第6話 マーケット(後)
「結構賑わっているんだな」
『はい。着飾る事は人間にとって大切な事です。威嚇や求愛といった原始衝動と深く関わりが有ります』
「求愛って……まあ、否定はしないけども。俺も人は見た目が八割だと思うし」
『クロード様はバレル様の若い頃によく似ていらっしゃり、将来的な体型変化も示唆されています』
「カエナ……いや、何も言うまい」
もしかしてカエナの中の美醜の基準的なのってルキナさんの価値観が基準だったりするのだろうか。あー、有り得そう。きっとカエナは「バレルに似ている=褒めている」とガチで考えているのだ。
まあ、カエナが学習内容を間違えている節は否めないが、女将さんのゴーレムだし、勝手に価値観を修正するのもなあ。
まあ、いいや。とりあえずここは服でも眺めて聞かなかったふりという大人の対応だ。
意図的に話題を転換。キョロキョロと周りを見回して話題のタネを探す。
「賑わっているにしたって、それでも客が多くないか? カエナ、もしかして今日は休日だったりする?」
『「休日」という言葉が私の概念空間には存在しません』
「は? ええと……どういう事だ?」
『質問を質問で返す事をお許し下さい。クロード様、休日とはなんでしょうか?』
「ええ?」
嘘だろ……「休日」という概念そのものが定義されていない?
思わず足が止まる。カエナの無機質なカメラアイを見つめ返したが、もちろん冗談を言っている表情(そもそも表情などないが)ではない。
「え、えーとだな……労働義務のある人間が、業務を免除されて羽を伸ばす日のことだよ。週に二日とか、定期的に休みが回ってくるだろう?」
『理解しました。ですが、帝国において人間にはそもそも「一律の労働義務」が存在しません。業務の大部分はゴーレムが担当しているためです』
目から鱗が落ちるとはこの事か。
『故に、「労働から解放される日」という定義も存在しません。人間は望む時に働き、望む時に買い物をし、望む時に休息を取ります。したがって、毎日が休日であり、同時に毎日が通常運転です』
カエナの言っている事は分かる。だが、待て待て。カレンダーによる一斉の「休日」がないとか飲み下すのに流石に時間が欲しい。
脳内で電光石火の如く高速で論理が組み上がっていく。
「週休二日」も「サバト」も「祝日」も、労働力を効率よく搾取・再生させるための産業社会のシステム設計だ。だが、労働の主体が100%ゴーレムであるこの世界では、人間は「労働者」ではなく「定常的に存在して経済を回す消費者」でしかない。
「つまり……年中無休で、街には常に一定数の人間がランダムに繰り出している状態ってことか?」
『肯定。個々の人間の生活リズムは分散されているため、大市は常に一定の賑わいを維持するよう自動最適化されています』
ホワイトすぎて逆に怖い!
元社畜エンジニアとしては「毎日が休日」なんて夢のような響きだが、要するに『社会全体が永久に夏休み状態』ってことかよ! エンドレスエイトかよ!
「なるほどな……。休日という概念がないからこそ、みんないつでもフラフラ買い物をしていられるわけだ。カエナ、俺の概念アップデートに付き合ってくれて助かるよ」
『肯定。クロード様のローカルデータベースの更新を完了しました』
「なあ、ここまでの会話を総合すると、衣料品なんかも安いんじゃないか、って俺には容易に想像出来るんだが」
『基本的には仰る通りです。デザインや裁断パターンはゴーレムによって即座に模倣が可能な為、商品価値には殆ど影響がありません』
「なら、さっき言ってた『金貨を使うような高級服飾店』っていうのは、一体どうやって商品価値を引き上げているんだ?」
『素材がもっともウェイトを占めています。絹やウールなどの動物由来の布、宝石等の希少鉱物、ダンジョン素材などを利用しています』
「なるほど。オートクチュールとか、そういう技術や仕立てで差別化しているのではないんだな」
『人間による手縫いは廃れました。ゴーレム仕事の方が細かく丁寧であり、寸法誤差も発生しないためです』
おおっと、カエナ選手、職人手工芸全般をバッサリと全否定したァ!
「オーダーメイド……一品ものなんかは?」
『同様にサイズデータさえ入力していただければ、ゴーレムによる即時生産が可能です。また、サイズデータもゴーレムによるスキャンで完了します』
……容赦なさすぎるだろ、この世界!
