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第7話 黒螺子堂

 石造りの古い町並みを抜け、大通りから一本入った、指し示された区画へと足を向ける。


「ここがモルトの言っていたジャンク屋か」


『モルト様はゴーレム技師のクロード様なら楽しめるのではないか、と仰っていらっしゃいましたね』


「そうだな。しっかし、外からの見た目は完全に骨董品屋だし、本当に興味を引くようなものが有るのかは微妙だな」


 木枠の窓越しに覗く店内には、年代物の彫刻や壺らしきシルエットが並んでいる。理路整然とした機構美を愛する身としては、ただ飾るだけの造形物には今一つ感情が揺れない。


『クロード様は骨董品に興味は惹かれませんか?』


「そうだな。俺は芸術品的なのは正直、食指が動かないんだ。素養が無いんだろうな」


『そうなのですね。後学の為にお聞きさせて頂きます。クロード様「素養が無い」とはこの場合どういう意味でしょうか。美的感覚の欠如、あるいは一般的感覚との乖離でしょうか?』


「あー、いや、そういう訳では無いんだが。美しいとか綺麗とかは理解出来る。ただ、俺の脳味噌は画像記憶の連続性が壊滅してるんだよ」


『画像記憶の連続性、ですか』


「ああ。だから美術品、芸術品に価値を見れない。そういったものを否定している訳ではない。ロジックとしてその価値は理解している……って、この説明で理解出来るか、カエナ?」


『肯定。そして、口調から推察しますに、クロード様自身はそれを自身の欠点だとは認識していないのではありませんか?』


「ああ、個性の範囲だと諦めているよ。俺の脳は『画像データ』として美術品を保持できない。文字や構造のロジックとしてしか認識出来ないから、感覚的な『美しい絵』より『どう動くか分かる機械構造』の方が圧倒的に脳内メモリに残りやすい」


 完全に記憶出来ない訳では無いのだが、どうもパーツとして残りがちなんだよな、人の顔とか。基本、特徴しか覚えてないというか。


『クロード様の知覚モデルは視覚的レンダリング能力よりも、言語および構造解析のトークン処理に極めて特化していると推察されます』


「多分な。だから『動かない骨董品』はただの置物に見えて、『動く機械』はコードが見えてワクワクする。あそこに見える彫刻とかもゴーレムなのかもな。そういうのなら美術品よりは断然アリだ」


 モルトの言う「ゴーレム技師なら楽しめる」とは恐らくそういう意味だろう。


「ま、とにかくあまり期待しないで入ってみるか」


 カエナと共に入口を潜る。店の奥行は案外広く、個人店の規模ではない。前世の感覚で言うなら大店、という言葉が近いか。その店内に用途の分からないものが所狭しと、しかしどれ一つ埋もれる事無く陳列されていた。パッと見て置いてあるアイテム数はかなり多い。


 最も特筆すべきは店内が清潔で明るいことだろう。来る店を間違えたのではないか、と一瞬疑ってしまった。第一印象は俺の感覚ではどちらかと言うと美術館の方が近い。


『いらっしゃいませ』


 目に見える範囲で商品清掃に当たっていたゴーレム二体がこちらに向けて頭を下げる(当然、カエナが翻訳している)。チリ一つ無く、どれも磨き上げられているという「骨董品屋の常識」の真逆は彼らの仕業か。


『お客様、何かをお探しでしょうか?』


「えっ!?」


 驚いた。ゴーレムの内の一体が清掃を止めてこちらに近付いてきた事にではない。これは「接客第一。客の不在時には清掃」とタスクを組んであるだけなのはすぐに分かる。そうではなく。


 このゴーレムはカエナの翻訳を介さず第二声を俺に分かる言語、つまり日本語でこちらに語り掛けてきたのだ。


『絵でございますか? 生憎、絵は取り扱っておりません』


「……日本語で喋ってる!?」


『お客様の使用言語に合わせるのはサービスの常識です。それがどうかいたしましたか?』


 首を傾げるような動作を見せるゴーレムを前に、脳内のロジックが急速に組み替わっていく。


 高性能にもほどが有る。これは「自動言語判定」と言われる挙動だ。つまり、この店舗用ゴーレムはカエナの翻訳をトリガーにリアルタイムで出力言語を切り替えて接客をしてきた事になる。


