15奴目 草刈でがっかり
草刈をしよう、そう決心したはいいものの、作業をするために倉庫から鎌を取り出してきてみれば、それはもう錆び付いてボロボロになってしまっていた。
「そうだった。鎌、使い物にならないんだった……」
ためしに一度、茶色くなってしまったそれで草を切ろうとしてみるも、予想通り切れるというよりブチブチと千切れるばかり。
「これじゃあダメだな……」
他にこの草を除去できそうなものといえば倉庫には鍬があるけど、その鍬も鍬で、劣化して使えるような常態ではないし。
「ふん、武器の手入れを怠るなど、貴様は騎士失格だな」
「悪いがデュア、これは武器ではない。そして俺は騎士ではない」
「何であれ道具の手入れを忘れ使い物にならなくしてしまうなど、私なら恥ずかしすぎて吐血を禁じえないぞ」
それについてはアリスさんに言って欲しいところだ。
俺がここにやって来たときには、既にこの状態だったのだから。
「武器と言えばデュア、お前その腰にぶら下げてるの、剣だよな?」
「ああそうだ、剣だ。何でも斬れる、剣だ。私の相棒であり、半身であり、魂と言っていいだろう」
どうして奴隷の身分であるデュアが帯剣しているのかは疑問だが、まあその辺はアリスさんの管理体制が杜撰なのか、それか魔女の結界に全幅の信頼を置いているのか、そのどちらかだろう。
「それで、私の剣がどうしたと言うのだ?」
「いや、その剣でスパッと草を刈ってくれないかなと言うか、斬ってくれないかなって」
「馬鹿か貴様は、そんなこと出来るわけがないだろう!」
「どうしてだよ、何でも斬れるんだろ?」
「何でも斬れるからといって、何でもかんでも斬るわけではない! 私の相棒にして半身にして魂であるこの剣に、草など斬らせるわけにはいかん! この剣が斬っていいのは草ではなく猛者だ!」
「でも草だって何だかほら、モサモサしてるぞ?」
「む、確かに。っていや騙されんぞ、猛者とモサモサは別物だ」
頑なな奴だ。困っているお前のために体探しを手伝ってあげたのだから、今度はこちらのお願いを聞いてくれてもいいと思うのだけど。
まあ恩返しなど、こいつには望むだけ無駄か。
「仕方ないなぁもう」
とそこで、いつもどおり人をからかうような雰囲気を引っさげて、俺とデュアの間にレイクが割り込んでくる。
「仕方ない仕方ない、仕方ないんだよイッくん」
「仕方ないって、一体何が?」
「デュアちゃんの剣ね、あれ、刃が付いてないんだよ。だってわたし、デュアちゃんが剣を抜いてるところ見たことないもん。チンをヌいてるところは見たことあるけどね、ししししっ」
「え、そうなのか? デュア」
チンをヌいているところどうこうはお馴染みの冗談だとしても、剣の刃がない?
だからアリスさんはデュアに剣の所持を許したのか?
「レイク、貴様デタラメを言うな! 私の剣にはちゃんと刃はある!」
「えー本当かなぁ? じゃあ見せてよ。わたし見たいなぁ。デュアちゃんの、固くて、立派な、お剣剣」
「戦場以外でおいそれと抜くようなものでは、剣はない」
「うんうんそうだよね、抜けないよね。仕方がないよ、刃がないんじゃ」
「だからあると言っているだろう! ええいここまで言われて黙ってるなど騎士の恥、いいだろう我が剣特別に見せてやる!」
刮目せよ!
そんな風に大見得を切って剣を引き抜いたデュア。
がしかし、あらわとなった刃はと言えば、確かに付いていたは付いていたのだが、刃こぼれが激しく、鎌同様何かを切れるような状態ではとてもなかった。
「刮目と言うか、瞠目したよデュア。お前、道具の手入れを忘れて使い物にならなくしてしまうなんて、恥ずかしすぎて吐血を禁じえないとか何とか言ってなかったか? そのわりにその剣、ボロボロじゃないか」
だから何かと理由を付けて、抜剣するのを避けようとしたわけか。
「だ、黙れ! きちんと手入れをしていても、こぼれた刃は元には戻らんのだ!」
ふむ、まあ、それもそうなのかな? 剣のことはよく分からないけど。
「まあその点はいいとして、でも、その剣じゃ草は斬れそうにないな」
「何を言っている、何でも斬れる剣だぞこれは!」
「何にも斬れない剣にしか見えないぞ?」
アレじゃあ武器として使うとしても、鈍器として殴るくらいが精一杯だろう。
「き、斬れると言ったら斬れるのだ! そもそも剣の切れ味とはその剣を振るう者の気合で変わるのだぞ! 私は騎士。その騎士の気合があれば、どんなに刃こぼれしていようとも関係ない!」
そんなわけがないことは、剣のことはよく分からない俺でも分かる……。
「な、何だその目は! 疑っているのだな? ならば試しにそこの草を切り伏せてやろう!」
「草は斬らないんじゃなかったのか?」
「う、うるさい、今度こそ見せてやる!」
ていやぁ!
