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花紺青の結び目  作者: 待灯羊南
第七話 〈夢切り〉の少女
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第七話 〈夢切り〉の少女①

「おかあさん見て見て! シロツメクサのかんむり作ったの!」

「わぁ綺麗……! 上手にできたわね」


 私と同い年で近所に住むファルファラと一緒に、私はシロツメクサの花冠を持ってお互いの母の元へと駆け寄った。そう、あれは五つの時。まだお互いに印名を持たず、この世界のことも村のことも何も知らない純粋無垢だった頃の私たち。


 私と五つ年の離れた父親違いの十歳の兄さんは、随分上手に空を飛べるようになって、今ではこの村の荷物運びや隣村への手紙や荷物の配達などを手伝っている。生まれつき持った翼。約束された印名——〈飛翔〉。純血の羽耳族である兄さんは、大きな翼を持ち、沢山の人の役に立っている。母さんは翼が小さく空が飛べない〈無印〉だから、きっと父親譲りなのだろう。私の尊敬する、優秀な兄さんだ。私には出来ないことを平然とやってのけ、別の一族である村でも上手く馴染んでいる。母も、無印と言えど、代筆屋として立派な信頼を得ていた。


 そんな中で私はただ、何も知らずにのうのうと生きていた。それを思い知らされたのは、ファルファラが印名を持った時だったと思う。

 ファルはある日、花畑でいつものように遊んでいた私に、震えた声でぽつりと呟いた。


「隣に住んでいるおじさんが、屋根から落ちる夢を見たの」


 その時だった。そのおじさんの叫び声と、妻であるおばさんの悲鳴が聞こえたのは。

 その日からファルは毎日、私にその日見た夢を伝えるようになった。目が覚めてしまって寝直した後にもまた夢を見ることから、その夢の話は日によって複数の時もあった。そしてその全てが、現実になった。小さな切り傷から誰かの突然の事故死……この村の悪い事全てを、ファルは当て続けた。


 それからファルは少しずつ、でも確実に壊れていった。日に日に濃くなっていく隈と、衰弱していく体。彼女が悪夢を見ることを拒んだ結果だった。当然だ。彼女は、夢の中で「自分が当人になって経験する」のだから。それがいい夢なら良かったのかもしれない。けれど、彼女が視るのはいつも『悪いこと』だった。


 その異変を止めたくて、私は両親にファルファラについて相談することにした。「ファルファラが毎晩悪い予知夢を視てしんどそうなの」と。


 その相談は私の父親から村長へと伝わり、ファルファラという八歳の少女の印名は一瞬で村中に広がってしまった。村は祝杯をあげて盛大に祝い、そしてファルファラは睡眠不足による体調不良のせいで家から出られなくなった。大人たちは私からファルを奪い、ファルからは全てを奪った。そのきっかけを作ったのはきっと私だった。


 ファルファラが閉じ込められてからどんな生活を送っていたのかを私は知らない。けれどきっと、毎晩、いやもしかしたら時間を問わず眠り、夢を見せられ、起きる度に報告をしていたのかもしれない。ファルの〈予知夢〉が現実にならないように、大人たちが必死で頑張っていたことは知っているから。ファルの予知夢は必ず当たる。どんな形であれ防ごうと動かなければ必ず起こる。知ってしまうからこそ、その未来を防ごうと躍起になるのは当たり前のことだった。


 そうして私とファルファラは、二度と顔を合わせることはなくなった。今思えば、昼の間にでもファルの家の窓を覗きに行って、こっそり会いに行けば良かったのに、なんて思う。そうすれば、彼女は孤独に苦しむことも少しは無くなったかもしれないのに。


 一年が経っても、二年が経っても、私と彼女の関係は変わらず、それどころか私より年下の夢使いの子どもたちが次々と印名を持ち始め、私は焦燥感を抱くようになった。それは〈夢結び〉だったり、〈夢食い〉だったり、〈夢読み〉だったり、色々な夢にまつわる印名が生まれていた。私は、ファルのことを考える所では無くなってしまったのだった。むしろ印名を早く持った彼女を恨めしく思ってしまっていた。そうして蓋をすることにしてしまった。嫌なことなら見なければいい。忘れてしまえばいい。もう二度と会えないし、向こうもきっと私の事なんて忘れてる。そう思うようになった。そう思うようにした。


 そうして少しずつ成長しながら薄々思い始めていた。私が印名を持つことは無いのではないか、〈無印〉になるのではないか、と。


 私の父は気分によって手や足が出る人だった。気分がいい時はにこやかな父親を、気分が悪い時はすぐ怒鳴り散らして手足の出る父親を、私は見ていた。優しい時は優しかった。休みの日には遊びに連れて行ってくれたし、その時迷子になったあとで、迷子にならないように肩車もしてくれた。


 私はそれが当たり前だと思っていた。優しい父親も怖い父親も。だって、私が印名をいつまでも持たないせいで、出来損ないのせいで、与えられる正当な罰だと思っていたのだから。悪いことをしているのだから罰は受けるべき。どんなに痛くても、辛くても、耐えるしかなかった。私が悪いのだと信じて。


