第11話 リンク・リング
今日の俺はいつもとは一味違う。何て言うか、ワクワクに満ちている。
ようやくだ。ようやく俺の「普通の」「王道の」異世界ファンタジーが開幕する予感しかなかった。
「イルマーさん、知恵を貸してくれませんか?」
いつもの職場、いつもの黒螺子堂、いつもの奇行持ちヒョロ長店主。だってのに、今日の俺には二、三割彼が格好良く見えた。いや、語弊が有るな。より正確に言うならば彼が映画の中の俳優に見えた。
「何ですか、突然。何か有りました? またファムちゃん関連ですか?」
「いえ、違いますね」
現実に戻そうとしようとしても、今日の俺には一切効かない。なぜなら、ファムの服をルキナさんと買いに行くイベントは既に終わらせているからだ。
今日のクロード=ソールに死角は無いと思って頂こう!
「ま、アタシで力になれるかは分かりませんが、一つ話してみて下さいよ」
「助かります。昨晩、モルトさんと青銅の腕亭で飲んでたんですけどね。その時にダンジョンについての話を聞きまして」
バレルさんと一緒になって、まだファムの事を引き摺っていた彼を慰める羽目になったが、しかし失恋も他人事であれば酒の肴になると知った次第です、ハイ。
他人の不幸は酒のアテ。
「ほうほう。それで?」
「で、俺もダンジョン行ってみたいなー、と」
「……どうしてそうなるんです?」
イルマーさんが苦笑と共に俺を見るが、しかしそんなに不思議な事だろうか。だってダンジョンだぜ、ダンジョン!
逆に聞くけど、どうしてyouはダンジョンに行きたくないんだい? 男の子だろ? 男は幾つになっても少年ハートだろ?
「いや、俺の中のオトコノコの部分が疼いたと言いますか。ぶっちゃけ合理的な理由なんてものは一つも無いんですけど」
「まあ、気持ちは理解出来ますが」
お、分かるクチですか。やっぱ、イルマーさんであってもしっかり男なんですねえ。
「でも、クロードさん、戦えないんですよね?」
イルマーは的確に一番のスイートスポットに抉り込んできた。危ない危ない。俺以外だったら致命傷だぜ、その切れ味は。
「そこはモルトさんが非番の日に付き合ってくれるって言ってくれまして」
「……まあ、モルトくんなら大事は無いと思いますが……それにしても、ダンジョンですか。あまりオススメはしませんねえ。言っても危険がゼロという訳にはいきませんし」
それはそう。俺自身も虎穴に入らずんば虎子を得ず、というタイプだとは自己認識していない。が、今回に関して言えばそういうのでは無い。
ファンタジー系異世界に来て一番行きたい場所は? 王宮? 神殿? いやいや、ダンジョンでしょうよ。
ここはちょっと譲れない部分だろう、現代人として。
「あ、その危険が云々の下りは昨晩、ファムと散々やりました。モルトさんの言う事を絶対遵守する、という約束で決着してます」
「はあ。まるでお袋じゃないですか。愛されてますねえ」
ニヤリと笑ってイルマーが言う。そのイルマーの言葉を翻訳しているのはファム本人である。本人の口から「愛されてますねえ」が出て来るのはなんかこう、なんかねえ?
いや、まあ細かい話は置いておこう。今日はイルマーにその通訳関連で相談がしたいんだ。
「で、問題が発生してるんですよ」
「ん? ここまでのやり取りで何か問題出てきました?」
はい、一番厄介な事が有りました。あまりにもゴーレムによる通訳が自然な為(俺とイルマー、それぞれの声帯までしっかり再現しているのは流石に異次元過ぎるだろ)気付けなかったヤツが。
「俺、ゴーレムに通訳して貰わないとモルトさんと意志疎通出来ないんですよね……」
この問題さえクリア出来るなら、というのがモルトの出したダンジョン行きペアチケットの条件である。
「あー……そういう事ですか。ハイハイ。ここでもダンジョンにゴーレム入れない問題が立ち塞がるんですね。あはははは」
目を細めて笑う蛇系ルックスのアラフォー店主。いや、これ笑い事じゃないんですよ? 分かってる?
ここでダンジョンに行けなかったら、最悪「異世界転生もの」って看板下ろさないといけないからね?
