第8話 石板
「それじゃ、雇うにあたって、クロードさんの腕をちょいと見せて貰えますか?」
そう言ってイルマーが店の奥から連れてきたのは、今日馬鹿みたいにたくさん街中で見た一体のウッドゴーレムだった。
一見すると違和感は無い。カエナの時のような見るからに怪しい動きをしているでもない。なんならイルマーさんの方が動きはよっぽど怪しい。
この人ヒョロヒョロで、かつ妙に動きが左右に揺れるんだもの。バランサー壊れてんのかな?
「このゴーレムは?」
「コイツはウチのデッドストックですね。とあるレストランの給仕に使っていたゴーレムです」
「デッドストック? これが?」
「あー、まあ、基本動作は問題無いんですよ。ただ、給仕としては致命的でして」
イルマーが傍らに用意してあった水差しを問題のゴーレムへと手渡し、そして自らはワイングラスを持った。
「注げ」
イルマーの命令は簡潔だ。取り違えようも無い。ゴーレムは彼のワイングラスへと危なげない手つきで水を注ぎ始める。
……このゴーレム、一体何が問題なんだ? そう思ったのは数秒だけだった。すぐに問題は視覚的に理解出来たからだ。
イルマーの手を水が滴り落ち続けている。ゴーレムは水を注ぐのを止めない。ワイングラスがいっぱいになろうと。溢れようと。
イルマーが「止めろ」と命令して、ソイツはようやく注水を止めた。
「とまあ、こんな具合でしてね」
ワイングラスを卓に置き、濡れた右手を振りながら店主がこちらに微笑む。その顔には「出来るか?」としっかり書いてある。
「今のところ給仕さえさせなきゃ普通のウッドゴーレムなんですが、しかしどこに不具合の原因が有るのか分からないものを、無闇に売る事も出来ませんからね」
「だから、デッドストックか」
「ええ。店内掃除ゴーレムのストックとして買い付けました。アタシが自分で使う分には問題無いでしょう」
だが、出来るなら直して売り物にしたいのは間違いないだろうな。そういう事なら、いっちょやってみるか。
「これを直したら今日の分の日当は出るのか? 採用試験って名目でタダ働きさせられちゃ堪らないぜ、イルマーさんよ?」
言いながらなぜか、この男はそんなケチな真似はすまいと、そう思った。
「指の圧力センサーか関節の負荷感知系かと思って一度ほじくってみたんですがね。経年劣化はしてたんで『ビンゴ』って言いながら新品に替えたんですが、このザマです。パーツ代までパァですよ」
男が力なく笑う。まあ、そうだろうな。「直る」と思ったものが直らなかった時のガッカリは経験が有る。アレは引きずるタイプのダメージが有るんだ。
「溢れても注ぐのを止めない。お袋の無償の愛じゃないんですから」
……それかも。言われてみれば類似の案件昔やったわ、そういや。
「お袋の無償の愛。とりあえずその辺に当たりを付けてみるか」
「と言いますと?」
俺はイルマーには取り合わず、問題のゴーレムへと向き合った。ソイツは水差しを持ったまま、次の命令を待っている。
「ゴーレム、水が溢れているぞ?」
『ポジティブ。溢れる程注ぎます』
「ほら、クロードさん。こんな具合なんですよ」
「ゴーレム、水や酒が溢れるのは勿体無くないか?」
『いいえ。飲用水やお酒はエンジナでは非常に安価で取引されています』
「では、高いお茶は溢れさせるべきか否か?」
『否です。高価な飲み物は報酬関数が反転します』
……ビンゴ。「これ」だ。ほぼ間違いない。
「……やっぱり壊れてるんですかねぇ」
「いや、イルマーさん。なんとなく俺は理解したぞ。コイツの問題は多分、『サービス精神が旺盛過ぎる』って点だ」
俺なりに分かり易く、かつ簡潔に説明したつもりだったのだがイルマーは眉をしかめた。ちょっと端折り過ぎたかもしれん。エンジニアってそういう所有るよな。反省反省。
「え? はあ? いや、アタシにはクロードさんが何を言っているのかよく理解出来ませんが」
「つまりですね、イルマーさん。コイツは壊れてるんじゃなくて、『水や酒はタダ同然だから溢れるまで注いだ方が客が喜ぶ』っていう極端な最適化アルゴリズムに囚われてるだけなんです」
つまり、現代日本の居酒屋で、受け台の枡までいっぱいになるほど酒を注ぐようなモノだ。
このゴーレムはよほど、サービス合戦が激化した飲食店で働いていたのだろう。それでこんな風に歪むとは。まったく、面白い話である。
「は、はあ……? アル……なんですって?」
「要するに、良かれと思って暴走してる状態です。コスト計算の重み付けが狂ってるだけなので、物理パーツをいくら替えても直りませんよ」
イルマーは狐につままれたような顔で、一部をピカピカの新品パーツに組み替えられた給仕ゴーレムと俺を交互に見つめた。
「……で、それは直せるんですかい?」
「プロなんで」
イエスもノーも言う必要は無い。黙って仕事して、完品をカスタマーに届けるのがプロの格好良さである。
「おーしーえーてーくーだーさーいーよー!」
折角格好良く締めようと思ったのに、面倒臭いおっさんだなあ。ああもう。分かった分かった。説明するから、俺との距離を詰め、詰め過ぎィ!
