第19話 ドワーフ自治区
「そろそろですね。クロードさん、多分もう見えますよ」
穏やかなイルマーの声に、俺は立ち上がって馬車の前面を覆うカーテンをずらした。周囲は二日前の一面の麦畑が嘘のような四方八方岩山だらけで、俺たちの馬車が通る街道はその裾根を縫うように延びている。
まず見えたのは街や集落の類ではなく、右手の黄土色の山に開けられた鉱山だった。穴は複数空いており、その内の幾つかをゴーレムが往来している。一輪車で土砂を運び出すのも、そこから鉱石を選別して荷馬車に載せているのも、その荷馬車を動かすのも全てがゴーレムによって行われていた。
そこに人間の姿は見られない。一人もだ。監督官の姿すら見当たらない。完全自動化された鉱山なのだろう。
ガネイラさんが言っていた、ドワーフ衰退の一因だった。
「どうです? 見えましたか?」
「鉱山が見えます。集落的なものはまだ見えませんね」
「ドワーフ自治区は元々鉱山街だったのですよ。精錬の際に出る煙を避けて作られているので、少し離れて集落が有るはずです」
「その割には煙が出ていませんが」
「今はゴーレムが人里離れた場所で大規模に精錬していますので。昔は鉱山付近で行っていたそうですよ」
「あ、いや。今見えました。奥で煙が立っています。あれは……多分、炊事の煙かな?」
「クロードさんは目が良いですねえ」
あ、これは転生特典的なものなんで、などとはイルマーさん相手にまさかまさか言えるはずも無い。確かに言われてみれば前世では眼鏡が必需品だった。
そうは言っても低かった視力が並に戻った程度であり、地味な転生特典過ぎて泣けてくる。それよりも俺は異世界語が普通に出来るとかの方がよっぽど良かったよ。
神様とか職務放棄してんじゃねえ?
「ああ、懐かしいですね」
イルマーさんが俺の隣に来て、どんどんと近付いてくる石造りの集落を細目で見つめる。どうやら彼はここに来たことが有るらしい。
「あまり規模は大きくないんですね」
「いえ、そうでもありませんよ。何しろ平地がこんな感じですからね。集落は奥に長く続いています。そうは言っても勿論、エンジナの人口とは比べるべくもありませんが」
なんて言われても俺はエンジナがどれだけの人数を抱えているかが分からないしな。
エンジナとのぱっと見での違いと言えば……ドワーフの集落には外と内を別つ壁のようなものが見られない事か。いや、それ危なくないか? 野生生物とか入り放題じゃね?
「ああ、ここからでは分かりませんか。あの自治区はぐるりと深い濠に囲まれているんです。多分、ドワーフだからでしょうね。建てるより掘る方が得意なんですよ、彼らは」
「なるほど。え? それって危なくないんですか?」
「危ないですよ。でも、彼らにとってそれは産まれた時から有って当然のものなので気にも留めないようですね。初見だと結構怖いので楽しみにしていて下さい、クロードさん」
何て言うか常識の違いだなあ。まあ、現代地球でもどっかの観光名所である断崖絶壁に柵が無かったりするし、それと同じようなものなのか。
ちなみに、件の観光名所では安全よりも景観を重視してるそうな。そこの国の感覚では落ちて死ぬヤツが間抜けなだけ。なんとも所変われば、といった話だ。
「さて、間も無く入り口に到着しますね。ファム、すみませんがモルトくんを起こして下さい。アタシたちに起こされるよりもきっと寝覚めが良いでしょう」
『了承しました。モルトさん、起きて下さい』
ファムがいびきを立てて眠る男を揺するのを確認して、俺はまた前方、ドワーフ自治区を見る。
もう目と鼻の先に見えるそこは、四方を赤茶けた山に囲まれながらもどこかアラビアの乾燥地帯を思わせる土と石で出来た異国情緒溢れる世界だった。
濠に掛けられた無骨な桟橋を越え(努めて下は見ないようにした)、目的地へと辿り着いた俺達を一人のドワーフが待ち構えていた。他種族なので「ガネイラさんよりは若いかな」くらいしか年の頃が分からない男性である。
彼は馬車から降り立った俺達三人と一機を認めると、両手に拳を作って「押忍」とでも言うようなポーズで頭を下げた。
ドワーフって体育会系の文化なのかな?
