第24話 フィードバック
ダンジョンから戻ってきた俺は暇である。暇……やることが特に無いのだ。いや、これも語弊が有るだろうか。
宿の食堂で座っている俺の目の前にはドワーフのご婦人方が列を為している。俺の両隣にもドワーフのご婦人が座り、昼間だと言うのにお酌をしてくれたり、つまみを用意してくれている。
はっきり言って王公貴族のような扱いだった。
「はい、クロード様、どうぞ」
「クロードさんにお礼を言いたい次の人はそこの指輪をしてから喋るんだよ?」
「クロード様のお陰で、旦那が最近本当に嬉しそうに家に帰ってくるんです。なんとお礼を言えば良いか……」
あ、違うわ。これ、前世のニュースなんかで見たアイドルの握手会だ。
「いえ、俺は特に何もやってないですよ」
「そんなことは有りません!」
ドワーフの奥さんは目を潤ませて俺を見る。ええ……いや、マジなんだって。俺は何もやってないって。今だって見てみなよ。
ドワーフコースターで身も心もぼろぼろになって、帰ってきたと思ったら酒浸りとか……ダメな亭主の見本みたいなモンじゃないですか。
ああ、実の伴わない尊敬が痛い。
「クロード様はドワーフの救世主です!」
言葉が強すぎる! 古今東西の救世主が聞いたら俺がタコ殴りにされるってば、奥さん!
しかしてリンク・リングをしている俺の両隣の給仕ドワーフ(一人はダグランさんの奥さんだそうな)まで、「良く言った」とばかりに頷くのであるからして。
……もしかして、この人たちは羞恥責めによる俺の憤死を企む暗殺者集団か何かなのかな?
このまま為す術無くドワーフの子女に褒め潰されるのかと思った辺りで、救いの手が二階から降りてきた。
「おやおや、クロードさん、モテモテですねえ」
「イルマーさん!」
あるいは蜘蛛の糸。この憐れなカンダタを桃源郷から救いに来てくれたんですね!
「助けて下さい! このままだと俺はダメ人間にされてしまう!」
「あはは、たかだか二週間程度でもう弱音ですか、クロードさん。あ、奥さん、アタシにも飲み物を……この後も書類整理が有りますんでアルコールは無しで」
「あいよ。イルマーさんも、本当にありがとうねえ」
ハートマーク満載のウインクが商人にも飛ぶ。彼は涼しい顔でそれを受け流すと、当然のように隣のテーブルへと座った。
……ええと、イルマーさん? なんで同卓じゃなくてそっちなんですか? 助ける気、最初からゼロですよね?
「ま、諦めて下さい、クロードさん。アタシやファム、モルトくんは生憎と暇じゃないんです。あなたが彼らの『お礼』を一身に受け止めてくれていると、こちらサイドはすこぶるやり易いんで」
MMORPGにおけるタンクみたいな立ち位置に、俺は知らぬ間にされていた。集めるのはヘイトではなく謝意だが、まあこの場合そこは問題ではないだろう。
なんとか強引に話題を転換しようとしてみる。
「ま、マギストスさんは? そうだ! 彼を歓待しましょう! それでドワーフの民族自立支援金の通りを良くしないと!」
「彼は二階で草案を練ってます。今のアタシは束の間の待ちですね。クロードさんが心配せずとも金は間違いなく下りますよ。後は早いか遅いかくらいなんで、むしろマギストスさんの邪魔は良くないですねえ」
イルマーさんは楽しそうに笑う。くそう……この雇い主、俺の状況を正確に理解していやがる。
「大体、クロードさんだって別に嫌な気分ではないのでしょうに」
皆まで言うな。「秘すれば花」って知ら……あー、知る訳無いのか。そりゃそうだ。観阿弥世阿弥がこの異世界に転生してない限り無理か。
「皆の中で俺だけ暇なのに、俺が一番褒められてるのが気持ち悪いんです」
馬鹿正直に言ってみる。素直は人間関係にてもっとも貫通性能の高い槍だ。
が、それが通用するのは相手が槍を受け止めてくれる時だけだったりする。イルマーさんはおろか、周りのご婦人方まで俺の一声で一斉に笑いだした。
そんな爆笑ギャグを言った覚えは無いのだが。
「ははは! 奥さん、どうかこの勘違いの若者に言ってやって下さいよ」
「あいよ、イルマーさん。……良いかい、クロードさん。ドワーフは皆知っているよ。何せ、全員で腹を割って話し合ったからね」
「そうです! 誰もが理解しています!」
「クロード様が居なきゃ、ウチの旦那は今もしょぼくれた顔してた。あなたがドワーフの笑顔を取り戻してくれた!」
後ろに居るご婦人方も、口々に何かを喋り出す。残念ながら俺には何を言われているのかは分からないが、それはもう笑顔であったので内容を察するには余り有った。
もう止めて! 俺の頬が弛んで元に戻らなくなっちゃう!
