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第4話 モルト

「ダンジョンの最奥なんて、考えた事も無かったな。だが、そうか。確かに潜り続ければ終わりはあるのかも知れねえなあ」


 モルトは顎の無精髭をガリガリと掻きながら、木製ジョッキの酒を一口煽った。


「最奥を目指しているのでないなら……モルトさん、どうしてダンジョンに潜っていたんですか?」


「あ? そりゃお前、金が欲しいからに決まってンだろ」


 事も無げに言い放ち、男はニヤリと笑う。うわ、そういう表情が似合うのズルいなあ。俺なんか39年できっと一回も出来た事無いぞ、そんなの。


「良いか、兄弟。大仰にダンジョンなんて呼んじゃあいるが、あそこっつーのはつまる所狩り場だ。森で鹿や猪捕るのと本質は大して変わらん」


 モルトの言う事は分かるような分からんような……この辺はやっぱりギャップなのかね、世界間の。


「そうなんですか? なんて言うか、その言い方だと俺の感覚ではかなりドライに聞こえます。ビジネスライクと言いますか」


「ダンジョンクロウラーなんて大概似たり寄ったりな考えの連中だぞ。俺の言っているのも結局、オリジナルでなく先輩から聞かされた教えだしな」


 それはまた、俺の中の「冒険者」像と食い違う話だ。リスクを楽しむ、みたいなのがモルトの口振りからは見えてこない。どちらかと言えば「安全第一」を掲げる工場作業員の話を聞いているようだ。あるいは「株は寝かせてナンボ」と言い張る投資家の話だな。


「命有っての物種だし、そもそもダンジョン産の素材は高く売れる。運次第だが遺物(レリック)なんてモンが出てくれば一気に跳ねる」


「つまり、ダンジョン探索とはそこまで危険を冒すようなものではない、って事ですかね?」


「それも少し違うな。ダンジョンに入る以上、危険は常に付きまとう。ようはリスクリターンのバランスだ。欲をかいて命を落とすようなクロウラーは三流以下だぜ」


 含蓄に富んだ話だ。こう聞く限り、確かにモルトはプロフェッショナルであったのだろう。それを否定する材料が見つからない。


「確かにその通りですね。欲をかかずにリスクとリターンを見極める。言われてみれば当然ですが、命懸けの現場だからこそ、そこを徹底されている訳ですか」


「おうよ。一回死んだらそれでお終いだからな。神様が時間を巻き戻してくれるわけでもねえ。天国とやらに裸のねーちゃんがたくさん待っていてくれるんなら話は別だけどな! 女将さん、お酒おかわりお願い!」


 ルキナさんは、乞われるままにモルトにお酌をしながらこちらに向けてウインクした。ああ、唐突にそういう事をするの止めて下さい。耐性の無い俺なんかコロッと歳の差の恋に落ちてしまいまそうです。


「モルト、あんまり若い子を怖がらせないんだよ? クロード、こう見えてこの男、現役時代は『必達のモルト』って呼ばれてたくらい慎重だったんだからね」


「おいおいルキナさん、余計な情報を吹き込まないでくれよ。『無事に帰って飲む酒が一番美味い』ってのはクロウラーの鉄則だろ……ってクロード、こんな話面白いのか?」


「クッソ面白いです。続きをお願いします、モルトさん」


「そうかい。ま、聞き上手が居てくれるなら喋りがいも有るし酒も美味くなるってモンだ。で、ダンジョンの話に戻るが」


 モルトさんの話に身を乗り出し気味に食い付く俺。通訳は隣のカエナだから何の意味も無いのだが、ま、雰囲気ってヤツだな。


「深く潜るほど金になるってのは確かだ。下層ほどモンスターから獲れる素材は希少になり、遺物の発見率も跳ね上がる。誰だってより深くを探索したい。だが、それにしたって限度が有る」


「限度、ですか?」


「おう。単純な水と食料ってリミットだぜ、クロード」


「なるほど……え、でもそれこそゴーレムを随伴させて荷物係にすれば良いんじゃないですか?」


 青銅の腕亭……街の宿屋ですら複数のゴーレムを所有している世界だ。ダンジョンクロウラーの稼ぎなら数を揃えるのもそこまで難しくないように思えるが、はて?