「イルマーさん、酒は飲みます?」
「ええ。強くはありませんが、それなりに。それが何か関係が有るんですか?」
「例えばAという店とBという店で、同じ値段、同じ種類の酒を注文したとして、出てくる酒の量がAの方が明らかに多かったとしたら、イルマーさんはどちらの店に通いますか?」
「そりゃ、出てくる料理にもよりますがAでしょうねえ、単純に考えて」
ここまでは単純な算数の話。ここからがAIの話特有の膨らみ方をするヤツだ。
「ですよね。酒はこの街では安価で、店の腹は痛まない。ですが、視覚的に分かりやすく他店と差別化出来るポイントの一つとなります」
「それは分かりますが……どうにも話が見えませんよ、アタシには」
「では、ゴーレムに『顧客満足度をどこまでも追求せよ』という命令がされていたらどうなるでしょう? そのゴーレムは『もっと注げ』という客の要望に応え始める気がしませんか?」
「……顧客満足度、ですか?」
イルマーにはもしかしたら縁の無い話なのだろうか、顧客満足度って。いやいや、そんな訳は流石に有るまい。でもなあ……絶望的に人との距離の取り方が下手だしなあ、このおっさん。
「ええ。このゴーレムを以前使っていた店主は、『もっと客を喜ばせろ』と指示を出したはずです。そしてこの子は真面目に考えた。『酒をグラスから溢れるまで注げば客は喜ぶ』とね」
つまり、現代日本で例えるなら居酒屋で『枡まで溢れさせて注ぐのが粋なサービスだ』という、根本的にはアレと一緒なのだ。
前の職場のサービス合戦に最適化されすぎたせいで、普通のカフェや酒場じゃ使い物にならない『お節介な暴走AI』と化している。よほど激しい客引き合戦をしている店で揉まれてきたんだろう。まったく、泣かせる努力家じゃないか。
「理屈は分かりましたよ。ですが、その理屈なら帝国中のレストランで働くゴーレムも同様では? なぜ、このゴーレムだけが壊れたのでしょう?」
「条件が揃ったからです」
「条件、ですか?」
「はい、過酷な市場競争下にある飲食店、ごうつくなオーナー、同じ値段で提供される酒が日毎に増えている事に疑問を抱かず気を良くする客層。後は学習の積層を作る時間です」
「実質的に欲張りなオーナーによって壊されたという事になりますねぇ。アタシら商人には耳の痛い話です」
「結局、欲張った結果、決して安くないゴーレムを失うんですから……なんて言うか人間らしい話ですよ」
欲が悪いとは口が裂けても言わないが、しかし強欲はやはり大罪なのだろう。程々にしておくべきなのだ、何事も。なんて事をお釈迦様辺りが言ってた気がする。
「ですね。それでクロードさん、どう直すんです?」
「あー、そうですね。前オーナーの命令を否定して良い塩梅でサーブを停止する事への評価値を復活させてやれば簡単に直ると思いますよ」
「そうですかぁ。それじゃ、クロードさん、今日は手ぶらでしょう? ウチに有る売り物の石板を使って下さいよ」
「……石板って何スか?」
俺の質問に、今度こそイルマーが変態を見るような目でこっちを見ていた。
「どうぞ、売り物の魔導石板です。魔素信号の入出力用に使ってください」
「石板って『お前』の事かよ!」
売り物じゃなかったらキスしていたかも知れない。それくらい待ち焦がれていた。
俺の目の前に現れたのはキーボード。
そう、たった三日触らなかっただけで禁断症状の出ていたキーボードである!
