第10話 ファム・ファタール
結局、俺はそのゴーレムを売るのを止めた。決断の決め手となったのはやはりその戦闘能力である。
装甲性能なんかはやはり石や鉄のゴーレムには劣るものの、多少の傷なら自己再生したり、そもそも腕力がゴーレムである。また、まだよく性能書を見ていないが、このゴーレムに使われている魔導擬体とやらはどうも燃費を犠牲に、そのネックである装甲や関節の一時的補強が自前で出来たりするらしい。
一言で言ってロマンの塊だった。それを売るなんてとんでもない!
「クロードさん、お帰り。今日はいつもより早かったね」
お帰りと言って貰える場所が有る。そのどれだけ心安らぐ事か。俺がルキナさんへと「ただいま」を言うよりしかし先に、彼女は眉を顰めて切り出した。
「おや、その可愛い娘はなんだい? ウチは『そういう』宿じゃないよ?」
言われなくても知ってます。健全な宿、青銅の腕亭。けれど、そうか。美少女ゴーレムを連れ歩くとこういう誤解を招くんだな。ま、誤解はさっさと解くに限る。
「あー、この娘は『初めまして、クロードの妻です』……え?」
突然のコンフリクトにフリーズする俺。再起動にはたっぷり三秒を要した。
妻? 誰が? 俺の? なんで? この辺が一斉に十字路で正面衝突したそれはもう壮絶な事故現場だった。
「てめ、おい、ふざけんなよ!」
初手で何を言い出すんだ、このクソゴーレム! カエナも隣で律儀に通訳してんじゃねえ!
「違います! 誤解なんです、女将さん!」
まるで浮気がバレた夫のような俺である。疚しい事など何一つ無いのに、どうしてこうなってしまうんだ? なぜ、俺が必死にならねばならない? 誰か俺に教えてくれないか?
「落ち着きな、クロードさん。それで一体、どういう事だい? アンタの事だから、何か事情が有って連れてきたんだろう?」
少し深刻な面持ちで女将さんが言う。いや、逆にそこまでシリアスな感じで来られると申し訳なくなってしまう。そこまでたいした話ではないので。結論、ただ自分のゴーレムを買っただけなんです、俺。
「えーと、どこから説明すれば良いんだろうな、こういうのは」
『マスター、私を買った経緯を説明すればよろしいのではないでしょうか?』
ま、それが一番シンプルだよな、と俺もゴーレムに向けて頷く。しかし、女将さんは別の受け取り方をしたようだった。
「何? 『買った』ぁ? クロードさん、アンタまだ若いのに……あんまり変な遊びを覚えちゃいけないよ?」
「だああ、コミュニケーションって難しいなあ、オイ!」
言い方一つで世界は拗れに拗れるのである。なんで俺が女将さんからそんなジト目で睨まれなければならないんだ。俺の初めての異世界セーフハウス、その最大の危機がこんなしょうもない事で起こるとか、今日も異世界は順調にどうかしていた。
そんな悲しみで俺が泣きそうになっているのを見て、そこでようやく女将さんも何かがおかしいな、と立ち止まってくれた。
「……クロードさん、アンタの口から説明してくれないかい?」
そうか。この場合の最適解はまずゴーレムを通さずに話す事だったのか。それは素直に目から鱗です。
「女将さん、ゴーレムなんですよ、この子は」
「ゴーレム? それはアレかい? 『ゴーレムみたいな人』ってな比喩かい?」
うんうん、そう思っちゃうのも無理はないくらい、帝国のゴーレム技術は狂ってるよね。
そしてまた、分かる事が有る。生粋のこの世界の住人であるルキナさんの目から見てもゴーレムとは認識出来ない。この子はそれほど希少でハイエンドな機体であるという事実である。
「ああ、女将さんからはそう聞こえても無理は無いのか」
『はい。マスターの言う通り私はゴーレムです』
「……クロード?」
ジロリ。ルキナさんの視線の鋭さはまさに鷹が獲物に飛び掛かる一秒前。
勘弁してくれ。
「そんな目で見ないで下さい。変なプレイを強要している疑惑を持たれているのは理解しましたが、マジで心外です。ゴーレム、女将さんに背中を見せてやってくれないか?」
『かしこまりました』
ルキナさんへとゴーレムがそのうなじから背中にかけてを披露させる。俺もデバッグしてる時に何度か見たが、そこには明らかに人間には存在しない「構造」が露出しているのだ。
メカメカしさとゲーミング感がそこには同居している。こだわりを詰め込みまくった自作PCの内部を見ているようで、妙にそそられる。
……いや、何で俺はゴーレムの背中を見てこんな気分になってるんだ。
「へえ……」
女将さんが思わず目を丸くしていた。いやあ、イイですよね、その機械魔術回路とでもいうべき感じ。分かりますか?
