第14話 鍛冶屋
翌日、ファムを連れて黒螺子堂へと出勤する道中は、ダンジョンを歩き回ってパンパンの足と、緩やかな上り坂のせいで微妙に億劫に感じた。
「今晩にでもファムに足のマッサージでもして貰おうかな」
『お任せ下さい。得意分野です』
ファムとマッサージという言葉の関連に少しばかり妙な事を考えたが、いやいやそれは流石に邪推というものだろう。だが、発展には注意が必要かも知れないな。
という訳で黒螺子堂である。店主は店番をゴーレムに任せて、今日も今日とて奥で茶を嗜んでいた。
「クロードさん、どうでしたか、ダンジョンは?」
開口一番に聞いてくる。ま、そうだろうな。聞きたいよな。分かる。
「面白かったか、という質問であれば面白かったですよ、と。クロウラーになりたいか、と聞かれているなら、それは無いですねと返します」
「そうですか。それは良かった。私としても黒螺子堂の優秀な技術者を失いたくはありませんからねえ」
イルマーはこういう事をすっと本人の前で言えるのが凄いよなあ。しかも嫌味ともおべっかとも取れないのだから。
「あそこはプロの仕事場ですよ。アマチュアが遊び半分で行く場所ではないです、イルマーさん」
イルマーがズズッとお茶を飲み干して立ち上がった。
「では、私達は私達の、プロとしてのお仕事をしに行きましょう」
「ん? 今日はどこかへ行くんですか?」
「はい。衛士隊に呼ばれていまして。勿論、クロードさんも一緒ですよぉ」
……出頭、という言葉がまず頭に浮かんだ。いや、俺は何もやってない。だとすると、該当は約一名となる。
「何やらかしたんですか、イルマーさん。俺は弁護とか出来ませんからね」
俺の言葉にイルマーはからからと笑った。
「あはは。言ったでしょう。仕事ですよ。彼らの装備を作るゴーレムが不調だそうでして」
「ゴーレムが、装備を」
「はい、鍛冶ゴーレムってヤツです」
店主はさも知っていて当然と言うが……鍛冶ゴーレムってなんだ?
一時間後、俺とイルマーさんとファムは衛士の皆さんの詰所敷地内に有る鍛冶場に居た。説明役の人も一緒だ。
とりあえず、現場視察というヤツ。事件は会議室で起きてはいないのだから。
ここの鍛冶場は炉が五つ有り、それぞれに一体ずつのゴーレムで、計五体のゴーレムが休みなく働いていた。説明役の人に言わせれば、夜間は稼働していないとの事だ。夜は騒音が問題になるのと、暗いのでセンサーに影響が出るのだそうだ。なるほどねえ。
「で、どう不調なんです? こうやって見る限り、彼らは普通にやれてるみたいですけど」
しっかし、熱いなあ、ここ。暑いじゃなくて、熱い。鍛冶炉がたくさん有るから当たり前なのだけど。まあ、だからゴーレムにやらせているんだろうな。ヒトにはちょいと過酷な環境だ。
ちょっとゴーレムの耐熱性が気になる俺だった。当然、その辺りは対策されているのだろうけれど。
「ゴーレム達はちゃんと動いてはいますねえ。となると、アタシじゃなくて、これはクロードさんの領分の話でしょうか」
イルマーさんと俺で汗をかきながらゴーレムの仕事風景をつぶさに観察するも、不審な点はどこにも見られない。カンカンと鉄を打つ音があちこちから聞こえてくる。
そうこうしていると、説明役の人がどこかから剣を二振り持ってきた。あ、勿論鞘に入った状態で、だぞ? 流石に抜き身をぶら下げられると怖いからな。
そして、衛士の彼はその内の一振りを鞘から抜くと俺たちの前に差し出した。剣である。よくあるヨーロッパの両刃のヤツ。生憎と知識が無いので、ショートとかロングとかブロードなんかの、どの形容詞が付く類なのかとんと分からん。
「これが今の彼らの打った剣です」
「……普通ですね」
正直な俺の感想は食レポだったのなら落第だろう。二度とそのグルメ番組では呼んで貰えないのは間違いなかった。
「そして、こちらが三年ほど前のものになります」
「……一緒じゃん」
間違い探しとしては最悪の部類だった。これ、三年経っているって部分を抜いたら一か所も指摘出来ない自信が有るぞ、俺。
「……一緒ですねぇ。もしかして、衛士とも有ろう方が冷やかしですか? ウチも暇ではないのですけれど」
ほら、ウチの店主なんか言葉を濁そうともしない。この人、命知らずなのかな? 一応、前に居る衛士ってゴリゴリの戦士系男子だし、抜き身の剣が二本手近に有るんですよ?