「兄弟、お前、何も知らないんだな。別に追求して特定する気も無いが、ダンジョンの無い国の出身か?」


「と、言いますと?」


「単純だ。ゴーレムはダンジョンでは使えないんだよ」


「……ゴーレムが使えない?」


 モルトの言っている事が俺にはよく分からない。別にゴーレムが有線式でもあるまいし。一体、どういう意味だろうか。


「おうよ。外じゃ土木作業から荷物運びまで何でもこなすあの便利な連中だがな、ダンジョンに潜れば潜るほど、じわじわとおかしくなりだしてな。最終的には例外無く壊れる」


「壊れる……誤作動でも起こすんですか?」


「おう、起こすぞ。いきなり支離滅裂な動きをしてモンスターに特攻するとか、その場で動かなくなるとかだな。昔、ダンジョン研究者の護衛みたいな事をした事が有るが、その時の依頼人が言うにはダンジョンの中の魔力が、ゴーレムの術式をグチャグチャに狂わせちまうんだそうだ」


「それは確かに連れていけませんね」


「ゴーレムも安い買い物では無いしねえ」


 ルキナさんがカエナを見ながらそう言った。修理費で金貨七枚だもんなあ。まさか金貨が前世での百円、千円相当って事は有るまい。


 魔力が術式を狂わせる……AIで言うと電磁波みたいなものか? コンピューターウイルスに徐々に感染させられているっていうのもモルトの言い方だと該当するかもな。


「だからダンジョンの中じゃ、どれだけ時代が進もうが『自前の二本足で歩いて、自分の背中に荷物を担げる人間』しか役に立たねえのさ。このゴーレムまみれの世の中で、だ。皮肉なもんだろ?」


 ダンジョンにゴーレムは入れない。元エンジニアとして、そのバグの発生メカニズムには大いに興味がそそられるな。果たして原因は何だろうか。


「おいおいクロード、またそんな難しい顔して……。まあ要するにだ! ダンジョンで一番大事なのは『自分の身の丈に合った荷物だけ背負って、無事に帰ってくること』だ。分かったか?」


「分かりました。クロウラーっていうのは華やかそうに思えて案外泥臭い仕事なんですね。聞いていると地味で地道な職業に思えてきます」


「ゴーレムが使えれば、話は大分違ったんだろうけどな。だが、ゴーレムが役に立たない場所だからこそ、ダンジョンはゴーレムまみれのこの世界で、唯一残された人間の金策手段なんだぜ」


 モルトが顎髭を撫で擦りながら、懐かしい栄光の日々を思い出しているのは彼の様子から窺い知れた。なんだかんだ、結構楽しくやっていたんだろうな。それとも、苦労も喉元過ぎれば武勇伝になるあの現象だろうか?


 正直、モルトが眩しい。彼の生き様とか、そういうのが羨ましい感が俺には有る。それをエールで飲み下す。そんな俺達を見てルキナさんが笑った。


「モルト、調子に乗って『唯一』なんて言うと街の肉屋に総スカンにされちまうよ?」


「あー、それもそうか。失言だったな。この話は黙っておいてくれ、女将さん」


 口の前に人差し指を立てるポーズは逞しくむくつけきアラサーの男がしても需要は無いぞ、モルト。……と、それよりも、だ。また別ベクトルで興味深い話が出たな、今。


「肉屋ですか? それはどういう?」


「肉屋で働くゴーレムはすぐに壊れるんだよ。面白いだろ?」


「カエナ、なんでだったかねえ? 確かな理由が有ったと思うんだけど、アンタ説明出来るかい?」


 それまでずっと俺の専属通訳をしていたウッドゴーレム「カエナ」は、突然の命令にもローディングを挟む事無くしっかりと対応した。やっぱこの世界のゴーレムって矢鱈と高性能だ。


『肯定。肉屋における基本業務、屠殺、解体工程がゴーレムの基本命令である「生命を尊重せよ」とコンフリクトを起こします』


「マジか。そんなのまで有るのかよ」


「冗談みたいだろ? だが、実際、精密に作られた高級品ほどすぐ止まるらしいぜ。だから肉屋の親父は、今でも包丁握って血まみれになりながら手作業で解体してんだ」


 いや、理解出来る話だ。道具として割り切れるほど低機能なら狂わずに作業を続けられるのだろう。だが、高度で繊細な演算システムを与えられたデジタルには『生命の尊さ』と『精肉作業』の擦り合わせが出来ない。前世でも似たような話は有ったからこそ、俺にとって笑い話には出来なかった。


 ゴーレムが無能だから壊れるんじゃない。むしろ逆なんだろうな、その現象は。この世界のゴーレムは有能過ぎるのだ、きっと。


「モルト、お前さんの門番なんかも同じじゃろ。ほれ、ゴーレムだけだと密輸商人に言いくるめられた事が有るとか言ってたじゃねえか」


 宿のオーナー、バレルさんは一対一で無ければ言葉少ない。いや、これはモルトがお喋りなだけかも知れないが。サシ飲みだとしっかり会話のキャッチボールしてくれたしな。


「親父さん……ああ、アレか! 当直のヤツが腹壊して便所に籠ってたって話だろ。同僚の俺が笑っちゃいけないんだが、しかし、笑えるよなあ」


「ゴーレムに出来ない仕事って結構多いんですか?」


「いいや? ほとんど無いぞ。肉屋も門番も、例外中の例外だな。あ、ダンジョンクロウラーもな?」


「うーん、それだけ市井に仕事が無いとなると犯罪率……はゴーレムの配備で抑止してるのか。でも、仕事が無いとなると街の雰囲気も荒れるだろうし、そもそも生活が成り立たなくて子供なんて作れなくないですか?」


 その社会構造はディストピアまっしぐらに思える。俺? 俺は子供どころか前世じゃ嫁もいなかったからな! チクショウ! 全部政治が悪いんだ、政治が(決まり文句)!