「この子がゴーレムなんて信じられないね。機械の背中を見せられても、それでもこうやって顔を見たら疑っちゃうよアタシは」
「あー、気持ちは分かります。帝国のゴーレム技術、凄いですよねえ」
『はい。私は帝国の最新モデルです』
「それで、そんな高価なものをどうして買ったんだい?」
「ずっとカエナを通訳として借りているのも申し訳ないな、と」
ルキナさんが大きな大きな溜息をこれ見よがしに吐いた。
「……クロード、アンタ前も思ったけど金銭感覚がおかしいよ?」
ロビーでの一騒動を終えて自室に戻る。俺に宛がわれた部屋は二階の角部屋。スイートルームって訳じゃ無いが(そもそも値段の違う部屋が無い)、それでも日当たりと部屋の広さで一番良い所を使わせて頂いていた。
「ああ、どっと疲れた」
今日もきっちりとメイキングされているシーツに構わず、俺はベッドへと倒れ込んだ。室内で所在無げに立っている美少女ゴーレムに向けて、俺は首だけで視線を送る。
聞きたい事は覚えている内に聞いておかないとな。また、何かしらやらかされても困る。
「で、なんでお前はルキナさんに『妻です』なんて嘘を言ったんだ?」
『それがもっとも摩擦が少ないと判断したからです』
嘘、という部分には噛みついてこない。つまり、コイツは嘘を嘘だと理解して使用している。
少なくとも、この子が「俺と婚姻関係を結んだ」とおかしな学習をしていない事に俺は内心胸を撫で下ろした。
「ふむ、詳細をくれるか?」
『私の外装とクロード様の年齢であれば「夫婦」という設定はもっとも自然です。若いのに性処理用ゴーレムを連れ歩いているとマスターが外部より思われたくはないだろうと考えました』
適度にまばたきを入れながらゴーレムは言う。仕草の一つ一つが自然で、本当に人間の振りが神がかっている。そりゃ、素人のルキナさんには初見で看破出来ねえわ。
「ロジックの筋は通ってるんだよな」
『お褒め頂き光栄です。しかし、そうなりますと疑問が産まれます。どうしてマスターが即座に否定したのかが私は知りたいです。なぜでしょうか?』
「ヒトに嘘を吐いても良い、とお前は考えているのか?」
『時と場合によります。マスターの名誉を守るためならばやむ無しと考えます』
この返しは正直斜め上である。コイツは俺が思っているよりもずっと賢い事に気付かされた。自分を客観視して、状況に最適化しようとしている。
そして「嘘」を完全には否定しない。嘘も方便、が出来る。これはちょっと評価を改めなければならないだろう。
「名前、付けるか」
なんとなくそう思った。いつまでも「ゴーレム」と呼ぶのが自然と失礼に思えた。
「ファム、なんてどうだ?」
『クロード様の命名に嫌はありません。気に入りました』
これはアレだな。「名前が気に入った」というよりは「名前を与えられた」事に対する報酬スコアの上昇だろうな。
『ところでマスター、ファムとはどのような意味合いでしょうか?』
「あー、俺の故郷での『女性』を意味する言葉だな。安直だが、まあ良いだろ。俺に命名センスなんか求めるなよ」
『女性、ですか』
「呼びやすさ重視と思えば悪くないさ。ファム。うん、良いじゃないか」
と、ここでファムはなぜかこちらに一歩近付いてきた。
『つまり、マスターは当ゴーレムに性別を感じていらっしゃるのですね』
「ん?」
何かがおかしい。何か嚙み合っていない。そう思う間に更にもう一歩。二歩。気付けば俺が倒れ込んだベッドのすぐ横で、立ったままのファムがこちらを見下ろしていた。
『それでは、今夜の奉仕はいかがいたしましょうか、マスター?』
「あれ?」
急速に思い出す。ファムが何を目的として造られたゴーレムだったのか。まずい。非常にまずい。
誰が名前付けただけでそういう方向に話が進むと思うものか! 前言撤回! やっぱ馬鹿じゃねえの、コイツ!
「そういう意味で付けたんじゃない!」
『理解不能です。私の出力への推論経路はどこも間違っていないのではないかと、自己精査する次第ですが』
「飛躍が無いのが、人間から見たら飛躍に見えるのは『あるある』だなあ」
前世でよく見た。だからと言って今生でも見るとは、しかし思わなかったなあ。当たり前だ。こんな異色の異世界ファンタジーは俺の脳内本棚には無いからな。
神様ってスパゲッティモンスターなんじゃねえ?
