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第16話 ガネイラ

 俺の漏らした一言にガネイラの肩がピクリと震える。


 ガネイラは気付いている。二振りの剣の違いに。それは彼の剣を見聞する様子から素人目にも透けて見えていた。


「その二本の剣、どちらがより『なまくら』かがあなたには分かりますね?」


「こっちだ」


 ドワーフは二本内の一本を握る。俺にはパッと見では違いが分からないから、混在を防ぐためにそれには印がされていた。


 柄が青いのは今年のもの。彼の握っている剣だ。


「似たり寄ったりで屑鉄だが、こちらの方がより鍛えが甘い」


「完璧です。先ほどまでの失礼をお詫びします、ガネイラさん。あなたの誇りはまだ死んでいない」


「何だと? 誇りが、死んでいない?」


「親父さん、ゴーレムと一緒に鉄を打ちませんか?」


 俺は核心を切り出す。大丈夫だ。この職人なら絶対に乗ってくる。いや、乗ってこない理由が無い。


「若いの、お前さんワシをおちょくっているのか? ゴーレムと一緒に、じゃと?」


 ガネイラが俺を睨む。そこには「そんなみっともない真似が出来るか」と言葉にせずとも書いてあった。


 だが、俺は知っている。見栄を気にするだけのような人が、研ぎ仕事に従事する理由はない。そこにあるのは鉄から百年以上もの間離れられなかった、ドワーフとしての呪いのような信念だ。


「聞いて下さい。ゴーレムは大量生産は得意です、確かに」


「知っとる。だからワシらは負けたのだからな」


「けど、ゴーレムは品質の長期的な維持は不得意なんです」


「……何?」


「この剣が証拠でしょう。ゴーレムは徐々に、しかし確実に鍛冶製品の品質を落としている。青い柄のものが今年の、赤い柄が三年前のゴーレム製となります」


 彼の疑問を確信に変える。その瞬間、ドワーフは顔をぐしゃぐしゃに歪めた。


「逆では、ないのだな」


「はい。ゴーレムは品質を見失いました。だから、ゴーレムには品質管理者が必要です。そして、あなたはそこに理想的だと俺は考えました」


 老ドワーフは一気にカップの中の酒を呷った。その仕草が俺には景気付けに見えた。


「分かりやすく言え」


「親父さん、羊の群れを統率する、アンタは牧羊犬になれる」


 俺は空になったカップに祝いの酒を注ぎながら言った。彼のカップを握る手は年輪が皺となって刻まれてはいたが、しかし無骨で太く、衰えを感じさせない巨石のような力強さが有った。