「で、ダンジョンに持ち込める翻訳機みたいなのが無いかと思ってイルマーさんに聞いてみている次第です」
俺の質問に黒螺子堂店主は考える素振りすら無かった。
「翻訳機能だけ取り出した機械なんて有る訳ないじゃないですか。普通はゴーレムを隣に立たせておけば事足りるんですから」
「あー、ちょっと考えてみれば……そりゃそうですね」
必要は発明の母。であるなら翻訳機は卵すら見当たらないよね、この世界で。
論理的終着点は完膚なきまでに俺の興奮を打ち砕いた。ファンタジーは所詮幻想で、現実は常に絶対的であるらしい。
うん、知ってた。
「ええ。だからクロードさんのムクムクしてたオトコノコはちっちゃくしちゃって下さいよ。頑張ってこっちの言語覚えましょう? 大丈夫、ダンジョンはどこにも逃げませんから」
『イルマー様の仰る通りかと。お望みでしたら私が講師を務めさせて頂きます』
追撃。美少女ゴーレムによるマンツーマン言語指導とか……ああ、俺の異世界ファンタジーってやっぱりそっちのベクトルになるんですか?
そして、ファム。俺がダンジョンに行かないってなって、ちょっと「安心」してるだろ、お前。
「やっぱ、そうなるよなあ。はあ、モルトさんに断り入れないと。そっか……行きたかったなあ、ダンジョン」
最後の方は力無く、ポツリ呟く俺の肩をイルマーさんが優しく二回叩いた。
「でしたら腕を磨いてソロで行くのも有りで……」
そこで唐突に言葉を止めたイルマーは「ソロ……チーム……」などと熱にうなされたように数度繰り返した後、俺へ向けて言った。
「あー、すいませんすいません。有るかも知れませんよ、解決策」
「え、マジすか?」
有るんかい。ここまで言っておいて有るんかい。
「はい、ちょっと待っていて下さいねー」
イルマーが飲みかけのティーカップをテーブルに置いて奥へと消えていく。数分して彼は、何やら赤い水晶の嵌められた指輪を抓んで戻ってきた。俺の前にコトリと置かれる。
「絆の指輪ー♪」
今、変な効果音入らなかったか? 脳内補正?
「何ですか、これは?」
「これはですね。ゴーレム達がやっている通信機能部分だけを取り出したものです。これを着けた者同士なら、ある程度の距離まで声を届け合えます」
「はー、つまり通信機ですか」
現代で言えばトランシーバー……インカムみたいなものだな。しかし、指輪型かあ。いいや、この際、四の五の言っていられない。イヤリングでないだけマシだ。
俺の顔にイヤリングなんてオシャレ上級者装備、似合う訳無いだろ?
「で、ここでそれを出してきたって事は、その指輪には翻訳機能が有るって事ですか? それとも概念の直接接続的な!?」
異世界ってやっぱスゲー! 俺には理論が理解出来そうにない事を魔法の一言で平然とやってのける!
「は? 概念? よく分かりませんが、そんな複雑な機能が有る訳無いじゃないですか」
イルマーは「あくまでも声を届け合うだけですよ」と笑う。あれ? もしかして俺、このおっさんにおちょくられてる?
「なら、問題解決してなくないです?」
「いえ、多分これでいけますよ。ダンジョン内にはファムは入れない。なら、ファムにダンジョンの入り口で会話を中継、通訳して貰えば良いではありませんか」
イルマリネン=コロンブスが床にゆで卵を叩き付けた。つまり、通訳機を持ってけないなら、中間サーバーに嚙ませば良いじゃん、って……その発想、お前本当に異世界人(噛ませモブ)か?
ちなみにイルマリネンの本当の苗字を俺は知らない。
「イルマーさん、天才過ぎ!」
思わず歓声を挙げた俺へと、しかしイルマーは冷静に手をパーに開いて俺へと翳した。何だよ。謙遜するなよー。
「銀貨5枚です」
「地味に高くね?」
「リンク・リングをそうやって使うのか。イルマーめ、面白い事を考えるな」
事の経緯と購入した指輪をその夜の酒の席でモルトに見せると、彼は俺の「絆の指輪」を手の中でコロコロと弄びながら心底楽しそうに笑った。
「モルトさん、実際どうなんですかね」
「話を聞いてると浅い階層ならいけそうな気がしてきたな。ま、次の休みを合わせて現地で実験してみるか。四日後で良いか?」
勿論、問題はない。俺は完全日給制である。イルマーには「出来れば事前に連絡しておいて欲しいが基本、好きな日に出勤してくれれば良い」と言われている。
ま、俺の仕事には急ぐ理由もノルマも無いからな。サボるだけ取り分が減る。シンプルで良いね。
「え? あー、すいません。自分の分しか買ってなくて。モルトさんの分、在庫有るかな。ファムは要らないらしいんだけど」
