第20話 地に足を付けて
イルマーさんの切り出しは実に無駄が無く、事務的で、淡々としたものだった。
「まず、現状認識を出来る限り正確に共有しましょう。ドワーフの皆さんは現状を良しとしていますか? その判断の理由は?」
「枕も置かぬとは少し逸り過ぎではないか、イルマー?」
「雑音はむしろ弊害になると判断しました。後で幾らでも付き合いますので、とりあえず今はアタシの『整理』に付き合っちゃあ貰えませんか、マグナフさん」
黒螺子堂店主はそう言って、俺に目配せ一つ。ああ、なるほどね。
数式をとりあえず単純化してやる、って事か。……で、マグナフさんって中央の長老さんの名前で良いんですかね?
「若い時間は有限なんですよ。あなた達ならお分かりになるかと」
「……分かった。乗ろう。我々は現状を良しとはしていない。現状を可及的速やかに変えるべきだと考えている。理由は『若者の定着率』だ」
「ダンジョンで死ぬか、里を出て行くか。このどちらかを選ぶ若者の比率が年々増えている」
「ドワーフは未来を失っている」
率直に言って俺は驚いた。老人たちが若者と種族の未来を第一に考えているという、この長老議会の健全さに、だ。ちょっとドワーフ推せるかも知れんぞ、これ。
「アタシも同じ考えです。ドワーフは変わらなければ衰退します」
「ちょ、ちょっと良いですか?」
「ハイ、なんですか、クロードさん」
長老衆が「クロード」という言葉に「おお」とか「この若者が」みたいな事を言っているが、とりあえずそっちはきっぱり無視して。
「帝国には人頭給付が有り、飢える事がひとまずありません。これでなぜ、早々に衰退という結論が出るのかを詳しく教えて貰えませんか、長老さん」
マグナフさん(だよね?)は一度大きく深呼吸して、絞り出すように言った。
「ドワーフは死なぬ為だけには生きられぬ」
重い、重い一言だった。そこに全てが詰まっている。
彼らはここまでゴーレムへの恨み節を一言も発していない。普通なら「社会を変えたゴーレムが全て悪い!」と激昂してもおかしくない場面だ。それなのに、ドワーフはそうは言わない。
思い返せばガネイラさんもそうだった。ドワーフには種族特性として負けを受け入れる度量が有るのではないか。
なんとなく、まだやれる余地は有る気がした。
だって、この人たちはまだ諦めてない。誰一人、目の前に居る老人から物売りの子供に至るまでの本当に誰一人として彼らは「ドワーフ」を諦めていない。
「生きてはいける。だが、死なない為だけに生きることは出来ん」
「分かりました。言いづらいであろう事を言って頂き感謝します」
「なんの。これはワシらが言葉にせねばならぬこと」
「気に病む事は無いぞ、若い人」
「あなた方の寛大な姿勢に最大限甘えさせて頂きます。この場では礼はむしろ邪魔になるとアタシは判断しました。ので、次の質問に行きます」
イルマーさんは目を瞑る。まるで、脳に有るカンニングペーパーを読むように。
「どう変わるおつもりですか?」
商人は核心を容赦なく抉る。
「ガネイラの手紙を読んだ。帝国ではこれから鍛冶技術が必要になるようだな。それではいかんか」
「ダメですね。足りません。大きな街ですら一人二人居れば良いだけのポストです」
「だが、武具や鎧に限定せず、包丁や鍋といった普段使いの鉄具にまで広げればどうだ?」
長老衆の一人が言う。ああ、これは俺が答えるべきだろう。
「確かに生活用品の市場は大きいです。しかし、それらは普段使いゆえにユーザーからの『使い心地』というフィードバック……ゴーレムへの意見陳情が職人抜きでも成立しています」
ここは有りもしない希望を語る場ではない。それでは彼らはドワーフではいられなくなる。そして何よりも、慰めを口にしてしまう事は彼らの態度に対する不敬であると感じた。
ドワーフは現実から目を背けていない。地に足を付けて、逃げずに踏みとどまってこの対話に臨んでいる。それは長老衆の目の光が何よりも物語っている。
「クロードさん」
長老の一人が口を開く。
「ガネイラから知らされた通りだ。アンタさんは誇りの何たるかを理解している」
「そんな……俺にはそんなもの無いですよ。そうだ、聞かせて下さい。ドワーフの誇り、ってなんですか? あなた達は何をして生きてきたのですか?」
「ドワーフの誇りはドワーフによって答えが違う。一人は鉄と語らう事だと答え、一人は土を掘る事だと答え」
「一人は金銀を加工する事だと答え、一人は石を刻む事だと答えるだろう」
鍛冶、鉱山、彫金、石工。
でも、それらは全てゴーレムによって代替が可能だ。いや、代替されてしまったのがゴーレム文明。
これほど誇り高いドワーフの、彼らの誇りはこの世界には最早どこにも無いのだろうか。
数時間の質疑応答の末、結論無しで解散となった頃にはすっかり日は沈んでいた。
「長々とすまんかったの。実にふがいない話じゃ。クロードさん、出来ればゆっくりと考えてみては貰えんか」
「……分かりました。ただし、一つ条件があります」
これだけは言っておかなければなるまい。
今回、俺がガネイラさんから受けた依頼は「ドワーフに働く場を用意する」ではない。
「俺が誇りを与えるんじゃない。あなたたち自身に身に着けてもらいます」
誇りを取り戻すことだ。そこをはき違えてはならない。ま、自分で言っておきながら両者の違いなんて俺にもぼんやりとしか分かっていないのだが。
「あ、後、せめて一晩考えさせて下さい」
マグナフさんが解散を宣言すると、部屋の外でドタバタと幾つもの足音がした。ダグランさんが「あいつら……」と呟いて額を押さえている。なんだろうね?