「……ワシがゴーレムの面倒を見る犬じゃと?」


「群れを管理できるのは、群れのことを知っている奴だけだ」


 ガネイラの誇りは、ここから再開するのだとばかりに俺は宣言する。


「ゴーレムには出来ない仕事が、まだアンタには有る。それを俺たちは伝えに来た」







 その日、老ドワーフは衛士詰所敷地内に有る鍛冶炉の前に座っていた。


「……久しぶりじゃの」


 彼が言うその横ではゴーレムが淡々と大量生産する鎚の音が、施設の中を規則正しく跳ね回っている。


 相も変わらずここは熱い。だが、その熱さの中に有って、炉の前に座っていてすらガネイラは涼しい顔で燃え盛る炎を睨み続けていた。


 その眉間には深く皺が寄り、額からは汗が滴るも彼は微動だにしなかった。思わず声を掛けてしまう。


「大丈夫ですか? 久々だとは思うので無理はなさらないで下さい、ガネイラさん」


 俺の言葉は、既に彼の耳には雑音としか聞こえなくなっているようだった。俺と彼の会話は噛み合わない。


「百数十年振りじゃ。よもやワシが炉の火の前に戻ってくるとは思わなんだ」


「えっと?」


「若いの、ゴーレムが打ったという『なまくら』を持って来い」


 ガネイラの要請に、ファムが一振りの剣を彼へと手渡す。アレは柄が緑だから六年前のものか。確認されている中ではまだマシな部類の一振りだ。


『どうぞ、ガネイラ様』


 老ドワーフは剣を握ると、それを自分の目線の高さで地面に対して水平にした。右目を閉じ、左目だけで刃をじっと見つめて、言った。


「これも刃が甘いの。冷ましが中途半端じゃ」


「冷まし?」


 彼の目には俺たちには見えないものが見えている。それだけしか分からない。


「叩きの回数も足りとらん」


「た、叩き?」


「重心も悪い。刃と身のバランスもてんでダメじゃ。見た目だけ取り繕った紛い物よ、これは」


 もしかして適当言ってたりしないだろうな、と俺の頭に一抹の不安が過ぎる。いやいや、流石にそれは無いだろう。


「手に取っただけで分かるものなんですか!?」


 衛士隊出納役の男が「信じられない」と声を上げる。五秒遅かったら俺が一言一句同じ言葉を言っていたに違いない。そして、ガネイラの爺さんに睨まれていたのだろう。


 男の疑問にガネイラは答えなかった。が、俺の視点からはしっかりと確認出来た。


 老ドワーフの口角が少しだけ、ほんの少しだけ跳ね上がったのを。


「……鎚を寄越せ。軽く直してやる」


 ガネイラはそれだけを言って、また炉の火を見つめた。





「まあ、こんなものだろう」


 一時間後、ガネイラは鎚を置いた。彼が手直しした剣は今は冷却用の油に浸かっている。ドワーフの額からは滝のような汗が流れ、蒸発して湯気が立っていた。


「終わった……んですか?」


「とりあえず、だ。とりあえず一番目障りなバランスを弄った。大分違うはずだ」


「バランス?」


「振れば分かる」


 職人は説明をしない。〇〇すれば分かる、で説明出来たと考えている。いや、ロジックとしては理解出来るんだ。


 「論より証拠」と「百聞は一見に如かず」の合わせ技だろ? だけど、俺に剣の良し悪しなんて分からないぜ、爺さん?


「失礼して。振らせて頂いても?」


 俺がどうしようかと悩んでいると、それを見かねた出納役の衛士さんが評価役を買って出てくれた。彼は油まみれの剣を布で丁寧に拭った後、柄に慣れた様子で革紐を巻き付けていく。


 え、この人もしかして文武両道の方? そもそもホワイトカラー専門ではない感じ? いや、体つきは「鍛えてんなあ」とは思ったけども。マジですか。


 青年は打ち直された剣を両手に持って振り回す。剣舞を披露しているかのようで、素人が言うのもなんだが、なかなかに堂に入っている。


「ガネイラさん、打ち直す前の物と比べさせて頂いても?」


「好きにしろ」


 老ドワーフの許しを得て、彼は腰に差していた既存の剣と差し替え、そして振り回す。イルマーがその剣舞を見て感心したように拍手をしていたが、けっして見世物ではないのだよ?


 少しで良いから空気を読んで欲しいなあ、我が雇い主ながら。


 衛士さんは更にもう一度、ガネイラが打ち直した鉄の剣を振るい、そして言った。


「かなり違います」


 傍目にはあまり変わり映えの無いその二振り。しかし、その内情は何よりも振り比べた人間の表情が物語っていた。


「だろうの」


「一体、何をされたのですか、ガネイラさん。どの向きで振ってもまるで剣がブレない」


「バランスを直した。ただそれだけじゃ。それだけで刃が真直ぐに当たるようになる。少しは壊れにくくはなっちょるはずだ」


 飾り気の無いドワーフの言葉に感嘆の溜息を吐きつつ、打ち直された剣をしげしげと見つめる衛士さん。見入ってる。なんだろう。俺には入っていけない世界だとひしひし感じるね。


 そしてまあ、褒められれば仏頂面を気取る職人も内心では気を良くするもので。老ドワーフは衛士に向けて人差し指でジェスチャーをした。


「お前さんの腰に提げとる『なまくら』も寄越せ。仕方無いから直してやる」


 お前、えらい変わりようやんけ。そんなツンデレドワーフだったか?


「よろしいのですか?」


「一本も二本も変わらん。作業着が汚れたなら何本でも一緒じゃ」


 ファムに手渡された果実水を一息に呷り、額の汗を手拭いで拭いながらガネイラが言う。


 その様子を見て俺は安堵する。やはりこの人で正解だった。俺の目に狂いは無かった……って、あああっ!?


「に、二本目に取り掛かるのはちょっと待って! 待って!」


「なんじゃ、水をさしおって」


「衛士さん、ゴーレムの生産ライン全部止めて! いったん全員集合! どこをどう直すかをしっかりと教育させないと!」


「そんなモン、打ち終わった剣を見ればどうやったかなど分かるじゃろうが」


 出た、職人の超理論。やれば出来るとか、見れば分かるだとか! 前世で散々聞いた。だけど、俺は声を大にして言いたい。


 そんな訳無いだろうが!


 どうやったらプログラムコードを見て、そのコードをどうやって思いついたかが理解出来るって言うんだ! 思考の順路をまず教えろってんだ、馬鹿野郎!


