第18話 恥知らず
話を一度二日前に戻そう。俺はその日、いつも通りに黒螺子堂で仕事を済ませ、そして青銅の腕亭でこれまたいつも通りの晩酌を行っていた。
いつも通りで無かったのは、そこにイルマーさんがガネイラさんを伴って現れたことだ。店主が青銅の腕亭に来るのはそこそこレアだし、ガネイラさんに至っては初めてじゃないか?
二人は宿に入ってからキョロキョロと辺りを見回し、そして俺を見つけては当然とテーブルに同席してきた。
「この組み合わせは珍しいですね」
「こんばんは、クロードさん。実は我々あなたに話が有って来たんですよ」
イルマーが相も変わらずの胡散臭い笑みで言う。ガネイラさんは対称的にとても眉間に皺が寄っている。いや、このドワーフの爺さんはいつもそうなんだが、今夜はそれに輪をかけていた。
「ガネイラさん、どうしましょう。事が事ですし、とりあえず一杯飲んでから話しますか?」
「いや、イルマー。こういった頼みごとにワシは酒の力は借りん。しらふでなければ意味が無い」
どうやら、俺に話が有るのはイルマーさんではなくガネイラさんの方であるようだ。なんだろ。弟子にならんかとか、養子にならんかとか言われたら本気で面倒臭いのだけれど。
「クロード、恩人のお前さんに恥知らずにも一つ頼み事をさせてくれないだろうか」
「聞くだけ聞きましょう」
老ドワーフは二度三度、何かを言いかけ口を詰まらせた。口に出して良いものなのかどうかを彼自身も測りかねている、それは誰の目にも明らかだったろう。やがて彼は一つ深呼吸をすると席を立ち、俺の傍でそのゴツい体を屈め、両膝と握りしめた両こぶしを床に着けた。
ええ、なにこれ? そんなに畏まって……俺、中身はともかく見た目は十代後半だよ?
動揺する俺を尻目に、イルマーさんは老ドワーフを見下ろしてニヤニヤとしていた。何? 何が起こるんですか、と言うよりも早く、ガネイラさんは重い口を開いた。
「エンジナから三日ほど馬車で行ったところに故郷が有る。そこ、ドワーフ自治区には誇りを失ったドワーフがたくさん居る。
鍛冶が出来るものはワシに続けるだろう。だが、鍛冶を忘れ果てたもの、鉱山で働いていた者たちは、このままじゃ」
ガネイラさんは床に向けて血を吐くように言う。続けて、木板へと額を叩き付けて。
「どうか、お前さんの知恵で、やつらにも誇りを取り戻させてやっちゃあくれねえだろうか! 頼む! この通りだ!」
呆然、だった。思わず口に運ぼうとした串焼きを取り落してしまった。ファム、ナイスキャッチ。
は? え?
何? ドワーフの誇りを取り戻せ? 誰がお願いされてるの? 俺? 土下座までされて? 冗談だろ?
俺、英雄でも何でもない、ただのゴーレム技師なんですけど……。
「あ、断っちゃっても良いですよ、クロードさん」
混乱する俺をよそに、いかにも楽しそうににやけ面の黒螺子堂店主が言う。鬼か。お前、感情とかお母さんのお腹の中にでも置いてきたんか?
「い、イルマーさん!? こんなガネイラさんを目の前にして、アンタなんて事言ってるんですか!」
百歳越えの土下座ですよ、土下座!
