第13話 はじめてのダンジョン(後)
手と手袋に着いたモンスターの体液を事前にファムから持たされた布切れで拭う。ダンジョンの中では水は貴重なので使えないから、こうするしかない。臭い。
うう……モンスターを倒したら煙になって消えて、綺麗なドロップアイテムが残る便利世界じゃダメなんですか?
「ほら、クロード。使え」
「いや、布切れはもう要らないですよ」
「何言ってんだ、兄弟。そのままじゃ両手が塞がっちまうだろ?」
モルトに渡された布は現代地球で言ういわゆるナップサックだった。なるほどね。これで戦利品を運搬しろ、と。そりゃそうだ。日本酒の大瓶くらいのホーンラビットの角だからな。これくらいクロウラーなら用意していて当然ですよ。
「その袋はそこそこ丈夫だが、それでも角で破かないように注意してくれよ」
モルトに教えられながら、先ほど汚した布切れを角の先に巻いたりして収納完了。背負う。重いと言うほどではないが、しかしたしかに戦利品が有るという実感が湧いてくる。
嬉しい重みだ。
モルトはそんな俺を見てうんうんと頷き、そして言った。
「これでお前も立派なモンスター素材回収運搬係だな」
「勘弁して下さい」
「となると、コレも渡しておかないといけないか。」
モルトが腰に提げた袋から二つ、小石大の赤い魔石を取り出して俺へと渡した。
どうでも良いが、モルトは色々と腰に提げている。まるで前世の工事現場の作業員のようだ。聞けば咄嗟に手が伸びるのは「そこ」が一番との事で、プロっぽさをそこでも醸し出している。
「なんです、この魔石?」
「表面に魔術回路が彫られてるだろ。兄弟なら分かるんじゃないのか?」
「いえ、そういうのはイルマーさんの分野ですね」
「そうなんだな。っていうか、イルマーとクロードの仕事って違うのか?」
「違います。同じダンジョンクロウラーでも色々居るのと一緒ですよ」
そういうものか、とモルトは納得すると俺に渡した赤い石の説明を始めた。
「ソイツは緊急避難用として、後衛がよく持っているアイテムだ。口元まで持っていて『爆ぜろ』と命令してから敵に投げつける。すると五秒後に炎と風が小範囲の敵を攻撃する」
……ほうほう。
それ、つまり手榴弾じゃね?
「は? え? 怖っ!? 蹴躓いて衝撃でも与えたら爆発するんじゃ!?」
「いや、そこまで怖いものでもないぞ。基本はただの魔石だ。命令しないと魔術回路は起動しないだろ?」
冷静になって考えればモルトの言う事はもっともだ。これは火薬を用いたものではないのだから、暴発の危険は薄い。
と、ここでファムからの通信が入る。
『クロード様。先ほどの話ですが、翻訳が混ざり正確ではありませんでしたので訂正致します。その魔石の発動コードは「ロゼハ」です』
「ろぜ……おっと危ない。不用意に起動したら洒落にならん」
おっかなびっくりな俺の様子を見てモルトが笑う。なんだよー。笑うなよー。
「結構しっかりと口に近付けて、ハッキリした声で命令してやらんと起動せんから安心しろ。兄弟の言う通り危険だからな。起動し難い事が安全装置なんだよ」
「それ、緊急時に使うの難しくありません?」
まあ、その辺の塩梅がもっとも難しいのは、エンジニアとしてとても頭が痛くなる話ではあるのだが。
一通りのレクチャーを終えて先へ進む。ファムの通信も良好で、前を歩くモルトさんもなんか知らんが機嫌が良い。
「いやあ、荷物持ちが居ると快適だな、兄弟!」
そういう理由かよ。
「この為に誘ったまで有りますよね? そうですよね!?」
「バレちゃあ仕方ない。お前の想像通りだ」
悪びれずに言う男の歩みは軽い。逆に俺は、この感じで荷物が増えていけばどうなっていくのかに気付き、少し気分が沈んだ。
「モルトさんも半分持って下さいよ」
「そしたらお前の護衛の戦闘能力が落ちるけど、それで良いのか?」
『クロード様、それは悪手かと。この場合、モルト様の邪魔となるようなものはクロード様が引き受けるのが最善です』
ファムまで通信でモルトの肩を持つ始末。まあ、俺だって本気で言った訳ではない。
でも、どこか釈然としないのは、俺の人間としての器の問題だろうか。論理的には二人が大正解なので。
「……一人で持ちます」
「いやあ、今日は良い運動になりそうだ! 門番やってると身体が鈍っていけねえよなあ!」
トレーニングジムにでも来ているかのノリで、モルトが言った。なんなの、この人。
ダンジョンを歩くのにも少し慣れてきた。
何よりもやはり、ウィルオウィスプという明かり有るのが大きいだろう。松明やカンテラではこうはいくまい。足元が煌々と照らされている。だから歩き易い。
この分だと疲れ果てて帰りに足が動かない、といった情けない事態も防げそうだ。
「しかし、エンジナから徒歩一時間で来れる場所にダンジョンが有るのはラッキーでしたね」