せめて、俺にとばっちりが来ない事を祈るばかりだ。
「いえ、明確に違います」
おお、イルマーの軽口に怒らない。地味に出来た大人だぞ、この人。助かったぁ。
「はあ」
「脆いのです、新しい方の剣が」
「脆い、ですか?」
人格者の衛士の方曰く、それに気づいたのはほんの少し前だそうだ。出納役をしている彼は、鉄や革などの仕入れが増えている事に気付いていた。それ自体は問題では無い。剣や鎧がたくさん造れるのは悪い話ではない。しかし、同時に損耗率が年々増加している事にも彼は行き当たった。
なにせ、在庫がほとんど増えていなかったのである。生産量は増しているのに。
で、「最近の鉄が悪いんじゃないか」「鉱山が変わったんじゃないか」「最近の若い兵士は剣を雑に扱う」等を検証した結果、いずれも否定され、彼はゴーレムに不具合が出ていると結論付けた。……話聞いてると、この人かなり有能だな。
「脆いのは間違いないのですか?」
「はい。打ち合いをして三年前の物の方が耐久性が高いというのは確認済みです。なんなら、六年前のものは三年前のものよりも頑丈でしたよ、クロードさん」
これはなるほど、俺の仕事かも知れない。なぜなら、俺はこれと同じような話を知っていた。
帝国の服飾のファストファッション化である。
「なるほど。ちなみに衛士さん、このゴーレムって効率とかどうなってます? 三年前とか六年前と比較して」
「……効率、ですか?」
「クロードさん、何か分かったんですね。なら、とりあえずここを出ませんか。熱くて仕方ないですよ、アタシは」
イルマーの要求に異を唱える者など、この場に居ようはずも無いので移動する。衛士詰所の応接室のようなところで会議再開となった。
「で、クロードさん、どういう事です?」
店主が詰所の給仕ゴーレムに出された果実水を飲みながら聞いてくる。彼は提供された直後に一気飲みをしてゴーレムにおかわりを要求していた。気持ちは分かる。暑かったもんね。
「多分これ、最近の帝国の服飾がファストファッションになっているのと、構造が一緒なんじゃないかなあ、と」
俺が違和感を二人に話すと、しかしイルマーさんと出納役の衛士は顔を見合わせた。
「イルマーさん、彼は何を言っているのですか?」
「私にもさっぱりです。クロードさん、もう少し分かりやすく説明出来ますか?」
どうやら何段か説明をすっ飛ばしたようだ。まあ、そうだね。冷静に考えたら「何言ってんだ、コイツ」でしかなかったわ。
分かり易くなるように言葉を選んでセカンドトライ。
「あー、そうですね。ゴーレムが質を犠牲に数をこさえた、って言えば分かります?」
「ゴーレムが、ですか?」
衛士の彼が信じられないと怪訝な顔をする。きっと彼にとってゴーレムとはコピー機なのだろう。だから、品質は変化しないと思い込んでいる。
だが、実際はそうではない。ゴーレムは高度な知性を持っているが故に、与えられた条件を最適化する。そして、その過程で「言われていないこと」がどうしても抜け落ちる。
「はい、ゴーレムが、です。むしろ、ゴーレムだから起きた話ですね、これ。昔と同じ条件で作っていないんじゃないでしょうか。だから昔より増産しているのでは?」
俺の言葉に出納役の彼は手元の、羊皮紙を束ねて作られた資料をめくる。俺が果実水を飲み干しておかわりをゴーレムに要求した瞬間、彼はこちらを見た。
もしかして、厚かましいヤツだと思われたのだろうか。そんな風に考えるほどタイミングは完璧だったが、それは杞憂であった。
「昔の製品より、確かに工程数が減っていますね」
感心したように俺を見る。お、良い兆候だ。なら、プロっぽく演じてみますか。
「納期短縮のためでしょう」
俺は右の肘置きに頬杖を突いた。名探偵クロードの名推理が始まるとばかりに。
