第15話 敗者の美学
「あれ? クロードさんは知りませんか、ドワーフ」
そんなもん当たり前の常識レベルで知っている。ファンタジー作品ではエルフと双璧を成す亜人オブ亜人。鍛冶と採掘と酒の種族。低身長で横に太く、見た目に似合わず手先が器用。
そして、作品にもよるが、ヒューマンよりも長寿命とされている事が有る。この異世界ではこれらしい。
「ドワーフ……聞いた事くらいは。ただ、伝え聞きなのでどこまでが本当かは分かりかねます」
イルマーは俺の言葉に一つ頷いた。
「ああ、そうでしたか。なら、行き違いは仕方が無いですね。ドワーフはヒトの倍生きるんです。だから、鍛冶の経験者が生き残っていたんですねえ。いや、アタシも実際驚きました」
「百数十年前に鍛冶をしていたんですよね。となると幾ら人間の倍生きると言っても、そのドワーフは結構な老齢では?」
「ええ。クロードさんの言う通りです」
黒螺子堂の店主はつまらなそうに頬杖を突いて舌を出した。
「死にぞこないですよ」
イルマーが悪態を吐く所を見るのは地味に初めてかも知れない。普段見ない雇い主の様子に、多少強引であろうと話題を変えるチキンな俺である。
「一番ビックリするのは百数十年前ですか、そんな前に鍛冶が廃れていた事ですよ。いや、ゴーレム文明ってこういう面が怖いなぁ」
「そうですねえ。ゴーレムは便利なものだとばかり思っていたんですが、頼り切るとこういった事態が起こるんですね。アタシも初めてのケースですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。多分、今回もクロードさんが居なければ表面化しなかったんじゃ有りませんかね」
事故を事故だと認識出来る人間が居ないなら、それは事故ではないって理屈か。分かる話だ。
「あー……そういう」
「そういう事です」
「しかし、よくそんなドワーフが見つかりましたね」
イルマーさんの人脈の広さには脱帽を通り越して絶望一歩手前である。前世の俺の電話帳に登録されていた……いや、この話はやめておこう。
狭く深くがモットーでやらせて頂いております。
「実はウチのお得意様にはこの街の領主様もいらっしゃいまして」
「はあ、領主様」
「そこに出入りしている研ぎ師のドワーフ爺さんが件の元鍛冶屋だったんです、ハイ」
「研ぎ師。なるほどねえ」
鍛冶の技術は廃れても、出来上がった刃物を研ぎ直す仕事は残っていた、か。いや、それすらもゴーレムにやらせていそうなものだが、きっと領主様の持つような美術品級の業物は、ゴーレムに任せられなかったのだろう。
そのお爺さんは鍛冶が無くなった後も細々と、ドワーフの「感覚」が求められるニッチな領域で生きていたわけだ。
なんか溜息が出る。ゴーレムと人の手との差は、そこに責任が生じるか否かしか無いのかも知れない、なんて思ってさ。
「で、今からそのお爺さんの所へ行くんですか?」
「ええ、そのつもりですよぉ。領主様からのお墨付き……とまではいきませんが、話を通す手配は済ませてあります。ただねえ、クロードさん」
靴を履き替え始めたイルマーが、ちらりとこちらを振り返って蛇じみた胡散臭い笑みを浮かべた。
「あの手の『生き残り』ってやつは、総じて面倒くさい性格をしてるのが相場なんで、覚悟して下さい」
「まあ……ある程度の想像はつきますよ」
前世のIT業界ですら嫌な老人は居たものだ。時代の波に取り残された旧世代の重鎮ってヤツ。ロクにフロントラインの学習もせず、二昔前のプログラミング言語しか使えないのに威張り散らして、一人では何も出来ない……あ、これは前世で一番嫌いだったヤツの話。
それに比べれば職人ってヤツは幾分マシだ。
自分の技術に絶対の自負があるからこそ、ゴーレムを憎み、若造を軽蔑しているタイプの職人。
それで良い。
今回はそれが一番欲しい。
俺たちはエンジナの外縁部、比較的貧しい人たちが肩を寄せて暮らしているという、薄暗く寂れた感じのする一角へと足を踏み入れた。
かび臭さとしつこい湿気。日の光が十分に届かないほど家屋が密集している「そこ」の空気は有機的で、でもどことなく冷ややかだった。
程なく、目指す小屋の前に到着する。
立て付けの悪い扉を開けると、奥でしゃがみ込んでいる低い背格好の影があった。ジャリ、ジャリ、と規則的な音が小屋に響いている。砥石にナイフを滑らせる音だ。
「どうも、ガネイラさん。お久しぶりです。実はお願いが有りまして、こうしてまかり越しました次第です」
イルマーが声をかけると、老ドワーフの作業の手が一瞬だけ止まった。だが、振り返りもせずに重い声が返ってくる。
「何をしに来た。帰れ」
「……ええ?」
「話くらいは聞いて貰えませんか、ガネイラさん」
問答無用で「帰れ」発言を受けては流石に相手がバッドコミュニケーション過ぎて困惑する。そんな俺を尻目に、第一声が門前払いなのは想定内だとばかりの俺の雇い主である。
心臓に補強材でも入ってんのかね、このおっさん。
「ふん、ドワーフに話をしたいなら必要なモンが二つ有る」
「それはなんでしょう?」
「一つは敬意だ。じゃが、ワシは尊敬されるような男ではない。少ない研ぎ仕事で糊口を凌ぐだけのみすぼらしい爺じゃ。だから、お前さんらに敬意を求める事は出来ん」
ええと……彼の発言は京言葉的な、やんわりお断りしているようにしか俺には聞こえなかったがしかし、本当にガネイラさんはそのニュアンスなのだろうか?