「子供? それが案外、そうでもないぞ。生きるだけなら国の配給でなんとかなるしな」


「そうなんですか?」


「考えてみろよ、クロード。仕事は無い。だからと言って遊ぶ金も無いとなったら人間がやり出す事なんて一つしかないだろうが」


 そのハンドサインを早急に止めて下さい、モルトさん。ああ、人差し指と中指の間をぶっとい親指が行ったり来たりしてるぅ。


 酒の席での多少の下ネタは、むしろ望むところな俺だった。女子は三人集まれば姦しいが、男子は三人集まれば猥談なのだ。これは宇宙の真理である。


「あー……ああ、確かに? 言われてみればそうなのかな?」


「おうよ。でもって、子供が産まれりゃ国から育児ゴーレムが貰える。子供が育てばそのゴーレムは一家の資産……だってのに、なーんで俺は未だに独身なんだろうなあ、ルキナさん?」


「アンタが面食いだからだよ。まったく、いつまでもフラフラと」


  生活コストはゼロで育児タスクは優秀なシッターゴーレムが完遂してくれる。で、夜の娯楽もないとなれば……そりゃ少子化にはなりようも無いな。この社会設計、一見すると楽園のようだが、人間の繁殖を促すシステムとしては完璧すぎてちょっと怖いまで有る。


「ま、とは言え何の資産も教養も持っていないのに贅沢がしたいヤツは、とりあえずダンジョンに挑むのが定番と言えば定番だな」


「みたいですね。あーっと……その場合、女性はどうなるんですか?」


「女ァ? まあ、確かに男に比べれば少し少ないが、俺も現役時代はよく見たぜ、女だけのダンジョンクロウラーチームは」


「へえ……たくましいですねえ。ん? 同性で固めているのはなぜです?」


 百合に男は必要無いからか?


「男女混合にすると、大体揉めるからな。ベテランほど同性で固めたがるんだ」


「なるほど」


「頷ける話だねえ。命懸けの現場で『誰々がアイツとイチャついた』だの『依怙贔屓だ』なんて始まってごらんよ? きっと命がいくつあっても足りやしないんだろう?」


 ルキナさんはそう言って楽しそうに笑う。あー、女性ってこういうドロドロしたドラマ好きですよね(偏見)。


「そうとも、女将さん。ただでさえ閉鎖空間でストレスが溜まるってのに、そこに変な情愛やら色恋沙汰が持ち込まれたら一発でパーティ瓦解だ。ダンジョンの魔物に殺される前に、仲間同士のギスギスで全滅する」


 めっちゃ分かる。前世のプロジェクトチームでも『社内恋愛のこじれで開発ラインが崩壊する』のは日常茶飯事だった。死と隣り合わせの現場なら、なおさら感情のバグは致命的になるわけだ。誰だよ、イチャイチャパーティーがデフォとか言ったヤツは。現実を見ろ!


「それに、身体の構造が違うからな。トイレのタイミングから荷物の重量配分、生理的な限界まで、同性同士の方が変な遠慮や気遣いをせずに色々と『割り切った』お話ができるんだよ」


「割り切り……非常に合理的なリスクヘッジですね。モルトさんのお話、納得しか無いです」


「だろ? だから初心者の色ボケ共が『男女混成の華やかなパーティ』を組んで意気揚々と潜っていっては、数日後に大喧嘩して解散するか、全滅して帰って来ねえってのがダンジョンクロウラーのあるあるさ」


 じっと聞き役に徹している隣のバレルさんはしかし、こちらを楽しそうに眺めていた。ふと目が合い、彼は笑って生ぬるいエールを俺の木ジョッキに注ぎ足してくれる。


 ダンジョン攻略が決してゲームではないリアルさと、ダンジョンクロウラーという生き方のプロフェッショナル感が溶け出したようにエールの味は苦く、複雑に感じられた。


「流石、経験者は言う事が違うね」


 ルキナさんがそう言って、バレルさんが大声で笑いだす。あ、これってもしかして?


「女将さん、俺だって駆け出しの頃は有ったんですよ」


「ええと、つまり今のはモルトさんの実体験ですか?」


「……あー、まあな。最初に組んだチームは見事に三ヶ月で空中分解よ」


 モルトはジョッキを掲げ、天井を仰いだ。小さく「何がいけなかったんだろうね」と呟く姿は大人の哀愁を感じさせる。


 控えめに言って、格好良い大人の男がそこに居た。






「振られたんだっけ、アンタ?」


「皆まで言わないでくれ、ルキナさん。おかわり!」


 俺の気のせいだった。

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