『マスターは私を異性と認識していらっしゃるのですよね?』
「まあ、外見がそうだからな。ゴンザレスとか流石に呼べそうにない」
『では、夜のお相手として選択するのには何の不都合が有るのでしょうか? 外見がマスターの嗜好とはそぐいませんか?』
完全無欠な美少女に迫られているのに……俺の心境はかなり複雑である。
今からどうにか王道に路線変更する事は出来ないだろうか。願うくらいはさせて貰わないとこっちの身が持たないよ。
それから三日が過ぎた時、夕飯を食べている俺に女将さんが言った。
「しかし、クロードさん? この子、いつも同じ格好してないかい?」
……確かに。当然だが、ファムの服は黒螺子堂でディスプレイされていた時の一着しか無い。
それは流石にまずいか。指摘してくれたルキナさんに感謝である。どうも、そもそも俺が数着をヘビロテするってタイプだからそういう意識が疎かになっていた。
ちなみにイルマーさんも同類である。機械を弄る時はツナギ。店に出る時はいつもの胡散臭い商売人スタイル。「黒螺子堂(異世界語でな、勿論)」って刺繡がされた前掛けのヤツ。だから、こういうのに気を回せるのは女将さんしかいないんだな、俺の周りには。
「あー、気付きませんでした」
「折角、可愛らしい女の子なんだから、いくらゴーレムと言っても着飾ってやるべきだと、私は思うけどねえ」
「それはそうですね」
そこに関して異論は無い。そうやって着せ替えして遊ぶ気持ちもよく分かる。俺の場合はディスプレイの壁紙くらいだが。
『私は構いませんが』
「何言ってるんだい。ファム、アンタ男ってものが分かっちゃいないね。ちょっとこっち来な」
そうして、ルキナさんは店の隅でファムと内緒話を始めた。俺のゴーレムなんだから、あんまり変な事を吹き込まないで欲しいなあ。信じてますよ、女将さん。
そうして、女同士(?)の話し合いが終わった後、俺の方へと歩いてきたファムは開口一番こう言った。
『セクシーランジェリーの店に行く事を希望します、マスター』
「そういう事か、クソッタレ!」
またしても俺の人を信じるピュアな心は裏切られた。ファムの後ろでルキナさんが良い笑顔で親指を立ててやがる。
女将さん、それ以上煽ると戦争ですよ?
「普通の下着で良いだろ、普通ので。どうしてそこに『セクシー』って形容詞が要る!」
『それが私の製造目的ですから』
「それは分かるが、しかし俺はそこ以外の『通訳』や『護衛』として評価しているからな。フィードバックしてくれ」
言外に、お前が性処理用だったのは過去の話だったと含ませてやる。流石に女将さんも居る場所でファムの本来の用途を喋るのは憚られた。カエナ辺りがうっかり通訳をしてしまったら洒落にならない。
が、ファムから返ってきたのは、またしても俺を困らせる内容だった。
『ありがとうございます。しかしながら、これはアイデンティティの問題なのではないでしょうか?』
「アイデンティティ? ゴーレムにか?」
『はい。例えば軍のゴーレムは戦闘用として製造されます。その目的で製造されているから、軍のゴーレムは戦闘に疑問を抱かずに済むのです』
「はー、なるほど」
この世界のゴーレムは疑問を持つ。いや、疑問という言葉を使ってはいるが、中身が別物なのは察せられた。
より正確に言うなら、論理矛盾を処理する能力が不足している、だろうか。
『また、戦闘用ゴーレムは給仕等には不向きです。器が中身を定義するという正のフィードバックはゴーレムの故障率を下げます』
「だから?」
『だから、私はセクシーランジェリーを標準装備とするべきだと具申致します』
「本当に筋道を通すのだけは上手いよなあ」
別に買ってやっても良いのだが、それをやっちゃうと酷い目に遭うのは巡り巡って俺である。後、普通にそういう店に入るのが恥ずかしい。ファムに買わせれば良い?
それが一番ヤバい未来に繋がっているとは思わないかね?
