夏休みの登校
~old memories~
【????】
泣いていた女の子を助け、一日のお勤めを果たした私は今日も院長に怒られてから、自分の病室に戻った。
「ただいまー」
誰もいないと分かっていても、元気よく挨拶するのは私の一つのルーティンだ。
「おかえりなさい」
ところが、今日は先客が来ていたようだ。
「あら、ミーちゃん。来てたんだ」
私は挨拶代わりにミーちゃんの顔をいじろうとするが、局所的に赤くなっている部分があった。
「その顔、どーしたの!? 痛くない?」
私は激しく動揺したが、当の本人は至って冷静に首を横に振り、何があったのか説明を始めた。
「学校で勝負を挑まれて、向こうが負けた腹いせに何発か殴ってきた」
「まぁ、勝負に負けたからって、そんなことを……」
そのとき、河原で泣いていた女の子のあるセリフが脳裏をかすめた。
『負けたときに……何回か殴ったから……』
まさか、あの女の子が殴った相手って……。
「いいんだ。向こうはすぐにでも泣きそうだったし。殴って気が晴れるんだったら、素直に受けた方が丸く収まると思ったんだ」
私が思案していると、ミーちゃんは殴られたことに対しての見解を示す。
「もしかして、その相手って女の子だったりする?」
私の質問に対して、ミーちゃんは首をかしげた。
「……どうして分かるの?」
証拠もなく訊いたのだから、この反応は当然だ。
「いや、やっぱり忘れて」
「……はぁ」
ミーちゃんはどこか腑に落ちなさそうだったが、素直に受け入れてくれてよかった。
面会時間が終了し、江坂さんが迎えに来てミーちゃんは家に帰り、病室には私だけになる。
考え過ぎて知恵熱が出そうになった私は、部屋の窓を開けて夜風に当たっていた。
そんな今でも、私はあの女の子とのことを思い出している。
『……お兄様』
もし、あの二人の話が繋がっているとしたら……。
二つの点と点が線となって繋がると、その先にいる人物がふと思い浮かんだ。
「本当に、何も変わってないんだなぁ。可哀そうに……」
他人事のように、そして同情するように、私は夜空を見上げてそう零した。
◇
【秋山海斗】
真夏日が当たり前になってきた今日この頃――。
エアコンの効いた部屋を出ると、そこは天然のサウナのように蒸した廊下が俺を待っていた。
最近の俺はそこを早歩きで通り抜け、無駄のない一挙手一投足でリビングのエアコンをつけ、電力消費を極限まで抑えるために、朝ご飯を早く済ませて部屋を出ることが日課になっていた。
夏休みが始まってから数日が経ったこの日。
俺は学校の制服に着替え、鞄を持って玄関の扉を開ける。
外は廊下よりも強烈な蒸し暑さが猛威を振るっていた。
この暑さに立ち往生していると、隣の扉が開く音が一つ。
「あっ、おはよう。海斗君」
出てきたのは、先日引っ越してきたばかりの春香さんだ。
「春香さん、おはよう」
彼女の服装を見てみると、俺と同じように夏用の制服を着ている。
「もしかして、春香さんもそうなんですか?」
「はい。私、テスト受けなかったので」
仲間ができたと思うと、
そう、俺たちはこれから夏休みの補習に行くのだ。
「ゴミ出しは可燃ゴミの曜日が……」
「なるほど……」
登校中、俺は一人暮らしを始めたばかりの春香さんに、アドバイスをしながら並んで歩いていた。
「いろいろと教えてくれてありがとう」
「他にも分からないことがあれば、何でも言ってね」
そうして、校門前に着くと、反対側から言い合いをしながら歩いてくる二人組が見えた。
陽炎と七生だ。
七生が俺たちに気づくと、大きく手を振った。
「おー、海斗じゃんか!」
それに続くように、陽炎がダッシュで俺の下に駆け寄る。
「兄貴―! 数日ぶりっすー!」
「おはよう。もしかして、二人も補習?」
俺がそう訊くと、二人ともにんまりとしながら、元気よく首を縦に振った。
「もちろん、お前も補習だよな」
「一学期は結構休んじゃったからね。テストも受けてないし」
すると、両側から七生と陽炎が肩を組んで、左右に揺れた。
「よーし、そしたら海斗の用紙写して、手っ取り早く終わらせようぜ!」
「さんせーい!」
二人は勝手に盛り上がっているが、果たしてそれでいいのかは疑問だ。
すると、肩を揺らしていた七生がスッと動きを止め、一人だけノリにノッていた陽炎が思いっきり地面に振り落とされる。
「……お前」
七生の向いている視線の先には、春香さんがいた。
何を隠そう、この二人は初対面でありながら、七生の妹である彩葉ちゃんを通じて、お互いに顔と彩葉ちゃんとの関係だけは知り合っているのだ。
「あ……えっと、その……」
見られている春香さんは、少し緊張している様子だ。
姉である七生が、大事な妹と関係を持っている自分をどう思っているのか。
それは、決して穏やかなものではないと、薄々感じているのだろう。
七生は直立不動のまま固まっている春香さんに一歩近づき、身長差の関係で威圧するように見下ろしていた。
そして、七生は目一杯息を吸い込み、勢いよく一言放った。
「ごめん!」
七生は春香さんに深々と頭を下げて、誠意に溢れた謝罪をした。
「うちの彩葉が厄介になっちまって……。何か迷惑になるようなこととかされてないか?」
「い、いやいや、そんなとんでもないです。いきなり話しかけられてびっくりしましたけど、妹さんとても良い子でしたよ」
拍子抜けしていた春香さんは、七生につられて言葉をまくしたてる。
「そっかぁ、良かったぁ。食いもん奢らせてたら、どうしようかと……」
七生は、さながら保護者のように安心する。
「それは、むしろこっちの方が若干もらってるかもしれないです。ほんと、すいません」
春香さんは後ろめたそうに、目を背けて小声で言う。
「とりあえず、教室に入らない? ここだと暑いし」
このままでは、話が長くなりそうなので、俺は二人の間に入って校内を指さした。
「それもそうだな。朝から汗でびちゃびちゃなんだよ」
暑そうにする七生は、制服の団扇代わりにして仰ぐ。
陽炎もようやく立ち上がったので、俺たち四人は並んで校舎に入った。




