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第12話 はじめてのダンジョン(前)

 さあ「ダンジョン」である。


 その言葉は元々は「城の地下牢」を意味していたと俺は記憶している。それがなんやかんや有って現在の「地下迷宮」という概念へと至った。


 一応、俺なりにその「なんやかんや」を解釈してみると、昔のテーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)による概念の再編成、最適化が有ったのではないかな、と踏んでいる。つまり、昔は洞窟、廃墟、城の地下施設、と分けられていた冒険の舞台が「まだるっこしいから、こういうのまとめてダンジョンで統一!」ってされた。


 古典だな。そして続けて出た初期のコンピューターゲームが、そりゃもうダンジョン探索と相性が良かった。


 その辺りでダンジョン、という言葉が現代地球人の共通概念になったのだ。


 さて、何が言いたいかと言えば、今回、俺がモルトと挑むダンジョンは洞窟タイプだった。


「しかし、モルトさん。ダンジョンってなんなんですかね?」


「は? ダンジョンはダンジョンだろ。モンスターが居て、罠が有って、レリックが落ちてる洞窟だ」


「それは分かります。そういう事じゃなくて、色々と不自然だなー、って」


 手袋を外して岩肌をなぞれば、当然指には土が付く。まだ入り口からの光が届いているから苔だって生えている。内部へ行くほど当然暗く、「ダンジョンの壁がほのかに発光している」なんて事も無い。奥へと進むには普通に松明やカンテラを持った専門の明かり役が必要になる。


 つまり、ダンジョンとは地形である。とりあえず、今のところの見た目は。


「不自然?」


「例えばレリックっていう……宝物? 前に聞いた話だと取っても取っても枯れないって聞きましたよ? そんなのどう考えても変でしょ」


 クレーンゲームの商品補充のバイトが居るってんじゃ有るまいし。取れば無くなる。当たり前が機能していないのは気持ち悪いんだよなあ。


 前を行くモルトさんが笑った。


「ああ、そういう話か。なら、元ダンジョンのトップレベルプロとして歩きながらレクチャーしてやろう」


「お願いします」


 基本的にモルトのダンジョン小話には外れが無い。俺はワクワクしている自分に気付き、そして一度気を引き締めた。何せ、入り口付近とは言え、もうダンジョンの中なのだから。


「まず、一番最初に言っておかなきゃいけないのはダンジョンの立地だ」


「立地?」


 ミスった。もしかしたら「リッチ」だったかも知れない。あの死霊系モンスターの代名詞であるヤツだ。作品によっては「死霊」って書いて「リッチ」って読み仮名を振ったりするし。ダンジョンのリッチ。あ、滅茶苦茶それっぽい。


「ダンジョンは必ず霊脈が交差して通っている場所に有る。そういう場所が全部ダンジョンになっている訳じゃないが、例外は無い」


 立地だった。俺の異世界ファンタジーを返……いや、別に良いんだけどね。


 ダンジョンのリッチがレリックをよっこらよっこら造ってる絵は逆に思い浮かばないわ。


「霊脈……ですか?」


「そうだ。霊脈ってのは全ての生き物の魂が産まれて、魂が返る場所って言われてる。地面のずっと下に流れてる何かだ。ま、誰も確認した事が無いから通説だけどな」


「つまり、霊脈ってのは地下を流れる魔力の川みたいなものですか?」


「まあ、そんな理解でいい」


 現代地球でもそんなファンタジーは存在している。それこそ、そのものズバリ「レイライン」とか「龍脈」とか言われてる。交差する場所の呼び名は……確か、龍穴。


 字面だけ見れば「龍の巣穴」。モロにダンジョンではないか。


 そして数有るファンタジー作品においてダンジョンの最奥に待っているのはドラゴンが定番。これは洋の東西を跨いだ奇妙な符合だな。


「へえ……そこでダンジョンは魔素がどうこう、って話に繋がるんですか」


「そういう事だな。下に行くほど霊脈に近くなる。だから、魔素が濃い。魔素が濃いから、それを餌にするモンスターも当然強くなる」


「なるほどなあ。良い餌場ほど強者のテリトリーなのは納得しかないです」


 となるとこのダンジョンにも居るのだろうか、ドラゴン。正直見てみたい。が……命がけのツアーとなるのは間違いなく、また炎のブレスなんかは避ける以外どうしようもないだろう。こうなってはどれだけ腕の立つ護衛を雇おうと自前の足が勝負だ。