 ちょっと技術レベルがどうかしてるだろ、この異世界。


「ええと、カエナも同じことが出来るのか?」


『肯定。接客用ゴーレムは基本的に「多言語・文化適応プロトコル」が実装されています。接客対象の使用言語に切り替え、基盤記憶から対応する言語基準で出力しています』


「門番ゴーレムが俺の使用言語に切り替わらなかった事が有ったんだが」


『該当ゴーレムが行うのは接客では無いからだと推察します』


 まあ、明らかな不審者にサービスをする必要性は無いってのは理屈か。こういう不器用な所も「ゴーレムらしい」と言えば「らしい」な。


「だが、青銅の腕亭に来て最初に出会ったカエナでないゴーレムは自動で言語切り替えしてくれなかったぞ?」


『ロビーに常設してあるゴーレムの事ですね。それは該当ゴーレムが「単機能ゴーレム」だったからです、クロード様』


 単機能ゴーレム……そういうのも有るのか。きっと余計なメモリや言語モデルを削ぎ落としたリードオンリーの軽量化エッジ端末って感じだろう。となると、対比的にカエナは割と性能が良いゴーレムである事実にも気付かされる。


 俺、カエナを今日も無償でルキナさんから借り受けているんだが……急速になんか悪い事をしている気がしてきた。女将さんの良心に無意識に浸け込んでいたりはしないだろうか。


 親しき仲にも礼儀有り。早急にゴーレム技師として稼げるようになって、それこそ一日幾らでレンタルするように打診するべきだろうな。異世界初セーフハウスのバレル夫妻とは末永く良い関係を続けていきたいものだし。


 と、接客ゴーレムくんを蚊帳の外に店内でカエナと喋っていると店の奥から男の声が聞こえた。


「お客さん、冷やかしなら帰って下さいよ。せめて店の物を見ていってくれないと困ります」


 コツコツと高い音の鳴る靴を履いて、姿を現したのは背の高い痩せ気味の男だ。年の頃は俺と同じくらい……あ、前世の俺な。だから……アラフォー?


「あ、ああ。すまなかった。疑問が有るとつい喋り込んでしまうタチでさ。俺はクロード。あなたは?」


「異邦人の方ですか。しかし、通訳ゴーレム連れとは……ん? よく見ればそのゴーレム、青銅の腕亭のポンコツじゃないですか?」


『スマリオテシタサブゴ、マサイルマリネン』


 異世界言語で何かを言いつつ、カエナが骨董屋の店主に向けて頭を下げる。その様子を見て男は驚いた様子だった。


「は? どうなっているんです?」


「ええと、どうしました?」


「いやね、お客さん。不思議なんですよ。そのゴーレムは青銅の腕亭のゴーレムでしょう?」


 俺は首肯する。男は名乗りもせずに俺へと語りを続けた。


「アタシの記憶じゃ、そのゴーレムは壊れていて再起不能だったはずなんですよ。ええ、親父さんが泣きついてきて、アタシ自身もゴーレムを診ましたからね。よく覚えていますよ」


「あ、あー……そういう」


 心当たりしかない。そして、その話がどう続くのかもこの時点で俺には予想が付いた。


「いえね、アタシは魔術回路は専門外でして。機械側の故障が無いかを点検したんですが、その時は多少の経年劣化は見られるが交換するほどの部品は無いってな結論で」


「はあ」


「アタシも知らない間柄じゃないんで、そっちに詳しい技師を手配して診させたんですがね。ソイツが言うには『初期化』しかない、って話だったんですよ。親父さん、そりゃもう肩を落として帰って行かれたのを覚えていますよ」


「そうなんですか」


 俺、生返事である。だってその内容、全部知ってるもの。その後で直したの、俺だもの。


 でもさあ、ここで話題をインターセプトして「それ直したの俺! 俺、俺!」って言うのもなんかさあ……面倒事の臭いがしない?


 何か聞かれてもしらばっくれるか? うん、そうしよう。天下太平事も無し。それで良いじゃないか。世界は平和をこそ望んでいるのだ。


「だって言うのに、見て下さいよ。このゴーレムは動作不良を解消し、でありながら私の名前を憶えている。これはおかしな話ですよ?」


 店主は俺をジロリと見据えた。俺はあなたの名前を知りませんけどね。名前くらい名乗るべきじゃないですか、とりあえず。


 客商売、失格っスよ?


「何か知りませんかね、お客さん?」


 まるで巻き付く蛇を思わせる動きでこちらに顔を寄せて来る男。いや、近い! 距離感の詰め方がおかしいって、この人! 嫌じゃ、ワシは男の呼気など嗅ぎとうない!


