閑話休題 もってけ!セーラー服。1
ユキは無傷だった。
作業机の上に広げられた迷彩服は、そうではなかった。
陸上自衛隊と同じ迷彩柄の生地で、小柄なユキたちに合わせて仕立てた特注品だ。厚手の生地に、要所を補強した縫製。それでも、右袖は肩口からなくなり、左袖は肘から先が暖簾になっていた。背中には大穴が開き、襟だけが最後まで職務を全うした顔で残っている。
その下にあったユキの白い肌には、かすり傷ひとつなかった。
机の脇には業者の請求書。生地代、縫製代、尻尾の加工代。服が原形を失っても、請求額は健在だった。
奴銭守は電卓を叩いた。
叩き終えると、もう一度叩いた。
金額は変わらなかった。
「ユキ」
「はい、守さん」
「これは何だ」
「戦闘服です」
「だったものだ。過去形を覚えたまえ」
ユキの白い耳が、ゆっくりと伏せられた。
「申し訳ありません。奴らを追って、壁を三枚ほど突き破ってしまい……」
「扉を使え! 人類が壁に穴を開け、わざわざ蝶番までつけた努力を無駄にするな!」
「守さんが、逃がすなと」
「間取りは守れ!」
「ですが、最短距離でした」
「君が縮めた距離の分だけ、請求書が伸びてるんだ!」
守は袖の残骸をつまみ上げた。
「今月三着目だぞ。君はハッピーマンと服、どっちを退治してるんだ」
「奴らは四体倒しました」
「接戦じゃないか! 服を応援する私の身にもなれ!」
「無傷で何より、とは言えないんですか」
ツキが口を挟むと、守は電卓を向けた。
「ここに負傷者がいる! 君たちはなぜ毎回、金銭的な出血だけ見逃す!」
「数字ですね」
「深いだろう」
「縫えないのはお気の毒です」
ソファの背もたれから、ハナが顔を出した。
「じゃあ、ボス。安い服、買いに行こ」
「遊びに行くんじゃないぞ。会社の存続を懸けた調達だ」
「もちろん。安ければ安いほどお得でしょ?」
ハナはもう靴を履いていた。
結局、四人揃ってハイエースに乗り込んだ。ハナが道を案内し、守が駐車料金を吟味して辿り着いた問屋街には、『プロの仕事に、プロの一着』という旗が立っていた。
守はその下をくぐり、一軒目の作業服店に入った。
「安くて丈夫で、小さいのを」
店員は守を見た。続いて、その後ろに並ぶ狐耳を見た。
「……お子様用ですか?」
「従業員用です。養育費なら成長を楽しみにできますが、こちらは被服費だけが育ちます」
出てきたのは、小柄な女性向けのつなぎだった。
ユキが試着室から出てきた。前から見る限り、悪くない。背中は大きく膨らんでいた。
「尻尾が入りません」
「入ってるだろう」
「荷造りの基準なら合格ですね、社長」
背中がもぞりと動き、ユキの肩が後ろへ引かれた。
「尻尾を下ろすと、襟が……」
「上げておけ」
「座れません」
「立ち仕事だ」
「車で来たよね、ボス」
守は店員に返却した。
次の店では、スポーツウェアを勧められた。ツキが縫い目を確かめ、腕を回す。
「これなら動きやすいですね」
「プロも使っているモデルです」
「いくらだ」
店員が値札を裏返した。
守も踵を返した。
「社長。まだ着ています」
「脱いだら来い」
「性能は確かですよ」
「プロが着ればスポンサーが金を出す! 君たちが破けば私が出す! 値札の裏にその違いも書いておけ!」
三軒目から、ハナの動きが変わった。
店の奥へ消え、両腕いっぱいに衣服を抱えて戻ってきた。
「リーダー、これ。絶対似合う」
「仕事着を探しに来ているんですが」
「ボスに見てもらえるよ?」
ユキは黙って一着受け取った。
やがて、淡い青のワンピース姿でカーテンを開けた。白い耳を落ち着きなく動かし、裾を整える。
「守さん。いかがでしょう?」
「ハッピーマンより先に会社を倒す気か」
「……私を見てください」
「見ているぞ。購入費、洗濯代、修繕費! 君の周囲を取り囲む将来の出費をな」
ユキの指が、裾を握った。
「では、こちらは」
「白は汚れる」
「これなら」
「飾りが引っ掛かる」
「……こちらでしたら」
「その紐は何のためについてる」
「可愛くするためです!」
「だから仕事着だぞ! ハッピーマンに可愛いと思われてどうする! 見惚れて降伏するなら三着買ってやる!」
「奴らに見せるんじゃありません!」
「じゃあ誰に見せるんだ!」
カーテンが勢いよく閉まった。
ハナが守の袖を引いた。
「ボス、そこまで聞いてわかんない?」
「わかったと言ったら買う流れだろう。理解力にも自衛権はある」
「似合ってる、くらいタダでしょ」
「褒めれば欲しくなる! 買わなければ恨まれる! 君は導入費用だけを見て、その後の支払いを無視している!」
「では、有料で結構です」
カーテンの向こうから声がした。
「お給料から出します」
守が口を閉じた。
「ボス、初めて値段で負けたね」
ハナが笑う横で、ツキが作業ズボンを掲げた。
「丈夫そうです。尻尾の加工代次第ですが」
「見積もり無料か」
「はい」
店員の返事に、守はにこやかに頭を下げた。
「ぜひお願いします」
「その愛想、リーダーにも無料で分けてあげてください」
「こちらは値引きが期待できる。あちらは追加購入が期待されている。同じ笑顔でも金の流れる向きが逆だ」
ハナが、ひらひらしたエプロンをツキに当てた。
「これなら後ろが開いてるし、加工代も浮くよ」
「足りない生地まで経費削減したの?」
その横で、着替え終えたユキが守を見ていた。
守は値札を見ていた。
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