 そんなものに自信は無いので、人生は諦めが肝心。サファリがレジャーとして成立するのは安全圏が確立しているからだしね。


「で、レリックだが……ま、その前に精霊から説明するか」


「精霊?」


「百聞は一見に如かずだ。照らせ、ウィルオウィスプ」


 モルトさんは右手の指輪へと語り掛ける(彼は手袋はしていない。槍を持つ感触が鈍るからだそうだ)。すると、指輪に埋め込まれた宝石から光る何かが現れた。


 まるで蛍である。ただし、その光量は蛍の比ではなく、リビング用のLED電球もかくやといった具合だ。直視を躊躇うほどに眩しい。


 これがモルトが松明すら用意しなかった理由か。


 その光はふよふよと、モルトの斜め上で浮かび始める。地味に、この世界に来て初めて見る「魔法」だった。


「光の……球? モルトさん、それが精霊ですか?」


「そうだ。これは俺の持っている『灯火の指輪』に住み着いている光の精霊ウィルオウィスプ。コイツらは魔素を食う。だから、魔素が結晶化した魔石に住み着かせられるし、こういったダンジョンを餌場としている」


「理解しました。で、その精霊が宝物と何の関係が?」


 俺の質問に対する返答は予想外の角度から剛速球で返された。


「うんこだ」


「うんこ!?」


 あれ? 俺の聞き間違いか? それとも現地固有の言葉が無変換で届いたのか? 地球でも確か、どこかの言葉で「ウンコ」が歓迎するとかいう意味だったような。


 錯乱する俺を肩口からチラ見して、モルトが笑う。この反応を見るに「うんこ」はやはり俺の考えている「うんこ」で合っているようだ。


「まあ、順を追って説明してやる。精霊は魔素を食って色々なものを排泄する。コイツなら光、って訳だな」


「ああ、はい」


 あ、この光って排泄物……うんこ扱いなんだ? そこだけはなんかモニャるが、しかし電気を光や熱に変換する、アレの同類と考えて理解する。


 言葉が悪いだけだな。


「で、土の精霊なら土を排泄するし、水の精霊ならダンジョン内に水場が出来る。これも分かるな、クロード」


「ええ、分かります。が、それがなんで剣とかマジックアイテムになるのかは繋がりませんね。宝石までならギリ、その説明で納得しますが」


 俺の違和感は「物質」と「道具」の境。道具とはヒトが造るものだ。それがヒトのアイデンティティと言っても良い。知性が道具を考える。


 だからそれを精霊が作る、ってなると精霊が知性を持っているとなる。知性が有れば社会が有り、文明が出来る。少なくとも俺はそういうものだと思っている。これが精霊という言葉の持っているイメージと食い違うから「違和感」として噴出した。


「精霊に道具が作れるんですか?」


「良い読みだ、クロード。そして、その疑問の答えがさっき言った霊脈だよ」


「ん? 繋がってるんですか、その話」


「ああ。霊脈は魂の流れる場所。つまり、そこにはたくさんの記憶が流れている。精霊はそれを食べる。排泄物が記憶に引っ張られた形を取る。学説ではこうなっているらしいな」