「それは一体どうしろって言うんですか」
「さあの」
おいコラ。ボケてんのか、爺。それともその年齢で構ってちゃんか?
「二つ有るならもう一つは何ですか、ガネイラさん。アタシに用意出来るものなら出来る限り用意させて頂きますよ」
「イルマー。もう一つはな」
「はい、何なりと」
「酒だ。味はどうでも良いが酒精の強いヤツだな」
ドワーフと言えば酒豪。酒豪と言えばドワーフ。はい、ここテストに出ます。
イルマーさんにとってもこの程度は正答して当然だったようで、彼は背に背負っていた荷袋を床に下ろすと、その中から茶色の瓶を二本取り出した。
「酒なら持ってきましたよ。アタシもドワーフとの付き合い方くらいは知ってますから」
「ふん、抜け目無いの、イルマー」
「ええ。ご存知の通りです。では、これで話半分で聞いて頂けますね、ガネイラさん?」
敬意と酒。二つ揃えばドワーフに話を聞かせられる。一つなら話半分だが、こちらの話には付き合って貰うぞ、と。
流石は商人のイルマーである。交渉が手放しで上手い。
「そういう所も抜け目の無いヤツじゃ」
「これで食ってますんで」
老獪さで俺はイルマーには及ばない。なら、俺は俺なりにこの偏屈なドワーフ老人と会話を試みてみよう。
「……ガネイラさん」
「なんじゃ」
「誇りってなんですか?」
「若いのには分からんかも知れんな」
「それでも構いません。あなたの誇りを聞いてみたい」
「ワシの誇りか」
「はい。それを聞いて、尊敬しようと努力したいと思います」
イルマーが行った説得術の逆、搦め手無しの直球で挑む。そんな俺を老ドワーフは笑った。大声で笑った。
「がっはっは。イルマー、なんだ、この面白い若いのは!」
「面白いでしょ?」
「ワシの誇りか……忘れてしもうたの」
「忘れた?」
ドワーフは研いでいた美術品らしい短剣をテーブルに置いて、それをどこまでも眩しそうに眺めながら言った。
「もしくは失くした。炉の火と共に消えたでも良い。鉄を打つのが誇りだったのか、鉄と共に生きる事が誇りだったのか、鉄を一番知っている自負が誇りだったのか」
「それは全て同じでは?」
「全然違うな」
鉄を打つのは行為、鉄と共に生きるのは姿勢、鉄を一番知っている自負はアイデンティティ。彼はそれを失っているから、どれに該当するのかすら思い出せない。
いや、本当に失っているのか?
