアルバと、夜のノッテ。可愛がってあげようね、ノッテが、温かな朝を迎えられるように、家族が、陽だまりになれるように」

「うん、僕、頑張るね」


 ノッテは名前の通り、月と星々を散りばめたような、静かで、優しい女の子に育った。初めは、夜なんて暗いしひとりぼっちで悲しいだけだって思っていた。だけどそのうちに、この子といるならどんな夜も寂しくないな、そう思ったんだ。


 僕とノッテは完全に血の繋がった兄妹ではない。半分だけ、母親だけ同じの異父兄妹、というヤツだ。だから僕には父親が二人いる。一人目は僕と血の繋がった、僕が生まれる前に死んじゃったお父さん。もう一人は、ノッテと血の繋がったお義父さん(あいつ)


 血の繋がりなんて形だけのもの。そんなものに縛られなくちゃいけないなんてどうかしてる、と僕は思う。郵便配達する上で沢山の人や家族を見てきたけれど、全員が血が繋がっていたわけじゃない。ノッテが良くしてもらっているあの家も、血が繋がっていないけれど大切な関係だと思う。それって凄く素敵なことじゃない?


 それにしても今日のノッテはどこか様子がおかしい。いつもはすぐに離れる、寧ろ突き放されているような気もするハグの時間が、向こうから延長されたのだから。勿論、嬉しいことだけど。


「ところで兄さん。隠してるものあるよね」

「……へ?」


 あまりに唐突なものだったので、素っ頓狂な声が出てしまった。隠してるもの? 何だろう。いや、うん、何となく分かる、分かるぞこれ。()()()()


「もしかして、手紙のこと?」

「やっぱり! ……出して」

「いやでもあれ、『夢使い』からの手紙——」

「ファルファラに会ったでしょう。何も私のこと話さなかったってファルは言ってたから、私との約束はちゃんと守ってくれていて嬉しいよ。でも手紙は別。私は『渡さないで欲しい』なんて頼んでない」

「でもほら、嫌なこととか沢山書いてあるかもしれないし、ノッテを探してたってことは印名目当てだったんでしょ、ね? なら、手紙は危ないよ」

「それは私が読んでから決めることであって、兄さんが決めることじゃない。手紙を読む権利も返事を書く権利も私にある。そうでしょ?」


 ジリジリと詰め寄るノッテ。あぁこれは完全に怒ってるなぁ。今までの夢使いの一族からの手紙は全部僕が引き取って、ノッテに渡す素振りを見せて実際は一枚も渡してないもんなぁ。長老からの手紙も、ファルファラちゃんからの手紙も、勿論、義父(あいつ)からの手紙も。僕が郵便配達員になってからずっと、夢使いに関する手紙は全部僕が持ったままだ。母さんにもノッテにも渡していない。これ、上司にバレたら即解雇だろうなぁと思いつつもずっと続けちゃってたんだよなぁ。まぁ渡さないために郵便局員になったと言っても過言じゃないけど。ノッテが悲しむ顔を見たくなくて……と言いたいところだけど、結局は僕のエゴだ。


「……ごめん。届けたらまた辛い思いさせると思ったから。勝手に判断してごめんね」

「確かに、辛い内容かもしれない。でも、私はファルファラには会えてよかったと思ってる。どう転ぶかなんて分からないものだよ」

「ちゃんと会えて、話出来たんだね。そっか。あの子随分詮索してたけど、結果的には良かったんだ」

「兄さんも知ってたでしょう、ファルがどんな目に遭って、苦しんでいたのか」

「まあ、ね。でも、会ったってことは〈切った〉んだろう?」

「……すっごくいい顔して眠ってた。母さんの子守唄、覚えててよかった」

「僕はすぐ寝ちゃってたからなぁ。あんまり覚えてないよ。母さん元気かなぁ」


 僕は遠い町で義父さんと二人で暮らす母さんに思いを馳せてみる。でも子守唄なんて歌ってたのは知ってるけどメロディーも歌詞も思い出せなかった。

 ノッテはしばらく考え込む素振りをし、数十秒後に、ねぇ、と僕に話しかけた。


「母さんに、話してもいいかな、私の印名のこと」

「…………それは……」


 言葉が詰まる。母さんにノッテの印名のことを伝えないと提案したのは僕だ。けれど、ノッテと二人で話し合って出した結論だった。まぁもしかしたらいつかこんな日が来るかもなんて思ってたけれど。母さんはそこまで悪い人じゃないから、隠す必要なんてない。けれど隠していたのは、そこから秘密が漏れてしまうかもしれないし、ノッテが父親と同じ『夢使い』だって分かりきってしまうのは辛くないかなぁなんて勝手に思って判断した。勿論、隠していることの罪悪感はあったけれど。


「秘密は明かせば秘密じゃなくなる。だけどこの秘密もいつ(ほど)けるか分からない。母さんは優しいよ。優しくて、私たちのことを育ててくれた。それに父さんも夢使いの村は出て母さんと二人で暮らしてる。もし夢使いの村にバレて最悪の結果になるなら……私が、切る」


 僕の妹は可愛い顔をしながら、随分と怖いことを言うようになったものだ。勿論切ると言うのは夢を切って廃人にするという意味だろうけれど。実際に剣とか刃物で切ったりはしないだろう……しないよね?