 3Dプリンターには知性は無い。だが、道具は作れる。モルトの「答え合わせ」は俺の常識と照らし合わせても整合していた。


「はー、上手い事出来ているものですねえ!」


「実際はどうか分からんがな。こんなのは結局、人間の考えた辻褄合わせだ」


「いや、でもそれだと矢が飛んでくる罠の矢がなくならないのも綺麗に説明つきますよ」


「そうだな。賢いヤツも居たものだな」


 現象から仮説を立て、立証する。この異世界にも人が生きていて、だから科学は存在する。


 剣と魔法の世界だからと言って、科学者が存在しない理由にはならないのだなと、俺はしみじみ、そして少し嬉しく思った。


「だから、失われた古代文明の遺産、ってのもあながち間違いじゃない。正確にはそのコピー品だな」


「へえ……面白いですね」


「ついでに言えば、モンスターすら精霊のうんこって言ってる学者も居る」


 モルトの言葉に一瞬ぎょっとするが、しかし確かに過去の何らかの生き物のコピーを作っている可能性は否定出来ないのか。それこそ「生命の精霊」とかがやらかしていたって、それで当然だ。なんなら、モンスターが絶滅しない理屈も通る。


 この世界における治癒魔法の有無を俺は知らないが(幸運にもここまで病気や怪我をしていないからな)、そういうのが精霊魔法であるならば、そういう精霊は少なくとも存在するのだから。


「え……ああ、確かにそう考えても不思議じゃないのか?」


「他にも、魔素に当てられた精霊の変質体だとか、なんならダンジョンそのものが霊脈の産んだ過去の記憶の継ぎ接ぎだって主張するヤツも居るぞ」


「真相は闇の中ですか」


「ダンジョンだけにな」


 モルトは肩越しに顔だけでこちらを振り返るとニヤリと笑う。なるほど。今のがクロウラージョークってヤツか。


「モルトさん、元プロだけあって詳しいんですねえ」


「おっと、クロード。訂正させろ。元『トップレベル』プロだ。七階層を越えれたクロウラーはまだ居ないからな」


 モルト自身は六階層まで攻略したと言っていた。それなら確かに「トップレベル」と名乗ってもおかしくない。


「あはは。やっぱり、モルトさんはダンジョンが好きなんですね」


「……ダンジョンに好きも嫌いも有るかよ」


 彼のダンジョン哲学は前に聞いたことが有る。一にも二にもダンジョンとは狩場。俺の馬鹿みたいなワクワクとは逆で、モルトにとってはただの現実。だから「好きも嫌いも無い」。それが彼の言。


 でも、俺は前を歩く彼の足取りを見ていると思うのだ。


 モルトにとってダンジョンとは本当にそれだけだろうか、と。


「ダンジョンで生き残るのに必要なのは欲を捨てる事だ。もう少し狩ろう、もう一層進もう。それがクロウラーを破滅させる」


「そうですね。欲深い俺とは相性が悪そうです。俺はダンジョンクロウラーにはなれそうにないですね」


 前を歩くモルトの動きが止まった。


「欲の無い人間はダンジョンにそもそも潜らねえ。だから俺は……っと、お喋りはここまでだな。クロード、『お出まし』だ」


 モルトの槍を持つ手にみるみる力が込められていくのが、その筋肉の隆起から分かった。


「その辺に隠れていろ。前に出たり、間違っても戦おうとなんてするなよ」


 ヒュンヒュンと、モルトの回す槍の速度が徐々に加速していく。あ、コレ本気のヤツだ。本物の戦士のパフォーマンスだ。


 青銅の腕亭で酒を飲んでくだを巻く、俺の知っているモルトの姿はそこには無かった。そこに居たのは元トッププロのクロウラーの一人だった。


「モンスター、ですか?」


 モルトの言う事は絶対順守。その辺に隠れていろを実行する為に俺は……いや、どこに隠れろって?


 素人がアタフタとしている間にも状況は進む。


「敵数二。ホーンラビットだ。角が光ったら魔力を溜めて突進してくる合図だ。気をつけろ」


 戦うな、と言われたはずの俺にそれを言われましても。ええと、今のは「観光案内」としてのお仕事ですか? だとしても、そっちを見ている余裕なんて無いですよ。ええと、隠れ場所……とりあえず影に紛れてしゃがんでおくか?