 その関係が崩れたのは十歳になってしばらくのころだった。相変わらず不定期に、父親の気分次第でふっ飛ばされる私はとうとう、熱を帯びた頬に手を当てながら父親をキッと睨んでしまった。それが最悪の事態の自体を招くことになった。


 それから先は覚えていない。怖かったからずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し謝っていて、それでも全然足が止まる気配がなくて、あぁこれはまずいなぁと絶望感で頭がいっぱいになった。謝っても許してくれなくなったら、何をしたらいいのか分からなくなった。今日こそ死んでしまうかもしれないと思ったほどに。


 部屋の隅まで吹っ飛んで蹴られ続けて飽きたのか、今度は私の耳を掴んで持ち上げた。痛かった。「お前のこの耳が」と聞いたのは覚えているが、何を怒鳴られたのか思い出せない。ぶちぶちと千切れてしまいそうになった頃、誰かの叫び声を聞いた。


「もうやめてよ! それは、その耳だけは……!」


 それは対角線上の部屋の隅で震えていた兄だった。兄さんは私を庇うように父と私の間に立って両手を広げた。そうして私の血の繋がった父をキッと鋭く睨んで言い放った。


「ノッテは何にも悪くない。ノッテを産んだ母さんも、義父(とう)さんも悪くない。でも、全部ノッテのせいにしてただ殴ることしかしない義父さんは最低だ。僕とノッテと母さんが苦しむだけだ。僕はもう、お前を〝父親〟として認めない!」


 初めてだった。

 今まで殴られている私のことをじっと見ているだけで怯えていた兄さんが、目の前に現れて、庇って、私のことを肯定してくれたのだった。

 そしてその時初めて知ったのだ。暴力が当たり前でないことに。苦しい、辛い、怖いという当たり前の感情を肯定してもいいことに。


 兄さんの叫び声で更に激昂した父親は今度は兄さんにも飛びかかる。羽耳族の血を引く小柄な私たちは十五の兄さんも大柄な父さんには敵わない。

 あ、終わった。そう思った時だった。まるで〝知っていた〟かのように、タイミング良く村の人たちが家に飛び込んできたのは。


 その日の出来事は、家を、関係を、そして私の今までの世界を完全に変えてしまった。

 私が十歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。


 それから翌日には、私と母さんと兄さんは荷物をまとめて夢使いの村を出ていった。ファルファラのことはもうほとんど忘れていて、村を出る直前に彼女の家の方を見たけれど、何も言わずに出ていった。もうそこに住んでいるのかどうかすら分からなかったし、今更何か言えるようなものも無かった。私達の時間は、二年前に止まったのだ。まさかそれが十年後に動き出すなんて思いもしなかったけれど。


 それから私と兄さんは母方の羽耳族が多く暮らしている中央都市に引っ越した。母は今までの精神的ストレスから私たちと離れて暮らすことになり、私と兄さんは中央都市の郵便局にお世話になることになった。


 大きな翼のある兄さんは荷物運びと手紙の配達をこなして注目を集めていた。印名もない、覚えたての文字を読んで書けるだけの私は役に立てなかった。代筆屋の母から学んだ文字はこの世界を渡り歩けるほどには練度は高かったけれど、たかが十歳の少女に事務や代筆の仕事をさせるはずもなかった。


 そんな生活を二年ほど続けて私が十二になった頃、また両親と暮らさないか、という話が出始めた。郵便局で私たちを育ててくれている局長のおじさんおばさんが話しているのをこっそり聞いてしまったのだ。母親の精神的容態も安定し、父親も反省して安定しつつあるのだという。


 良い知らせだ。いいことだ。また家族と暮らせるのだ。郵便局に来るのはいつも、家族が心配で手紙を送る人、家族宛に手紙を送る人、家族に荷物を送る人、そして家族と一緒に郵便局に来る人たち。これが当たり前の姿なんだ、それが普通なんだ、従わないといけないのだと思った。だから私も、家族と暮らさなくちゃいけない。それはどうも、破ってはいけない掟のようにも感じられた。


 十三になって、その話が私と兄さんへ正式に話された時、兄さんは私の方を見た。「大丈夫?」というその問いには頷くことしかできなかった。ここで断ったらまたみんなに迷惑をかけてしまう。私一人の意思でみんなに迷惑をかけることはしたくなかった。それが以前のように辛く苦しい生活であったとしても、私一人がまた我慢すればいい話のわけで。


 両親と別の町で暮らすのが明日に迫った夕方、私はやっぱりどうしようもなくなって郵便局から離れ、そして雨に足止めされることになる。「いってきます」と小さな声だけかけて、天気予報も見ずに行く宛もなく中央都市を彷徨っていた私は傘を忘れてしまっていたのだった。

 そんな時だった。トトセさんとシェリーちゃん、ハクさんに出会ったのは。

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