「いや、俺は何も」


 だから、今すぐ離れてくれませんかね。俺の今の表情が何を意味しているのか分からないならアンタ、ゴーレム以下の共感性だからな!?


「そうですか。なら、聞く相手を変えましょうか」


 店主は俺からスッと顔を離すと、やはりどこかねちっこさを感じさせる動きで首を動かし……あ、そっちはまずい。俺についての口止めとかしてねえわ、そういえば。


「ゴーレム、アレから特筆すべき変わった事は有りましたか?」


『クロード様に出会い「ルシア様がお嫁に行った」という言葉の持つ意味をご教授頂きました』


 瞬間、「ぐるり」と。


 カエナの返答を受けて人体の可動域限界に挑戦するように店主の体がしなり、それこそカジキマグロと格闘中の釣り竿のように曲がり(誇張表現ではあるが、俺には本当にそんな感じに見えたんだよ!)、その赤い目が俺を見据える。


「貴方ァ、何者ですかァ?」


 お前こそ何者だよ。そも人間かどうかから疑わしい動きしやがって。


「人に聞く時はまず自分から、ってのは常識じゃないのか? 客商売の基本がなってないぜ?」


 男は姿勢を戻すと一つ大きく息を吐いた。俺へと向き直り、左手を胸に、右手で中空に半円を描きながら優雅に一礼。


「……ああ、失礼。アタシとしたことが、名乗りもせずに問い詰めてしまいましたね。アタシはイルマリネン。まあ、街の奴らは『イルマー』と呼びますがね。この『黒螺子堂』の店主です。どうかお見知りおきを」


 いや、出来れば記憶から葬りたいかな。しっかし……パーツや動きが一々濃いんだよなあ。上手く忘れられっかなあ、俺。


「ご丁寧にどうも。さっきも名乗ったが、俺はクロード。お察しの通り流れのゴーレム技師だ」


 しらばっくれるのは無理だと判断し、素直にゲロる事にする。ほら、人間って隠されるほど知りたくなる生き物だからね。


「この国の言葉は喋れないから、街中で声をかけられても反応出来ないかも知れないが、それは悪く思わないでくれ」


 京言葉的に「貴方とは今後関わり合いになる気はありません」と言ってみたが、イルマリネンには上手く伝わらなかったようだ。


「大丈夫ですよ。その時は肩を叩きに行きますから。お気になさらず、クロードさん」


 クロードは逃げ出した。しかし、回り込まれてしまった。なんかそんな気分だ。はあ、この場は一度観念するか。


「はあ、それはどうも。それで、その……カエナが直ってるのってそんなにおかしいで「おかしいですねェ!」」


 食い気味ィ! 被せるな! まだ俺が喋ってるだろ!


「あの時、専門の技師が『初期化しか手はない』と確かに言い切った。……なのに、そのゴーレムは記憶を保持したまま見事に復旧されている。こんな曲芸ができる技師なんて、この街にはいませんよ」


 ええ……エンジナのゴーレム技師のレベル、低過ぎ?


「最低でも帝都の青瓢箪……失礼、研究エリートでも呼んで来ないと話になりません! まあ、金銭的折り合いは絶対に付かないでしょうけどね」


 いや、違う。恐らく「倫理アラインメント」という分野がこの異世界では「ゴーレム学」から独立していないんだ。だから、専門家が存在しない。


 って事はレベルどころじゃない。恐らく、俺の想像通りなら「ステージ」が二つ三つ違う。


「お兄さん、率直に聞きます。お金欲しくないですか?」


「……え? そんなの滅茶苦茶欲しいですけど」


 流石にこの年齢で「生きていけるだけで良い」なんて達観はしてないからな。むしろ煩悩まみれな俺だった。


 まあ、異世界三日目。生存に直結している問題だしな。お金大好き!


「でしょうでしょうそうでしょう!」


「なんでテンション上がってるんですか?」


「けど、お兄さんは異邦人。根本的に言葉が違いますからね。この街で仕事を探すのはなかなかに難しいかも知れません」


「それは……確かに」


 そういうとイルマーは俺に例の動きですり寄ってきた。だから、近いって!


