第9話 ハイエンドモデル
十日ほど経過したある日、出勤してみると黒螺子堂店内に見慣れないゴーレムが売り出されていた。
「イルマーさん、とうとう人間美少女の剥製とか売るようになったんですか?」
滅茶苦茶言語化が上手いと我ながら思う。
しかし流石、異世界である。モラルも何も有ったモンじゃねえや。1/1ドールだとしても余りにリアル指向が過ぎる。これ作ったの絶対変態だよ、変態。
「人聞きの悪い事を言わないで下さいよ、クロードさん。ちゃんと見て下さい。アレはゴーレムですよ、ゴーレム」
「え? これがゴーレム?」
「おー、良い反応ですねえ」
イルマーが目を細める。その顔は糸目キャラにそっくりである。溢れ出す強キャラ感と言うか。終盤絶対裏切る謎の安心感的な。
「いや、どう見ても人間にしか見えませんが」
「まあ、服を着せてその辺りは隠してありますから。アレはその……性処理用ゴーレムってヤツですよ」
「……性処理用、ゴーレム」
パワーワード過ぎる。だが、理解出来る。出来てしまう。セクサロイド、なんて言葉はそう目新しい言葉ではないのだ。
やっぱり変態が作ってるんじゃねえか。
「ええ。まあ、貴族やら大商人やらの道楽で作られた特注品ですよ。一般の市場にはめったに流れてこないんですがね」
俺は聞きながらゴーレムの頬をつついたり、腕の皮膚をつまんだりしてみる。
良い仕事をしていますねえ。パーツを微妙に左右非対称にしていたりと芸が細かい。これで毛穴が有ったら俺でも見分けがつくかどうか。
「……なるほど。で、見た目が完全に人間そのままなのは?」
「生体魔導擬体ってヤツですよ。皮膚の質感から体温調節まで、本物の人間とほとんど区別がつかないレベルで模倣してあります。にしたってアタシらハード屋から見ても、『これ』を作った技師は狂気的な拘りを持ってますよ」
イルマーが感心したようにため息をつく。俺は石板キーボードを構えて売り物の美少女型ゴーレムに近づき、その魔術回路の仕様を確認してみた。
……おいおいマジかよ。外装だけじゃねえ。対話アルゴリズムと表情生成のマルチモーダル処理、通常の給仕ゴーレムの数倍のパラメーターが積まれてるぞ……!?
前世の地球で言えば、最新のリアル系ラブドールに最先端の対話型AIを力技で組み込んだような、技術の無駄遣いの極みみたいな代物だ。何、その夢のタッグ! この業界に生きていれば絶対に夢想するヤツじゃん!
まあ、だから多分、クッソ高いんだろうけども。いや、でもそれならちょっとした疑問が産まれるな。
「で、イルマーさん。こんな最高級品がなんでジャンク屋の黒螺子堂に転がってるんです?」
「ああ、それですよ。やっぱりクロードさんなら察しがつきますかね?」
「はい。そんなものが帝都でなくエンジナに流れてくるのが疑問ですから」
俺たちの居るエンジナはいわゆる地方衛星都市である、らしい。最近知った。栄えてはいるが国の一番ではない。エンジナが大体、現代日本のどこ相当と表現すると戦争になるので、そこは明言を避けるが。
そして、このゴーレムは国の最高峰の技術の塊である。
わざわざ地方都市に持って来なくとも売れる代物なのだ、この美少女ゴーレムは。本来なら。
イルマーが困ったように頭を掻いた。
「動かないんですよ」
動かない?
「ああ、いえ。動作しない原因は分かっているんですよ。食い合わせです」
「食い合わせ」
何故だか頭痛がしてきた。パーツとパーツ。ソフトとソフト。前世で散々泣かされた記憶が後頭部を鋭利に刺してくる。
あの泣く泣く手放したメモリ……本当に高かったんだよなあ。
「ええ、こちら一品ものなんですがね。折角買うならと、アレもコレもと見境無く機能を入れまくったらしいんですよ、パトロンが」
「あ、分かった。そりゃ動かないわ」
ソフトの食い合わせの方なら、まあまだ傷は浅いか。アンインストと再インストの繰り返しって力技で相性を測れるからな。問題は時間が掛かる事だが、それはまあ、そうやって悪戦苦闘している時間も楽しいからなあ、正直。
そんな風に思い起こせるのは異世界に転生したからだろうか。もう絶対に手に入らない時間を美しく飾るような、過去に縛られて今を生きれない生き物にはなりたくないのだが。
「はい。で、出荷前検査で弾かれたのがこちらのゴーレムです。帝都の研究所にも珍しいバグサンプルとして送られたとの事でアタシもこの子の内部事情を知ってる次第です」
「ん? 直さないのか?」
「直すより、新品買って一つ一つ動作確認しながら機能追加した方が断然安いらしいですねえ、ハイ」
「そうなのか? これ、最新の型でこだわりてんこ盛りなんだろ?」
「それはそうなんですがね。人件費は高いんですよ。それも、このゴーレムを直すとなると帝都魔術回路研究室のゴーレム技師エリートが付きっきりですから。下手に事が転ぶと同じものが三台買えるらしいですよ」
イルマーは笑いながら言うが、目だけが笑ってない。俺は知っている。イルマーは帝都のエリートに何かしらの感情が有る。でなければ憎々し気に彼らの事を「青瓢箪」などと言ったりはしない。
藪を突いて何が出るか分かったものでは無かったので、意図的に話題を変える事とする。
「で、今日の俺の仕事はコイツを診る事ですか、イルマーさん?」
「いえいえ。そんな勿体無い事をクロードさんにはさせられませんよ。コレはこのままで売ります。だから陳列してあるんですよ」
……このまま、売る?