「ちょ、イルマーさん! ドワーフの皆さんをけしかけるのを止めて下さい! アンタ、助けに来てくれたんじゃないのかよ!」
茹で蛸みたいな俺を見て、イルマーさんは少し眩しそうに目を細めた。
「贅沢な悩みですねえ」
「それは……そうかも知れませんけど! でも、マジで困ってるんです!」
脳の報酬系がバグって馬鹿みたいになったら誰が直してくれるって言うのか。そして、俺は意志薄弱な自分が分かっているから「そう」ならない自信なんてこれっぽっちも有りはしない。
突然、権力を持たされて豹変する政治家なんかの気持ちが今の俺には痛いほど分かる。これは溺れても仕方ないよ……。
「ああ、これは失礼。で、クロードさん、先ほどの話ですが、あなたが働いていないことをドワーフの誰か一人でも罵りましたか?」
「いや……どっちかと言うと逆ですね。なんかお礼言われたり、お辞儀されたりします」
「でしょう? つまり、『自分は働かなくてもいいのか』なんて考えてるのはクロードさんだけで、ドワーフ達からしてみれば、あなたが働いているかどうかなんて大した問題じゃないんですよ」
いや、問題有りまくりだろ。彼女たちの旦那がダンジョン内で懸命に仕事してるってのに、どうして当事者でもない俺の方が感謝される事になるのか。
「それがおかしいって言ってるんです、イルマーさん」
商人は観念したように両手を顔の横で広げ、ヒラヒラと動かした。なんだ? おちょくってんのか、このヤロウ。
彼は目を細めたまま、喋り出した。お得意の「カンニングペーパーでも見る」かのようにスラスラと。
「はァ。しょうがないですね、クロードさんは。ちょいと昔話でもしましょうか。
あるところに一人の駆け出しの商人が居ましてね。彼は『生き馬の目を抜くこの業界において、新しい事をしなければ』と野心を抱いておりました。
その彼が目を付けたのは、腕は有るのに仕事が無い、とある種族です。
彼はこの人達の力をどうにか利用すれば、新規事業を開拓出来ると考えました。
……結局、彼に出来たのは『何かをしている振り』でしかない土産物屋を建てる事だけでしたとさ」
苦い経験を、口にしたくなかった過去を、幼子にせがまれて語る祖父のようだった。
「イルマーさん、それって……」
「だから、胸を張って昼間から飲んだくれて下さいな、クロードさん。あなたは凄い事をやってのけたんですから」
「……イルマーさん」
気まずそうに俺が名前を呼ぶと、商人はいつもの、人を食ったような笑みを浮かべて肩をすくめた。
「ここは一つ、ドワーフの若い娘にでもアタシが入れ知恵しましょうか。きっとクロードさんなら選り取り見取りですよ」
「それはマジで勘弁して下さい」
なんて悪い事を考えやがるんだ、このアラフォーは。ちょっと「それも良いかも」って思ってしまう絶妙なラインを突いてくる……メフィストフェレスか、お前?