「遠いところ、よくおいで下さりました。ようこそ、我々の自治区へ。歓迎いたします」
ん? この集落って、これがお出迎えのデフォなの? ずっとお出迎え役が一人、入り口に張り付いてる? まさか、そんな。
イルマーさんが一歩進み出る。
「お待たせしました。お久しぶりです、ダグランさん。健勝そうでなにより。ガネイラさんから話は聞いていますか?」
「ああ、誰かと思ったらイルマーか。久しぶりだな。ああ、叔父貴から連絡は有った。くれぐれもよろしく頼む、とな」
男二人はがっしりと握手を交わす。
「叔父貴……ガネイラさんの親族なんですか、ダグランさんって」
「いえ、そうではありません。ドワーフは皆が皆、家族のようなものなのです。ええと……」
「ああ、クロードです」
「おお! あなたがクロードさんですか。手紙に有りました。ドワーフの魂を持つ珍しいヒューマンだと」
その評価、ガネイラさんのものだろうけど、それって実際どうなの? もしかして歪な生き物って悪口だったりしない?
「モルトだ。よろしく頼む」
『ファムです。私はクロード様の所有するゴーレムとなります』
モルトさんに続いてファムが自己紹介をした時、そのドワーフ、ダグランさんは少し驚いていた。まあ、そうだろうな。傍目には人間と殆ど変わらないからなあ、ファムは。
「はあ、ゴーレム……と、失礼しました。それでは早速集会所までご案内致します」
ダグランさんは回れ右をして歩き出す。ついてこい、という事だろう。
「ダグランさん、私たちの乗ってきた馬車はどうします?」
「後で係りの者をやります。ご心配なく」
「乗って行かないので? 集会所までは結構距離が有ったとアタシは記憶していますが」
ダグランさんが振り向く。その顔には諦めのような、羞恥のような、なんとも言えない感情が貼り付いて見えた。
「現状をありのままに見せろ、と。叔父貴の手紙に」
淡々とそれだけを言って、彼はまた俺達に背を向ける。その肩は震えていた。
「……そうですか。だそうです、皆さん。少し歩きましょう。ずっと馬車に揺られっぱなしだったので良い運動になりますよ」
イルマーさんは気付いてないのだろうか。モルトさんは?
彼が「ありのままの現状」を見せたくないと思っている事に誰も気付けていないのか?
「お兄さん、これ、買ってよ」
「おじさん、あっちにお土産屋さんが有るんだよ。案内してあげよっか?」
ドワーフの子供たちが異邦人である俺達に群がる。その様子を見てダグランは大きく溜息を吐いた。
「お前たち、この人たちはそういうのじゃない。大切な客人だ。ほれ、散った散った」
ダグランが一声あげると、少年少女は口々に不平を言いながら三々五々に離れていく。その後でドワーフは頭を下げた。
「すいません。子供たちにあなたがたの来訪を告げておくのを忘れていました」
「いえいえ、良いんですよ。お気になさらず」
イルマーがひらひらと手を振る。その視線の先にダグランはいない。
彼が見ていたのは年端も行かないドワーフの子だった。人間で言えば4、5歳ほど。そんな小さな子が兄だろうか、男の子に片手を引かれ、もう片手には売り物と思しき彫金細工を抱えていた。
「イルマーさん……あれって」
「クロードさん、今はよしましょう。アタシたちは外様です。何を言う権利も有りません」
それは……その通りだ。子供が売り子をしていようと、俺には何もしてやれない。
ここで仏心を悪戯に見せてしまえば、彼らは救われるのか? 答えはノーだ。一時しのぎにもならない。また、彼らが間違った成功体験をしてしまうのも少し考えれば理解出来た。
自分の無力さに気が滅入りそうだ。
「ダグランさん、後でちょいとさっきの子が言っていた土産物屋とやらを見せて貰ってもよろしいですかね?」
「え? ……ああ、構いません。どちらにせよ道中ですので、是非見てやって下さい」
肩を寄せ合うように、道の両側に頑強で素朴な石造りの家々が立ち並ぶ。その中をダグランさんに先導されて歩いて進む俺達はとても周囲の注目を浴びていた。が、さっきのような物売りの子供は集ってこない。
「なんで、子供たちが寄って来なくなったんでしょう?」
「入り口付近にしか居ないからだろ」
モルトさんの言っている事は分かる。でも、俺には理解出来ない。
ドワーフの自治区は街道のどん詰まり。産業も観光資源も無い。だから観光客なんてのも一度としてすれ違わない。実際、俺はここに来てから俺達以外のヒューマンを見てない。
なら「お土産屋」ってなんだ? 「物売り」ってなんだ?