「いや、それじゃゴーレムに教えられない! ゴーレムに! ゴーレムに修正箇所を教育しないと意味が無いんですう!」


「なら、早く用意をしろ、若造。ただでさえ老い先短い爺が耄碌しても知らんぞ」


「は、はい! ただいま!」


 老ドワーフに急かされて、元アラフォーが小間使いとして走る。異世界でも下っ端ムーブが抜けてくれないのは骨身に染みているからか。


 俺ももっと英雄的な異世界転生がしたかったなあ。





 その日の夜、ガネイラさんは酒を飲みながら語った。


「どれだけ前だったか。鍛冶では食っていけなくなった。


その頃のワシはまだまだ鍛冶屋としては大したことはなかった。


ワシの親方は私財をなげうってワシらを鍛冶屋として鍛えた。


親方はなぜそんなことをするのか、とずっと思っていた。


もう鍛冶で食える時代は終わったと、あの頃のワシらは肌で理解していた。



やがて、親方が何もかもを失う頃、ワシらはようやく鍛冶屋として完成した。


ワシは問うた。なぜもう終わった技術を伝えようとしたのか、と。


背を歪ませた親方はこう言った。



ドワーフの誇りだ、と。



ワシには分からなかった。ドワーフの誇りとは、敗者として惨めたらしく敗者に甘んじろ、と。


そういう呪いだとすら思っていた。


若き日々を鍛冶に費やし、鍛冶以外ろくに出来なくなったドワーフを作る事で親方は意趣返しでもしているのではないかと。



……違ったのだな。



……違ったの、だな」



 彼はカップの中の酒に向かってそう言った。誰に向けてとかではなかったのだろう。その場に偶然、俺たちが居ただけなのだ。


『ガネイラ様の親方様は、こういう事態を見越していたのでしょうか?』


 ファムが俺に問いかける。その声は日本語なのでガネイラには届かない。俺はファムに通訳は不要と前置きした上で、俺なりの解釈を話す事にした。


「ガネイラさんの親方はきっと未来にこうなることを見越してなんていなかったよ。それが出来たら天才どころの騒ぎじゃない。未来予知さ」


『では、なぜその方は弟子の方々に稼ぐ事が出来ない技術を伝承したのでしょうか。前後の文脈の合理的な接続が出来ません』


「そうだねえ……ただ、親方さんは彼の言う通り『彼の考えるドワーフの誇りを弟子に遺した』だけなんじゃないかな」


 俺は煙草を吸って、吐いた。今日は久々に、地球から唯一持ち出せた「フェイバリット」を一本だけ喫う事を自分に許している。そんな気分だったからだ。


「きっと、誇りあるドワーフを作ろうとしただけ。自分に遺せるものを遺したってだけなんだと思う」


 ドワーフの誇り。ガネイラさんの親方にとってのそれは宝物だったのだろう。だから、譲った。真相はそんなもんだ、どうせ。


『では、クロード様は今回の事件とガネイラ様の結びつきは単なる偶然である、とお考えですか?』


 俺はファムに向けて、ニヤリと笑って頷いた。


「それで良いんだよ」


 目の端ではガネイラさんが三杯目のエールを飲み干した所だった。


「明日、墓参りに行ってくる」


 そう、それで良いんだ。






「イルマー」


「なんでしょ?」


「良いのを見つけたな」


「あげませんよ?」


「ふん、抜け目の無いヤツじゃ」


「どっちがですか」


「違いない」


『という話がクロード様が離席した時にお二人の間で行われていました』


 トイレで離席して戻ってきた時にファムが言った。なんならまだまだ、お酒の席は続きそうで。イルマーさんとガネイラさんは少し離れた所で飲んでいたのが不幸中の幸いか。


 俺は衛士の出納役さんと一緒に飲んでいたからな。ちなみに彼の名前はマギストス。この酒の席を用意してくれたのも彼である。彼には散々に頭を下げられてしまった。


「しかし、飲みながら、どんな顔をすれば良いのか分からなくなるような事を報告するの、止めて欲しかったなあ、ファム」


『私には判断がつきかねます。クロード様が褒められているのは、是非とも本人の耳に入れておかねばならないと愚考致しました。申し訳ありません』


 きっと、今の俺は日中衛士の皆さんに褒められまくっていたどっかの爺さんと似たり寄ったりなんだろう。自分でも分かる。頑張って無表情を貫こうとして、ピクピクと頬が動いてしまうのが恨めしい。


「あー、これは俺の発言の方が間違ってるヤツだなあ」


 ファムの方が正しい事だって、往々にしてある。それは、俺の心の高揚が証拠である。





 宴もたけなわの折、ガネイラさんがカップを持ったまま俺の対面にドッカリと座り込んできた。


 彼は随分とお酒が入っている。ドワーフだというのにだらしない。目がしっかりと据わっているじゃないか。……俺は何を言われるんだろう、これから。怖い。


 余計な事しやがって、とか? いやいや、まさかね。流石にそれは……無いよな?


「が、ガネイラさん、何か?」


「誇りの無いドワーフはドワーフではない」


「は? ああ、いや、そうですね」


「名前を教えろ、若造」


 そう言えば、俺は一度もガネイラさんに名乗っていなかったかも知れない。


「クロードです。クロード=ソール」


「そうか。クロードか。クロード、お前さんは誇り有る立派なドワーフだ。ドワーフには敬意を払わねばならん」


「敬意ですか? ってか、ドワーフ? いや、俺はヒューマンですよ?」


 老ドワーフは100年越しの呪いを吹き飛ばすように盛大に笑った。笑って、飲んで、注いできた。


「ドワーフには敬意と、それと酒だ。飲め、クロード!」





 この後少しして、ガネイラさんは人生で初めての弟子を取った。

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