「って事が昼間に有ったんですよ」
「ほう、民族自立支援金ね。それでマギストスが来てやがったのか」
「イエスサー」
時間は移って日も落ちた後、俺はモルトさんと飲んでいた。ああ、ファムも一緒だ。今日のダンジョン業務は終了したのだろう。宿の食堂はかなり賑やかだった。
「良かったじゃないか」
「良くないです。飲み物でお腹がたぷたぷなんですから」
「ま、アル中になってもクロードならドワーフ達が囲ってくれるさ。喜んでな。だから心配すんな」
「縁起でも無い事を笑顔で言わないで下さい!」
はあ……替われるなら替わってやりたい。俺にダンジョンの最前線で暴れるなんて無理だから、言ってもしょうがないのだが。
「そう言えば、ダンジョンの攻略……開拓はどんな感じなんですか?」
「悪くないな。進みは鈍いが、しかし堅実だ。三階層制覇までは時間の問題でしかないだろう」
『いいえ、モルト様。私の演算では決して遅くはありません。安全率を考え得る限りの最大にしてダンジョンを制圧しているという点で、モルト様は素晴らしい仕事をしていらっしゃいます』
ファムがモルトさんに酒を注ぎながら言う。あ、ファム。俺はもう水かお茶で良いです。
「褒めても何も出ねえぞ、ファムちゃん」
『ネガティブ。事実を述べただけです』
ファムの言葉に周りのドワーフから「そうだ、そうだ!」だの「モルトの兄貴、自分、一生ついていきます!」だのの野太いラブコールが飛び交う。
なんだ、モルトさんもモルトさんでモテモテじゃん。
前言撤回。俺、やっぱ立場替わりたくないわ。うん。褒め殺されるなら相手がドワーフだろうと異性にされたいから。
「でも、なんかモルトさんも実際、楽しそうじゃないですか?」
「……兄弟にはそう見えるか?」
「まあ、エンジナに居る時よりは、かなり」
「……そう見えるか」
モルトさんはエールを煽る。空になったコップへと、またファムが酒を注いだ。
「門番は退屈だからなァ」
「まあ、そうでしょうね」
「特に夜勤がシンドくてな。殆ど誰も来ないが、そうは言っても立ってない訳にもいかんし」
なんだろう。アラサーの悲哀がモルトさんの口から語られるのを、俺はかなり「勿体無い」と思ってしまった。
あ、これ、アレだ。
ドワーフという種族に当初感じた「燻ってる」と同じ臭いだ。
「モルトさんこそ、このままドワーフの皆さんに囲われてしまえば良いじゃないですか。イルマーさんから良い金額貰ってるんですよね?」
確か、「幾らでも吹っ掛けてくれ」とか言われていたはずだ。てっきりその言葉通りにしていると思っていたから、まさか門番より収入が無いなんて事は有るまい。
が、そんな俺の予想は見事に裏切られた。
モルトさんはファムへと何やら耳打ちする。ファムはコクリと頷くと、俺だけに分かる日本語で喋った。
『クロード様、モルト様は現在、報酬を受け取っておられません』
「へえっ!?」
無給って……ボランティアってコト!?
『今はとにかく資金が足りません。ダンジョンへと入る人は漏れなくリンク・リングが必須ですし、クロード様と会話するにも必要です。また、各種資材や私の交代要員となるゴーレムも必要となります。これらは全てイルマー様が拠出しております』
「……えっと、ドワーフの蓄えなんかは? 当てに出来ないの?」
『イルマー様は「そこは最後の砦」だと仰っておりました』
さっき「昔話」を聞いたから納得は出来てしまうけど……腹の括り方が凄いなあ、あの商人。
「モルトさんはそれで良いんですか?」
「……ま、ちょっと貸してるだけだ。後でおまけ付けて払って貰うさ」
男は愉快そうに笑った。
「それにな、クロード。俺はもう貰い過ぎてる」
「貰い過ぎてる?」
「お前がイルマーに言ったんだろ。聞いてるぜ。ドワーフの敬意と信頼は必ず金になる、ってな」
言って、モルトさんが立ち上がる。彼はコップを高々と持ち上げて周りのドワーフ向けて気勢を上げた。
「お前ら、明日からはとうとう第三階層だ! 正直に言え! ついてこれないヤツは居るか!?」
食堂内、その全てのドワーフが立ち上がって、その手の杯を掲げる。
彼らの返答は聞くまでもなく、それを聞いてモルトさんは満足そうに立ったまま腰に手を当ててエールを飲み下した。
ゲップと共に、彼は満足そうに言う。
「な、クロード。俺は貰い過ぎてるだろ? 三方良し、だ」
三方どころか。彼は今や、周りを満面の笑みのドワーフに取り囲まれていた。