「いえね。この話、先にアタシの所を通してありましてね。従業員を借りるのに、まずは雇用主に話を通す。分かりますでしょう? で、そこでのアタシの要求は『決して無理強いしない』ですんで。これくらいは言う権利が有りますよ。違いますか、ガネイラさん?」
「……イルマーの言う通りだ」
ガネイラさんは決してこちらを見ようとせず、けれどけっして立ち上がろうとせず、ひたすらに床とにらめっこをしたままに呟く。勘弁してくれよ、もう。
「いやっ……ですが……」
「本当に断って良いんですよ、クロードさん。だってこの依頼、報酬が有りませんから。完全にロハ(ボランティア)です」
イルマーさんには商人としてのブレない軸が有る。だから、彼はそこは譲らない。
「契約には報酬が有って、初めて責任が発生します。クロードさんなら分かりますよね。これは当然の話ですよ」
「払えるものは……ワシには確かに無い」
ああ、もうお爺ちゃん、だからそんなに俯かないで下さい。さっきからずっと頭を下げられっぱなしで、そんなんしてるといざという時の土下座の価値が下がって……、
そっか。そうか。
今が「いざという時」なのか。
「なので、クロードさんは気兼ねなく断って下さい」
「いや、イルマーさん。この依頼にはちゃんと有りますよ、報酬」
「ほう? と、言いますと?」
一度言ってみたかった。こんな台詞が。一生に一度で良いから。こんな格好良い事を言ってみたかった。
「報酬はドワーフの敬意と信頼。イルマーさん、あなたなら分かるはずだ」
「何がです?」
「これは、後で幾らでも金に替わる、って事くらい」
「クロード……小僧、お前……」
老ドワーフがようやく顔を上げた。両手両膝は床に付けたまま、俺を見る。その額は汚れている。
ああ、どうして俺は勢いに任せて背負い込んでしまうのか。
「ガネイラさん、出世払いで良いですよね?」
でも、しょうがないじゃないか。流され体質? 何とでも言ってくれ。折角の異世界転生じゃないか。なら、俺は俺の正解だと思う行動をしたいんだよ。
前世みたいな、間違っていると分かっていながらこなす。そんな仕事は真っ平ゴメンだ。
「当たり前だ! ……クロード、必ずワシは……ドワーフ族は恩を忘れん」
「クロードさんは商人の……いえ、人たらしの素質が有りますねえ」
楽しそうに、心底楽しそうに右に左にフラワーロックよろしくゆらゆらと動きながらイルマーさんが言う。
「そんなもの有りませんよ。人聞きが悪い。俺はただ、職人が頭を下げる事、それ自体に価値を錯覚しているだけの馬鹿野郎です」
「そうですか。では、商人としての知見から言いましょう。この依頼、成功確率こそ奇跡のようなものです」
「……じゃろうな」
搾り出すような老ドワーフの声。俺が腕を引き、彼を立ち上がらせている間にもイルマーの言は続いた。
「ええ。そこはガネイラさん、理解しておいて下さい。しかし、そこさえ無視すればローリスクハイリターンな投資にもアタシからは見えますねえ」
……どっちが人たらしだよ。って言うか、このおっさん、最初から俺が依頼を受けると見越してやがったんじゃないか?
「イルマー……貴様、最初から?」
「算盤弾くのが、アタシらの仕事ですんで」
商人の手のひらの上で、俺たちは見事に踊らされていたって訳だ。ええ? なんか納得いかないんですけどー。
「これで話は纏まりましたね。となると……そこで耳をそばだてて一人飲んでるモルトくん?」
「イルマー……気付いてやがったのかよ」
モルトさんがエールの入った木製のカップと今晩のメニュー、串焼き盛り合わせの乗った皿を持って席を移動する。当然、俺の隣、イルマーさんの対面へと。
まあ、この人は三、四日に一回は青銅の腕亭に顔を出すからなあ。
「こちらが話をしている最中、然り気無く席をこちらに近付けてましたでしょう。笑いを堪えるのに必死でした」
イルマーのニヤニヤってそれかよ。
「ところで、門番の仕事ってどうです?」
「……イルマー、一ヶ月くらいで良いか?」
「ええ、モルトくん。毎度のことながら話が早くて助かります」
「え? え? 何の話?」
