第22話 ドワーフコースター
それから二週間が経過したある日の朝早く、俺はダンジョン「ドワーフスレイヤー」の入り口の傍らに居た。
綺麗に縦横整列したヒューマンより少し背の低いドワーフの集団が、俺の前で百人以上直立不動である。いや、なんなんだよ、これは?
「全員整列! ダグランさん、今朝の号令お願いします!」
「「お願いします!!」」
ダグランが促されて朝礼台に立つ。本当に……俺が知らない内にドワーフ自治区、ジャンル変わったの?
元からダグラン他に体育会系なノリは有ったけど、それは果たしてここまでだったかい?
「モンスターに出会ったら!」
「「なりふり構わず敵前逃亡!!」」
「キルゾーンに誘い込んで!」
「「バリスタで飽和攻撃!!」」
「モンスターハウスは!」
「「安全圏から発破!!」」
狂騒のコール&レスポンスの中、俺だけは口を半開きである。……何言ってんだ、コイツら。
キルゾーン? バリスタ? 発破?
俺の初期構想にはどれも無い言葉だが? ヘイ、それらは一体全体どこから出て来たんだい?
「ドワーフには!」
「「ドワーフの戦い方が有る!!」」
ああ、ドワーフの皆さんはノリノリです。がしかし、俺は完全に時流に乗り遅れてますよ?
どなたか、俺の理解を補填する説明役くらい用意してくれてもよろしいのではないでしょうか。何? 人手が足りない?
「今日も俺らは!」
「「安全第一!!」」
ドワーフが口を揃えるのは、ああ、コレはモルトさんの教えだわ。完全にあの人の信念が彼らの芯を通ってる。
……でもさあ。
だから何? だから、安心出来る? いやいや、馬鹿言え。
殲滅区域って語彙は何やねん。物騒の極みやんけ。
「散開!」
ねえ、ダグランさん、そのコールは忍びしか使わないんですよ。
ドワーフとはイメージ180°逆ですって。一番ステータスの凹凸が酷くてニンジャに転職するのが難しい種族だろ、お前ら。
……ああ、聞く耳を持ってくれそうなドワーフが居ねえ。全員が満面の笑みでもって「俺たちのコーレス(歌)を聞けえええっっ!!」って顔してこっちを見てきやがる。のど自慢会場に迷い込んだのかな?
それにしたって歌姫って顔かよ、お前ら。基本、髭もじゃやんけ。
鏡とか、その存在すら知らないのか? 彫金細工が得意、って設定はどこへ行ってしまったの?
「「稼ぐぞ、お前らァァッッ!!」」
地を震わせる程の重低音がダンジョン前に響き渡る。音だけなのになんか「臭い」。あれ? おかしいな?
二週間前の俺は、果たしてこんなものをシミュレートしていただろうか?
我先にとドワーフたちが駆け出していく。あるものはダンジョンの中へと。あるものは地上での作業へと。その場に有って仕事らしい仕事を持っていない俺だけが、半ば強制的に全ての理解を諦めさせられていた。
「……何これ?」
いや、マジで。雪玉が転がり過ぎて大災害。五七五。そんな気分。
『皆様、2cでモンスターハウスの発破が行われます。該当の隊以外は安全区域に避難願います。繰り返します……』
俺の所有する帝国製ハイエンドモデルの女性型有機ゴーレムは知る限りもっとも生き生きとしていた。
……ツッコミ所が多過ぎて、ちょっとカロリー消費が追いついてこない。
「ファムがダンジョンの入り口で管制官になってる……」
呆然とする俺に一人のドワーフがついてくる。ダグランさんに言われて、本日の俺の御用聞きとなったドワーフの青年だ。いや、他種族の年齢は本気で分からないけれども。
少なくともダグランさんより年下……いやしかしドワーフの寿命がヒューマンの倍だから、この人、普通に前世の俺より年上かも分からん。そもそもダグランさんの年齢を俺は知らない。
怖くなったし、寿命の差に関しては考えるのを止めとこうかな。
名前も知らない(聞いたけど忘れた。ハ……いや、ナから始まったか?)彼は俺の二の腕を掴んで引っ張る。止めてくれ! それは可愛い女の子がするから価値が出る仕草なんだ!