思わず額を押さえたくなった。前世の感覚なら、「職人の手作業」や「デザイナーの一点もの」といった人間の技術や情緒こそがプレミアムの象徴だったはずだ。
だが、この世界では真逆だ。
精度や技術においては、どうしても揺らぎや個人差の出る人間より、完璧なミリ単位の精度を持つゴーレムの手縫いの方が圧倒的に上質とされてしまう。デザインやセンスもデータ入力一つで、ゴーレムが寸分違わず最高クオリティのパターンを生成・再現可能。
技術もデザインもゴーレムが上限まで高めてしまった結果、価格差を生むのは「ダンジョン産」や「天然の希少素材」という物質としての物理的制約のみ。
「『手作りの温かみ』みたいな文脈、完全に敗北してるじゃねえか。人間の職人技が、精度の面でゴーレムに駆逐された魔法世界の最終形態かよ」
『理解不能です。クロード様「手作りの温かみ」とは何の物性データを指しているのでしょうか?』
「いや、気にしないでくれ。ノスタルジー……いや、ただの独り言だ」
苦笑いしながらも、俺のエンジニア脳は興奮で震えていた。
デザインもフィッティングも完璧で、素材が安い一般的な既製服なら、それこそ銅貨や銀貨で手に入る。だから金貨はマーケットでは殆ど利用されない。あ、なんか最初の方の疑問がスッキリと解決したな。
この世界でファッションを楽しんでいる人間たちは、職人の名声を買っているのではなく、純粋に素材の質感と自分の自己満足にお金を払っている。ブランドなんてものは存在すら出来ないのだ。
徹底的に無駄がそぎ落とされた、残酷なまでに美しく合理的な消費マーケットとも言える。
「よし、カエナ。それじゃあその『ゴーレムによる超高精度で格安な服』ってやつを、実際に一つ冷やかしに行ってみようじゃないか!」
「資本主義ではない。かと言って社会主義とも違う……完全ゴーレム管理循環主義って書いてディストピアって読ます……こんなところか」
俺の考えていた異世界ファンタジーではこんなものは絶対に無かったが、しかし現実はどこまでもリアルではあった。
『クロード様、あちらに男性服が有るようです』
「よし、見に行くか。……しかしなんだか、ルキナさんに貰ったこのバレルさんのお下がりに比べて商品が全体的にペラくないか? 俺の気のせいかな」
『いいえ、気のせいではありません。仰る通りです。クロード様が着用されている服と比較して全体的に品質は低いと当ゴーレムも判定します』
ジャケットの両肩口を自分で掴み、改めて着ている服を確認する。うん、武骨なデザインながら生地が厚くてしっかりしている。
「本当に良い服をくれたんだな、ルキナさんは」
『肯定。しかし、それだけではありません。民意である「価格低下要求」のフィードバックにより、この辺りの洋品店は品質を犠牲にしている傾向が見られます』
「いや、それじゃ意味無いだろ。欲しいのは品質そのままで安い服だろ?」
『それはその通りです、クロード様。しかし、価格低下は市民の総意です。同量の綿や麻から、より多くの服を生産する事でしか価格低下は実現しません』
「自ら首を絞めているんだな、この世界の市民は」
思わず商品棚のペラペラなシャツをつまみ上げながら、俺は呆れを通り越して深く感心してしまった。
服を安くしろという市民のユーザーフィードバックを、政府がバカ正直かつ厳密に仕様へ反映させた結果がこれなのだろう。生糸や綿の供給量が一定のまま「価格を下げろ」と命令されれば、アルゴリズムの導き出す最適解は一つしかない。生地をギリギリまで薄く引き伸ばして生産枚数を増やすことだ。
システムは命令通りに最適化した。だが、その結果出来上がったのは「安いがワンシーズン限りの服」ばかり。市民は安さに歓喜しつつ、すぐ痛む服を買い替え続けるハメになっている。
「顧客が本当に必要だったもの」と「顧客が要求したもの」の致命的なズレ。あるある過ぎる。 現代のソフトウェア開発でもよく見た「ユーザーの無茶な要望をそのまま実装して自滅するシステム」そのまんまだな。
「ルキナさんがくれたこの服、バレルさんが昔着てた旧時代のしっかりした生地なんだな。マジで感謝しかないわ。……あ、ダンジョンクロウラーが鎧の下にこんなペラペラな服着てたら、一発で擦り切れて全裸になっちまうんじゃねえ?」
前世のゲームではそりゃもう大変お世話になった演出だが、現実に起きたら地獄である。際どい破れ方をするからこそロマンがあるのであって、おっさんの全裸など誰も得をしない。
……あ、待てよ。今の俺、転生してナウでヤングの若者だったわ。
いかんいかん、中身がアラフォー社畜のままだから、鏡を見るまで自分の見た目をすっかり忘れてしまう。だが仮に青年だとしても所詮は俺。決して背景に薔薇が咲き乱れるような美少年では無いのである。その辺の背景に溶けるようなモブ男の服がビリビリ破れて誰が得をするってんだ。一部のコアな層にしか刺さらんだろ。
『肯定。当ゴーレムとしても、クロード様が全裸で活動されることは迷惑防止および治安維持の観点から推奨いたしかねます』
「人を露出狂みたいに言うの止めてくれるか、カエナ」