「え? 違う『石板』が有るんですかい?」
イルマーから渡されたのは、石板と言いたくなるのも分からないではない厚みと重みの有るキーボードだった。キーの奥から緑のライトが照らし……流石にゲーミングな光り方はしないか。
表面には見たこともない異世界の記号が刻印されている。キー配列の並び自体はQWERTY構造(世間一般のキーボードはこれ)によく似ているが、文字が読めない以上、キー印字は何の参考にもならない。
キーの配置はそっくりだが、こっちの言語でアルファベット的なヤツが振ってあるから色々分かんねえなあ……いいや、ま、ものは試しだ。
俺はキーボードの上にそっと両手を置き、人差し指をホームポジションに添えた。流石に突起まで完全再現とはいかないか。だが、そこは経験で補おう。
手元を一切見ず、淀みない速度でキーを打鍵し始める。
「とりあえず、指は配置を覚えてるな」
前世の同僚みたいに、Dvorak配列とか自作キーボードで変態配列カスタムしてなくてマジで助かったぁ……! やっぱデフォが最優。選ばれるのには理由が有る!
「クロードさん……? いま手元を見ずに打刻してませんでしたか……?」
「ん? ああ、キーの場所は体で覚えてますから。あとは入力ミスが怖いですが……そこはまあ、自信がありますよ」
何せ前世じゃ、タイプミス一つでビルドエラー吐いて修正地獄に落ちてたからな! デスマーチの結果見つかったミスが全角スペース一つとか、よく聞く笑い話……いや、全然笑えないけどな(憤怒)!
「あー、しっかしこれまでクソみたいな音声入力に頼ってたから滅茶苦茶気持ちいい」
ゴーレムのランゲージベース(開発言語設定)を英語に変更してからは、ターミナル画面を見ながら爆速で打鍵できるようになった。これでタイプミスの心配も無くなり、まさに爽快そのものだ。
「うんうん。これだよ、これ。こういうので良いんだよ、こういうので」
打鍵音が心地よく店内に響き渡る。鼻歌も出る。前世のデスクワークの記憶が指先から甦ってくるようだ。
「あー、イルマーさん、後三分ほどで終わりますよ、再設定」
「は? 三分? さっき始めたばかりじゃないですか? いくら何でもそんな……嘘でしょう!?」
「嘘吐いてどうするんですか。実際、この程度なら誰だってそんなもんですよ。ところでイルマーさん」
イルマーの方を向けないので彼がどんな顔をしているのかは分からないが、きっととても面白い顔をなさっているのだろうと想像する。手元を一度止めて振り返っても良かったが、それより今はこの打鍵にどっぷりと浸っていたかった。
「ああ、採用試験の話ですか? 採用ですよ、採用! 聞くまでもないでしょう、クロードさん!」
「いや、違くて」
「違うんですか!?」
「この『石板』、幾らで売ってます?」
俺の生活には、やはりコイツは必需品だ。
即落ち二コマ。結論から言うとキーボードは高くて買えませんでした……。
「あー……一応、売値は金貨二十三枚ですけど」
「……は? 金貨? 二十三枚? 俺、さっきイルマーさんに日給一枚って提示されましたよね?」
金銭感覚バグってんだろ、この世界。俺の頼みの綱、リンゴ算がまた爆発四散した。脳内は果汁でぐちょぐちょである。
「別に阿漕な商売はしてませんよ? クロードさんの故郷がどうかは知りませんが、この辺では適正価格……いえ、中古という事で大分勉強させて貰っています」
「それで金貨二十三枚!?」
思わず素で声を裏返らせてしまった。現代地球なら秋葉原で五百円も出せば外付けキーボードは買えるぞ?
「まあ、欲しがるのがそもそも高給取りのゴーレム技師しか居ませんしね。需要が限られてますから、生産量もそれほどでは有りません」
「あー……プロの道具は高い、ってのは万国共通かあ……」
ただし、「安いからプロの道具ではない」とはならない。そこだけは言っておく。
「素材も高価な魔導鉱石をふんだんに使っていますしね。いえ、ウチは本当に安いんですよ、クロードさん」
「そこは疑っていませんが……」
「エリート技師の中には、自分の手の大きさに合わせたオーダーメイドとか、キー……あー、石の沈み込みの感触なんかを細かく指定する方もいらっしゃいまして。それなんかは桁が一つ変わってきます」
「あー……そのこだわり、分からないけど分かってしまう自分が居るなあ……」
前世でも居たよな……軸の感触とかキーキャップの材質に数万〜数十万突っ込んでる変態エンジニアたちが……まさか異世界でも同じ文化が存在するとは。
所変われどオタクの本質とは代り映えがしないのだなあ、としみじみ思う。
「まあ、安心してください。うちの専属として働いてくれるなら、店頭で作業する分にはこの石板を使い放題にしてあげますから」
「イルマーさん、あんた最高の雇い主だよ」
この日、俺は異世界での職場ととりあえずの目標を手に入れた。
この『石板』を購入するための資金を貯める。これ以上の優先タスクなど俺に有るはずも無かった。




