第23話 報酬
ダンジョンとは山に似ている。
そこに分け入るのには装備が必要であり、入念な下調べ無くしては生還もままならない。経験はそこでの生存率と直結し、環境を舐めたものから死んでいく。少なくとも俺はモルトさんからそのように教わったし、その論に否は無い。
だというのに、これはどういう有様か。
装備? 私服だが? 鎧はおろか丈夫な服すら用意していない。
武器? 己の身体一つだな。多分、このダンジョンで一番弱いモンスターとすら一対一では負けるだろう。
つまり、今の俺は明確にダンジョンへと入るべきではない生き物である。
「よお、兄弟。来たか」
なーんでモルトさんはその体たらくに怒りもせず、どころかそれが当然とこちらへ向けて笑いかけてくるのでしょうか?
ちなみに現在「ドワーフスレイヤー」二階層の攻略最前線である。モルトさんが居るとはそういう事だ。場違いな事この上無い。
「来たくて来たんじゃないですよ、俺は。トロッコに無理矢理乗せられたんです」
周りを囲むドワーフ十数名が俺に向けて「お疲れ様です!」とか言って深々と頭を下げてくる。ヤクザの幹部にでもなった気分だ。
「知ってるよ。ま、お前はそれだけ感謝されてるって事だ。とりあえずついて来い、クロード」
槍を担いで歩き出すモルトさん。その後ろをカンテラを持ったドワーフが続き、そして俺の後ろにもまたドワーフが続く。なんなら左右もドワーフだ。これ、もしかして連行とか護送って言うんじゃねえ?
「クロードの旦那に怪我をさせる訳にはいかないんで! 何か有ったら俺たちが盾になりますよ!」
隣でニカッと笑ってそう言うのは俺の御用聞きをしてくれているドワーフ君だが……コイツが俺をトロッコで拉致した許されざる実行犯だったりするのは忘れてはならない。お前だけは良心の呵責とか一切の躊躇とか無く「ドワーフシールド」にしてやるからな?
「にしても……横穴がやたらと多いな、この通路」
地味に側面から奇襲を受けそうで怖い。前はモルトさんが引率してるから何も不安は無いからこそ、俺にはその「ヒューマンなら屈まないと通れない」横道未満の横穴が気になった。
「横穴? ああ、『ドワーフウォーク』ですかい?」
「どわーふうぉーく?」
「あれ? 旦那には言ってなかったか? あの穴は俺らドワーフのサイズで掘ってあるんでさあ」
自然なダンジョンの産物じゃなくて、お前らの仕業かよ。
「となると……ドワーフが避難したりする専用通路ってトコ?」
「さっすが、旦那。察しが良い!」
「いや、でもそれ、そこでモンスターが湧いたら逆に危なくない? 挟み撃ちにされたり」
「だから、適度な見回りが必要になるんだ。ま、ここを通れるような小型のモンスターは、群れでない限り実はそこまで怖くは無えんだな」
確かに、体がデカいってのはそれだけで強いか。質量とはそれだけで武器となる。逆に、蝿程度の大きさであればドラゴンであっても可愛らしいものだろう。勿論、それが危険性の全てではないが。
「えーと? でも、交戦は基本しないんだよね?」
「ああ。だから、巡回がモンスターを見つけたら即逃走。その横穴はファムさんに伝えて一時使用不能になる」
……管制官ファム、本当に無双してるじゃないか。
「その後、クロスボウ辺りで安全圏から複数人で丁寧に処理、って感じで」
「徹底してるんだな」
「そりゃそうだ。カシラにもモルトの旦那にもキッツく言われてる。誰も失わない事以上にドワーフの誇りとして優先するものは無えってさ」
そう言って、彼は笑った。
「俺は、それでもこの状況に俺らを導いてくれたクロードの旦那の命を何より優先してえ。だから、旦那の御用聞きに志願したんだよ」
……本当に。どうして彼が美少女じゃなくて髭もじゃでむくつけき雄ドワーフなのだろうか。その、俺を見る瞳の澄んだ輝きだけ、どっかの美少女に移植出来たりしないかな。
モルトさんが俺を連れて来た場所は事前情報通り、爆破現場だった。
モンスターが大量に発生したダンジョン内の空間をモンスターハウスと呼ぶ。前世でのゲーム知識でこれはなんとなく予想が付いていた。今回の俺は、爆裂魔石によって安全に消し飛ばした「そこ」を案内されている。
「結構丈夫なんですね」
この俺の感想はダンジョンに対してだ。爆発が有ったというのに、崩れた土砂が道を埋めている、といったような「崩落」の予兆が見られない。
「モンスターの強度に合わせた発破量に調整してるんだよ、兄弟」
対してモルトさんは、俺が言った「丈夫」を「モンスターの形が残っている事への感想」だと判断したようだった。まあ、別に訂正する必要も無いし、そちらも気になったので聞いてみる。
モンスターの死体がグロ画像? ああ、それなら「はじめてのダンジョン」で大分慣れたよ。うん。人として大切なものを何か一つ失った気がするわ。
「発破量を調整する理由はなんです、モルトさん?」