俺はこの世界の「狂った合理性」の構造をまた一つ理解したのだった。
『クロード様、これはある種の流行です』
「と言うと?」
『品質×価格には閾値が有ります。「安くて良いもの」はどこにも存在しません。今は品質を犠牲にする流行であり、バレル様の服が生産された時は価格を犠牲にする流行であったと推察します』
「それこそ高級服飾店が品質を求める需要を満たすんじゃないのか?」
『否定。庶民向けの服飾店であってもそういった波は存在します』
カエナが言っているのはプロダクトサイクル(製品周期)って……要するに、現代日本のファストファッションの隆盛と揺り戻しみたいな現象だ。
「安かろう悪かろう」に飽きた庶民が「多少高くても長持ちするものを」と要求し始めれば、ゴーレムによる工場の生産アルゴリズムは一転して「耐久性と生地の厚み重視」にパラメータを振り直す。で、数年経って街に良質な服が行き渡ると、今度は「もっと安く手軽に買いたい」という需要が勝ち、再びペラペラな安物志向の時代がやってくる。
安くて良いものなんて幻想は端から生産システムに組み込まれていない。トレードオフの法則を完璧に理解したゴーレム知性が、市場のトレンドに合わせて品質と価格のパラメータ調整を淡々とループさせている
「なるほどなあ。ルキナさんがくれたこの服は、ちょうど『価格より品質』の波が来ていた時代の代物ってわけか」
『肯定。バレル様の若い頃の服であれば、品質優先パラメータが最大化されていた時期の生産物である可能性が極めて高いです。帝国データバンクの記録とも一致しています』
「なら、巡り合わせに感謝だな。つまり俺は今、奇しくもこの街で一番ダサカッコいい服装か」
『表現としては概ね正確です。クロード様、現在のスタイルは非常に「ダサカッコいい」です』
「素直に褒められていると受け取れないんだよなあ、その修飾語は。なら折角だし、エンジナにおける今風の服でも買うかな」
目指せ、ダサ払拭。ハンギング陳列されている男性用シャツを手に取って眺める。
「品質に難有りとは言え、しかし大量生産してるからかバリエーションは豊富だな。マジでファストファッションって感じだ」
『ゴーレムの生産能力は社会維持の観点から一言で言えば過剰生産気味です。大量消費は政府も歓迎している節が有ります』
「ふーん……あれ? するってーともしかして、プロダクトサイクルって自然なものでないのでは?」
『肯定。素晴らしい気付きです、クロード様』
「うわ……黒いな。真っ黒だ。政府が素材の在庫調整として世論を誘導して消費量をコントロールしてるって事じゃないか」
『その通りです』
「しかも、それが示すのは世論はある程度政府によって掌握されているって……」
そこまで言った俺の唇の前に木で出来た指が一本立てられた。もちろん、カエナだ。
『クロード様、「邪推」はその辺で止めておくことを推奨します。帝国政府は万人の幸福と平穏を第一に考えています』
カエナの「邪推」という警告めいた言葉の裏に透けるのは、徹底された検閲や弾圧ではなく、単なる「最適化されたシステム防衛機能」だろう。要は俺が役人に怒られる危険性なんかを未然に防いでくれたんだな、カエナは。
「そっか。そうだな。まあ、国が悪いことをしていると非難しているつもりもないさ」
『そうなのですか? ですがクロード様、世論誘導はマイナス評価の言葉です』
「トップがまともならソイツはプラスに働くんだよ。何事も正しきが正しい訳じゃないのさ、人間社会はな」
ゴーレム文明帝国。完璧な統治、その恐ろしいまでの完成度だよ、マジで。
過剰な生産能力を死蔵させず、市場を冷やさず、かつ素材資源の国家備蓄を圧迫しないよう、「今は安物の流行」「次は耐久性の流行」と世論をでっち上げて需要をコントロールしているのだろう。
前世の感覚なら「悪の政府による情報操作」と叫びたくなる。だが、過剰なテクノロジーと膨大な人口を「平和に生かし続ける」ための巨大サーバーのロードバランスだと考えれば、これ以上に合理的で親切なシステムもない。
正義や倫理といった青臭い綺麗事じゃなく、ただ「社会をクラッシュさせないこと」だけを最優先にした冷徹な最適化アルゴリズム。そして何より恐ろしいのは、市民がそれに「快適に飼い慣らされている」ことだ。
「さてと。国家の壮大な黒幕システムに一しきり感動したところで、俺の手持ちの資金で買えそうな、ペラペラじゃない実用的な小物を探すとしますか」
『肯定。クロード様の現実的な判断を歓迎します。あちらの露店に、ダンジョン産の耐久素材を用いた実用小物が陳列されています』
「ダンジョン産素材! よし、行こうカエナ。黒い政府の思惑にしっかり踊らされてやるさ!」
結局、服は下着を数着くらいしか買わなかった。
「カエナ、ちょっと試着してみたんだけど、この服はどうかな? 浮いてない?」
『率直に言って素敵です、クロード様。その格好で青銅の腕亭に戻ればルキナ様が「若き日のバレル様の再来」と絶賛なされるでしょう』
「……チェンジで」