俺の困惑も何のその。イルマーとモルトは顔を見合わせて笑っていた。
これが二日前の話。
ちなみに今朝、馬車乗り場で待っていたモルトさんに「そんなに簡単に長期休暇が取れるのか」と聞いた所、「門番は公共事業だから詰所に人が余っている」との事。
こんな所まで、ゴーレムによる社会の歪みは侵食しているのだった。いや、笑えないって。
お分かり頂けただろうか。俺たちは「ドワーフという種族を救う」という激重ミッションに挑もうと、現在ゴーレム馬車に乗ってドワーフ自治区へと向かっている次第なのである。
自分で言ってて重責でゲロ吐きそう。なんであんな安請け合いしちゃうかなあ、俺も。自分でも知らず、英雄願望でも有ったのかねえ。
あ、旅費や雑費、モルトさんの雇用費なんかは全部イルマーさんの手弁当。
「金は使ってナンボです。アタシも小金持ちでは有りますからね。ぶっちゃけ視察旅行くらいの感覚ですので、クロードさんも気に負う事無く、いつも通りでいきましょう」
「気に負うな、って言われましても」
「実際、かなりの無茶難題ですよ。殆どドワーフという種族まるまるですからね。ガネイラさんも一縷の望みに縋っているだけという事は重々承知されているはずです」
「それは……そうかも知れませんが」
でも、そうやって割り切れたら苦悩なんて言葉はこの世に無い訳でして。どっかの名画みたいに足を組み、頬杖を突いた俺へと男は笑いかける。
「やってみた、考えてみたというのが大事なんですよ、ここでは」
「それは……逆に言えば『ちゃんと考えろ』という事でもありますね」
「ええ。頼られて嫌な気分がしますか、クロードさん?」
問われて考える。嫌ではない。むしろ、そこまでガネイラさんに評価されているのは素直に嬉しい。それは確か。
「悪くはないです。しかし、重いですね」
「だから、軽く考えましょう」
イルマーさんは席を立ち、馬車の後方、荷物収納へと歩を進めながら喋る。
「今から真剣になっていてもしょうがないですよ。まずは現地のドワーフ達の話を聞いて、見て回って、それから考えてみても遅くはありません」
「それが出来たら苦労してないですよ、イルマーさん。景色が代わり映えしませんから、気をまぎらわせる事も難しいです」
俺は座ったまま、座椅子の背凭れの端から更に首を倒し、後ろの店主へと視線を飛ばす。何をガサゴソしてるんだろ、あの人。
「なら、モルトくんを見習ったらどうです?」
「えーと……酒飲んで寝てろ、と?」
「ええ。お酒も保存食も十分な用意が有ります。旅の道中とは華やかでなければ、ね?」
イルマーさんは荷物からワインの瓶を出して、こちらへと見せつけた。え? 真昼間から宴会する気ですか?
……大賛成です。
「ファム、男が現実に疲れて、それを一時でも忘れようと酒を嗜む時、そこに有って欲しいものが分かりますか?」
『おつまみでしょうか。今、糧食から準備致しますので少々お待ち下さい、イルマー様』
「あ、俺分かったかも知れません」
ファムに話を振ったのは大ヒント過ぎる。このエロ親父め。
「はい、それではクロードさん。答えは?」
「美女のお酌、ですね?」
「正解です! そして、幸いにもここには美少女と言ってなんら差し支えない、帝国製最高級のヒト型魔導擬体のゴーレムが居ます!」
『かしこまりました。後ほど、給仕をさせて頂きます』
ファムが一つ、礼をする。俺とイルマーが乾杯と金属製のグラスを打ち鳴らすと、もぞもぞともう一つの人影が動き出した。
「お、なんだなんだ!? 酒か! 俺を置いて酒を飲もうとしてやがるのか、お前ら!?」
なんで酒を飲むのにモルトさんの許可が一々必要なのかは俺にはよく分からない。多分、発言者本人も知らない。
「ほら、呑兵衛も起きてきましたよ。流石に、金属音なんかには敏感ですね」
「モルトさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。で、お前ら酒を飲むなら俺も混ぜろ!」
その日、とある馬車の中には一つの種族の命運を託された事も忘れて、恥知らずにもどんちゃん騒ぎをしている男達が居た。
本当に恥知らずなのは俺達だった。