 それでも、と言うか。チラチラと横目でモルトを追ってしまうのは避けられない。


 モルトの戦い方に興味が有ったし、そもそも戦闘なんて初めてだ。男は二匹の一本角の有る兎を……兎!? アレ、兎なの!?


 いや、デカいよ! 猪くらい有るじゃねえか! あんなん、可愛げの欠片も無いって! 初見で兎だとは思えねえよ!


 モンスター、という言葉の意味をここに来てようやく理解する。ヤツらはヒトにとって危険な怪物なのだ。


「対処は単純だ。相手が飛び込んできた所を突く。相手の突撃を利用すれば力は要らん」


 言いながらモルトは、角を光らせて突っ込んできた兎の一体を回転させた槍の石突でもって叩く。


 デカい音を立てて兎が壁に叩き付けられた。


 モルトは槍を叩き付けたその反動を利用して、逆手で構えた穂先でもって二匹目を貫いた。無駄の無い動作で体を捻るその様は、まるでバレリーナのようだ。


「で、必ずとどめを確認しろ」


 槍を引き抜き、壁際で痙攣している方の兎の頭を突き刺す。この間、わずか十秒。


「よし、クロード、もう出てきて良いぞ」


「……隠れ場所探してる間に終わりましたね」


「ファムちゃんからお前を危険な目に遇わすな、と言われてるからな」


 モルトが笑いながら言う。しかし、危険な目に遭わさないのであれば俺には疑問が一つ残る。


「うう……モルトさん、俺も武器くらい用意してくるべきだったんじゃないんですか? なんで、手ぶらで来いなんて言ったんですか」


 俺のもっともな意見は、しかしプロの哲学によって一蹴された。


「素人が武器持ったら『逃げる』って選択肢が潰れる可能性が高いからな。そんなに武器が欲しいなら、ほれ」


 彼が腰に提げていた物を俺に手渡してくる。


「……ナイフ? にしてもいやにゴツいですね」


 結構な重量感だ。これを振り回して戦うのは素人にはなかなかに骨が折れるだろうか。


「そりゃそうだろ。剥ぎ取り用だからな」


 剥ぎ取り。ダンジョンに潜る主な理由はモンスター素材の収集。レリックはたまのボーナス扱いというのを思い出す。


「クロード、ソイツは角が金になる」


 ……嫌な予感しかしなかった。


「え?」


「やってみろ」


 俺に否など言えるはずも無かった。ダンジョンへ行ってみたい、と言ったのは誰でもない俺自身である。


 そして、俺は戦闘では役立たずで、松明を持つ役のような雑用すらここまで与えて貰えてはない。このままでは、ダンジョンをお散歩しただけである。つまり、これはモルトなりの「体験型エンターテイメント」なのだ。


 何、その要らない心遣い!


「いや、やった事無いんですけど」


「誰でも最初は初心者だ。何、心配するな。綺麗に取れなかろうが、最悪砕こうが俺は笑ってやるさ」


「手ほどきとかは?」


「最初は苦労した方が面白いだろ」


 「やって見せ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ」。山本五十六も言っていた。まずは手本を見せろ、と。だが、この異世界にはそう言った格言は無いようである。


 そうして、俺は外野にアレコレと言われながら、苦労してホーンラビットのキラキラしたアメジストのような角を掘り出した。所々逸れたナイフによって傷が付いてはいるが、初めてでコレなら問題ないだろ。


 しかし、猪大のモンスターの角である。大きさは察して欲しい。筍ならば育ち過ぎて食えたものではないな。


「お疲れ、クロード。ダンジョン、楽しいだろ?」


 汗と謎の体液で汚れ、手にずっしりと残る角の重みを感じながら、俺は苦笑いするしかなかった。


 これが、俺の知りたかった異世界ダンジョンのリアルというヤツである。

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