本当に……せめて性別さえ違えばまだ……なあ?
「クロードさん! 発破が終わったら剥ぎ取りに行きましょう!」
「え、俺も行くの?」
「アンタに成果を見せたくて仕方ねえんだ、みんなが!」
鼠捕まえた猫じゃないんだから。ほらほら、褒めて褒めて~、って。
……ああ、どうしてお前らは毛むくじゃらのちっさいおっさんがデフォの種族なんだよ。そのシチュエーションは大好物だってのに! だってのにさあ!
美少女に囲まれるのが異世界転生ファンタジーものにおける王道じゃないのかよ!?
「……ええ、それって地上に運び出してからじゃダメ?」
「それじゃ、ライブ感が無えだろうが。ほれ、トロッコに乗れ! 発破が終わったらすぐに行くぞ」
抵抗むなしくダンジョンの入り口へと引きずられていく俺。気分は荷台に載せられた山羊である。ドワーフの膂力を相手に鍛えていないヒューマンごときが敵う道理はどこにも無かった。
「……トロッコとか、俺は発案してないのにどこから出てきた?」
それはもうどこかで見たような、真っ当な鉱山用トロッコに俺はドワーフの手によって容易く放り込まれる。
出荷よー。
ダンジョンの奥から小規模ながらも地鳴りが轟いた。これが件の「発破」だろう。地上に居てこの振動なら、モンスターハウスなんか跡形も無いだろうなあ。合掌。
うーん……安全第一ってなんだっけ? 敵と直接戦闘をしないなら、それは確かに安全なのだろうか?
……本当に? 崩落事故とかしそうじゃない?
「く、クロードさん! 一体ここで何が行われているんです!?」
見知った顔が駆け寄ってきた。なぜここに彼が居るのかはちょっと俺には分からないが、しかしこれは助けを求めるチャンスだと悟る。
ここを逃したら後はない……そんな気がひしひしとしていた。
「マギストスさん、無実です! 俺はちょっと方向性を示しただけで、俺の方こそ聞きたい! どうしてこうなった!?」
僕、悪いヒューマンじゃないよ! だから、トロッコから下ろして! へるぷみー!
「知りませんよ! 状況の説明を! 説明を求めます!」
マギストスさんが言うも、それは不可能だった。なぜなら、俺も説明が欲しい側だからだ。
「クロードの旦那、そろそろ行くぞ! 舌噛むなよ!」
ガタン、と何かが外れる音と共にトロッコがゆっくりと動き出す。なんだ、それほど怖いものでも無いじゃないかとの安堵も束の間、下り坂が始まった瞬間に真の恐怖は牙を剥いた。
それの本質は座席も安全ベルトも無い、ジェットコースターであった。
言うまでもないかも知れないが、ダンジョンとは基本、地下へと続いている。これがどういう意味かは、各自察して欲しい。
「い、いやああああ! 下ろしてええ!」
「二階層最前線までひとっ飛びだ! オラオラ、お前らトロッコ通るぞ! 道を開けろォ!」
いつの間にかゴーグルを着けた、俺のお付きのドワーフはノリノリだ。壁が! 壁が近い! すりおろされる!
途中、上下動によって何度も浮遊感に襲われる。おい、これ脱線とかしないだろうな! 本当に安全第一の設計なんだろうな!
「おうち帰るううう!!」
「ははは、確かにドワーフにとって土の下は故郷みたいなモンでさあ。旦那ァ、ナイスジョーク! 」
そういう意味で言ってんじゃねえええ!
『皆様、クロード様が発破現場の視察へとトロッコで向かわれました。どうか道中、拍手でお迎え下さい』
リンク・リング越しに聞こえてくるファムの涼やかな声が、俺には極上の煽りに聞こえて仕方が無い。どうしてこうなった?
……俺、ドワーフ自治区を立て直しに来たんだよね? そのはずだよね?
ドワーフコースターはダンジョンをひた走る。等間隔に設置された松明の灯りがまるで夜のハイウェイのように俺たちの横を流れては、背後で暗闇へと吸い込まれていく。
こう言うと面白そうに聞こえるか? しかし、残念ながらそこにエンターテイメント感は皆無である。必死にトロッコの縁へとしがみつき、へっぴり腰で歯を食い縛る。一瞬先の死の恐怖に怯える事のどこに遊び要素が有ろうと言うのかね。
ジェットコースターは安全性が確保されているからこそ成立している事を俺は改めて思い知らされた。
「旦那ァ! この先は急カーブだ! 右に寄っとかないと振り落とされますぜ!」
ドワーフが叫ぶ。やっぱり安全性に配慮が欠けているじゃないか、このトロッコ!