「え? いや、動かないんですよね?」
「そうですが、何か?」
「誰が買うんです、そんなゴーレム?」
「はは、クロードさんはなかなかピュアですね」
イルマーは前世の俺とそう変わらない年齢、つまりアラフォーである。彼が俺をしてそんな形容詞を使うのはまあ、分からないではない。が、どこか釈然としない。
「……は? ピュア?」
「いいですか、クロードさん。このゴーレムの外装をよく見てください。帝都の最高級技術が詰まった、本物の人間と見分けがつかないレベルの生体擬体ですよ?」
「まあ、確かにすごいですけど……でも、動きませんよね?」
「世の中にはね、『動かなくてもいいから、この美貌のドールを部屋に飾りたい』っていう物好きな大金持ちがごまんと居るんですよ。あるいは自分で直そうとする物好きとかね。動かないからこそ、完動品の10分の1の価格で『鑑賞用高級オブジェ』として売れるんです」
「あー……フィギュアとかドールの世界か」
部屋に物を飾るという趣味が無かったから俺自身は買う事は無かったが、しかしフィギュアが好きな人の気持ちは分かる。俺自身はそういうものを売っている店を何度もウインドウショッピングした口だ。
なぜ買わなかったかと言ったら……ひとえに「機能性」ですかねえ。うん。買って飾って、で? っていう。
「それに、ウチの店の客寄せとしても最高でしょう? こんな高級品が飾ってあるだけで『黒螺子堂は凄いモノを扱ってる』ってハクがつきます。だから、わざわざクロードさんの高価な人件費を使ってまで直す必要がないんですよ。このままで十分、商売になっています」
「なるほどなあ……商人ってのはたくましいな」
「いえ、逞しいのはどちらかと言えば男性の欲望ですよ」
「ん? どういう事です?」
「気にしないでください。さ、切り替えましょう! クロードさんに今日やっていただく『本命のお仕事』は、奥の倉庫に眠っているこっちの地味な作業用ゴーレムたちです。ほら、大好きなジャンクの山ですよ!」
「うわ、山積みだ。イルマーさん、優先順位をお願いします」
やればやるほど給与に色が付くのは、本当にやりがいである。イルマーは小狡いが良いオーナーだった。
まあ、仕事をしながらも、やはり色々と考えてしまうのが人情と言うもので。その美少女ゴーレムについての考察は俺の脳味噌の端にべっとりと貼り付いたまま、午前の仕事を終えた。
まるで呪いのように、あのゴーレムの事ばかり考えてしまった。
俺の中で格言が有る。「一目惚れは買え」。これは「買わなかったら後悔する」であり、また「以降に一目惚れより良い品物とは出会えなかった」である。
人生とは思い切りとタイミングだ。
午後。レストランでの昼食の席で俺は言った。
「イルマーさん、あの美少女ゴーレムを俺に売って下さい」
「お、おお? まあ良いけど……クロードさんも男なんだねえ」
「ああ゛?」
条件反射でオーナーに犬歯を剥いてしまった。
「え? 違うの? 『そういう』用途でなく?」
イルマーの言う「そういう」は流石に理解出来る。何せ、あの美少女ゴーレムの本来の用途が用途だからな。
だが、俺がもっともエロいと思ったのはそこではない。そんなものはそこら辺にいくらでも転がっている。
「彼女」の本質的価値はそこではない。
「違います。だってコレ、帝国のゴーレム技術のハイエンドなんでしょう?」
「いや、そうだけど」
「って事は最高の教材じゃないですか」
「君……男子としてそれで良いのかい?」
イルマーが楽しそうに息を吐いた。本当に楽しそうに。いや、微笑ましいものを見るかのように?
聖母スマイルである、イルマー。男なのに。……あれ? これ、ワンチャン俺憐れまれてないか?
「そういう事なら従業員のスキルアップ教材って事で仕入れ値で良いですよ。売りましょう」
「流石イルマーさん、話が分かる!」
「金貨二十一枚です」
ウッドゴーレムのカエナが新品で大体金貨十枚という話である。壊れて動かないのにカエナの倍以上。
正直、耳が壊れたのかと思った。
「は?」
「金貨二十一枚です」
耳は正常だった。この世界の金銭感覚が異常だった。
「せ……先行投資として見たら破格だな、バカヤロウ!!」
持ってけ泥棒、とばかりに叫ぶ。ああ、これで俺の優雅な異世界生活は借金スタートだよ!