「とは言え、普通に服は買わないとなあ」
『服を買って頂けるのですか?』
「汚した時とか替えが要るだろ。つーか、普通に洗い替えとかさ」
『どのような服装がクロード様はお好みでしょうか?』
「いや、普通で良いよ、普通で。ゴーレム機械部さえ隠れれば何でも」
そう、基本的には人間に擬態する必要がファムには有る。まず、ファム自身が超の付く高級品である点。そして、群衆の中で俺たちが浮かない為である。
部屋で飾っておく趣味は無い。護衛、通訳、異世界常識の説明、荷物持ち。やって貰わなきゃならない事は山ほど有る。
『では、普通とは何でしょうか? この街における平均値でよろしいのでしょうか? もし、クロード様の中にある「普通」であった場合ですと、認識の乖離を是正する意味で入力が必要になりますが』
「この街の普通で良いよ」
『では、服は必要ありません』
「なんで!?」
母さん、僕もう頭がおかしくなりそうだよ(定型文)。
『この街のゴーレムの九割は服を着ていないからです』
裸族過ぎる。いや、これはアレか。思いっきり俺とファムの間で齟齬が発生してるヤツだ。
「すまん、ファム、分かるように説明してくれ。」
『分かりました。では、あえて質問させて頂きます。クロード様は運搬用のストーンゴーレムに服を着せますか?』
「いや、着せないが……そういう事か」
『はい。ゴーレムという括りですとそうなります』
命令が曖昧だったせいで拡大解釈、もしくは解釈不一致が発生したパターンだな。これは確かに俺が悪い。
「この街の普通」をファムは「この街のゴーレムの普通」と読んだのだから。そして、この場合はファムの推論経路に瑕疵は存在しない。前世でも口癖のようによく言っていた。
クエリ(命令)が悪い。人間の言語が仕様書としてはクソすぎる。
「なら、ファムみたいなゴーレムの普通で」
『そうなりますと、やはりセクシーランジェリーなどが一般的になりますが』
「そうでした! すいませんでした!」
俺もほとほと、学習しない男である。もしかしてゴーレムの方がよっぽど学習するんじゃないか?
明くる日、俺は縋りついた。
動きはキモいが常識人。困った時の雇い主。彼こそが今回の相談相手、我らが変態店主である。
「って事なんですけど、イルマーさん」
「なんでアタシに聞くんですか。それこそルキナさんに聞く案件でしょう?」
「それすると、ファムの服装がなんか矢鱈と扇情的に傾きそうだから嫌なんですよ」
だって、いの一番にファムに吹き込んだ服の候補が「アレ」だぜ? そも、服じゃなくね? 直前まで服買うって話だったよね? 俺が間違ってますか、これ?
イルマーが茶を啜って、溜息を吐いた。その憐れむような目を止めて欲しいなあ。
「観念しましたらよろしいのに。ゴーレムを相手にする。別にそこまでおかしな事でも有りませんよ? 自分から公言しなければ『そういう事なんだろうな』で黙っていてくれます、皆」
異世界の皆、優しいなあ。でも、その沈黙って酷く効くんですよ、実際。
ああ、前世の黒歴史が開きそうになる。忘れろ、俺、忘れるんだ。高校の自己紹介で失敗したのとか、もう二十年以上前のことだろう?
はあ。ヒトの脳味噌ってこういうのばっかりこびりつくメカニズムなんだってよ。
「そういう目で見られる事がもう嫌なんですよ、俺は」
「そうですか」
イルマーが中空に視線を投げる。まるでそこに最初からカンニングペーパーが浮かんでいたみたいに彼は言った。
「なら、冒険者風の服でも着せてみたらいかがでしょ?」
「それだ!」
『護衛、という意味では確かにこの服装は標準的です』
ポケットの沢山有る厚手のジャケット、実用性一点張りのパンツルックという、正しく「女性冒険者の日常」を体現した服装でもって着替えを終えたファムがロビーへと降りて来た。
パーフェクトだ。これが俺のファムの最適解だったのか。
ようやく訪れた平穏に涙ぐみ感動する俺とは反対に、ルキナさんは大層不服そうだった。
「クロードさん……アンタ、こんな可愛い子になんて格好をさせてるんだい」
「いや、普通に格好良くないですか? 美少女がしてるからこそ絵になる所も有りますし」
これは心からの台詞である。美少女に大斧持たせるのが好き、の親戚である。
『マスターが満足しているのなら、私に是非は有りません』
ファムの言葉にうんうんと頷く俺を見て、隣のルキナさんが大きく舌打ちした。……怖いって。
「クロード、今度私が貴族のお嬢さんに見えるような服をファムに見繕うから、アンタ、財布として付いてきな」
「え、嫌ですけど」
「クロード!」
「は、はい! 喜んで!」
この日以降、俺はルキナさんに呼び捨てで呼ばれるようになった。
ちなみに、余談ではあるが後日、モルトが「青銅の腕亭に突如現れるようになった謎の深層の美少女令嬢」に一目惚れし、ゴーレムだと知って勝手に失恋して自棄酒している所に遭遇した。