「跡形も無く吹き飛ばす事は出来るが、それだとモンスター素材が勿体無い。魔石だってタダじゃないしな。殺せるか殺せないか。それくらいの塩梅を狙ってる。多少モンスターが生き残っていようと、瀕死は免れん。だったら、バリケード越しにクロスボウを捻じ込んでやればそれで済むだろ」
「バリケードは……ああ、俺が発案した『アレ』造っちゃったんですか、結局」
アレ……墨俣式胸壁だ。持ち運べて、組み立てと撤収が楽なバリケードが有ったら良いのにね、くらいしか俺は言っていないのだが。実物は足に車輪とか付いてアコーディオンみたいに広がる。そこまでは想像してなかったなあ。
「ドワーフはお前さんが一声言ったら銅像すら喜んで造るだろうよ」
モルトさんは笑う。いやあ、そんなこっ恥ずかしい物はこちらから謹んでお断りさせて頂きます。
「造りますか、クロードの旦那!?」
だから目を輝かせるな、ドワーフ共。絶対に造らせないから。
「冗談はさて置き。モルトさん、爆裂魔石とか複数使ってもダンジョンは大丈夫なモンなんですか?」
「あん? どういう意味だ、兄弟?」
「ほら、崩落……ダンジョンの天井が落ちて来たりだとか。色々、危険なんじゃないかなあ、と」
「落ちる訳無えだろ。そんなんで一々ダンジョンがぶっ壊れてたら、クロウラーの魔術師は仕事にならん」
ははあ、なるほど。攻撃魔術が常用される環境なんだから、その程度で崩れる構造ならそもそも探索文化が成立していない……確かに、モルトさんの言う通りだ。
でも、なんて言うのかな。「ドワーフウォーク」なんて横穴が掘れる以上、ダンジョンの構成素材って普通に土や石ではある筈だろ。なら、逆に攻撃魔術なんかで壊れない方が不思議なんだよなあ。
「経験則として、ダンジョンは爆発程度では簡単に崩れない。……なら、モルトさん、どの程度までなら大丈夫なんです?」
「知らん。だから少量から試してるってのも魔石をケチってる理由の一つだな」
「一つ、良いだろうか」
モルト付きのドワーフがモルトさんに次いで口を開いた。
「ダンジョンには鉄で言う所の『粘り』が有る。そこが普通の鉱山との明確な違いだ、クロードさん」
鉄で言う所の粘り? ダメだ、その感覚は恐らく俺には分からん。そういやコイツらドワーフってこういう人たちだった。ロジックを肌と経験で理解しているタイプ。この表現で伝わるだろうか?
俺? 俺は「粘り」とか炊飯でくらいしか日常利用する単語じゃないから無理。
「しなる感じか?」
それでもモルトさんは理解出来るのか、ドワーフへと疑問を放つ。……ダンジョンが、しなる? ハァ?
「弾く……押し返す感じですね」
「ああ、なるほど」
男は頷くも……なるほど、分からん! 二人とも何言ってんだ。とにかく、普通の岩盤とは衝撃の受け方が違うっぽい……こんな雑な受け止め方で良いんだな? 本当に良いんだな?
まあ、職人の領域において門外漢がどうこう言うのは筋違いだろう。何よりも、安全第一のモルトさんとダグランさんが彼らドワーフを率いているのだから心配は要るまい。
俺は……あれ? 俺、そう言えば何しにここに拉致られたんだっけ?
「ファム、分かる?」
指輪に向かって小声で囁いてみる。すると、反応が有った。
『こちらは個人通話です。クロード様、彼らドワーフを褒めて頂ければ幸いです』
「え? それで良いの?」
『はい。むしろ、それ以外はこの場合は些事となります。彼らは口々に「クロード様に見せつける」「クロード様を驚かせる」と言いながら働いております』
「了解。ありがとう、ファム」
『よろしくお願いいたします、クロード様』
指輪との通話を終えて顔を上げると、周りのドワーフがなぜかこちらを期待のこもった眼差しで見つめていた。これは……ファムが何かやったな?
ったく、こんな風に待ち構えられると逆にやりづらいんだよなあ。しんと静まるドワーフ達。ゴクリと唾を飲むドワーフ。待て待て。せめて原稿をよこせって。
俺の困惑に、しかし隣から助け船が出される。モルトさんが肩を組み、ドワーフ達を正面に見据えたまま俺に聞いてくる。
「どうだ、クロード。お前が見たかった風景になってるか?」
この人は本当にパスが上手い。
「いいえ、全然ですね。俺の考えてた原案とは似ても似つかない」
「ほう? と言うと?」
「まさか、ここまでになっているなんて考えてもみませんでしたよ。俺の想像力の負けです。完敗ですよ」
目の前だけでなく、ダンジョンのそこかしこでドワーフの歓声が上がった。ああ、ファムの仕業か。ライブ配信してやがるな?
ま、いいか。これくらいの報酬は彼らにとって当然の権利だ。
「やるじゃん、ドワーフ」
「だろ? 兄弟、分かってんじゃねえか」
俺達の前でハイタッチをする者、ガッツポーズを決める者、ドヤ顔で髭を撫でる者、エトセトラエトセトラ。
彼らは皆、ドワーフだった。
ああ、そういえば俺は後になって知る事になるのだが。
「ドワーフ」とは「誇り有る人」という意味の現地語なのだそうだ。
ダンジョンとは山に似ている。