「鍛冶ゴーレムは壊れていない。これはイルマーさんが確認しました。そして、恐らく彼らは『命令された通り、完璧に仕事をしている』だけなんですよ」
二人がじっと俺を見る。うわ、コレちょっと気持ち良いぞ。路線変更しようかしら。
「曰くに『兵士が使える剣を作れ』『安く作れ』『大量に作れ』『納期を守れ』。これらが全部同時に要求された結果、人間が品質として暗黙に期待していた部分が最適化対象から脱落した。言われていないことをしなくなった。真相はこんな所だと思います」
俺は背後に立つファムへと問いかける。
「安さや大量生産を優先すると品質が落ちることがある。ファム、そうだな?」
『ポジティブ。クロード様の言う通りです』
「……じゃあ、誰が悪いんです?」
イルマーさんが聞くも、俺はかぶりを振った。
「誰も悪くない。だから厄介なんですよ」
前世でも似たような事は有った。AIに仕事をさせるなら当然こういうことが起きていた。問題はAIではなく、何を目的として設計したか、なのに。
「ゴーレムにもっと早く剣や鎧を造れないか、みたいな話をしませんでした?」
「いや、私は……待って下さい。近隣国境での小競り合いが起きたのが確か七年ほど前です」
いや、やっぱ有能だな、この人。ゴーレム社会で出納役なんて有り得るのか、なんて俺はチラっと思ったりしたのだが、こういう人ならむしろ納得いくわ。
「あー、多分それですね。で、需要に駆られて生産量を優先した。でもって剣の質なんて、すぐさま表面化する話じゃない。だから、正のフィードバックが掛けられ続けたんじゃないですかね、きっと」
「直せますか?」
問われて悩む。出来ない事は無い。出来ない事は。でも、あまりオススメはしないかも知れない。
「一時的には。ただ対症療法ですね」
「対症療法?」
「また同様の事象が起こる、という事です」
これなんだよなあ。多分、ここで一時的に直しても、どうせまた「大量生産」という「質の低下」にゴーレムのアルゴリズムが寄っていく気がするんだよ。
「それは……困りますね。剣も鎧も、命に直結しますから」
「ですよねえ」
イルマーさんが衛士の人に同意する。ちなみに今回の仕事、かなりイルマーに支払われる報酬は安いらしい。なら、なんでそんな仕事を受けるのかと聞いたら、イルマー曰く「エンジナは良い街ですから」だそうだ。それを知っているから、俺も出来れば力になってやりたいのだが。
「抜本的にどうにかするには……まあ、品質管理の人を置くのが一番手っ取り早いですかね」
「……品質管理、ですか」
「どなたか、そういう事が出来る人にゴーレムを監督させるのが良いと思います」
最後の検査は人の目で。うん、前世ではオートメーション化した色んな工場で取られている手法だ。これを取り入れればゴーレムも何が良くて何がダメなのかを学習していくはずだ。
と。思ったのだが。否を出したのはイルマーさんだった。
「いや、それは難しいんじゃないですかねえ、クロードさん」
「なぜです?」
「彼らは衛士です。つまり、戦士なんですよ。以前はこの程度ではへたれなかった、とかは彼らだって分かります。だから、今回の依頼が有りました」
「イルマーさんの仰る通りですね。クロードさんの提案に必要なのは、現場で使う前に鍛冶の良し悪しを見抜ける人材です」
「あー……それはそうかも」
戦士が戦場に持って行く以前の話をしているのだ、俺たちは。でも、それならそれで話は単純だ。外部から人を引っこ抜けば良い。別に常勤じゃなくても良いし。
「となると、鍛冶屋さんですね」
「……鍛冶屋、ですか」
「心当たりは有りませんか?」
「いえ、有りません」
「は?」
何それ? 鍛冶ゴーレムが有って、鍛冶屋が居ない? ドユコト、オニイサン?