デュアは気合十分に、片手で持ったその剣で目の前の草を薙ぎ払った。
その目にも留まらぬスピードについては正直驚きを隠せなかったが、ただ、肝心の草は斬れることなく軽々と剣を受け流し、一拍後には何食わぬ顔でそこに生えているではないか。
「ふっふふ、草よ、貴様なかなかやるではないか。だが次はそうはいかんぞ」
「デュア無理するな。斬れないなら斬れないで、もうそれでいいから」
「だ、だから斬れると言っているだろう! くそっ、こうなったら! てやぁぁぁぁ!」
やけくそになったのか、彼女はブンブンと、素人目からも明らかなほど適当に剣を振り回し始めた。
「この、この、この、この!」
しかし当然草は斬れず、せいぜい数本、鎌と同じように引き千切れる程度。
「だからもういいってデュア」
「のこ、のこ、のこ、のこ!」
俺が声をかけても彼女はまったく聞く耳を持たず、剣を振り回し続ける。
「そう意地になるなって、危ないから本当に――」
止めておけ、そう言おうと思った瞬間だった。
ガキンッと、鉄と何か硬いものが打ち合わさったような、甲高い音が庭に響く。
物凄く嫌な予感がした。
「あぁ!!」
悲鳴をあげ、力なくその場に膝から崩れ落ちるデュア。
「け、けけ……剣が、私の剣が……」
よく見れば、彼女の足元には刀身が真っ二つになってしまった剣が落ちている。
どうやら嫌な予感は、見事に的中してしまったようだ。
「お、……おりぇた……」
多分、草に隠れて見えなかった岩か何かに当たって、折れてしまったのだろう。
何でも斬れるんではなかったのか、とは、この状況ではさすがに突っ込めなかった。
突っ込むどころか、かける言葉さえ見つからなかった。
彼女の悲しみ方たるや、それはもうまるで身内の誰かが死んでしまったかのようだ。
両手と両膝を地に着け、頭部さえも地面に放り出し、そしてその目からは血の涙が流れていた。
「うっ……うぅ……剣よぉ」
「だ、大丈夫かデュア? 怪我とか、してないか?」
俺は彼女に近寄って、恐る恐る声をかける。
「怪我……、怪我は大丈夫だが、剣が……」
そりゃ相棒だの半身だの魂だの、冗談抜きでそんなことを言っていた剣が折れたのだから、こうもなるだろう。
「何かごめんなデュア、俺が草を斬ってくれとか言ったばかりに」
「何だかごめんねデュアちゃん、わたしが煽ったりしたから」
「き、気にしてくれるな二人とも、全ては私が至らなかった故に起こってしまった悲劇だ、うぅ……」
普段散々言いたい放題なこいつがこんな風に盛大に落ち込んでいると、本当にどんな言葉を書ければいいのかまったく分からない。
「デュア……」
「デュアちゃん……」
レイクにしてもそれは同じなようで、人をからかうことを人生の最重要事項として生きているような彼女ですら、二の句が継げないでいる様子。
「いいと言っているだろう……、本当に、気にするな」
頼むから、しばらく放っておいてくれ……。
突き放すようにそれだけ言うと、デュアは折れてしまった剣と己の顔を抱えて、建物の中へと姿を消した。
「どうするイッくん?」
「言われたとおり、ひとまずそっとしておこう」
心の整理がついていないであろう今、どんな言葉をかけようと彼女には届くまい。
悔しいが、俺達に出来ることと言えば、彼女が立ち直るのをそっと見守ることぐらいだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