「み、右!?」
慌ててトロッコの端に移動するも、しかし俺の三半規管は続け様の叩き付けるような横揺れによって既にギブアップをしており、もはやどちらが前なのかすら分からなくなっていた。
「逆! 逆です、旦那! ゴーレムじゃないんだから、左右くらい分かるでしょう!?」
「暗いんだよ!」
転がるようにして逆側の縁へと駆け寄る。
理解した。地獄だ。ここは地獄だ。
「減速、行きますよ!」
金属同士が勢いよく摩擦するけたたましい音が響く。進行方向へのGが俺の体をトロッコ側面へと容赦なく押し付けてくる。
「ぐえっ!」
「カーブ入ります!」
「うわああああっ!」
握力は呆気なく限界を迎え、天地が忙しなく入れ替わる。茶碗の中に投げ入れられたサイコロの気分を今の俺以上に理解している人類は、恐らくいない。
こんなもの、完全に罰ゲームである。俺が一体何をしたって言うんだ。責任者出てこい。
……ワンチャン、俺のような気がしなくもないな。
一方その頃。
ドワーフスレイヤーの入り口付近ではマギストスさんとイルマーさんが会話していた。だから、これは二人の近くに居たファムから後に伝え聞いた話となる。
「おや、マギストスさん。貴方が来ましたか」
「人間の文官は人手不足でして……で、イルマーさん、これはなんですか?」
沈痛な面持ちのマギストスさんが残酷に魔改造されたダンジョンを指差して言うと、イルマーさんがぐねぐねと揺れながら笑った。
「面白いでしょ?」
「いえ、面白いとかそういう話ではなく」
うん、普通はそういう反応だよね。なんか、俺の周りが全員非常識だから、俺の感性の方がおかしいのではないかと錯覚してしまいそうになるけど、やっぱり間違ってないよね、俺。
「これ、クロードさんの発案ですよ」
うん。それも間違ってはいないのだけれど、この文脈で俺の名前を出すのは何らかの悪意を疑ってしまいますよ、イルマーさん?
「は? あの若者の!? 貴方じゃないんですか!?」
「いやー、若さって可能性が無限大ですよねえ」
……この野郎、人が生死の境を彷徨っている時にこんな世迷言を口走ってやがったのかよ。
「イルマーさん、説明を求めます」
「ここに来るまでに事業計画書を読む時間は有ったかと思いますが?」
事業計画書? ん? 何の話? イルマーさんもイルマーさんで俺の知らない事をやっていやがるのか?
「読みましたよ、何度も。最初に通読した時には自分の頭がおかしくなったのかと思いました……と、恨み言は止しましょう。で、アレのどこにトロッコのトの字が有りましたか?」
「ああ、五日前には有りませんでしたから書いていませんでしたね」
商人は悪びれもせずに言う。
「五日!? 五日でトロッコが!?」
「だいぶ、ドワーフの皆さんも鬱憤が溜まっていたようでして、ハイ」
そういう問題か? そんな軽く片付けて良い話か、それ?
「信じられません。なんですか、その爆発力は……」
これは完全に同意。俺にはもう、どうしてドワーフがこれまで種として燻っていたのか理解出来ねえ。
案外、俺が居なくともその内に脳筋でどうにかしてたんじゃないかなあ。割とマジでそう思うよ。
「で、マギストスさん、これ、民族自立支援下りますかね?」
あ、事業計画書ってそういう事か。民族自立支援金の申請。だから、視察か何かでマギストスさんがドワーフ自治区に来た、と。
なるほど。ようやく俺にも話が見えました。
「下りないと思いますか?」
「思いませんねえ、あっはっは!」
イルマーさんがからからと暢気に笑っているその頃、俺と言えばトロッコの中でガタガタと震えていたのであり。
この扱いの差は何ですか。神サマ、俺は断固としてこの身の処遇の改善を求めます。




