17奴目 レイクとイク、町に行く
「それじゃあ行ってくる。留守番頼んだぞ、ニコ」
「おう、行ってらっしゃーい」
デュアの吐いた血に塗れた頭で町に出向くのはさすがにまずい、それこそ職務質問からの逮捕だということで、軽くシャワーを浴びてから、ニコにそう告げ、レイクと共に店を出た。
扉にかかった看板に書いてある文字は、依然として“クローズド”のまま。
「今日は店開けられそうにないな」
今は大体昼前、鎌を買って帰ってくるだけなら昼食後の開店も見込める。
しかし鎌を買って、更にその後草を刈らないといけないとなると、開店は不可能だろう。
明日だって危うい。あれだけの広にさあれだけの量の草だ、今日中に終わっただけでも御の字である。
「いいの?」
横に並んだレイクが小首を傾げて問いかけてくる。
「いいよ」
どうせ店を開けて一日中待っていたところで、お客さんが来ることなんて本当に稀なのだし。
こんなときに限ってタイミング悪く来るかもしれないが……。
まあサボっているわけではなく、今後の生活に必要な作業をこなすために店を開けないのだから、もしアリスさんにばれても咎められはすまい。
「このまま放って置いたら、レイクが光合成する場所がなくなるし。そうなったらお前、困るだろ?」
レイクにとって光合成をしないということは、俺にとって食事を摂らないのとほぼ同義である。
「そうだね、栄養が取れないし。それにそうなってくると、わたしの商品としての価値も下がっちゃうしね」
「……それも、まあ、確かにそうだな」
出来ればあまり商品扱いしたくないから言いたくないし、自分でも言って欲しくないような言葉だけど。
ただ、そんな風に複雑な心情の俺をよそに、当の本人はどこ吹く風といった様子だった。
「と言うかお前、やっぱりこれ羽織れよ」
俺は念のために持って来ていた、ベージュ色の、無地のマントをレイクに渡す。
「俺ので悪いけど、さすがにその格好で町を歩くのはあれだろ」
「ん? わたしは別に気にならないけど」
「気にしろよ。その薄いワンピースの下はパンツしか履いていないんだから」
「あれ? あれあれ? イッくんはどうして、わたしの服の下事情を知ってるのかな?」
「そ、それは、えっと、その、って! お前が自分から教えて来たんだろ!」
「そうだったっけ? にっしっし」
「そうだよ! もういいから早く羽織れって。お前が気にしなくても、俺が気になるから」
こんな露出狂に間違われても言い訳ができないような格好の少女と一緒に歩いているところを見られたら、ご近所様になんと噂されることやら。
いや、この異世界では何も言われないのだろうけど、それでもやっぱり気になる。
「仕方ないなぁ、そこまで言うならそうするよ」
そう返事をした彼女は一度マントを広げ、そしてなぜか羽織る前に、首元のボタンをとめ始める。
「おいレイク、そのやり方じゃ頭が引っ掛かって羽織れないと思うけど」
「いいから見ててよ。いくよ? 衣服一発ギャグ」
言って、レイクはマントを頭からかぶった。
「ほーけー」
「……」
「どうかな?」
締められたマントの首元から少しだけはみ出した花の生えた緑色の頭が、ケタケタという笑い声とともに揺れる。
「ふざけるな、頭の花引っこ抜くぞ?」
服一枚着るだけでもふざけないと気がすまないのかコイツは。
「頭って亀と――」
「違う!」
「まだ最後まで言ってないんだけど」
最後まで聞かずとも、何が言いたいのかくらい容易に見当がつく。
まったく。
「で、気は済んだか?」
「とりあえずね」
「とりあえずかよ……、まあ、じゃあ行くぞ」
マントを正しい手順で羽織り直したレイクの手を引き、下山を開始する。
下山と言っても、言葉の響きから連想されるほど時間や体力を必要とするわけではない。
舗装されていない険しい道ではなく、綺麗にではなくとも、人間二人が横に並んで歩けるほどには開かれたなだらかな道を、十数分ほど歩くだけだ。
趣としてはハイキングと言った方が近いかもしれない。
「ねえイッくん、こうやって手を繋いで歩いていると、何だかデートみたいだね」
「バカを言うな、これはお前を逃がさないための処置であって、男女関係的な意味合いは含んでいない」
「もう、イッくんたら照れちゃって。ねえ、何だかわたし、今夜は帰りたくないな」
「俺は早々に帰りたい気分だよ!」
店にも、そして本当の家にも。
「ねえイッくん」
「まだ何か?」
「逃げずにちゃんとお店に帰ったら、わたしのこと少しは信じてくれる?」
「……」
「……」
「分かったよ。いや、悪かったよ」
山を下り始めて十五分ほど、ようやく町の入り口に辿り着いた。
外からの来訪者を歓迎するように飾り付けられたアーチに書かれているのは、サンブークというこの町の名前。
そのアーチを潜ると、オレンジ色の屋根が映える白い壁の家が立ち並んだ異国情緒溢れる町は、行き交う人々で今日も活気付いていた。
その行き交う人々が着ている洋服はどこか古めかしく、異国と言うか、まるでファンタジー小説の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われる。
まあ錯覚ではなく、ファンタジー小説ではなくとも、実際に異世界に迷い込んでしまっているわけだけど。
「で、どうだレイク、町を見た感想は」
どこからともなく漂ってくる香ばしいパンの香りに気を惹かれながら、レイクに顔を向ける。
「はぁ~このマント、凄くイッくんの匂いがする」
町を見ていない!?
「俺のマントなんだから当たり前だろ。ってクンクン匂いを嗅ぐな!」
「あ、イッくん今えっちな言葉使った。わざとでしょ?」
「はぁ? ああ……、お前の頭はどんな言葉でもエロい言葉に変換されるのな」
「恋愛脳ならぬ、変態脳だからね」
自分で言うか……。
「そんなことよりレイク、俺は町を見た感想を聞いてるんだけど」
「えっちをした感想?」
「違う、町を見た感想だ」
「そうだなぁ、まず、地面が硬い」
レイクはブカブカの靴で石畳の道を叩いてみせる。
「そりゃ俺らの住んでいる山と違って石が敷かれているからな。気に食わないか?」
「ううん。硬いのは、いいね」
硬いのはいいねって、それは本当に町に対する感想か!?
どういう方向からの、どういう感想だよ!
「後、人がとっても多いね」
「市場の方に行ったらもっと凄いぞ。人ごみで揉みくちゃだ」
「揉まれるのも、いいねっ」
「いいねっ、じゃねえよ!」
だからその感想、どこ目線からのものなの!?
絶対に町に抱くようなものではないよね!?
「どうしたのイッくん?」
「いや、俺は今、お前を町に連れて来たことを激しく後悔している」
「どうして? わたしは楽しいよ?」
まあレイクがそう言うなら、それはそれでいいんだけど。
「だからってはしゃぎすぎるなよ。歩けなくなっても知らないぞ? 人ごみはただでさえ疲れるんだから」
「突かれるのも、いいねっ」
やっぱり楽しみ方、間違ってないかなぁ……?
その後もことあるごとにわけの分からない感想を述べる彼女を引き連れ、鎌を買うため目的地、刃物店へと足を運んだ。
刃物店がどこにあるのか詳しい位置を知らなかった俺は、その辺の通行人に道を尋ねたのだが、そのときもレイクが『あ、イッくんがナンパしてる、ニコちゃんに言いつけちゃおう』とうるさかったのは、言うまでもない。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