よっぽど古いゴーレムでなければ内臓アンテナ的なのが標準装備である。まあ、持ってないと困るしな、色々。
「ああ、俺のリンク・リングは要らんぞ。俺は自前で持ってるからな。ダンジョンクロウラーなら必須だ、必須。鉄の鎧よりも先に買え、って格言も有る」
「それはどういう?」
「パーティーでの連携のやり易さが爆上がりするんだよ。後、はぐれた時とか遭難した時なんかにも役に立つ」
言われて俺が咄嗟に想像したのは現代地球の軍隊だった。なるほど、そりゃ必須装備だ。
「言われてみれば確かに」
「絆の指輪が出回ってから、ダンジョンでのクロウラーの死亡率が実際に半分とかになったんじゃなかったか?」
『モルト様の記憶は正解です。正確にはそれまでと比較して48.6%まで死亡事故率が低下しました。』
ファムの解説に感心する。そりゃ、確かに鉄の鎧よりも「絆の指輪」だわ。数字は裏切らん。
銀貨五枚が急に破格の値段設定に思えてきた。ちょっとしたチート装備だろ、これ。
「ただ、その便利ってのが嫌らしい罠でな」
モルトが鼻の頭を掻きながら言う。何かを思い出しているような遠い目。これは面白い昔話が聞けそうだ。
「罠? ええと、戦闘で壊れた時に即ピンチになる、とかですか?」
「いや、普通は予備をニ、三個用意する。そうじゃなくて、それが使えるのは五階層までなんだよ」
なるほど、チート装備に有りがちな序盤だけのお助けアイテムか。あるあるを感じてちょっと嬉しい。
「へえ……でも、それのどこが罠なんです?」
「考えてみろ。リンク・リングに連携を頼っていたパーティーが、リンク・リング無しでそれまでより一段上の敵とまともに戦えると思うか?」
「あー、確かにそうなるんですかね?」
補助輪外されてすぐ、いきなり自転車乗れる訳無いだろ、的な?
「三階層からノイズが混じり始め、六階層では完全に使い物にならなくなる。これが六階層が壁、って言われている理由だな」
「参考になります」
男は酒を一口煽り、盛大に酒臭い溜息を吐きながら目を細めた。その様子から俺は察する。
これ、きっとモルトさんの実体験だ。
そして、待ちに待った四日後。俺たちはエンジナから徒歩一時間と程近いダンジョンの入り口で準備を始めていた。
「あー、リンクテス、リンクテス。どうだ、クロード、聞こえるか?」
ダンジョンに入る前にモルトさんとファム、二人と十分に距離を取って通信テスト。ダンジョン前にはまばらに冒険者が居る為、俺一人であっても特に危険は無い。
なんなら、テントとか張ってる人も居るくらいだしね。
「問題無いですね。かなり音質がクリアです」
俺を入り口付近に残し、二人が100メートルほど離れていても聞こえる。これならダンジョン内でも、かなりの距離を期待出来るんじゃないか?
どうやらモルトも同じ感想を抱いたようで親指を立ててこちらへと歩いてくる。ああ、テスト段階で頓挫しなくて良かった。流石に一時間歩いておいて無駄足となると心に来るものが有るからな。
「よし、なら行くか。今回は観光ツアーって事で一階層だけ。回っても半日だ。クロード、それで良いな?」
「あ、はい。構いません。モルトさん、よろしくお願いします」
命を預けるのだ。しっかりとお辞儀。まあ、昨晩、珍しく青銅の腕亭に酒を飲みに来たイルマーさんから「ウチの従業員を必ず無事に帰せ」とモルトは強く言われているから、心配はしていないが。
男はその着込んだレザーアーマーの接続具を確認し、次いで愛用の槍を二、三振り回した。準備運動。おお、プロっぽい。
「はは。まあ、大船に乗ったつもりで居ろ。あー、ファムちゃんは聞こえてるな?」
『はい。聞こえています。私は中には入らず、外からお二人をサポートさせて頂きます』
「一つだけ頼まれてくれ。通信に少しでも不具合が出たら、その時点で必ず撤退指示を出して欲しい」
うーん、この念の入れよう。楽勝だと言っていた一階層ですらコレである。「っぽい」どころではない元プロダンジョンクロウラーの安定感と職業意識を感じるね。
『畏まりました』
「必ずだぞ。クロードと意志疎通出来なくなるのだけが怖いからな」
『必ず実行致します』
入口付近で俺達に合流したファムも、さっきの俺と同じようにモルトへと深く頭を下げた。
『モルト様、どうかクロード様をよろしくお願いいたします』
「任されたよ。安心しろ。逆に言えば、他には危険は無い」
ダンジョンの入り口に仁王立ちしたと思えばこちらを振り返った彼は、石突で一度地面を叩いて俺へとニッコリ笑った。
「さ、楽しい楽しいダンジョン観光ツアーへようこそだ、クロード」