「そうだな。そのお陰で俺は運動不足を解消出来る。戦いの勘も取り戻せるからな」
この口振りから察するに、恐らくモルトはちょくちょく一人でダンジョンに潜っているな? いや、それはそれで信頼出来る材料なので何も言わないけど。
「そういうの気にするんですか?」
「いや、だってお前、久しぶりに昔のチームメイトに会ったらクソ雑魚になってました、とか格好悪いだろ」
先ほどのたった十秒程度の戦闘ですら理解出来る。モルトはマジで言っている。ダンジョンクロウラーを辞めて三年とか言っていたか。たった三年。されど三年。それは人を変えるのに十分すぎる時間である。
前世の義務教育なんかを引き合いに出すまでもないな。
そして、その三年、彼はただ「格好良くありたい」という理由だけで、そのクロウラーとしての腕を維持してきたのだろう。
「そうですね。いや、なんかモルトさんが格好良いの気分悪いなあ!」
おっさんがおっさんに嫉妬する構図である。どこに需要が有るのやら。
「ははは。心配せんでも街に戻れば俺はいつもの門番モルトだ。青銅の腕亭でバレルの親父とルキナさんにからかわれる、いつもの俺さ」
そう言って笑う男の、本質はどっちなんだろうかとふと思った。
歩きながら話すネタには困らない。何せ、異世界人である俺にとってこの世界の全てが新鮮である。そして、中でももっとも不思議が詰まっているのがダンジョンだ。
俺が「なぜ、どうして」を頻発させるのは、これはもう元エンジニアとしての習性のようなものなのだが、しかし、モルトはそれを決して鬱陶しがる事無く、あるいは嬉々として俺の質問に答えてくれた。
うん、良い関係だ。
「実際、なんで六、七層が壁なんです?」
「リンク・リングの話はしただろ?」
「はい。でも、なんかそれだけじゃないような気がするんですよね。強さとは違う、別の何かで足踏みしてるような感じがします」
モルトが立ち止まって振り返り、俺の目を見た。彼の表情からはありありと好奇心が透けて見える。
動物園でトラ見てる時の俺の顔が多分こんな感じなんだろう。
「やっぱりお前良い勘してるな」
「理由、聞いても良いですか?」
「別にシリアスな理由じゃないぞ。単純な物資の枯渇だ」
「あー……うん?」
分かるような、分からないような。物資とは具体的に何を指すのかがパッと出て来ない。とりあえず俺は汚れた手を洗う水が欲しいかな。
水筒の水は当然ながらそんな用途には使えない。
「食い物と水と薬と道具。帰りも考えると単にもたないんだ、その辺りの階層で」
「意外と現実的な理由だった」
「当たり前だろ、現実なんだから」
モルトが呆れるように言うが、しかし、俺には新しい疑問が産まれた。
「水は精霊が水場を作れるって、さっきモルトさん言ってませんでした?」
つまり、現地調達がある程度可能なのではないか、という事である。だが、これにもモルトは難色を示した。
「え? お前、あの水飲むの?」
「へ? なんかマズいんですか?」
「そりゃ兄弟、精霊が出す水の原料考えたら分かるだろ」
えーと、うんこのほうじゃなくって。ダメだ、言葉のインパクトに脳細胞が引きずられている。
「……魔素?」
「だろ?」
モルトは片方の眉だけを顰めるという、ハリウッド映画でよく見る表情をした。「分かるよな?」って感じだろうか。
俺? 俺は当然、モルトが何を言いたいのかがさっぱり分からんが?
「いや、そんな顔されても。もう少し詳しく説明して下さいよ」
「下手に飲むと腹の中から魔石化するんじゃねえかな。なんか、昔そんな馬鹿をやったヤツが居たって俺は聞いたぜ?」
「ひ、ひえええ」
ドン引きである。つまり、ダンジョンの水は高濃度魔素水という毒物。
ここでも俺の中の異世界ファンタジーの常識が崩される事と相成った。回復の泉とか、そういう「人に優しい設計」になどリアルなダンジョンはなっていない。
モルトが言うには洗濯や洗体に使う分にはセーフらしい。そういう意味では水場は重宝されるとの事。なるほどねえ。
「となると食べ物も同じですか」
「いやいや、兄弟。そもそもダンジョンに食えそうなものなんて無えだろ」
「さっきモルトさんが倒した角の有る兎とか」
うん。正直解体しながら、「肉」とか「皮」とかは不要なのかな、と俺は思っていた。重量の割に値段が付かないのではないか、と自己完結した訳なのだけれども。
「げえー」
モルトが舌を出す。毒物っぽいのは理解した。が、それ以前の「食えるのかな?」すら考慮しない感覚が俺には分からない。前世だとダンジョンでモンスターを食うなんてフィクションは幾つも有ったし。
確か、最初期のコンピューターゲームですら「ワームの肉」とか食ってたはずだ。
「デカくて角が生えているだけで見た目的には兎ですし、俺みたいに考えるヤツも中には居るでしょ」
「いや……聞いた事無いな」
