第21話 誇りは土の下に有る
翌日、俺達は再び集会所にてドワーフ長老衆の前に居た。ダグランさんも同席しており、そして部屋の外からは注意すれば確かに人の気配が幾つもする。
いや、むしろ昨日よりも多いだろうか。
まあ、そうだな。昨日の今日で「長老衆を招集してくれ」と言えば、否が応にもドワーフの若衆たちの期待も高まろうというものだ。
「……一晩、考えました。俺の結論は『これ』です」
俺はあえて、長老衆の前で親指を下に向けた。普通に考えれば「破談」を意味するジェスチャーだ。でも、ここではそれで良かった。
希望は、一度落としてからこそ光り輝く。つまりこれはデモンストレーションだ。
ちなみにイルマーさんの入れ知恵である。俺がこんなあくどい事を考えられるはずないだろ。使える手は全て使え。ダグランさん経由で若衆に「客人が何か思い付いたらしいぞ」と流布したのも彼である。
商人とはなるほど、恐ろしい。敵に回したくはないが、味方にすればこれほど頼もしいものはない、みたいな感想をまさか俺が生きている間に抱くとは思わなかった。
「そうか……いくらお前さんでも無理か。突然変な事を言い出してスマンかったな」
「ああ、そうじゃありません。下ですよ」
「……下?」
マグナフさんを始め、他の長老衆及びダグランさんが一斉に首を捻る。俺は頷いた。
返しに来たぞ、と。届けに来たぞ、と。持ってきたぞ、と。
そう、息巻いて。
「ドワーフの誇りはどこに有るのか。俺は一晩考えました。それはきっと」
さあ、息を吹き返せ。俺は号令を発するだけ。ここからはお前らの仕事だ。発条は十分過ぎるほど溜めただろう。俺たちは爆発力を発揮する場を用意してやった。
やっちまえよ、ドワーフ。
「地面の下に有るんです」
部屋の内外が俺の言葉に一瞬静まり返った。
このリアクションで俺は確信する。
芯は食った。
「な、何を言っとる?」
「長老さん、俺はドワーフを使ってダンジョンを鉱山事業へと変えようと思います」
「は? ……はあっ!?」
ざわめく。部屋の外はもっと顕著に反応していた。俺はあえて長老衆に背を向け、入り口に向けて大声で言い放つ。
「お前たちが誇りを持てる仕事の用意が俺達には有る!」
歓声が、雄叫びが上がった。俺は居住まいを糺し、今一度長老衆と相対する。
「……ダンジョンの鉱山化、じゃと?」
「はい。では、モルトさんから」
既に昨晩の時点で「仕込み」は終わっている。だから、俺達は全員寝不足だ。モルトさんはここに来てから何度もあくびを嚙み殺していた。すいません。
「トップレベルの元ダンジョンプロとして言わせて貰う。このクロードの発想は絵空事じゃない。現実的に可能な範囲だ。必要なのは頭数。それも職工の頭数だ」
「次、イルマーさん」
イルマーに至っては寝ていない。俺とモルトさんを先に寝かせておいて、ファムと二人でずっと細部を詰めていた。目の下は真っ黒だ。
「必要な資材の発注はすぐにでも可能ですねえ。ドワーフの皆さんの承認さえ有れば、最初期はアタシも少し用立てましょう。軌道に乗れば民族自立支援金の手続きも出来ると思いますよォ」
それでも、昨日の今日でのプレゼンを敢行したのはウチ唯一の商人の判断。「こういうのは速度と熱量が物を言う」という彼自身の信条に従っただけだと彼は笑う。事実、彼の目は爛々と、そして血走っていた。
「最後、ファム」
『昨晩の内に鉱山技術データはお三方の言いつけに従ってダウンロード済みです。管制、技術補助、陣頭指揮はお任せください』
「用意はしました。後は貴方たち、ドワーフの皆さんの決断一つです」
