第17話 ゴーレム馬車
「なぜ、馬車専用ゴーレムを造らないのですか?」
「コストとメンテナンスの関係ですね。やはり汎用はそこが強みですよ、クロードさん」
ガネイラさんの一件から数日が経過した。今現在、俺はゴーレム馬車に乗って一路、ドワーフ自治区へと向かっている。毎度お馴染み我らがキモ店主、イルマーさんと通訳のファムも一緒だ。
そして、もう一人。
「なんで、護衛なのに寝てるんですか、あの人」
「モルト君は我々が寝ている間、起きているのが仕事ですから」
最後の同行者はエンジナ門番のモルトさんだ。やたらと快適な馬車の一角の簡易ベッドで昼間から一人寝息を立てている。「昼間から寝るには酒飲まないと」とか言って彼はアルコールを摂取して。だからだろう、かなりいびきがうるせえ。
不安だなあ、この護衛。いや、腕は知ってるけど……けどなあ。
ノー警戒で熟睡中のこのだらしない顔見てるとどうしても疑念が湧く。
「馬車が快適なのがいけないんです。揺れも少ないし」
「道が良いんですよ」
どこまでも続く青々とした海のような麦畑を車窓から見るイルマーさんが言う。景色に代わり映えが無くてこちらもちょっと眠そうだ。
「道が良い。確かにそうです。でも、こんなのどうやって維持して……聞くまでも無いか。これもゴーレムですよね」
「その通りです、クロードさん」
「労働力がただ同然になるって本当にえげつないんですねえ」
現代地球では考えられない無限の労働力が生み出すのは、街道の左右を視界の果てまで埋め尽くす麦。地平線ならぬ麦平線が見えるとか、地形まで弄っているのだろうか。
いや、まさか。
まさか……ねえ? あ、ダメだ。考えたら怖くなってきた。話題転換。
「ファム、なんで『馬』車なんだ? 馬は?」
『昔は使われておりました。この乗り物が馬車と言われているのはその名残です』
お馬さんすらリストラされるとか、本当に異世界ゴーレム文明は全盛期。この世をば、我が世とぞ思う、ゴーレムの。きっと道長もそんな風に詠うに違いない。
ちなみに、馬車の前方では、二体の無骨なストーンゴーレムが並んで太い木製の柄を掴み、黙々と走っている。シュールな光景だ。
「馬型ゴーレムとかの方が四つ足だし、速そうだけど」
そう、このゴーレム馬車唯一の弱点はそれほど速くない事だ。前世で言えばゆったり漕ぐママチャリくらいの速度で俺たちの乗った車は麦の海を進む。
『クロード様、馬型ゴーレムでは両手で馬車を持って進むという事が出来ない為、悪路に遭遇した場合に対応出来ません』
「その発想は無かった」
パワープレイ過ぎる。だが、圧倒的腕力を持つ人型ゴーレムの正しい運用方法ではあるか。
「一応、帝国軍には速い馬車が有りますよ」
「ん? イルマーさん、なんで民間にはその速い馬車が無いんです?」
軍事目的だからか? 悪用とか横流しされたら困るから? いや、所詮馬車だし、そこまで気にするものかなあ。
「必要無いからですね」
「どういう事です? 高速移動手段が必要無いとか俺には意味が分かりません」
「いや、考えてみて下さいよ、クロードさん。人間は基本、暇なんです」
ゴーレムによって労働力がほぼ無料。人間は基本暇。時間を余らせている。だから、根本的に移動を急ぐ理由が無い。これは見事な三段論法。
今日も順調に俺の異世界ファンタジーは未知の方向へぶっ飛んでいる。
「俺の中の常識が壊れていくんだよな……」
ゴーレム馬車は夜間も関係なく走る為、馬車の中には寝台が有るし、住環境がある程度整えられている。どっちかと言えば寝台列車にその印象は近い。その分、一台に乗れる人数は少ないが、それは些細な問題だろう。
ゴーレム馬車乗り場、かなり車数有ったから。客が来るまでの待機コストまでほぼゼロってなったらそれは数を揃えない理由が無いのである。
「クロードさんの故郷って、そんなにゴーレムが希少だったんですか?」
「……そんな所です」
ああ、どうかそんな目で俺を見ないで欲しい。イルマーさん、俺は異世界転生しただけで断じて可哀想な子とかでは無いんだ!
「だから、俺は色々と不思議なのですけど……そうだ、ファム、街道沿いに宿場町とかは無いのか?」
『ございます、クロード様』
言ってファムが微笑む。それはちょっと楽しみだ。流石に麦の海は十分も見れば見飽きてしまった。こう、全てが同じだと注意を引くものが欲しくなるというか。
『着くのは明日の昼頃と予測しております』
「スパンが長い!」
どうしてもっとこまめに作らないのか。道の駅みたいなものだろ、現代で言う。なら、一時間に一個は有っても良いはずだ。ゴーレムの足がどれだけ遅いとは言っても三時間に一か所くらいは有っても良いはずだろう?
「クロードさん、さっきの速い馬車の話と同じです。需要が有りません。需要が無いとは、その施設ではお金が稼げないという意味です」
「需要が無い? そんな馬鹿な」
「昔はこの街道沿いにもたくさん有ったらしいですけどね。ゴーレムが運送をするようになってめっきり減ったそうです」
トラック運転手がいなくなれば道の駅は減る……確かにそうかも。
「ゴーレムの足で二日ほどの距離毎に有れば補給に不便は有りませんでしょう? ああ、トイレの時は言って下さいね。馬車を止めますんで。男ばかり、急ぐ旅路でもないので、気兼ねなくどうぞ」
ファムは……まあ、性別とか無いしな。ファムだけど。
それにしてもトイレか。馬車で移動中、トイレに馬車から離れた所を襲撃とか何かの本で読んだ事が有る。その辺はどうなんだろう?
