閑話休題 もってけ!セーラー服。2
五軒目の問屋は、表に出ている服より、奥に積まれた段ボールのほうが多かった。
通路を半分塞ぐ箱を避けながら歩いていたハナが、棚の隅で足を止めた。
「ボス。これなんかどう?」
掲げたのは、黒いセーラー服だった。
襟と袖口に白い線。胸元にはリボン。ハナはそれを自分の前に当て、首を傾けた。
「仕事着を探せと言ったはずだ。いつから我が社は二学期に入ったんだ」
「でも、元々は海軍の制服でしょ?」
「由来で仕事ができるなら、私は王冠を買うぞ! 国をだせぇ!」
店の奥で、年配の店主が顔を上げた。
「ああ、それね。もう学校がなくなっちゃって」
近隣の学校が統合され、制服も新しくなった。販売店から旧制服の在庫がまとめて返品され、困っているのだという。
「全部、新品だよ。ものはいいんだけどねえ」
「試着してもいい?」
「ハナ。遊ぶなと言っただろう」
「他の服と比べるだけ。経費削減のために」
ハナは都合のいい言葉だけ、よく覚えていた。
しばらくして、カーテンが三つ、順番に開いた。
白、金、黒の髪。その下に、揃いの黒い襟が並んだ。
ハナが鏡の前で軽く回り、ツキが両腕を前へ伸ばす。ユキは胸元のリボンを直していた。
「どう、ボス」
「青春は自費でやれ」
「感想まで経理なんだ」
ツキが肩越しに背中を見た。
「上は余裕があります。ただ、下はやはり加工が要りますね」
スカートの後ろは尻尾を避けて、きちんと閉じられずにいた。三人とも、その上から上衣を下ろして押さえている。
店主が棚の脇にあった名刺を取った。
「お直しは頼めるよ。後ろを開いて、尻尾の根元で留める形にすれば。お代は別だけど」
「別」
守の声が平らになった。
「尻尾は標準装備なのに、服は追加料金か」
「人間用ですので」
「服自体はいくらだ」
店主は段ボールを振り返り、守にだけ聞こえる声で答えた。
守が動かなくなった。
ユキがリボンから手を離した。
「守さん?」
「……全部で何着ある」
「上下の揃うものなら、三百着だね」
「その在庫、全部買ったらいくらになる?」
店主は電卓を引き寄せた。
ツキは、その横にお直し先の名刺が置かれたままなのを見ていた。
会社に戻る頃には、日が傾いていた。
事務所のブラインド越しに、夕焼けが差し込んでいる。窓辺に立つ守の背中は、燃えるような空を背負って黒い影になっていた。
足元には、買ってきた制服の段ボールが積まれていた。
「社長。少し、お話が」
ツキは手元の見積書から顔を上げた。
購入した一着に着替えてはいるものの、胸元のリボンにはまだ馴染めないらしい。結び目に触れ、隣で同じ服を着ている二人を見た。
「そもそも、私たちにセーラー服を着せる必要があるんですか?」
守はゆっくりと振り向いた。
つい先ほどまで値引きの交渉をしていた男とは思えない、厳粛な顔だった。
「必要? 君は制服というものを何だと思っている」
「仕事に適した服です」
「それだけなら全員つなぎで済む! 先ほど君たちが却下した、あの尻尾の収納袋だ!」
「着られなかったんです」
「だから私は、着られる服に意味を与えている!」
守の手が、事務所を大きく横切った。積まれた箱に当たりかけ、途中で少し縮んだ。
「所属だ! 役割だ! 制服は着たまま提示できる身分証だ。警察官が来たのか、通りすがりのおじさんが来たのか、区別がつかなければ誰が指示に従う!」
「私たちは学生に見えますが」
「そこだ!」
守は指を立てた。
「何で学生がいるんだと思う。ところが、その三人が悪魔災害を鎮圧する。どうなる?」
「目立つね」
ソファに腰を下ろしかけていたハナが答えた。尻尾が引っ掛かり、立ったままになった。
「そう! 写真が撮られる! 映像が流れる! 黒い制服に狐耳の三人組。次の現場で、またあの三人だとわかる! そこで社名が出る。株式会社悪魔災害110番! 次に困ったとき、どこに電話する!」