おかしい。この自治区は何かが酷く歪んでいる。
一本道だったドワーフ自治区に、初めてT字路が現れた。思わず俺は聞いてしまう。
「ダグランさん、この道って?」
「ああ、これを左に曲がるとダンジョンが有るんです。近いですよ。自治区を出て、目と鼻の先です」
「ダンジョンが有るんですか……え、そんな近くに?」
隣を歩くモルトさんが口を開く。
「あの悪名高き『ドワーフスレイヤー』か。聞いた事は有るぜ」
「ええ、それです。若いヤツが定期的に入っては行方不明になるはた迷惑なダンジョンですよ。入り口をどれだけ塞ごうと、血気盛んなドワーフは壊して入っていくので、正直良い迷惑です」
ドワーフ殺し(スレイヤー)。酷い通り名のダンジョンも有ったものだ。ただ、そこに挑戦したドワーフの気持ちが俺には想像がつく。分かってしまう。
きっと、「今」をなんとかしたかっただけなのだろう、と。
「そちらの……モルトさんは体つきが良いですね。あのダンジョンの事も知っていられましたし。もしかしてあなたはダンジョンクロウラーですか?」
「ああ。元、が付くけどな」
「そうでしたか。出来れば一度是非、ゆっくりとお話を聞いてみたいものです」
ダグランは言って歩を進める。俺は歩きながら、ふつふつと湧いた疑問をモルトさんに聞いてみた。
「近くにダンジョンが有るなら、いっそクロウラーの街にしてしまったらどうでしょう?」
「いや、無理だな。それこそエンジナで良い。ここは辺境過ぎる。最初から便利でダンジョンが近くに有る大きな街には魅力で勝てないだろうな」
「ダンジョン攻略上の競争相手は居ませんが」
「どこで聞き齧ったか知らんが、ダンジョンに競争は基本無いぞ、クロード。情報交換はお互いの生存率を上げるからな。仲良くしておけばヤバい時に助けて貰えたりもする。それを理解しているんだよ、プロは」
「持ちつ持たれつの関係ですか」
「ビジネスだからな」
モルトさんの含蓄有る言葉に頷く。流石に命懸けなら誰だって少なからず合理的にもなりますか。ダンジョン内でライバルを蹴落とす、なんてのは案外、創作の世界だけなのかも。
「なら、ドワーフだけでダンジョンを攻略するなんてのはどうです? 外からクロウラーを呼ぶのでなく、内で調達するんです。モルトさんが鍛えればなんとかいけませんか?」
「無理だな」
俺の発案も、モルトさんは一秒たりとも考えず即答である。あれ? ここに有るダンジョンが「ドワーフスレイヤー」なんて呼ばれているのはダンジョンについての知識不足が原因だと思ったんだけど、違うの?