「変わったね、ノッテ」

「……そう? そう、かも。いつまでも同じじゃないよ」

「ははは、まぁそうか。……強くなったね、ノッテ」


 変わっていくことは少し寂しいけれど、ノッテはノッテだ。根本的な所は変わらないし、僕の妹だということも変わらない。

 けれど、もしかしたら変わらなくちゃいけない頃なのかもしれない。僕らはこのままではいられない。義父さんも随分と丸くなった。それでもしたことは許せないけど。けれど母さんは? 母さんは悪くない。僕らの独断のせいで、今もなお苦しんでいるかもしれない。ノッテも強くなった。印名の使い方も、危険性も、ノッテ自身が一番よく知っているはずだ。その判断を下すのは、きっと僕じゃない。

 だから。


「まずは母さんに、手紙を出そうか。僕が渡してくるよ」

「そうだね。……え、兄さんが?」

「当たり前だろう? 隠していたことは同罪なんだから。母さんを信じきれていなかったことを謝らなくちゃ。寂しい思いもしているだろうから……もし嫌だったら言って。約束でしょ?」

「分かってる。嫌じゃないよ」


 約束。僕とノッテだけの、二人の約束。あの日まで守れなかった僕と、「嫌だ」と言えないノッテと二人で決めたこと。僕の言動に対して、本当に嫌だと思った時にはちゃんと「嫌だ」って言うこと。


 母さんは僕らに弱いところを見せようとはしなかったけれど、父さんを亡くして、次の義父さんには家庭をめちゃくちゃにされて、憔悴してたことは明らかだった。おまけに子どもたちは家を出たまま帰ってこないなんて、本当に寂しい思いをさせてしまったと思っている。そりゃ精神を患ってもおかしくはないだろう。それに、僕は定期的に帰っているけれど、ノッテはこの調子だと帰っていないだろう。帰れば印名の話をしなくちゃいけなくなるから。帰ろうにも、秘密を抱えたままでは帰れないのだ。


「えーっと、母さんと父さんが住む町に行くにはどのキャラバンに乗ったらいいんだろう?」


 とりあえずノッテの手紙が書き上がる前に、一度様子を見に行ってみよう。そう思って、僕はここの町を訪れているキャラバン掲示板を見て頭を悩ませる。仕事上土地を把握しなくちゃいけないことは分かるけれど、大体は〝風の声〟を聞いて届けるからあまり覚えていない。風は何もかも教えてくれるから。この世界は僕ら羽耳族にとって騒がしすぎるのだ。母さんも、もしかして僕らのこと〈聞いて〉いてくれてるかな。


「兄さん、空が飛べるならいつもみたいに飛べばいいのに。どうしたの? もしかして風邪とか……」

「たまには、地面を歩くのも悪くないだろう?」


 僕は知っている。ノッテが、僕や母さんの白い翼を羨ましく思っていることに。そして劣等感を抱いていることに。生まれた時から印名を持つ僕ら羽耳族を、憧れと諦めの眼差しで見ていることに。

 けれど同時にね、僕も思っているんだ。〈夢切り〉という、あまりにも強く特別な印名を持った君が羨ましい。羽耳族の印名は生まれた時から〈飛翔〉と決まっている。風の声を聞くのは付属品みたいなものだ。誰にも気づかれない、羽耳族だけの特権、そして明かしてはいけない秘密。

 お互いに、無いものを欲しがっている。『普通』と『特別』を。けれど、それでもいいんだ。お互いに無いものを持っているなんて、きょうだいとして補い合うにはとっても素敵なことじゃないか。最も、ノッテに僕は必要ないだろうけれど。いやぁ、優秀な妹を持つ兄は辛いね。


「ありがとう、兄さん」

「……えっ? 何が?」

「あの時、私を助けてくれて」

「……あの時のことを言っているなら、僕の行動は遅かったよ。もっと早くから、」

「それでも、助けてくれたのは、兄さんだから」


 ……返事に困る。ファルファラちゃんに会ったことで、昔のことを思い出したんだろうな。多分。

 でも良かった。人に歯向かうには勇気がいるから、あの時の僕の勇気が君を救っていたのなら、僕は本当に嬉しいよ。自分のやったことは正しかったんだって、そう思えるから。僕らの家族はいつからか歪んでしまっていたから。

