16奴目 町はえっち?
「それで、草刈の方はどうするの?」
「そうだな、どうしようか」
鎌はダメ、鍬もダメ、剣もダメ、もうこの店に草を排除出来るような道具は何もない。
「キッチンに包丁があったよね? アレで切るのは?」
「そんなことをしたらニコに踏み潰されるぞ」
ただでさえ切れ味が悪くなったとぼやいていたのに。
「引っこ抜くのは無理そうだもんね」
「うん」
俺の背丈よりも高い雑草だ、さぞ地中深くまで力強く根を張っていることだろう。
それにこれだけ密集して生えているとなると、草の根同士が絡まりあって、更に厄介なことになっていそうだ。
そう思いつつも一応引っこ抜こうとしてみるが、案の定無駄足に終わった。
「もうこうなったら、新しい鎌を買いに行くか」
「お金はあるの?」
「それはまあ……」
一応アリスさんからは、俺やレイクたちの生活費を含めたもろもろの経費を事前に貰っている。
もちろん余裕を持って渡されているわけではないが、鎌一本くらいなら何とかなるだろう。
それに、少し前にお客さんが残していった、落としていった、五千リンもまだあるし。
「大丈夫だろう。それじゃあちょっと、町まで行ってくるよ」
本当は行きたくないけど、凄く行きたくないけど。
キッチンでニコに敵かと問われたとき、あのときは俺に敵はいないと答えたが、実際のところ敵はいる。
最低でも二名。それは吹っ飛ばし、追い返してしまったお客さんの数だ。
俺がお客さんにキレた理由は、奴隷を物のように扱う彼らが許せなかったからだ。
けど、この世界の人にとってそれは当たり前の行為だったわけで、彼らからすればなぜ自分がキレられているのか皆目見当もつかなかったことだろう。
彼ら目線で言えば、買い物をしに行った店で何故か突然店員にキレられ、そして暴力的に店から追い出されてしまったのだから、恨みを買っていて当然。
そんな彼らともし町で鉢合わせてしまったとしたら……、何をされることやら。
俺に鉄壁の守りを与えてくれる魔女の魔法が効果をなすのはこの建物の中だけで、ひとたび建物を飛び出せば、俺を守るものは何もない。
パンチもキックも飛び道具も、害意うんぬん関係なく普通に当たる。報復は、簡単にされる。
だから正直行きたくない。怖い……。
だがそうも言っていられないのが現状。
どうせ数日のうちに食料も買いに行かなければいけなくなるし、もう自業自得と割り切るしかない。
いや、流れで自業自得とか言ってしまったけど、俺、何か悪いことしたか?
どうして俺がこんな目に合わないといけないんだ……、本当に、早く元の世界に帰りたい。
「――ん。――くん。――ッくん。イッくんてば。ねえ聞いてるの?」
「ん? ああ悪い、何だ?」
「もー、だから、わたしも一緒に町に連れて行って欲しいって言ってるの」
「お前を町に? 無理に決まってるだろそんなの」
「どうしてさ」
「どうしてって、お前逃げるかもしれないし」
俺を守ってくれる魔法同様、店の商品たちを拘束する魔法の効果も、この建物の中にしか及ばない。
だから建物から出てしまえば、彼女たちは俺のもとから容易に逃亡できるのだ。
もしそんな事態になったら元の世界に帰してもらえなくなるどころか、アリスさんに殺されてしまうかも……。
そんなリスクがあるのに、連れて行って欲しいと頼まれたからと言って、そんな易々と許可できるか。
「信用してよ。わたしがイッくんから逃げるわけないでしょ?」
「そんなことを言ってくれるお前にこんなことを言うのは心苦しいがレイク、正直まだ出会って数ヶ月のお前の言葉を鵜呑みに出来るほど、俺はお前を信用も信頼もできていない。心配しかない」
「それは心外だなぁ……、わたし傷付いちゃったよ。傷物にされちゃったよ。イッくん、責任取って結婚してくれる?」
また話が変な方向に流れてるな……。
「にっしっしっし、冗談は置いといて。まあそうだね、イッくんの言うとおりだね。でもイッくんよく考えてみて、逃げたってわたしにはメリットがないんだよ」
「いやあるだろ、たくさん」
この店から解放される、つまり奴隷という身分から解放される。
そうすれば、レイクはまだ若いんだから、普通に働いて普通に暮らして、結婚して家族が出来たりして、幸せな生活が送れるだろう。
「イッくんの考えていることは何となく分かるよ? でもそんな単純じゃないの。わたしたちには帰る場所がないからね、逃げ出しても町で彷徨うことになる。そして彷徨っているうちに、他の奴隷屋さんに捕まって、ここより更に環境の悪い店で売りに出されるかもしれない」
「……」
「そうならなかったとしても、お金を持たずこんな格好で飛び出したって、雇ってくれる場所なんてないでしょ? だから生きるために泥棒でも繰り返したあげく、冷たい路地裏で誰にも気付かれずに死んじゃうのが関の山」
そうなるくらいなら、雨風の凌げるこの場所に、汚らしいが衣類が与えられるこの場所に、質素だが食事の与えられるこの場所に、留まった方がマシだと、そういうことか。
改めて思い知らされる、それが彼女たちの現状。
俺はどうして自分ばかりがこんな目に合うのかと考えていたが、辛いのは俺だけじゃない。
「お前たちは気丈だな」
俺なんて、うろたえてばかりだというのに。
「え、騎乗位? 何ちゃって、しっしっし。まあ最近は笑えるようになったかな、イッくんのおかげかも」
本当にそうであったなら、少しは俺も楽になるのだけど。
「さてさて何だか暗いお話になっちゃったね。クライなお話になっちゃったね。このお話は終わりにしようよイッくん、わたし陰気なお話は嫌いなの。湿っぽいのに濡れないし。陰茎のお話なら好きなんだけどなぁ」
彼女は続けざまに、あ、でもシリアスって言葉は好きだよ? シリにアスってもはや奇跡だよね、なんて、重たくなった空気を振り払うようにおどけてみせた。
「お前はまったく……」
「なになに? わたしを町に連れて行く気になった?」
「どうしてそんなに町に行きたいんだよ」
「んー、これを言うとまた暗くなるからあまり言いたくないんだけど。単純にお外の世界ってあまり見たことがないから、見てみたいなーって思ったの。どんなえっちなことが待ってるのかなって」
「お外の世界はお前の思っているほどえっちな場所じゃねえよ」
しかし彼女の言葉は、常日頃から彼女たちを建物内に押し込めていることに少なからず罪悪感を覚えている俺にとっては、かなりダメージを与えるものだった。
「仕方がないな」
「え、連れて行ってくれるの!?」
「逃げないって約束だぞ?」
「うん、約束するっ。あ、そうだ、この間イッくんに教えてもらったおまじないをしよう。えっと、何だったっけ?」
「指きりげんまんか?」
「そうそう、それ。指切りげんまん。ほらイッくん、早く小指出して」
言われるがままに差し出した俺の小指に、レイクの褐色の小指が絡みつく。
「じゃあいくよ。ゆーびきーりげんまん、嘘ついたらカリ千本のーます、指切った。はい、これで安心だね」
「不安だわ!」
にっしっしっしと、嬉しそうに歯を見せるレイクだった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