「ドワーフは男女問わず殆ど全員が前衛向きだ。だが、ダンジョンを攻めるとなると、前衛だけではどうにもならん。斥候、治癒術師、魔術師くらいはいないと稼げるようになる階層からはかなりキツい」
RPGのパーティー編成のような話だった。確かに俺も前世のゲームでは戦士だけでパーティーを組んだ事など一度として無い。
単純にバランスが悪いからなあ。
「現実的には不可能、ですか」
「そうだな。前衛だけでは罠の一つで半壊するし、狭い通路では前で戦える人数も限られる。リスクとリターンはどう考えても見合わん」
「それは元プロとしての経験からですか」
「トッププロ、な」
俺は溜め息を吐いた。そりゃそうだ。もしも、ドワーフだけでダンジョンが攻略出来るのなら、この自治区は衰退などしてはいまい。誰だって考える浅はかなアイデアだった。反省。
道中、先ほど言っていたドワーフの土産物屋へと入った。
中には民俗工芸品と言って良いのだろう、彫金細工を筆頭に商品が所狭しと並べられている。圧倒されるのはその量だ。皿や杯といった調度品から指輪に首飾りなどのアクセサリーまで。キラキラと壁や棚を埋めつくし、ちょっと防犯面が不安になるレベルである。
俺の隣でイルマーさんも、それを眩しそうに目を細めて眺めていた。
「なんか……凄い量ですね。圧倒されます」
「ええ。でも、売れません。ここに観光客なんて疎らですから」
「え? なら、他の街に持っていったら良いじゃないですか」
「こういったものは現地に有るから価値が出るんですよ、クロードさん。都会へ持って行けばたちまちゴーレムが造った物と比較されます。出来の差は素人には分かりませんし、単純な価格差で売り負けるでしょうね」
前世における観光地を思い出し、それもそうかと思う。ただ箸や器が欲しければ百均で買える。機能性で勝負しない商品とは、では何を付加価値とするのか。異世界もその辺りは余り変わらないらしい。
現実はやっぱり厳しいのだ。
「なら、なんでドワーフは土産物屋なんてやってるんですかね」
「やる事が無いからですよ」
あっけらかんと言うイルマーさん。そう言えば、無理にお金を稼がなくても生きていける国だったな、ここ。これだけを切り取ると理想郷のように聞こえるが、しかし生きている限り暇を持て余す地獄とも言える。
世界は変われどどこも人間社会とはなかなか上手くは回ってくれないものだ。
「どうですか、お一つ? 奥様へのプレゼントなんかには最適ですよ」
ダグランさんが細かい細工の施された櫛をモルトさんへとすすめている。だが、残念、その人は彼女もいない独身やもめですよ。
買えば無駄銭、買わなければ女っ気が無い事を悟られるという板挟みにあって百面相をしている男を見て、俺は小さく笑ってしまった。
集落の一番奥に集会所と呼ばれている建物は、なるほど周りの住宅よりもよく目立つ。
大きさからしても一般ドワーフ家屋が横幅だけで三軒分はすっぽり収まる。総石造りな事も相まって見た目だけで言うならば砦というのがもっとも適切だろうか。
塗装などはされてないが、至るところにレリーフが彫られており、ドワーフの技術の高さがうかがえる。若干風化気味なのは、それだけ長く残ってきた堅牢さの裏返しでもあった。
なかなかに歴史を感じる立派な建物じゃないの。
ダグランさんが入り口で回れ右してこちらに向けて頭を下げた。
「長々歩かせてすみませんでした。こちらが目的地となります。中では既に長老衆が待っている手筈です。ささ、奥へどうぞ」
衆と来たか。一人で良いじゃん。悪いこと言わないから代表者一名にしときなって。合議制は決定スピードが遅くて小回り利かないよ?(現代日本人並感)
いや、滅多な事は言わない方が良いか。政治制度なんてどれも一長一短だしなあ。
「ダグランさんは参席しないので?」
「いえ、せっかくなので私も話を聞かせて頂きます。こう見えて若衆の束ね役なんかをやらせて貰っていますから」
そうして、俺たちが通されたのは五人からなるドワーフ長老たちの前だった。
全員が蓙の上に座り、俺たちの分も同様に席が用意されている。おお、なんか雰囲気有るな。焚き火なんかを囲んでいたら満点をあげていたかも知れない。
「座りなされ。どうぞ楽にして下さい、お客人」
俺たちが着席した事を確認すると、その内の一人、多分真ん中に座っているから一番偉いであろうお爺さんドワーフが口を開いた。
「よくお越しなさった。何も無い所までわざわざ足を運んで下さり、一同感謝しておりますぞ」
「いえ、滅相もありませんよ。世間話などと洒落込みたい所ですが、一先ずは仕事の話といきましょう」
イルマーさんが言って商談モードに入る。さあ、ここからが本番だ。