あえて俺たちはここまでで具体的に何をやるとは言っていない。だが、それで良いのだそうだ。もし、ここで、「で、一体何をやろうって言うのか」と言ってきたら、既に魚は餌に食い付いている。
ここまではドワーフが人から教えられた事。人から「やれ」と言われて、それに否を告げるのは簡単だ。だが、ここからは彼ら自身に「なら、こうすれば良いのでは?」を出させまくる。すると、どうなるか。
正解は人から与えられるのではいけない。自分達で掴み取ったからこそ、そこに肯定と結束が産まれる。まったく、イルマーさんの交渉術は本当に底が知れないな。
「それで、具体的にあなた達は何をやろうと言うのか。ダンジョンの鉱山化、その仔細を聞かせて貰えないだろうか?」
マグナフさんの言葉に俺とイルマーさんの目が合う。きっと、俺達が思っていた事は同じだろう。
……掛かった。さあ、後は仕掛けを御覧じろ、とくらあ。
イルマーさんは言った。
「良いですか、クロードさん。この案は恐らく一度拒まれます。一見危険だからです。マグナフさんはそんな案は飲めない。これは彼が臆病だからじゃない。立場が人を縛るのです。だからこそ、若衆を味方に付けます。アタシたちが説得すべきは長老衆ではありません。そこは間違えないで下さい」
「俺達が説得すべきは若衆だと?」
「それも違います。私たちが言葉を伝えるべき相手は特定の誰かではないんですよ」
俺達が相手にしているのは種族だ。老若男女、一切の情け容赦無く。
「巻き込んでやりましょう」
燎原の火の如く。
「それはしかし……危険ではないのか?」
想定内。
「長老!」
「ワシはドワーフを預かるものとして、同胞を死地に追いやる決断は出来ぬ」
想定内。俺は俯く。
「……そう、でしょうね」
「ダンジョンの鉱山化。確かに素晴らしいアイデアだ。ガネイラが惚れ込むのも頷ける。じゃが、道を造るには、誰かが一番槍にならねばならぬ。違うか、若人」
想定内。その言葉が欲しかった。
「その通りです」
「ならば、答えは出ている。その提案は……飲めん。すまんの、若いの」
ここまで全て、俺たちの想定内のやり取り。
だから、精一杯、俺としては驚いた「フリ」をしますので。
後は頼みましたからね。
貫いてやって下さい。彼らの「無力感」とかいう凝り固まった大岩を。あなたのその槍で。
お願いします。
「いえ、俺の考えが甘「ちょっと待った、爺さん!」モルトさん!?」
「つまり、一番槍さえ居れば、アンタ達はその後ろで坑道を造るんだな?」
その男の槍捌きには定評がある。なんてったって、元トッププロ。人類の最先端。怒涛のその勢いにマグナフさんが気圧され、そしてまた部屋の外が固唾を飲むのが空気で分かった。
「そ、そうじゃな。その通りだ」
「なら、話は簡単じゃねえか」
男は商人を見る。商人は笑顔で頷いた。
「モルトくん、幾らでもこっちに吹っ掛けて貰って構いませんよ」
「よし! なら、話は決まりだ!」
依頼は必ず達成する。だからこそ付けられた二つ名を持つダンジョンクロウラーが居る。その男が背負う。
この意味を、昨晩、ダンジョンについての講習を受けていた部屋の外の誰かさんたちはよく理解していた。
「この『必達のモルト』がその一番槍、請け負ってやるよ!」
仕込みはここまで。後は彼らの判断。やるべきはやった。
さあ、ドワーフはどう出る? いや、違うな。これは既に実質一択でしかない。
なぜなら彼らはドワーフなのだから。
会議場に降りた沈黙がやけに長く感じられた。これは火が燻っている時間。火口は肩を震わせている。ダグランさんの目に映り込むのは、若衆を代表するような戦慄を伴う歓喜。