「クロードさん、鍛冶屋なんてどこにも居ませんよ。当然、この街にも」
「イルマーさんまで、何を言っているんです?」
俺の「そんな訳無いだろ」に対して、しかしイルマーさんは見事なクロスカウンターを決めてきた。
「だって、ゴーレムが居るでしょう?」
「ああっ!」
リングに一発で崩れ落ちる俺。名探偵クロード、それは儚い夢であった。
「ゴーレムに代替されちゃったんですよ。私は産まれてこの方、鍛冶をする人間なんて見た事が有りません」
「そ、それだとかなり話はややこしくなりますよ」
これはマズい。そして、この時点で根本に気付いているのが俺だけってのが更にマズい。
「どういう事です?」
「俺には『どの時点まで技術を戻すか』が判断出来ません。最悪、このゴーレムが出来ていた事が出来なくなる危険すら有ります」
「それは困ります!」
衛士さんが声を上げる。そうだよね。そうなるよね。
「分かっています。ですが、俺には単純に五、六年前の設定に戻すという方法しか取れませんし、そもそも『そこ』が正解なのかも分からないんです」
「……っかー、弱りましたね」
「では、このゴーレムは直らないのですか?」
二人から真剣な表情で見つめられるも、しかし俺はプロフェッショナルとして現実を突き付けるしかない。客を騙すような商売は、自分の価値を下げると俺は信じている。
「正直、軽はずみに出来るとは言えないですね、現状」
鍛冶という技術を必要とする人間がいなくなった。
だから、ゴーレム自身が何を目指して鍛冶をしていたのか分からなくなった時に導けるヒトがいない。これはもしかしたら静かな帝国のピンチなのかも知れなかった。
五日後、黒螺子堂に出勤した俺とファムを待っていたのは、出掛ける準備万端の店主だった。
「見つけましたよ、クロードさん」
「え、何の話?」
「鍛冶屋です」
脳内変換と検索。前日のバレルさんとの酒のせいで、今朝は頗る頭の回りが悪い。カジヤ、カジヤ……お、ヒット!
「えーと……ああ! 居たんですか、鍛冶屋!」
思わぬ朗報に、脳がちょっとしたアハ体験を覚えた感じになる。
「はい。まあ、百何十年も前に廃業したお爺さんですけどね」
どうやらまだ酔っているらしい、俺は。ファムに頼らず一人で歩けたんだけどなあ、青銅の腕亭からここまで。ダメだったか。
「……は? え? アンデッド?」
「何を言っているんですか、クロードさん」
「いや、あなたが何を言っているんですか、イルマーさん?」
二人して顔を見比べる。一応言っておくが、アラフォーのおっさんの顔に俺が思う所はまったく無い。絶無だ。
「……ああ! そうかそうか! そういう行き違いですね!」
店主がポンと手を打つ。行き違い? いやあ、分からん。
「だから、なんなんですか?」
「ドワーフです! ドワーフなんですよ!」
「ド、ドワーフ?」
……ここ、そういえば異世界だったな。ちょっと適応始まってて忘れてたわ。