「山賊的なものは出ないんですか?」
「あはは、クロードさん、ファンタジー小説の読みすぎでは有りませんか?」
「……ええ?」
麦畑に飽き、俺の向かいの座席でゆったりと足を伸ばして本をめくっていたイルマーが顔を上げる。乗り物酔いとか平気な人みたいで羨ましい。
「では、暇潰しに考えてみましょう。人が犯罪を犯すのはなぜですか、クロードさん?」
「お金が欲しいから?」
「それは一番の理由では有りませんね。一番の理由は『生きていく為にやむを得ず』です」
「そうかも。少なくとも俺はそっち側ですね」
「でしょう? ですが、帝国では基本的に飢える事はありません」
あ、それは知ってる。ベーシックインカムの事をこっちではなんて言うんだったか。人頭税の逆だから、ええっと。
「……人頭給付」
「はい、その通りです。でもって、移動は基本的に馬車。すると、少なくとも山賊はゴーレムを二体相手にしなければなりませんねえ」
イルマーは前方を指さした。岩でできた無表情な巨体。俺なら開始のゴングと同時にサレンダーである。
だがしかし、ヒトが敵わないならばゴーレム、というのがこの異世界の鉄則である。ゴーレムにはゴーレムをぶつけるんだよォ!
「ゴーレムの魔術回路を犯罪に使えるように書き換える腕が有るなら、そもそも山賊になる必要が有りません」
あ、ハイ。そうですね。俺が浅はかでした。穴があったら入りたい。ゴーレム技師は人手不足な上に高級取りですし、そりゃそうなりますわ。
「ちなみに汎用のストーンゴーレムであってすら一対一で相手をするとなると、モルトくんでも骨が折れるらしいですよ。彼も相当強い方なんですけどね、人の中では」
モルトさんの強さはダンジョンへ行ったときに直接見ている。それこそ、化け物じみた強さだと大いに戦慄したものだが。それがストーンゴーレム一体と同等ですか、そうですか。
この世界のゴーレムの性能がつくづくおかしい。
「それは……一体どうやって山賊しましょうか?」
「クロードさん!?」
俺の呟きにイルマーさんがドン引きしている。しまった。やってしまった。ほら、鉄壁のセキュリティとか見ると逆に穴を探したくなるじゃない。アレだよ、アレ。
え、ならない? おっかしーな。職業病か?
……業だったりしないだろうな。
「費用対効果が合わない、というのは重々理解出来ました」
「ええ。お金を稼ぎたいならダンジョンに潜るべきですね。山賊なんて事をするよりもよっぽどローリスクですよ」
ダンジョンに潜るよりも山賊する方がハイリスクな世界とか初めて聞きましたけどね、俺は。そりゃ絶滅危惧種だわ。保護しないと(錯乱)。
「となるとダンジョンクロウラーって、結構多いんですかね」
俺の質問にイルマーさんは人差し指を二度振った。
「いいえ。命を賭け金にする必要がありますから、数もそれなりです」
「厳しい現実ですか」
「そうでもないとアタシは思いますけど」
「その心は?」
「ゴーレムに教育して貰えば、熱意と才能次第ですがゴーレム技師になれます。必要な道具は借金して買えば良い。勉強も借金もやりたくないだけなんですよ、大多数は」
世界が変わってもヒトはヒトである。大多数は楽な方に流れようとする。評価関数アルゴリズムみたいじゃないか。
「真理ですねえ……いや、ゴーレムがそれだけ強いのなら、今回モルトさんに護衛を頼んだのはなぜです?」
「……野生動物はゴーレムではどうにもなりませんから」
「はあ……はあっ!?」
なんでだよ。ゴーレムは強いんじゃなかったのか? それとも、相性の関係? いや、そんなのって有るか?
俺の本気の困惑を見て、イルマーはとても苦い顔で教えてくれた。
「産業を妨害するような害獣でない限り、生命尊重の基本原則が働きますので。野生動物も『命』としてカウントされるんですよ」
「いや、ヒトが襲われてる話ですよね?」
「はい。『このままでは乗客の生命の危機である』と判定してからゴーレムは動くのですが……判定が慎重過ぎて時すでに遅し、みたいな事が稀にありまして」
「笑えない笑い話ですね」
「まったくです。ですので夜間、もし襲撃された時にゴーレムに馬車を高く持ち上げさせるように命令させる役が必要なんですよ」
「それで、モルトさんですか」
確かにそれは昼間はしっかり寝ておいて貰わないと困るか。酒飲んでぐっすりが仕事とは、とんだ仕事もあったものだ。
「最悪、彼なら肉食獣の頭を物理的に叩き割れますしね。彼の雇用費は必要経費でしょう」
なるほど。ゴーレムが賢明であればあるほど、その「プロンプトの隙間」を埋めるために人間の生身の暴力が必要になる、と。
「……つくづく、この世界のシステムは泥臭いな」
俺は苦笑しながら、快適な馬車のシートに深く背を預け目を瞑った。
ドワーフの自治区まで、あと二日半。次から次に湧き出る疑問に、このどこかおかしな異世界を覗く旅はまだまだ始まったばかりなのを実感する。
なんでドワーフ自治区に向かう羽目になっているのか忘れてしまいそうな、そんなどこまでも平和な緑の海の中。二体のゴーレムは馬車を引いて走っていく。