 これからやり直せるかな。僕と、ノッテと、母さんと義父さんの四人で。ノッテがこんなにも成長したことを、伝えてあげたい。僕の成長は……まぁ、置いておいて。


「あ、このキャラバンならあの町に行くみたいだよ」


 ノッテが一つのキャラバンを指す。僕には分からないけれど、旅に慣れているノッテに頼ることにしよう。


「母さんになんて手紙を書けばいいんだろう……印名を持ったこと? 今まで帰らなくての謝罪? 一緒に住んでるんだからきっと父さんも読むよね。うう、考えるだけで頭が痛くなってきた……」

「よし、距離はこれくらいか……手紙、書けたら僕を呼んで。そうすれば僕が母さんに持っていくから。いつでもいいよ」

「やっぱり兄さん、聞こえてるんでしょう、私には聞こえない『何か』が……」

「〈風の声〉って呼ばれてるやつのことかな? だから僕ら羽耳族は、相手が旅人であろうと行方をくらましていようと荷物や手紙を届けられる。強さは人それぞれみたいだけど。母さんも、もしかしたら僕らの安否くらいは分かっているんじゃないかな」

「……私には、聞こえない」

「ノッテは今のままでも十分可愛いよ?」

「そうじゃない」

「力の持ちすぎも考えものだと思うけどなぁ。ノッテは今のノッテじゃダメなの?」

「そうじゃ、ないけど」

「ノッテはノッテのままでいいんだよ。〈夢切り〉だって特別な印名なんだから。兄さん実は結構羨ましかったり」

「……えっ?」


 やっぱり知らなかったか。この子はいい意味でも悪い意味でも鈍感で、隠すのが苦手だ。知っている世界は狭かったし、価値観も狭かった。まぁそれは環境のせいだけど。だけど、世界は広いし、ノッテも旅をしているのだから色んな人に出会ってきたはずだ。価値観だって変わった。人は変われる。僕らのちょっと歪な関係も許せるくらい、この世界は広いんだから。


「さぁ、ノッテ。しばらくだけどこうして旅先でしばらく一緒にいられるのは初めてだなぁ、兄さん嬉しい」

「兄さんぶるの恥ずかしいから……やめて……」


 眉間に皺を寄せて、ノッテはじっと僕を見る。そんな顔もやっぱり可愛い。けれど、本当に嫌われるのは嫌なので、この辺りで引くとしよう。


 ぎゅっと抱き締めたくなったその気持ちを抑えながら、僕は彼女の編み込みの髪の毛に手を添えた。夜を閉じ込めたような紺の髪が、指の隙間をすり抜けていく。僕とお揃いの、けれど僕のよりも愛おしく感じる、綺麗な夜色の髪。この子が母さんの髪色を継いでくれて良かった。母親似で良かった。そうじゃなかったら、と思うと、何だか胸が苦しくなるから。……この角は新しいアクセサリーだろうか? ノッテにしては主張が激しすぎる気もするけれど、かわいい。


「この角は……新しいアクセサリーか何か? 似合ってるよ」

「違う……生えてきたの……」

「生えた」

「生えました……」


 まるで生まれつき生えている羽耳のように、初めて見るのに妙にしっくりくるこの羊の角は一体なんなのだろう。あ、もしかして。


「夢使いの村で聞いたユメヒツジの話と関係あるのかな? ノッテ何かした?」

「う、ファルファラもユメヒツジの話してたなあ」


 ノッテが一瞬言葉に詰まる。うーん、これは何か隠し事をしているな? 例えば……ファルファラちゃんと夢や印名関係で何かあった、とか。でもノッテが隠そうとしているなら聞かなくていいや。きょうだいは全部を知らなくちゃいけない、なんてことはないんだから。


 けれど喉を通り越して、ぽつりと舌先から零れ落ちた言葉があった。


「……ごめんね、分かち合えなくて」

「そんな、こと……」


 僕は夢使いじゃないから、夢にまつわる印名を持った悩みを実感することは叶わない。共感はするけど、絶対に当事者にはなれない。ファルファラちゃんはその点なれたんだろうけど。

 同じ一族なのだと嫌に分かってしまうのが印名であり、同じではないのだと痛感してしまうのも印名なんだ。


 僕は自分の髪に手を伸ばし、結っていた紐をすっと引っ張って解いた。ノッテと同じくらい長い髪が風に煽られて、僕の視界を紺に染め上げる。そして、それをまとめ直し、再び高い位置で一つに結び直す。ポニーテールというやつだ。髪が長いのは嫌いじゃない。髪が長いのはノッテとお揃いのような気持ちになって、嬉しく思えるから。


「行こうか、ノッテ。もうすぐ夕食の時間だ」

「うん」


 止まっていた時間は動き出した。僕らも、変わる頃合いだろう? もう一度、家族みんなでやり直せるかな。ううん、やり直すんだ。

 血は繋がっていても、繋がってなくてもいい。半分だけでもいい。何だっていいんだ。


 ノッテは僕の、可愛くて特別な、最愛の妹なのだから。


「ねぇもう一回ハグしてもいい?」

「それは駄目」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