「すみません、皆さん。若い連中も……いや、若い連中ほど、この問題に無頓着でなど居られないのですよ」
それを聞いて理解する。部屋の外で聞き耳を立てていた連中が居たのか。それはまあ……仕方がない。イルマーさんが場の空気を笑い飛ばした。
「どうかみっともないなどと思わないで下さいよ。なんとも頼もしい話ではありませんか。ねえ、クロードさん?」
「まあ、そうですね。お年寄りから若者まで、皆が同じ方向を向いているというのは良い事だと思いますよ」
その日は(と言うか滞在中は)ドワーフ自治区に一軒だけの宿に全員分の部屋が用意されていた。四部屋だ。ファムが俺と同室というせいで些細な双方の認識の行き違いが有ったのは、それは小さなことだろう。
ドワーフの宿屋で出された夕食の最中にダグランさんが話を切り出した。
「モルトさん、少しよろしいですか?」
「おう、なんだ?」
「先ほどダンジョンクロウラーとしてのお話をうかがいたいと言った件、覚えてらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、アレか。まあ、後で酒でも飲みながら話してやるよ」
モルトさんが肉を飲み下して言う。ちなみにドワーフ自治区の食事は決して貧相ではなかった。一応ダグランさんに無理をして提供している訳ではなく、これがデフォであるとの確認はしている。
食べ物に関しては悩まなくともよい、というのはおおいに助かった。
我、元RLHF作業員ぞ? 農業のノウハウなんて持っている訳が無いだろうが。
「ダンジョンの話を是非、若衆たちの前でして頂きたいのです」
「あ? 何?」
「お願いします!」
モルトさんが無精ひげを擦りながら悩み込む。パンを千切る動作を止めて彼は言った。
「いや、俺は構わんが……下手にダンジョンに希望を持って『ドワーフスレイヤー』の犠牲者が増えても寝覚めが悪イぞ?」
「それです」
「あん?」
ドワーフの言葉には強い意思が込められていた。ダグランさんはテーブルに打ち付けんがばかりに頭を下げた。
「ダンジョンのリアルを彼らに教えてやって欲しいのです。一人でも若いドワーフが死なないように!」
彼は彼で若衆のまとめ役として必死なのだと、それはひしひしと伝わってきた。
「頭ァ上げてくれや。なるほど、そういう事か。要はビビらせてやれって事だな?」
「まあ……はい。その通りです。誇張や嘘を吐けとまでは言いません。ただ、彼らに現実を突き付けてやって貰えないかと。それにダンジョンに突撃するとしても、知識が有れば生きて戻る事も適うでしょう」
ダグランさんの言っている事はもっともだ。ここまで言われてモルトさんは断るような男ではない。彼は少し溜めて、そして観念したように息を吐いた。
「……良いぜ。ただし、酒は飲むからな」
「ははは、それくらいは構いませんよ」
「そんな時までお酒ですか。結構シリアスなオファー貰ってません、実際?」
言外に「仕事はちゃんとしろ」と含めた俺を見て、モルトさんはニヤリと笑う。「分かってないなあ」とでも言うように左右にかぶりを振った。
「酒を飲んだ方が俺は舌が回るんだよ。それに、こういうのは『授業』にしちまうより、『武勇伝』にしちまった方が聞いて貰えるモンでな」
「そういう事でしたら、たんと用意させましょう」
いや、まあカスタマーがそれで良いなら、もうこれ以上俺からは何も言わないけどさ。
宿の窓から外を見る。ドワーフ自治区の夜に灯りはそう多くない。ここの人口は千人前後と先の会議で聞いていた。ただ、出て行った者も相当数だそうで。
……死なぬ為には生きられぬ、かあ。
『まだ考えていらっしゃるのですか、クロード様』
ファムがこちらを心配そうに見る。今日も彼女の疑似感情表現は絶好調だ。例えばゴーレムならば、ドワーフの誇りも「何言ってんだコイツ」ってなモンなのかねえ。
「ファム……いや、だってさあ……見ちゃったから」
『見た? 何をです?』
「ここの人たちの手」
『手、で御座いますか?』
「ああ。大人も子供も老人も、みんな足掻いてる手をしてた」
土と煤で汚れた手。誰一人、綺麗な手をしてはいなかった。