「……それでもワシらは」
マグナフさんが言いかけた言葉を、男が遮った。
「俺はやるぞ」
火が、ついに点った。
「ダグラン、貴様!」
「長老、俺が二番槍になる。それと、若衆は俺の預かりだ。文句は無いな?」
「……ならぬ」
「分かった。ならば俺はドワーフを辞める。俺はもう、ドワーフじゃなくて良い。誇りを失ったドワーフなど、それは最早ドワーフではない!」
ダグランさんが口にしたのはマグナフさんの「ドワーフは死なぬ為だけには生きられぬ」、その言葉へのこれ以上ないアンサー。
ドワーフを辞めてまでドワーフであろうとした、その生粋のドワーフは部屋の外に向けて吠えた。
「おい、倉庫で眠ってるツルハシとスコップ、錆びついてやいねえだろうな、野郎共!」
返事はまるでやまびこのように。同じ熱量をそこに孕んでやってくる。堪らず、一人、また一人と若いドワーフが雪崩を打って会議場に飛び込んできた。
「当たり前だ!」
「アレは俺たちの誇りだぞ!」
「一日たりとて整備を怠った日など無い!」
一度点いた火は、もう止まらない。誰にも止められない。
「頭の中のツルハシはどうだ!」
「錆びつくものか!」
「すぐにでも新品同様にしてやるとも!」
「ドワーフの血が覚えている!」
ダグランは頷いた。目に涙を一杯に溜め、口を横一文字に引っ張って、歯を食い縛って。彼は決壊しそうな奔流に耐えていた。
「……だそうだ、長老。ドワーフは死んでいないぞ」
やっとかっと言葉になるような声で。嗚咽を声帯に無理矢理通して。
「俺たちはここに居るぞ。だから……見てくれ」
それは文字通りの懇願だった。若衆を背負い、ドワーフの未来を憂いてきた男から出てきた言葉は「自分たちの可能性を信じてくれ」という「見てくれ」だった。
「静まれ!」
マグナフさんが叫ぶ。だが、風は火をおこすもの。風では火は止まらない。
「断る! 俺たちはもう決めた!」
「三度は言わん、静まれドワーフ! いの一番に希望に縋り付きたいのが誰だと思っておる! その我らが堪えているのだ!」
悪戯な勢いを止めるのに必要なのは土。燃え盛る火を制御するのは土。
「……長老」
「お前たちに一番苦労をさせているのは誰だ。道を示せなかった愚か者は誰だ。もっとも立つ瀬が無いのは……我ら老人じゃ」
ドワーフは土と共にある。
「だからこそ、早々に決めるなとワシは言う。お客人、先ほどの否は撤回する。今一度、この情けないワシに、ダンジョンの鉱山化とやらの仔細を教えてはくれぬか。今度は、安全面はどこまで考慮されているのかを重点的に教えて欲しい」
「喜んで」
「それを聞いて答えを出す。ドワーフ全員で、だ。良いな、ダグラン」
ドワーフ全員で。マグナフさんが言って立ち上がる。ダグランさんは一度唾を飲み込むと、低い声で言った。
「……お前ら」
「へい、ダグランさん」
「今すぐだ。今すぐ会議場前の広場に全ドワーフを集めろ」
若衆頭のシンプルな命令は若いドワーフたちを困惑させた。無理も無い。
「い、今すぐですかい!?」
察しの良い若衆はすでに建物を飛び出している。ダグランさんはそれを見てニヤリと笑い、そして……長老衆までもが笑っていた。
「今すぐだ! 構わないな、長老!」
「良いとも。皆で悩もう。皆で決めよう。事はドワーフの未来だ。ここに生きる全てのドワーフに物を言う権利が有る」
「了解は得た。お前も行け!」
「は、はい!」
部屋から慌てて出て行く若衆を見届けて、長老の一人が言った。
「まったく……これだからワシを含めドワーフというヤツは……ダグラン、後はお前が音頭を取れ。ただし、ワシを蚊帳の外にしたら許さんぞ!」




