それぞれの補習
【秋山海斗】
教室に入ってまもなくすると、補習担当の先生がやってきて、補習組の出席確認を始めた。
「えーと、テスト未受験が三人とオール10が一人。よし、全員揃ったな」
オール10の存在が気になるところだが、先生は全員揃っていることを確認すると、早速補習用のプリントを渡す。
「えー、ということで、今日から補習になるわけだが……お前ら何があったんだ?」
先生は俺たちの事情を知らないようで、俺たちはお互いに目を合わせた。
最初に口を開いたのは七生だ。
「捕まってた」
「迷子になってました」
「ガキの世話」
「怪我しました」
春香さん、陽炎、俺の順でそれぞれの理由を述べると、先生は微妙な顔をしながら俺たちに忠告をする。
「とにかく、問題だけは起こさないようにしてくれよ。先生の心の底からのお願いだ」
「できればそうする」
「可能な範囲で」
「気分次第」
「表面上は協力します」
俺たちの素っ気ない反応に、先生は神に祈るような顔で、唇を噛み締めた。
「お前ら……ほんとに、頼むぞ」
最後まで不安そうな顔をしながら、先生は教室をあとにした。
「さて、何すっかな~」
七生は先生が教室を出ていったのを確認すると、机の上に座って思いっきり背伸びをした。
「ところで、どうしてオール10が補習になってるの?」
俺が純粋な疑問を投げかけると、陽炎が「あ~」と心当たりがあるような反応をする。
そして、鞄からクリアファイルを机に出して、その中にある科目ごとの点数が記載された成績表を取り出した。
「多分、これのことっすね」
中身を見てみると、科目の得点数が書かれた行には全て“10”が並んでいた。
「なるほど、たしかにオール10だね」
腑に落ちてすっきりした俺は成績表から目を離すと、今度は七生が興味深そうにそれを覗き込んだ。
「お前、狙ってやったのか?」
「狙うなら赤点回避だろうが」
陽炎がもっともらしいことを言うと、ここで会話を打ち切り、俺たちは机の上にあるプリントに視線を移して、ペンを走らせていった。
「zzz……zzz……」
ところが、始まって間もないにもかかわらず、右隣に座っていた陽炎が顔を机にべったりとくっつけて居眠りを始めた。
活字を読むと寝てしまう呪文にでもかかっているのだろうか。
そして、反対側を見てみると、七生と春香さんが早速楽しそうに話していた。
「あたしの仲良い人にミナネーって人がいてさ。今朝、会いに行ったら、なんか変なの作っててさ」
「変なの?」
「最初は薬かなと思って訊いたら、自炊だって真っ黒な塊が出てきたんだよ」
七生は机を叩いて、大袈裟に笑った。
どうやら、二人はうちの姉の黒歴史を語って楽しんでいるようだ。
形はどうであれ、二人が仲良くなれそうな兆しが見えて、俺は心から喜びを感じている。
そんな中、俺は一人で黙々と課題を進め、正午を迎える前にはほとんど終わらせることができた。
「ふぅ……」
一息ついて、トントンとプリントを縦横揃えると、談笑の渦を強めていた七生が俺を巻き込もうとする。
「課題終わったかー?」
「あとは英語だけかな。七生たちは?」
「三割くらい」
駄弁っていただけのようで、しっかりと進めていることに感心を覚える。
一方で陽炎の進捗はどうかと逆を向くと、相変わらず机に突っ伏し、寝言を漏らしていた。
「咲~。いい加減噛みつくのやめろぉ……zzz」
どうやら、夢の中でも咲ちゃんに噛まれているようだ。
「陽炎は、進捗オールゼロだろうね」
「まぁ、そんな気になさんな。少ない分量にわりには、夏休み中に終わってればいいなんて課題なんだから」
「それは、そうかもしれないけど……」
すると、七生は心配を拭えないでいる俺の肩にポンッと手を置き、憐れむような顔でこう言った。
「そうだよな。こいつの学力じゃ、夏休み中なんて全然足りないよな」
すると、七生に煽られた陽炎は、勢いよく席を立った。
「今の聞こえてんぞ、ゴラァ!」
「おっ、煽ったら目が覚めた~。さすが単純な男~」
火柱が突き上がる陽炎に、七生はさらに油を注ぐ。
すると、正午を告げるチャイムが校内中に鳴り響き、俺たちは揃って時計の針を見た。
「ありゃ、もうそんな時間だったか~」
「お昼にする?」
三人に訊ねると、みんなそれぞれのお腹をさすって、空腹の度合いを確かめる。
「あたしはあんまりお腹減ってないんだよなぁ」
「私もまだいいかも」
「俺もどっちでもいいっすね~」
三人とも、今すぐ昼食を取らなくてもよさそうだったが、狙ったようなタイミングで俺のお腹が鳴ってしまった。
「ハハッ、訊いた本人が空腹じゃねぇか」
「兄貴、カワイイ~」
春香さんもクスクスと俺を見て笑う。
「それじゃ、俺が購買部に行って、ついでにみんなの分も買ってくるよ」
訊いた手前、とても気まずかったが、一番課題が進んでいる俺がみんなの昼食を買いに行くことにした。
「あたしも行く~」
すると、七生も席を離れて、買い物のメンバーに加わった。
「それじゃあ、俺も……」
この流れに乗じて陽炎も教室を出ようとしたが、七生が陽炎のおでこを人差し指で突いて止める。
「お前は何にも進んでないんだから、由紀にでも勉強教えてもらえよ」
そして、そのまま陽炎のおでこを押して、無理矢理席に着かせた。
「さっき聞いたけど、首席でこの学校に合格してるんだってさ」
「一番だったのは、そのときだけだったけどね」
春香さんは苦笑いしながら、謙遜するように付け加えた。
陽炎と春香さんの希望を訊いたら、俺と七生は教室を出て購買部へと向かった。