「警察じゃない?」
「紹介元まで確保した! 完璧じゃないか!」
ハナが感心したように頷いた。
ツキは頷かなかった。
「広告なら、作業服に社名を入れても」
「君は今日、すれ違った作業服の背中を全部覚えているか?」
「いません」
「私は店先の巨大なパンダを覚えている」
「あったねえ」
「店名は忘れたがな」
「広告として失敗していませんか」
「だから制服に社名を添えるんだ! 私はパンダの失敗からも学ぶ!」
守は三人を順番に指した。
「君たちには既に耳と尻尾がある。着ぐるみ代も、着付けの手間も、中の人の交代も不要! あのパンダが休憩している間にも宣伝できる!」
「私たちも休みますが」
「休憩中まで耳を外すのか! 揃いの制服で歩くだけで広告になる。広告費ゼロ円だ!」
「服代はかかります」
「被服費だ! 勘定科目の境界を勝手に越えるでない」
ツキが一度、目を閉じた。
その隣で、ユキの白い耳が起き上がった。
「守さん。それは……私たちが、可愛いから、ということでしょうか」
「そうだ!」
即答だった。
ユキの頬に、ぱっと赤みが差した。
「かわ――キュン♡」
「しかも三人! 一人でも目を引くものが三人揃っている! 同業他社が真似するには狐耳を三組調達するところからだ。着脱式なら風に飛ぶ! 君たちは飛ばない!」
「ボス、褒めるの下手すぎない?」
ハナが言ったが、ユキは聞いていなかった。
窓ガラスに映る自分を見て、襟をそっと整えている。
「それでも、現場の服としては」
ツキの言葉を、守は待っていたように受け止めた。
「今までの戦闘服は破れたか?」
「破れました」
「ユキは怪我をしたか?」
「していません」
「つまり服より中身が頑丈なんだ! なのに我々は毎回、高い生地を買い、高い加工を頼み、丁寧に仕立てたものを壁に突っ込ませていた! 仕立て屋への嫌がらせか!」
「動きやすさも確認しないと」
「大いに確認したまえ! 私は現場の意見を尊重する!」
ツキは腰の後ろを押さえ、慎重にしゃがんだ。立ち上がり、肩を回す。
「……尻尾の加工が済めば、普段の動作には支障なさそうです。ただし、現場では装備と合わせて」
「現場も賛成だ!」
「最後まで尊重してください」
ツキは見積書を持ち直した。
「加工についても確認を。まとめて頼めば、二千円で――」
「全部で二千円か! 素晴らしい。三百着とも頼んでくれ!」
「いえ、ちょっとまって――」
「専門家の仕事に素人が口を挟むものではない。任せる!」
「都合よく専門家にしないでください」
守は咳払いをした。
ユキが姿勢を正した。ハナも面白がって隣に並んだ。
「以上! 現場の承認、広告上の優位性、経費削減! 三拍子揃った黒いセーラー服を、我が社の正式制服とする!」
ユキが拍手した。
ハナも拍手した。
ツキだけが、静かに尋ねた。
「社長。ところで、一着いくらだったんですか?」
「百円だ」
拍手が止まった。
「上下で?」
「上下で」
「三百着全部で?」
「三万円だ。この箱全部が、今までの一着より安い! 算数がここまで人を幸福にするとは!」
ハナが段ボールを見た。守を見た。もう一度、段ボールを見た。
「じゃあ、さっきの長い話は?」
「後付けだ!」
守は胸を張った。
「安いものを見つけ、その価値を見抜き、活用法まで考えた! 君たちは服を得る! 私は経費を減らす! 店主は通路を取り戻す! あの制服を着る生徒がいなくなっても、私は買った! 地域経済への貢献までついてきた!」
「店主さん、車が見えなくなるまで手を振ってたね」
「見ろ! 感謝されているだろ」
ハナが笑いだし、ツキは見積書を守へ向けた。
「それでは、こちらも確認を」
「必要な加工だろう。やってくれ。私は安さのために社員へ不便を強いる経営者ではない!」
「……わかりました」
守はもう段ボールを数えていた。