ドワーフ女性は種族を守る為、結婚と出産で男が出て行くのを引き留めるのだという。誰に強制されたでもなく、自ら進んでそうするのだそうだ。判断の善悪はさておいて、しかし、誰しもが必死なのはよく分かった。
『足掻いている手……左様ですか』
「特に子供がキツくてねえ。あの子達にとってここの大人はけっして不甲斐ない大人じゃないんだよ。皆、必死に親の助けになろうとしていただろう? 親が自分達の為に足掻いてるのをずっと見てきているんだと思う」
『キツい、というクロード様の感覚が私には分かりかねます。どうにもならない事は世界には必ず有ります』
ファムの言っている事は分かるし、俺もその考えは肯定する。
「それでも、俺は、あの子達のヒーローを、本物のヒーローにしてやりたくて仕方ないんだ」
『それはとても難しいかと』
その通りだ。だから俺はこうして困って、悩んでいるんだしな。まだ前世における生業、AIの問題の方が相手をし易い。彼らの問題は切り分けてやれば、大概根っこが見つかったものだ。
しかし、社会問題ってヤツはそうはいかない。そのどれもが密接に絡みついて切り分ける事が出来ない。どこからが茎でどこからが根なのかが分からない。
『僭越ながら申し上げます。クロード様、今回ガネイラ様から承った依頼は「ドワーフの誇りを取り戻す事」です。であるならば、仕事を用意するのではなく、今ある環境での誇りの保ち方を考える方が建設的かつ合理的であると進言致します』
ファムの言っている事は分かる。目標を現実に寄せろ、と。実際、正しい。
「仕事を作る」という無理難題を捨てて、「今の環境で誇りを保つ方法」を探せばいい。
それはとても正しくて、でも、だからこそ苦しい。
「それは……そうだね。でも、ファム。ドワーフの誇りってなんだい? 生存できることと、誇りを持って生きられることは違うんだろう?」
『私はドワーフではないので分かりかねます』
「俺はガネイラさんからドワーフ認定されちゃったからかも知れないけど、少しだけ分かる。誰かに生かされる事ではなく、自分の足で生きているという実感がドワーフの誇りなんだと思う」
『ですが、クロード様の仰られている内容の達成は非常に困難です。多少強引にでも最適化目標を更新するべきかと考えます』
それでどうなる? あの子たちの親は彫金を辞めるだろう。その選択を「正しい選択をした」と子供に伝えるのだろう。毎日、集落の入り口まで行って、ずっと来もしない観光客を待っていた彼らのやっていた事が「間違っていた」とされる。
それで良いのか?
「あの土と煤で汚れた手を、俺には無かった事には出来そうにないよ」
『クロード様、それは貴方の「ドワーフの誇り」で御座いますか?』
「ドワーフの誇りかあ。俺にそんなご大層ななものはないよ。共感して辛いし、苦しい。そういう……ただ、人でありたいだけだ」
『それが誇りと言うものでしょうか。私には無いものなので、理解は出来ません。自ら進んで辛く苦しい思いをする事を正解とするのが誇りなのですか?』
「どうだろう。俺はもっと、『心の拠り所』みたいなものだと思っていたよ。ドワーフで言えば、鍛冶、彫金細工、鉱山みたいな……ん? 鉱山?」
何か、閃いた気がした。
大急ぎでポケットから煙草を取り出して火を点ける。焦って何度もライターが手の中で跳ねた。
「……鉱山……ゴーレムが利用している……そこでは勝てない……勝てる場所」
そうだ、ゴーレムの土俵に乗るな。必ずゴーレムでは働けない場所は有る。それはガネイラさんの一件で露見している。どこに有る?
ドワーフの労働力はまだ死んじゃいない。土産物屋が商品で一杯だったのが示している。会議における熱量だってそうだ。彼らに足りないのは、ただ一つ。
正しいベクトル。
「ファム、モルトさんとイルマーさんはまだ起きてたかい?」
俺は言う。ファムは少し時間を置いた後、頷いた。
『ポジティブ。今、モルト様の持つリンク=リングで通話をしました。お二人はまだ一階でお酒を嗜んでおります』
「分かった。なら二人のところへ行こう、ファム」
煙草を咥えたまま、俺は歩き出す。いや、足は勝手に逸り、今にも駆け出しそうだ。
『ご相談ですか?』
「ああ。俺の発想を二人に形にして貰いたくてね。早くしないと忘れる! 忘れる!」