「あれ?」
「そもそもダンジョンで食い物が無くなるなんてのは遭難時くらいだろ。クロード、やっぱお前変わってんなあ」
男は顎髭を擦りながら俺を見る。ファムの時と同じく俺は「珍獣」扱いされていた。
「言い方をマイルドにしてる所が逆に傷付きます」
この異世界にとって俺って本当に異物なのだな、とほとほと理解させられる次第である。
道中は順調そのものだった。俺が緊急用の「爆裂魔石」を使う事も無いほどに。敵が一匹もこっちに来ねえ。
ぶっちゃけモルトが強すぎる。戦闘中にこちらにレクチャーする余裕すら有る。例えばこんな具合だ。
「お、敵だな。数三、敵はこっちに気付いてるぞ。クロード、復唱だ」
「え? えっと、数三、敵はこっちに気付いてるぞ? これ、何の意味が有るんです?」
「認識の統一だな」
馬鹿デカいサンショウウオのような生き物がめいめいに飛ばしてくる毒液を、その合間を縫うようにモルトが避ける。そして一番手近に居たモンスターを槍で一突き。
「チームの全員が一人づつ」
更に背後から飛ばされる毒液を一瞥もせずに横にステップをして躱すと、また一突き。
「自分から見て戦況がどうなっているかを報告するんだ」
残り一体の最後の攻撃も鮮やかなバックステップで回避して、返す刀で距離を詰めて一突き。
「……ふう、終わったぞ」
意識を会話に向けたまま戦っている。なんだ、この化け物は。ここまで来ると俺と同じヒトかどうかから疑わしい。
「復唱をするのはなぜですか?」
「何より重要なのはヤり忘れが無いようにする為、だな。敵の数はそれぞれの視界で認識が違う。基本、一番デカい数を信用する」
「理に適っていますね」
うーん、滅茶苦茶丁寧にレクチャーしてくれる。この人、もしかしてダンジョンクローラー新人の養成とかが一番向いてるんじゃないかな。
本人もなんかイキイキとして楽しそうだし。
「二つ目はコミュニケーションの常態化だ。いざという時に声が出ないでは話にならないからな」
「クロウラーって色々考えるんですねえ」
「命が掛かってるからだな。自然とそうなる」
つまり、実践の積み重ねか。勿体無い。その経験は多分良いお金になると言うのに。なんでモルトさんはエンジナの門番なんてやっているのやら。
ま、それを聞くのはワンチャン失礼か。なら、他に気になった所を聞いてみよう。
「でもモルトさん、なんであんなの避けられるんです? 三方向から毒を飛ばされていましたよ?」
「頭の向いてる方向にしか飛ばねえからな。そしたら大体どこが安全かが分かるだろ。なら、そこに動くだけだ」
その理屈は分かる。理屈は。銃口の向いている方向にしか弾は飛ばないから避けるのは容易い、って前世の漫画で馬鹿程見た。
でも、それは理屈だ。実際には引き金を引くタイミングまで銃手は照準を合わせる事が出来るし、撃つタイミングだって銃手次第だ。
「いや、それは分かります。でも、避けるタイミングまで完璧だったじゃないですか」
「呼吸見りゃ分かるだろ?」
「何が!?」
その前に呼吸って何!? モルトさん、アンタには一体何が見えているって言うんだ?
「あいつらは毒液吐く前に音がするほど一度大きく息を吸う。なら次に吐くタイミングくらい読める。だから避ける」
な、簡単だろ、みたいなノリで言わないで欲しい。
「出来るかァッ!」
完全に理解した。俺にダンジョンクロウラーは無理だ。向いてないとかそんなモンじゃない。違う。
これは異常だ。もしかしたら異世界人は地球人とはスペックが色々と違うのかも知れない。少なくとも俺はモルトのような存在を英雄譚でしか聞いた事が無えよ。
「そうかあ? まあ、クロードはゴーレム技師だからな。別に俺と同じことが出来る必要は無いだろ。俺より金稼げるし」
「それは……そうですけど」
「なら、そのモンスターの剥ぎ取りを頼んだぜ。ソイツは人間で言えば小指に当たる爪が売れるんだ」
モルトの指導を受けながら三匹分の爪を捥いだ所で、ナップサック……というよりは俺の肩が悲鳴を上げ始めた。
「よし。なら、そろそろ帰るか」
「帰りますか。ちなみに、結構狩りましたけど、これで幾らくらいになるんですか?」
「……銀貨にして三枚くらいか?」
「安っ! 嘘、ちょ、マジですか?」
リンク・リングが銀貨五枚である事を考えれば赤字確定だった。
「一階層で稼げる訳無いだろ、クロード」
ダンジョンとはどこまでもシビアであった。そりゃ必死になるわ。
「俺は運動が出来て嬉しい。クロードはダンジョン観光が出来て嬉しい。ファムちゃんはクロードが無事帰ってきて嬉しい。三方良し、だな!」
『はい。三方良しです』
ダンジョンを出たモルトは俺に向けて良い顔で笑いかけた。
「って事で今日の酒代はお前の奢りな、クロード」
疲れ果てた俺には、否など言えようはずも無かった。