「難しい話ですか?」
「どうかの。とは言え、取り戻す事は出来んだろうのう」
「クロードさん、あなたは一体何を聞きたいんです?」
イルマーが聞く。考える。俺はこの人の何を一番聞きたいのか。そして、すぐに答えは出た。
「えーっと……ガネイラさん、あなたは鉄が好きですか? 鍛冶が好きですか?」
鍛冶を失って百数十年、それでも鉄を触る仕事に携わり続けた老人に、それは問う必要すら無かったかも知れない。
彼の磨いた短剣は、それはもう美しい刃紋を俺達に見せつけていた。
「……話だけは聞いてやる。イルマー、何をしに来た?」
「ちょっとガネイラさんに見て貰いたいものが有るんですよ。ファム、例の物を」
『かしこまりました、イルマー様』
ファムがずっと抱いていた包みをドワーフ用の、ヒトには少し背丈の低いテーブルの上に置く。結び目を解いた中から出てきたのは二振りの剣。
衛士隊のゴーレムが今年打った剣と、三年前に打った剣である。
「二振りともゴーレムの打った剣です」
老ドワーフは鼻で笑い、一瞥したのみ。以降、視線すら向けようとしない。
「ふん、ゴーレムの打ったなまくらなど見とうもないわ。均一で、狂いが無くて、何の面白みも無い鉄の塊じゃ。引っ込めい」
「ここだ」と思った。「ここしかない」とも思った。
言葉を紡げば俺は偏屈なガネイラ爺さんに殴られるかも知れない。でも、それでも良い。
たった一行の不純物で動かないシステムを目の当たりにして、コードを触らないエンジニアなんていない。
「それが……その程度が職人の目とやらですか」
俺は意図して挑発した。わざとガネイラの人生の時間への敬意を捨てた。
これに乗ってこないなら、彼の「職人の誇り」とやらは本当に枯れていると考えた。
「本当に均一で、一切の狂いが無いですか? この二振りの違いが分からないなら、あなたに話を聞いて貰うまでもありません。俺は帰ります」
「ふざけておるのか、小僧!」
ガネイラがぶるぶると震え、激昂する。だが、その反応は「火が消えていない」ということ。ガネイラさんは職人としてまだ死んでない事を俺はこの時、確信した。
畳み掛ける。ようやく見つけた燻る種火を、炎へと変える為の風を送る。
「握れば分かる。素人にはこの程度の違いも分からんのか。……そういうのが聞きたかったんですけどねえ、俺は」
「若造が、舐めるな! こんなものは少し叩いて音を聞けばすぐに、」
ドワーフは裏拳で二振りの剣を叩きながら吐き捨てるように言う。しかし、その言葉は最後までは続かなかった。
「……どういう、事じゃ」
彼はそれだけ言って、二振りの剣を交互に見、握り、振り、叩き、音を聞き、そして眺める事を数度繰り返した。
「焼きが甘い」
「粘りがない」
「刃持ちが悪い」
「重心が死んでいる」
「この厚みならここまで削ってはいけない」
彼がぶつぶつと呟く言葉は聞こえるかどうかの独り言だったが、俺には通訳の超高性能ゴーレムがいる。ファムの耳は職人の復活を一言一句余さず拾い上げる。
やがて、一通りの見聞を終えたガネイラさんが俺とイルマーさんに向けて言った。
「鍛冶によって手を潰すドワーフも、目を焼くドワーフもいなくなった。それはそうだ。ワシは最初、それは良い事だとも思った」
彼は剣を床に置き、イルマーが持ってきた酒を木製のカップに注ぎながら話し始めた。
「けど、仕事はなくなった、ですか」
「いや。仕事などどうでも良い。大切なのは誇りだ」
「誇り、ですか」
老ドワーフはちびりと舐めるように酒を飲む。それはまるで、喋る為に喉を湿らせるだけだと言わんがばかりに。
「そうだ。職人の誇りだ。我々の誇りは、大量生産品に負けたのだ」
「ROI(投資利益率)……いえ、生産効率を考えたら、そうなるのが道理ですね」
「そうかもな。だが、だからこそワシは少し心がすく気持ちだ。ゴーレムごとき、所詮この程度だと」
「気持ちは分かります」
「分かるものか! なんだ、そのなまくらは!」
徐々に職人の顔を取り戻しつつある男は、自らの膝に力いっぱい拳を落とした。
「我々から鍛冶を奪っておきながら、その体たらくはなんだ! 『俺』たちを要らなくしたほど優秀な存在なんじゃろうが、ゴーレムは!」
若き日の血気盛んなドワーフが、彼の目には戻ってきていた。
「俺たちの誇りが負けた相手だからこそ、せめて俺たちより上であってほしいだろうが……」
俺には想像もできないほど長い時間、鉄粉を皺に刻み込み続けた、カップを持つ彼の手は震えていた。
「敗者の美学の……どこが悪い」
この人で良い。この人が良い。
俺は力なく項垂れる男を見下ろして、高揚していた。
「理想的だ」
この職人はこれ以上無い適格者だ。