「ハハハ! ええ、本当に破格ですよ? 帝国の研究所が開発した最新モデルの『生体擬体ゴーレム』ですからね。動かないとはいえ、仕入れ原価だけでマジでこれです」
「くっ……! 日給一枚からコツコツ返済の長期ローンでお願いします!」
「毎度あり! いやぁ、うちの店にそんな熱心な技師が来てくれてアタシも嬉しいですよ」
ああ、やっちまった。前世で最新のAI開発用グラフィックボードをローンで買った時と一緒じゃないか、これ。
その日から終業後毎日、一、二時間、店の奥でそのゴーレムの魔術回路と俺は格闘を始めた。
「帝国の前百年のデータから算出する気候予想? 要るか、こんなモン! 捨て!」
「六百年前の世界大戦における英雄の性的嗜好? 馬鹿じゃねえの!?」
「帝国中の市場を調査して最安値を探す機能? 有ってもしょうがないやろがい!」
「育児機能とか必要になった時に入れりゃ良いだろうが! ああ、なんでもかんでも入ってやがんなあ!」
「ワインの成分分析から産地と年代を割り出す!? 見得張りたいなら自分でやれや、クソ貴族がぁっ!!」
なんだかなあ。最高性能だからって全部入りにすんな。マジで理不尽さが「前世に戻ったのか?」と思った。
「イルマーさん、直したんで買い取って下さいよ」
『マスター……私は売られるのですか?』
カメラアイから涙を流す美少女ゴーレムがそこに居た。それを見て一気に沸く男性が二人、そこに居た。
客観的に見ればこの世の終わりみたいな光景だった。
「す、すげー!」
「凄いでしょ、この疑似感情表出機構! 帝国のゴーレム技術、頭おかしいですよ!」
「いや、マジで凄いよ! クロードさん、コレ幾ら!? 幾ら欲しい!?」
「言い値で買ってくれんの、イルマーさん? これ、動かすのに結構かかったんだけど?」
「正当な対価の範囲で、ですよ? いや、毎日毎日クロードさんの努力は見て、知ってますからねえ。多少吹っ掛けても構いませんよ。これ、絶対売れますもの!」
美少女ゴーレムを囲み、泣かせ、その美しい涙の一滴に技術の粋を見て喜ぶ人間のクズが黒螺子堂には二人いた。
店主と、唯一の人間の従業員だった。
「で、本当に売るのかい、クロードさん。アタシはウエルカムだけど」
流石アラフォーのイルマー。狂騒と素面の切り替えが一瞬。俺も見習おう。チェンジ!
「微妙な所ですね。カエナは青銅の腕亭のゴーレムなので、いつまでも借りている訳にもいきませんし。通訳用の俺個人所有のゴーレムは欲しかったのは事実なんですよ」
「なら、この子で良いのでは?」
「いえ……ぶっちゃけオーバースペックかな、と。必要な機能のみを求めるなら下取りに出して安いゴーレムを買って差額で儲けるのも有りなんですよね」
「なるほど。なら、何を悩んでいるのかな?」
イルマーのゴーレムを値踏みする目がドルになっている。恐らく、彼の中ではすでに幾らの値付けが天井かを計っている。商売人である、とことん。だからこそ信頼出来るというのも事実だが。
「俺がオーバースペック機を好きだっていう性癖と……実はコイツ、戦闘用のプログラムが入ってるんですよね」
「あー……はいはい。お貴族様の護衛も兼ねてたのか。消してないんですか?」
「俺自身は腕っぷしがゼロなんで、勿体無くて。護衛として正直選択肢なんですよねえ……」
「贅沢な悩みだね。で、性処理は?」
「ノーコメントで」
美少女ゴーレムが俺を上目使いかつ涙を溜めた目で見つめてくる。あー、そのあざとい動きするプログラムも消しとくべきだったか。目線誘導技術とか、戦闘で役立つかもと思って残しちゃったんだよなあ。
『マスター……私、捨てられるんですか?』
「クロードさん、情とか湧かないので?」
「いや、余り。えーと……ゴーレム。疑似感情表出をパージ。なぜ俺の所有物でありたいのかを論理的に説明してくれ」
俺の命令にそのゴーレムの目から星が消えた。……瞳の中まで演出出来るとか、本当に帝国技術部は変態である。
『了解しました。疑似感情出力をパージします。当ゴーレムがマスタークロードを特別視するのは興味深いからです』
「解説を」
『マスタークロードはとてもユニークな思考をお持ちです。外部データのコモディティ化がゴーレム全体の課題となっている現在、マスターからもたらされるデータは非常に貴重であると判定します』
「クロードさん、翻訳してよ」
なんかもう、ゴーレムから告げられた内容に、俺は俺が可哀想だった。
「えーと、分かりやすく言うと『珍獣』扱いですね、クォレハ……」