「お兄さんさえ良ければどうです? ちょっとウチで働いてみません? いや、勿論雇う前にちょっと腕は見させて頂きますが」


「この店で、働く?」


 正直、魅力的な提案である。宿から程近い当座の職場とかぶっちゃけ断る理由が無えんだよなあ。


 店主がキモいだけで。……人間関係は職場の最重要項目? その考えは若いねえ。


「俺からも聞いてみても良いだろうか?」


「はい、なんでしょう?」


「なんでゴーレム技師を囲いたいんです? 今の話だと、外部委託出来る顔馴染みは居るようですけど」


「ああ、それですか」


 イルマリオンは大袈裟に肩を落とした。一々動きが芝居がかってるから胡散臭い事この上無い。


「ウチの倉庫には『機械的には直っているのになぜか動かない』レリックなんかがそれなりにデッドストックになってまして」


「それを診させたい、ってか。いや、外部委託にしない理由にはならないだろ?」


「あー、お兄さん商売人じゃないですねぇ。外部委託しますと、時間辺りじゃなくて、一個辺りで連中は金を取るんですよ」


「なるほど。一発で理解した」


「でしょう? それなりに量は有る。けれど、売れるかも分からないそれを片っ端から外部委託で修理すると大損害です。店が潰れちまいかねません」


 だから、イルマーさんは腕の良いゴーレム技師を固定給で常駐させたい、と。うん、話は分かったし不審な点も無い。


 不審なのは店主くらいだ。


「だが、その話だと俺にメリットは無くないか?」


「何を言ってらっしゃるんですか。安定的な職場は最大のメリットですよ、お客さん」


「うわ、言い返せねえ」


「勿論、アタシだって安くこき使おうなんて思ってはいませんよ。何せ言葉が通じないだけで、本質的には引く手あまたのゴーレム技師さんだ。しっかり奮発させて貰いますよ」


 ちょっと心躍る発言だな。もしかして、期待しても良いのだろうか。モルトさんの紹介だし、変な店ではないのだけは信用出来る。恐る恐る聞いてみる。


「具体的な日当を聞かせて貰っても?」


「金貨一枚でどうです?」


「……え?」


「安過ぎますか? いや、結構頑張って提示してますよ、これ。それ以上ってなると流石にアタシも考えちまいますが」


 き、金貨一枚……!?


 脳内で急速に演算が走り出す。


 だが、俺にはこの異世界の標準的な賃金相場に関するデータベースが絶望的に不足していた。ゴーレムが農作業を自動化しているせいか、主食のパンは黄銅貨二枚というバカ安価格なのに、果物のリンゴは青銅貨一枚と黄銅貨六枚もする。前世の日本の感覚で物価を「円」に換算しようとすると、脳のメモリがオーバーフローを起こしてしまうのだ。


 ゆえに、俺が算出できる唯一の絶対的指標は「リンゴ」だった。


 青銅貨と黄銅貨のレートから繰り上げて……金貨一枚は、リンゴおよそ600個分!?


 日当でリンゴ600個。パンなら数千個。


 トラックの荷台が一瞬で埋まるレベルの果実の山が脳裏をよぎる。


「……クロードさん? 表情が固まってますが……」


「あ、いや。……ふむ、金貨一枚ですか」


 ヤバい、思わずニヤけそうになる口元を必死に抑え込み、熟練のエンジニアらしく顎に手を当ててみせる。ここで即飛びついたら足元を見られるか、逆に『こんな低賃金で喜ぶなんて本当に技師か?』と怪しまれるかもしれない。


「まあ、試用期間の提示額としては……悪くない条件ですね」


「おお! 乗ってくれますか! いやあ、話がわかるお方で助かりましたよ!」


 イルマーがホッと胸を撫で下ろし手を差し出してくる。機械油で皺が黒い、これは職人の手だ。嫌いじゃない。むしろ好きなタイプの、イルマーのそれは働いている手だった。


 こうして、異世界における俺の職場、ジャンク屋『黒螺子堂』の専属デバッガーとしての業務委託契約が、実にスムーズに(そして俺にとっては破格の条件で)成立したのだった。


 ……まあ、頭の中では相変わらず、トラック一杯分のリンゴの山がコロコロと転がっていたわけだが。


 万物の真理や人類の知恵は、いつの時代もリンゴから生まれるという。エデンの園の禁断の果実然り、万有引力を発見した偉大な物理学者然り。


 ならば、この異世界で俺の経済観念を支え、新たな労働意欲を芽生えさせたこの『リンゴ算』もまた、一種の偉大な知恵と言えなくもないだろう。


 よし……まずは明日一日働いて、カエナのレンタル料と……リンゴを一つ買おう。


俺の異世界エンジニア生活は、一握りのロジックと一個のリンゴと共に幕を開けた。

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